らしく。(27/36)縦書き表示RDF


らしく。
作:五十崎由記



27.風鈴 2



駐車場に立ちすくむ今日子は「行くぞー?」と腕を引っ張られてハッとなった。

「え? あ、ああ。墓参り?」

あ、違った! と手のひらで口を覆ったときにはもう遅くて。

「お前気が早すぎるってばー」

啓二は目を細めると、上体を屈めて笑い始めた。こういう大袈裟な笑い方が、いまはちょっと癪に障る。

「間違っただけじゃん。ガラス買うんでしょー?」

今日子は自分の早とちりにすっかり頬が熱くなり、照れを隠して入り口を目指した。

これではまるで、墓参りを楽しみにしているみたいだ。無理に怒った顔でも作らなければ、とても平静を装えなかった。


一見ドライブインのように見えるその建物は、寂れた外観からの印象とはうってかわって、中は眩しく明るかった。

壁沿いにまだ絵が描かれていない透明な風鈴が干すように吊るされ、自動ドアから流れ込んだ熱風にいくつも、いくつも涼しい音を響かせている。

大きな窓からは容赦のない日差しが差し込んでいて。吊るされた風鈴の丸みが光を集めるように反射しては、白木の壁をまだらに照らしていた。

顔を近づけてよく見ると、風鈴の形には色々と種類があるようだ。

楕円形や、釣鐘型、そしてストローのような長い棒がニ、三本まとまっている物など様々で、覗くと透明なガラスの向こう側は魚眼レンズのように歪んで見える。

「いらっしゃい」

店主だろうか。人の良さそうな肥えた男は、そう言って足元のテーブルに腰を屈めた。そのテーブルでは、小学生くらいの女の子とその母親らしいふたりが、汚れた新聞紙を敷いたテーブルの上で一心に絵筆を走らせている。

今日子は首を巡らせ、壁に貼ってあるポスターで視線を止めた。

『手作り風鈴体験 1200円から』――どうやらここは、そういう店であるらしい。

店の奥は釜になっているのか、店内はやたらと暑い。なのに、不思議と耐えられる暑さで。

それは音のマジックとしか説明のしようがないのだが。人の動きが生み出す僅かな空気の流れが風鈴を震わせ、その音が暑さを和らげているようだった。


「――これがいいな」

ぼんやりと風鈴を見て回っていた今日子の背後から、ぬっと啓二の腕が突き出てきて、壁に掛かっていた楕円形の風鈴を指し示した。

啓二は風鈴を取り外し、それを手に空いたテーブルへと向かっていった。

絵を描くつもりなのだろうか。

イタズラ心を刺激され、今日子は彼の背後にまわりこんだ。熱心に絵筆を動かす彼が、どんな風鈴を完成させるのか見たかったのだ。

けれど、それは絵ではなくて。

「それ、お父さん?」

風鈴には今日子の知らない――でも、啓二とよく似た男名前が書かれてあった。

「そう。よし、出来た」

黒い絵の具で名前だけ書かれた風鈴は、揺らすと少し淋しげな音を鳴らした。

啓二は鼻の頭に皺を寄せて笑うと「お前にも作ってやるよ」と言い、同じ形の風鈴に、今度は絵を描き始めた。

けれど。

「……何それ」

その物体は真っ赤な塊にしか見えなくて。

「似てるだろー? これ、今日子」

下手糞な絵に、啓二は「仕上げだ」と言って大きな目玉を付け足すと、その隣にKyokoと書いた。

「ホラ、出来たっ!」

きっと啓二の中では金魚のつもりなのだろう。100歩譲ってそう見えなくもないのだが、今日子には冷やかしの類にしか思えなかった。

「出来た、って。全然可愛くないじゃん」

不満なのに。納得できないのに。啓二は不貞腐れた今日子の前に風鈴を吊り下げると、得意顔で笑っていて。

「ヒラヒラしてて、可愛いところなんてそっくりじゃん? ホラね」

そう言って軽く揺すり、儚い音をちりんと鳴らした。

ヒラヒラしてて、可愛い。そう言われると、嫌がらせのような汚い絵でも許せてしまうのが不思議だ。

「ま、まあそういうことなら、いいかなあ?」

「だろ? 持ってて」

今日子はそれを受け取ると、精算へ向かった啓二が背中を向けている間に絵筆を握った。

Kyokoの隣。空いているスペースにKeijiと書き込む。

ガラにもなく少女趣味だと自分でも思うのだが、そうすると下手な金魚にも愛着がわいてきて。今日子はその風鈴を、啓二の部屋に吊るそうと決めた。

このイタズラに、啓二は気付くだろうか。

気付けばいい。そして、笑ってくれるとうれしい。そんな想像にひとり頬を緩ませて、今日子は小さな幸せを噛み締めていた。


戻ってきた啓二の手には、白い箱が握られていた。箱の大きさは、丁度風鈴が収まるくらいで。きっとそこには、名前だけ書かれた風鈴が入っているに違いなかった。

色々と訊きたいことはあるが、何も言わない啓二の横顔を見ていると、今日子の方からは切り出しにくくて。

今日子は口の端に出かかった疑問を飲み下した。そして外へと向かっている啓二のあとを追いかけた。


「ありがとうございました」

背中に愛想のいい店主の声が届き、ふたりは自動ドアをくぐった。

見渡す限りの田園が広がるせいか、風を遮るものなど何もなくて。今日子の手に吊るされた風鈴が、けたたましい音をたて始めた。

こうなると、情緒などどこにも感じられなくて。今日子は慌てて風鈴の内側に指をいれ、音が鳴らないように押さえ込んだ。

けれど。

Rrrrrr……

どうやら音の犯人は、風鈴だけではなかったみたいだ。啓二のポケットから、ピアノ曲のような音が弱々しく流れていた。

「――今日子、先に車乗ってて」

啓二はポケットをごそごそとかき回し、今日子の手の中に車のキーを放り投げてきた。

「うん」

啓二のランドクルーザーは、駐車場の一番奥。黒い車体が日の光を反射して、きらりと輝いている。

今日子は金魚の風鈴を音が鳴らないように庇いながら、足早にそこを目指した。吹き付ける強風が横顔をなぶり、耳に掛けた髪を乱していた。










  





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