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らしく。
作:五十崎由記



23.ペアシート 2


 
まさか、ここで会うとはねえ、と里美が言った。

「さっき電話したじゃん? あの時、丁度伊方のトンネルに入っちゃってさ。電話切れちゃってごめんね。うちのバイト先、明日から盆休みだから皆で飲みに行こうって話になってさあ」

「そうなんだ」
 
里美の話に耳を傾けながらも、神経は相変わらず入り口に立っているだろう啓二の気配に集中していて。今日子は適当に相槌をうつ一方で、そわそわと落ち着けずにいた。

「新垣さんが、今日子も誘えば? って言うから、店に着いたら電話を掛け直そうと思ってたんだけど、どちみち先約アリだったわけね」
 
その時、含み笑いを漏らした里美の後ろを、啓二が横切っていった。
 
こっちの方をちらとも見ないまま、ずんずんと奥へ進んでいく後姿を、今日子は目で追いかけた。そのすっと伸びた背中からは、さっき感じた機嫌の悪さはどこにも感じられない。
 
それが逆に、無視されたみたいで。今日子は、針でちくりと刺されたような痛みを覚えた。


「それにしてもさ、あんたたち、いつの間に?」
 
啓二の姿が通路の先に消えた頃、観葉植物の植え込み越しに身を乗り出してきた里美の声に、今日子はハッとなった。ペアシートのことなど、すっかり忘れていたのだ。

「ラブいシートに座っちゃってさ。もしかして、昨日あたしが泰クンを急かしたからかな?」

「あはっ、うらやましいだろー?」
 
そう言ってじゃれつくように、泰は今日子の肩を抱き寄せてきた。そして、「シートは格安料金だから座ったんだけど、昨日の忠告は身に沁みた」と、今日子の肩にまわした腕に力を込めた。
 
それが、妙に異質な感触で。
 
今日子は徐々に身体が強張るのを感じた。まるで、拒否反応みたいに。そして次の瞬間には、その腕を振り払っていた。
 
突然の乱暴な動作は、きっとふたりを驚かせたのだろう。泰の細い目が、めいっぱいに見開かれていて。茶化して、ニヤニヤと笑っていた里美も、いまはぽかんと口を開けて、視線が空中の一点で止まっていた。そこには今日子によって振り払われた泰の腕が、空に浮いたまま行き場を無くしている。

「あ、ごめん。あたし空気読めなすぎ、ゾワっとしちゃって!」
 
慌てて弁解したけれど、泰の表情は硬いままで。

「今日子はこう見えて案外お堅いからね。むやみに触ると痛い目見るよ! ってなわけで、あたし行くね?」
 
すっかり雰囲気の悪くなった中、里美は取り成すような一言を告げて連れの後を追っていった。
 
泰は、振り払われた手を開いたり閉じたりしながら所在なげに振舞ったあと、ようやく身体の横に腕をおろした。

 ◇

本来なら、ふたりだけの空間を楽しむためのペアシート。しかしその趣旨に反して、今日子と泰の間には重い沈黙がたちこめていた。
 
席を移動したい気持ちは山々なのだが、今日子のほうからは切り出し難くて。気まずい空気に嫌気がさしているだろう泰が、自発的に申し出てくれたらと、今日子は期待していた。
 
けれど。

「さーて、食べよっか」
 
泰は、さっきのことは水に流すといった態度で、何もなかったかのように、明るく振舞いはじめた。
 
そうなると、今日子もそれに従うしかなくて。前に並んだ料理をつつきながら、泰のお喋りに耳を傾けた。
 
泰は最近ハマっているネットゲームのことや、部品を買い集めてスペックの高いパソコンを組み立てたことなど、夏休みに入ってからの近況を順をおって話していた。
 
それらはどれも、所謂当たり障りのない話で。泰は沈黙を恐れているかのように、会話が途切れそうになると、違う話題を提供し続けていた。

 
やがて。

「今日子ちゃんさー?」
 
そう口にしたきり泰は黙り込んだ。
 
どうやら、そろそろ本題に移ろうとしているのだろう。泰は落ち着かない様子でおしぼりを手に取り、何度も指を拭い始めた。
 
今日子はいよいよ高まってきた緊張感に、ジントニックを一気にあおった。身体の内側が次第に熱くなって、少々酔っ払ってきたのがわかる。今日子は酔いに任せて、泰が切り出してくるだろう告白を、突っぱねようと身構えていた。
 
その時。

「申し訳ございませんお客様、こちらにどうぞーっ!」
 
隣の広いテーブルに、集団らしい客が導かれてきて。頭を下げた店員の先にある顔を見て、今日子は目を逸らした。奥の個室エリアに一旦は移動したはずの啓二たちが、隣のテーブルへと連れてこられたのだ。

「――あれ? 今日子ちゃん、じゃない?」
 
聞き覚えのある声に振り返ると、ペアシートの脇に、合コンで顔を合わせた新垣が立っていた。
 
新垣はあの日と変わらない爽やかな様子で、今日子の顔を見た途端「やっぱり!」と白い歯を見せた。

「久しぶりだね。って、そちら、カレシ?」

「え? お久しぶりです。いえ、あの、友達ですよ!」
 
ふと、新垣の後ろに、啓二の姿が見えて。
 
同席する女の子の椅子を引いているのだろう。今日子には見せたことのない紳士的な対応に、いやでも腹が立ち、今日子は作った笑顔がひきつるのがわかった。
 
新垣は顎に指をかけるポーズで、意味深に「ふうん?」と微笑み、

「隣、ちょっと騒がしいかもしれないけど、ゴメンね?」と告げ、今日子とは通路を挟んで隣に位置する席に座った。
 
今日子は曖昧に笑い、身体ごと泰に向き直った。正面を向いていたら、通路を挟んで斜め前に座る啓二につい目がいきそうで嫌だったのだ。

「今日子ちゃん、あの人知り合いー?」
 
思わぬアクシデントにより空気が乱されたからだろう。先ほどまでペアシートに充満していた緊張感は、跡形もなく消え去っていた。
 
かわりに、新垣を不審そうに窺う泰の目があって。

「あ、うん……」
 
里美のバイト先の人たちだよ、と一言付け加えようとした時、ポケットの携帯が震えた。
 
――Eメール着信は、里美だ。
 
――『ごめーん、今日子! 派遣のバイトのこと、泰クンに口止めしてて。バレたら停学になっちゃうよ』
 
まったく、しょうがないな――と、今日子は里美に目配せをした。そして泰に向き直り、その耳元に口唇を寄せた。

「あのさ? 泰、ちょっと耳貸して」

「んー?」
 
けれど。

「何? 意味わかんね。つーか、聞こえないよ」
 
上背の高さや周囲のやかましさが邪魔をして、なかなか思うようにいかない。

「んもう」
 
今日子は腕をのばして泰の頭を抱えると、その耳元にこそこそと囁きかけた。
 
事情の説明が半分過ぎた頃だろうか、不意に泰が震え始めて。

「ちょーっと待って! たんま。クックック」
 
耳を擦って笑う泰は、何がおかしいのか。再開してもすぐに中断され、一向に話の全容を伝えることが出来ないのだ。
 
今日子もさすがにイライラしてきて、肩を揺すって笑う泰を横目で睨みつけた。
 
すると。

「ごめん、今日子ちゃん。俺さ、耳弱いんだよね。なんつーか、性感帯なわけ」
 
泰は声も絶え絶えに、そんな言い訳をしてきて。今日子はその後半部分を耳にした瞬間、沸騰したみたいに血が上り、泰に手を振り上げた。

「あっ、あんたっ! 変なこと言わないでよ」
 
思いのほか大きな声が出たのは、きっと合コンでの王様ゲームを思い出したせいだ。
 
今日子は大袈裟に頭を庇って逃げようとする泰の背中をひと叩きすると、ジントニックの残りを全部あおった。冷たさが喉を伝って流れ込むけれど、どくどくと脈打つ鼓動は、激しさがおさまらなくて。今日子は熱くなった頬を、手の甲で押さえた。


「――なーんか、超楽しそう。いいなあ、ペアシート」
 
不意に聞こえてきた声に顔を向けると、合コンの席にもいたケイという名の女の子がこちらを見ていた。あの時と同じく啓二の隣に座り、左手を彼の肩に載せて寄りかかっている。
 
その様子が癪に障って顔をそむけると、背中から「じゃあ、俺と座るか!」と笑う新垣の声が聞こえた。
 
一瞬だけ目を掠めた啓二は、丁度天井を仰ぐようにしてビールを飲んでいるところで、表情を窺うことは出来なかった。
 
けれど――と、今日子はジントニックのおかわりを店員に注文した。 

けれど、どうせ満更でもないに違いない。奴はそういう男なのだ。








  





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