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らしく。
作:五十崎由記



21.不穏な空気 2



アサリの弾ける音がすっかり収まったせいで、今日子の通話を遮るものは、テレビから流れるCMの音だけになった。
 
携帯から、時折今日子の名前を呼ぶ声が聞こえ、その都度今日子は当たり障りのない返事を繰り返している。
 
啓二は俯いたきり、こちらを見ようとしない今日子から目を逸らし、やがて元の場所に腰を下ろした。

 
なんだか、バカバカしくなったのだ。
 
外へ出ようとする今日子を連れ戻したのは、つまりは電話を切らせたくてした行為だった。なのに今日子は、聞かれたくないらしい相手からの電話を切りもしないで、延々と相手をし続けているのだ。
 
つまり、そういうことか――と、啓二は頬づえをついた。
 
今日子の中での優先順位は、必ずしも啓二が1番なわけではないのだ。それを考えると、ムキになっていた自分がまるで道化師みたいで。啓二は先ほどの自分の行為がおかしく思え、口元を歪めた。
 
追いかける必要など、ありはしなかったのだ、と。

 
今日子は身体をよじって背中を向けたり、天井を見上げたりと、そわそわした様子を隠しもせず通話を続けていた。けれど、テレビから流れていたCMがニュース番組に切り替わった頃、今日子が強引に話を終わらせようとする声が聞こえた。

「あのさ……ちょっといま、ご飯作ってて手が離せないから、明日にしない?」
 
この一言と、そのあとに続く何やら会う約束をしているような声が、啓二の怒りを再燃させた。
 
電話の相手は、どうやら納得したらしい。今日子はいくつか駅前付近の場所を口にしたあとで、じゃあ明日ね、と通話を切った。
 
その携帯を切る指の動きが、啓二の中のわだかまりを放出させる合図になった。


「ここじゃ話せない内容だったわけだ?」
 
待っていたように口をついて出た言葉は、啓二自身にも冷たく、嫌味臭く聞こえて。言い方を誤った、と啓二は後悔した。
 
けれど、驚いたように顔をあげたきり、何の弁解もしない今日子に対して、啓二の怒りは更に強いものになった。

「さっきの奴、誰?」
 
今日子は切った携帯を両手で握り、啓二と視線を合わせていた。そして僅かに口を開いたが、結局何も言葉にしないまま口唇を噛み、俯いた。
 
その煮え切らない仕草が癪に障り、啓二は立ち上がると今日子の傍まで歩み寄った。そしてその一方で、そこまで苛立っている自分自身にも驚いていた。

 
そもそも、長くつき合った関係なわけではない。顔を合わせたのは、今日でたったの3回目にすぎないのだ。
 
なのに、何をそんなに苛立っているのか――と、啓二の冷静な部分が訴えかけていた。しかし、実際に口から出てくるのは問いただすような言葉ばかりで。

「誰だっつってんじゃねーかよ」
 
傍まで寄ってこられた事に怯えたのか、今日子は顔を上げ、身をすくませた。その瞳は大きく見開かれていて、光る黒目に啓二がはっきりと映っているのがわかる。
 
小さな顔の中に、つり気味の大きな瞳が印象的で。顔を上げたことによってあらわになった白い喉が、その下まで滑らかな肌が続いていることを意識させ、エロティックだ。
 
啓二はそうして目の前に立ちすくむ今日子を見下ろしながら、胸の中の大半を占める苛立ちの正体について考えた。
 
いや、本当はわかっているのだ――と、啓二は心の中で舌打ちした。惹かれているのだ。きっと、思っていたよりもずっと強く。

 ◇
 
啓二は、自身の独占欲の強さを自覚している。
 
それは持って生まれた性なのか、それとも家族愛に恵まれなかった幼少期のせいであるのかはわからない。
 
とにかく確かなことは、啓二は自分がこれと決めた異性から、裏切られることが許せないのだ。そしていま、そういう目で今日子を見ていた。


「友達……」
 
今日子が、突然口をきいた。
 
しかしそんな言い分は、信用などできるわけがなくて。

「とてもそんな風には思えないけどな」

啓二は、今日子の苦し紛れな説明を鼻で笑い、嘘つくなよ、と言った。しかし、煽るような台詞を口にする一方で、今日子に腹を立てて欲しいと思っていた。
 
本当だってば、と。今日子らしくムキになって、顔を真っ赤にして否定して欲しかった。

 
けれど、啓二の期待するような展開はこないままで。かわりに、迷いを振り切ったような今日子の声が鼓膜を震わせた。

「友達、だけど。ずっと前から告白してくれてた人で、返事を聞きたいんだって」

「なんでさっさと断らないんだよ?」
 
今日子が言い終わるか終わらないかのタイミングで出た言葉は、畳み掛けるような言い方に聞こえたかもしれない。
 
実際、啓二はひどく気がたっていて、せっかく今日子が本当のことを口にしていたとしても、それを逆にあげつらうような台詞しか出てこないのだ。
 
 
いつの間にか、外は本格的な夕暮れを迎えていた。
 
西向きの窓から差し込む陽が、今日子の横顔をオレンジ色に染めて、伏せたまつ毛の影が頬に落ちている。その影が動いた――と思った途端、真っ直ぐに見上げてきた今日子の瞳とかち合った。

「だって、ここでそんな話したくなかったから。でも、ちゃんと断るよ」

「でも、会う必要はねーだろ?」
 
ああ言えば、こう言う。こんな言い合いは無意味だとわかっていながら、持ち前の独占欲が収まりつかず、啓二は絡むように言って口を歪めた。
 
しかしその直後、覗き込むように見上げる今日子から、言われたくなかった一言を突きつけられて。

「まさかケージ、ヤキモチ焼いてるの?」
 
啓二は全身がカッと熱くなり、心臓の鼓動が急上昇するのがわかった。そして、図星をつかれて動揺した胸の内が、啓二に心にもない一言を吠えさせていた。

「はあ? ありえねえっつの。つーか、お前その男とつき合えば良かったじゃん。いますぐ帰って会いに行けよ」

 
感情に任せて吐いた台詞は、突き放すように冷たく部屋に響いた。
 
言い過ぎだろ、謝れよと、冷静な自分が諭すけれど、啓二の中の子供じみた感情が邪魔をして、今更素直になんてなれそうにない。
 
そんな啓二をあざ笑うかのような夕焼けが、紅潮して熱くなった頬を、更に赤めるように照らしていた。

 
時間が止まったかのごとく思えた長い沈黙のあと、啓二を見上げていたネコのような瞳が、西日を受けてきらきらと光った。突き出された口唇は、ふるふると震えていて。
 
まずい――啓二がそう思った時には、つーっと今日子の頬を涙が伝っていた。
 
今日子はぐいっとそれを腕で拭い、瞬きを繰り返したあと、啓二に背を向けた。
 
啓二はその場から動くことが出来ずに、帰ろうとしている今日子の後姿を、呆けたように見ていた。
 
やがて。

「ホント、泰とつき合う方がよほど良かったかもねっ。こんなに子供みたいな人だとは思わなかった。サヨウナラ」
 
そう噛み付くみたいな声を残して、今日子は部屋を出て行った。
 
八つ当たりをするみたいに激しく閉められたドアの音が、啓二の耳にいつまでも残っていた。









  





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