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らしく。
作:五十崎由記



13.彼女の魅力


「参ったな……」
 
名前の思い出せない彼女の背中が闇に溶けていったあと、啓二はくしゃくしゃと髪をかき混ぜ、狼狽していた。
 
足元にはビールがふたつ転がっている。

砂の上に倒れ、黒い染みを広げているのは彼女が飲み残した缶なのだろう。

その染みがまるで彼女からの抗議みたいに思え、啓二は倒れた缶を砂に立たせた。


「あーちくしょう、失敗したなあ」
 
啓二はため息まじりに呟き、どっかりとその場に腰を下ろした。

そして、ついさっきまでそこにいた彼女を思った。
 
ネコ科の動物を思わせる大きな瞳は少しつりあがった目尻が印象的で、ゆるく螺旋を描いた茶色の巻き髪も、派手な容貌を際立たせている。
 
小さな顔の中に一際目立つぷっくりとした口唇は、以前騙して奪ったことさえあった。
 
そんな彼女は最初に与える印象ほどお高くとまっているわけでもなく、打てば響くような反応も楽しい。
 
合コンで一度会ったきりの女。
 
ただそれだけの関係で終わるはずが、話してみれば啓二好みで。

連絡をとる手段も持たず、名前も思い出せない自分が啓二は恨めしかった。 

気まぐれに任せてひとり見に来た花火大会は、不意に訪れた偶然によって、期待していた以上に楽しい時間になったというのに。

悪気はなかったとはいえ、やはり遠まわしに探るべきだった――と、啓二はいい加減ぬるくなったビールの残りを一気にあおった。

 
沖合いに数珠繋ぎに光る灯りは、イカ釣り漁船のライトだろうか。水平線に玉のような光がいくつも浮かんでいた。
 
桟橋の先にある灯台がサーチライトをぐるりと巡らせていて。黒い波の動きがゼリーのように映った。
 
啓二はタバコを咥えると、海から吹く風に背を向けて火を点けた。
 
吐き出した煙は力足らずな風に煽られ、しばらくは空中にその紋様を漂わせていたけれど、やがては呑みこまれ、消えていった。

 
啓二は彼女と話している間、ずっとどこかに違和感を覚えていて、その正体が何なのかを考え巡らせていた。
 
その疑問はくしくも彼女が去っていく、その去り際になってやっと答えが出たのだけれど。

どうやら、タイムオーバーだったようだ。

 
それは誰しも通り過ぎる青春の記憶だった。
 
赤の他人に対して本気で怒る真摯な眼差しや、感情を色に出してころころと変わる表情。

いい大人ならば腹に一物持ったまま、簡単に受け流す冗談を、ムキになって言い返すあの口調、そして声。
 
つまり彼女の不思議な魅力は、学生時代を彷彿とさせる要素なのだ。

 
啓二は空に向けて煙を吐き、まだ長さの残るタバコを缶の中に投げ入れた。途端に、底で熱が断末魔の音をたてる。
 
啓二は反動をつけて立ち上がり、その場で大きく伸びをした。そして、やがて訪れる明日を思った。
 
とにかく、明日だ。
 
明日彼女が現れなければ、この縁はそこまでで終わる。
 
去り際に泣き出しそうな表情を見せた理由が、こちらの思うとおりであったなら、彼女はきっとやってくる。

そうだといいのだけれど――と、啓二はまた視線を海に戻した。
 
黒くうねる海の真上に、弓形に反った月が出ていた。

風に流された雲が切れ切れに覆っては、漏れる光を鈍いものに変えている。
 

ぬるい南風が火照った頬を撫でていって。
 
啓二は、明日は雨かもしれない、と思った。







  





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