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らしく。
作:五十崎由記



11.花火



迷いのないオカダの腕に引っ張られ、今日子は前を行くその背中を、無我夢中で追いかけていた。
 
途中何人もの見物客にぶつかっては、その度に睨まれて。けれど頭を下げるより先に、引かれる腕に導かれ、また人波をかいくぐるといった状態が続いた。 

その間も汗ばんだ手の内側が気になって。今日子は掴まれた指の先に、じんじんと熱がこもってくるのを感じていた。


「もーダメ。ここでいいじゃん」 

やがて、人気のまばらな堤防にたどり着いた頃、今日子はよれよれになって音をあげた。そしてそのまま腰を下ろし、夜空を見上げた。
 
隣のオカダも汗をかいたのか、座り込んでシャツの胸元をバタバタ扇いでいる。
 
息が切れていたのは、お互い様のようだ。今日子だけではなく、オカダも肩を大きく上下させていた。

 ◇

「なあ? やっぱ花火サイコーだよなあ」 

まだ治まらない乱れた息づかいと花火の轟音に紛れて、隣からオカダの声が聞こえた。
 
次々と打ち上げられては、それが消えていく前に上からまた被さって咲く花火。
 
光が、音が、上塗りされていくごとに、その代償としてたちこめる火薬のにおい。
 
今日子は風に流されてきたその匂いを胸いっぱいに吸い込んで、隣のオカダに笑って見せた。

「最高だよね」 

隣のオカダはごろんと仰向けに寝転がり、腕を枕にして夜空を見上げている。そうしてパノラマ鑑賞をする彼は、仕事帰りなのかネクタイ姿のままだ。
 
まったく変な人だ。いい大人がこんな所に寝転ぶなんて。服が汚れるとか、虫がいるかもとか、思わないんだろうか? と、今日子は隣のオカダをいぶかしんで、まじまじと眺めていた。
 
なのに。

「ホラ、お前も遠慮せず寝転べよっ!」
 
羨んでいるとでも勘違いされたのか、オカダに突然腕を引かれて。今日子はバランスを失って背中から倒れこみ、コンクリートの地面にしたたか肘をぶつけた。

「痛っ……。何すんのよーっ!」

「ハイハイ、まあいいから。花火見ろってば」 

すっかりオカダのペースに巻き込まれている今日子は、恨みがましい目を隣の彼に向けていた。けれど、間もなく上がった十号玉に、準備していた憎まれ口を飲み込んだ。
 
背中に伝わる振動が、ひどく臨場感を煽って。視界を邪魔するものが何一つない夜空に、大きな花火がいま、上がった。

「――すごーい」

「だろー!? 寝転んだ方が楽しいだろー?」
 
その少年のような口調に誘われて、隣のオカダを覗き見ると、彼はわくわくしている胸の内がその眼差しにまで溢れていて。口元はきゅっと弓形に反って、まるで空に笑いかけているように見えた。
 
その下の顎から、更に下を辿れば、のどぼとけがポッコリと突き出ている。
 
格好はどう見ても仕事帰りに違いない姿で。合コンの時だって、確か23歳だと言っていたはずなのだ。
 
まぎれもなく、大人の男。それはわかっているのだけど、なのに何故だろう? と今日子は眉をひそめた。
 
オカダといると、まるで子供と一緒にいるような気分にさせられる。そして気が付けばいつも、ペースをかき乱されているのだ。


「――何だよー? そんなに見つめられたら照れちゃうだろ?」
 
横顔を見せたままで、そんな言葉を投げかけてくるオカダに、どくんと鼓動が大きく震えた。そして咄嗟に今日子は、腕をついて飛び起きていた。
 
盗み見に気づかれたことと、それを茶化されたことが恥ずかしくて、いてもたってもいられなくなったのだ。

「み、見つめてなんていないってば! あたしはね、あんたを監視――そう。監視してただけなんだからっ!」
 
自分でそう口にしながら、何だかおかしな言い訳だと、今日子は内心バツの悪い思いをしていた。けれど、ここで意見を引っ込めるなんて、プライドの高い今日子には出来ないのだ。 

オカダも、今日子の言い分を不思議に思ったのか、頭の下で組んでいた腕を手枕にして、身体ごとこちらに向き直っている。

「はあ!? 監視って何が?」 

下から覗きこんでくる瞳は、まるでリスに上目遣いをされているようで。それでいて口の端を歪ませた笑顔が、今日子には小バカにされているように感じ取れた。
 
そんな表情を見るにつけ、今日子は余計に気がそがれ、上塗りするための上手い言い訳が何も思いつかなかった。そしてただ適当に口を開いては、思いつきで言葉を紡いでいた。

「だって。あんたは人を騙してキスするような男だし? 用心しなきゃじゃん?」
 
言った端から、今日子は口にしたことを後悔していた。これじゃあまるで、もう一度キスをされたがっている風に受け取られかねない。
 
けれど。

「うはっ、お前ホント面白れー奴だな。あー、苦しい」
 
オカダは身をよじるようにして笑い始めて。コンクリートに寝転がったまま、ジタバタともがいている。 

そんな風にバカにされればされるほど、無性に腹がたってきて。今日子は一体何がそんなに可笑しいのか、と、無意識のうちに頬を膨らませていた。

「何が可笑しいの? 本当の事じゃん。人をバカにするのもいい加減にしてよっ!」
 
声を張り上げて不快感をあらわにしても、手ごたえは感じられず。オカダは尚も苦しそうにくっくっくと声を漏らしていた。

「ちょっとォ……」
 
今日子はついにつむじを曲げ、こんな奴もう知らないとばかりに無視を決め込んだ。そもそも、相手をするだけ損だ。いくら注意を促しても逆にそれを面白がり、益々つけあがるだけなのだから。
 
そんな今日子の無視作戦が功を奏したのかもしれない。

「あー、ごめんごめん。だってさあ、あんまりカワイイことを言うもんだから」
 
オカダは反動をつけて起き上がると、機嫌を取るみたいに今日子の顔を覗きこんできた。

「まだ怒ってんの?」
 
今日子はオカダの絡みつくような視線や声から逃げるように、身体ごとそっぽを向いた。

「ふんっ」
 
けれど。

「ところでお前、ビールは?」

「あああああああ! 忘れてたっ」
 
当分口なんてきいてやらない。――そう思っていたのに、急に現実に引き戻されて。気が付いた時には、今日子はオカダを振り返り、その問いかけに反応してしまっていた。 


突如――、心の奥さえ震わせる低い轟音が響いて。
 
ふたりの横顔を照らし出す、今年最後の花火が上がった。
 
パチパチと弾ける粒子がいくつも線を引いては流れ落ち、夜空を金色に染めている。

「やっぱラストは、これだよなあ?」
 
不意にオカダが、隣でそう呟くのが聞こえた。

「だよねえ」
 
今日子も夜空から目を逸らせないまま、ため息まじりの声を出した。
 
しなる柳の枝みたいに手を伸ばしたその花火は、空中にしばらくその姿を留めていて。今日子は最後の粒が消える瞬間まで、瞬きもせずに見つめていた。
 
やがて深い暗闇に覆われた上空には、その淡い残滓だけが残っていた。










  





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