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greatlove of clock

作者:finale
 その人間は、私がこの家にやってきたのとちょうど同じ日に、この世に生まれてきた。
 まるでそれは巡り合わせのように。今にして思えば、それは人間たちの信ずる“神様”というものがくれた、運命の出会いと呼ぶべきものだったのかもしれない。

 人間は、毎日すくすくと育っていった。
 私も、それに合わせるように、毎日自分の仕事を続けた。仕事に朝も夜も休みはないが、あまり気にはならない。私は人の手によって作られた道具だ。それに、私が仕事を止めれば、この家の人たちが困ってしまう。

 私は、人間――その子供のことを、毎日のように高いところから見下ろし続けた。子供も、毎日のように私を見上げ続けた、私は、子供のことなら何でも知っているつもりだ。まだ小さい頃に父親が亡くなり、私の下で人知れずこっそりと泣いていたことも、くせ毛を気にして毎日学校に遅刻しそうになっていたことも、はにかんだような笑顔が素敵な男の子だったことも。十四歳の頃に、「眼鏡を失くしてきた」と言い張ってコンタクトレンズに替えた日も、実は眼鏡がちゃぁんと家の中にあるということを、家じゅうで彼をおいて私だけが知っていた。眼鏡は、いまも私の背中と壁の間に挟まっている。彼がそこに投げ入れたのだ。それから一ヶ月程、彼は私を少しこそばゆいような笑顔で見上げていた。しかし、しばらくするとそれもやめ、また少し時が過ぎると、きれいさっぱり忘れてしまったようになった。
 だが、私は憶えている。彼自身すら忘れていることも、ここから見下ろせることならそれこそすべて。道具の記憶は永遠だ。永久に色あせることはない。しかし、どんなに色々なことを知っていようと、いくら記憶が永遠だろうと、私と言葉を交わすことのできる人間など誰もいない。口がきけないのだから、知っていることや記憶があっても、何ら役には立たないのかもしれない。

 時は流れ、彼は大人になった。彼――青年の母親は、既に彼女の実家に帰ってしまっていた。
 青年は、学校の教師になった。毎日朝早く出かけて、夕方遅くに帰ってくるようになった。青年は、あまり私を見上げなくなってしまった。家に教え子たちを招き入れ、楽しそうに話をする青年の姿を、私は、少し寂しいような気持ちで見下ろしていた。
 そんな時でも、私は朝も夜も働き続けた。理由は簡単だった。私には、それよりほかにすることが見つけられなかったのだ。そういうとき、私はいつも心の中で自分をたしなめた。
 “私は所詮人間によって作られた道具だ。私にできるのは、毎日変わらず、一秒の狂いもなく、仕事を続けることだけだ。”

 きれいな花嫁が青年の家にやってきたその日も、私は働き続けていた。野次を飛ばす教え子たちに、「うるさい」と顔を赤らめる青年は、やはりどことなく嬉しそうであった。
「ねぇ、あれ、素敵ね」
 談笑している途中、花嫁が私を指さして言った。
「ああ、あれ?あれは、俺が生まれた日に父さんが買ってきたんだよ」
「あら、お父さん、ロマンチストだったのね。生まれた日にこんなに大きな振り子時計だなんて」
 花嫁は、くすくすと笑った。
「そんな大層なものでもないと思うけどな」
「立派なものよ。それがこうして、今も残っているんでしょう?素敵じゃない」
「まあ、ね。ちょっと場所を取るかな」
 青年は、照れたように呟いた。
「先生、俺たちのこと忘れて、自分たちの世界に浸らないで下さいよ」
「ああ、悪い悪い。先に俺の部屋で待っててくれ」
 青年は、教え子たちを追い払うようにして、客間のドアを閉めた。
「さて、と」
「いい子たちね」
「ああ、昔の俺を見てるようだ」
「また、勝手なこと言って」
 花嫁がくすりと笑った。青年がその肩を抱きしめる。
「俺は、幸せ者だよ」
 ゆっくりと呟いて、新郎新婦は軽く唇を重ねわせた。

 少しして、二人の間には、子供が二人できた。両方ともすくすくと育っていき、やがて独立して、家を出て行った。それから十年程経ったとき、彼の妻が亡くなった。彼はしばらく悲しみに暮れていたが、立ち直って、一人でこの家に住み続けることにしたようだ。
 彼は、もう子供でも、青年でもない――
 目つきの穏やかな、おじいさんになっていた。
 六十歳で教師を退職し、毎日を穏やかに過ごした。毎日、私に話しかけてくれるようになった。それほどに、繋がりのある人物が少なくなっていたのだろう。


 そして――――


 今日でちょうど、100年目。

 事が起こったのは、真夜中のことだった。
 突然、寝ていたはずのおじいさんの息が激しくなった。私からおじいさんのベッドまでは、目算で約三メートル。ここからでもよく見える。私は、おじいさんの様子をかたずをのんで見守った。
 ふいに、おじいさんが目を開けた。
「……ああ、振り子時計よ……」
 一息入れて、続ける。
「お前との付き合いも、さっきの鐘で、ちょうど100年になった……。憶えているか、あんたの奥に、眼鏡を投げ入れた時のことを……いまでも、そこに、挟まっているのだろうね。私の妻が、初めて、ここに来た日のことも……」
 憶えている。忘れているわけがない。道具の記憶は永遠だ。でも、おじいさん、私の記憶と違って、あなたは、あなたの命というのは……
「あんたがそばにいてくれて、よかった……。これで、何の未練もなく逝ける。私は最後まで、一人じゃなかった……。それでも振り子時計、私の声は、あんたには届かないのだな……」
 それは、あなたの方でしょう!私の声は、あなたには届かない……!
「いいんだ、届かなくても……。所詮、老いぼれの独り言だ。誰にも、聞こえていなくても……」
 聞こえています、ちゃんと。
 ただ、私の声が届かない、たった、たったそれだけの……
「私は、もう、逝くよ……父さんも、妻も、昔の教え子たちも、みんな、向こうで待ってる……」
 知っています。おじいさん、あなたの命は、私の記憶と違って、

 永遠じゃ、ない……

 知っています。でも、私には理解できない。なぜあなたとの、おじいさんとの別れが、こんなにも悲しいのか、こんなにもつらいのか……
 それは、私があなたと違って、道具だからでしょうか?
 私が人間として生まれていたなら、何かが、変わっていたのでしょうか?

 急に、おじいさんの息の激しさが増した。
 口を開いた。これが、どうやら最後の言葉のようだ。

「長い間、ありがとう、私の一番の友人よ……」

 そして、
 おじいさんの体が、一瞬光に包まれた気がした。天からの迎えが来たのだろうか。
 おじいさんは、優しい笑顔のまま、ベッドに横たわっていた。

 嗚呼、おじいさん、おじいさん……あなたの体はここにあるのに、あなたの笑顔はここにあるのに、わたしにはもう、あなたの声は聞こえない。
 もう、私を見上げてはくれないのか。
 あの笑顔は二度と見られないのか。
 ――おじいさん、私は、最期に何ができますか?


 その日の深夜、錆びた鐘のような音が、町中に響き渡った。
 遺族が駆け付けた時、その時計の針は、おじいさんが亡くなった時間を指して止まっていたという。

 その時計は、いまは、もう――

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