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時計がないっ!
作:石田杞憂



〜はじまり〜


日影遠矢は朝が弱かった。
そのため、朝は必然的に目覚まし時計に頼る事になる。
ところがその日、遠矢が目を覚ましたのは、腕時計が午後三時を示す頃。
つまり学校には全くの遅刻時間。いや遅刻の範囲かどうかも怪しい。
ということで、
「なんでじゃあぁァ」
遠矢は頭を抱えて悲しみに明け暮れていた。
「無遅刻無欠席がああああ、図書券があああ」
彼は朝弱いながら必死に起きていた。すべては皆勤賞の副賞、図書券のために。
「オレの五千円があぁァ」
頭を掻きむしる。髪の毛が数本絨毯に落ちた。
しかし、ここで遠矢はある疑問にぶつかる。
「ってあれ、なんでオレ起きれなかったんだ?」
いつもなら目覚ましが鳴った瞬間飛び起きるのに、と続けようと思って気付く。
「と、トケイがねぇ!!」
遠矢は朝、枕元の腕時計で時刻を確認する癖があるため、目覚まし時計がない事すら気付かなかったのだ。
急いで何処かに落ちてないかと部屋中を捜し回る。
が、
「ねぇ」
そこには残像すら残されておらず、
「なんでねえんだああぁぁァ」
本日三度目の絶叫をあげたのだった。

○  ○  ○
ところで日影遠矢はほぼ一人暮らしである。
ほぼ、というのは母親は幼い頃他界し、父親はカメラマンで家を空けることが多く、おまけに一人っ子だったため、ほとんど一人で暮らしている状態なのである。
しかし、遠矢は一人暮らしをさほど苦にしておらず、むしろ一人が好きな性分のためか、楽しんでいるようにも見える。
さて、遠矢は先ほどの三度目の絶叫後、またしばらく落ち込んでいた。
「はァ、もうオレ駄目かも」
床に「の」の字を書きながらリストラ直後のサラリーマンのように、あるいはそれ以上に暗い表情をつけていた。
「オレ、潮時かも」
と危険なことまで喋りだす始末。
よもや遠矢もこれまでか、と思われたとき、
「はっ」
遠矢は思い出した。
“冷蔵庫にプリンがあったことを”

○  ○  ○
「ひゃっほほーーい」
さっきとは打って変わったように明るい表情。
その訳は、
「プリンプリーン」
冷蔵庫に遠矢大好物、パステルのプリンがあることに気付いたからだ。
昨日学校帰りにわざわざ遠回りして買ってきたものだった。
「やっほほーい、おまたせーー」
ハイテンションのまま台所の扉をあけて、
「やっほ…………」
遠矢は固まった。なぜなら、そこには
「ぷぷぷプリンっ、いやああああああああああ」
プリンを頬張る見知らぬ少女がいたからだ。

○  ○  ○
「おが、おがおが、ぷりん、おいどん、ぷりん」
ショックのあまり、さながら腹話術のように、あるいは魚のように、口を開閉した。
それをみて犯人の少女も驚きの声をあげる。
「いやああああ変態いいいいいいいいいい」
目に涙をたくさん溜めて少女は叫んだ。幸いこの家は林中のため他人に聞かれる可能性は薄い。
「お、れ、の、ぷ、り、ん」
遠矢がゾンビのように少女に詰め寄る。
「お・れ・の・ぷ・り・ん」
少女は台所の隅に追いつめられもはや為す術がない。
今度は少女が魚になる番だった。
頬には涙のスジがいくつもできる。
そしてついに、



「こないでええええ」


少女が全力でハイキック。宙を舞う遠矢。
遠矢は掠れゆく記憶の中、オレなんか悪い事した?と自問しつつ、昏倒した。

○  ○  ○

目を覚ましたとき、自分の部屋のベッドの上だった。
遠矢は「なーんだ、夢か」とお気楽な気持ちになり、
「そうだよな、オレが遅刻することも、プリンを食べそこねる事もあるはずないよな」
と思って目の前に誰かいる事に気付いた。
寝ぼけ眼を擦りつつそれをフォーカスすると、
「あ、起きた」

そこには犯人がいた。
「てめぇ!!おおおおおおおおまいプリンをホエアーマイプリン、アイムグラッドテュースィーユーアゲイン」
よく分からない英語を叫びながら睨み付けた。
それに対し少女は
「食べた」
と一言。キレの良い言葉で返す。
当然遠矢はキレた。
「食べたじゃねーだろ、食べた、ですむんなら料理評論家はいらねんだよ、でどうだった?」
「おいしかった」
「そうかー、それは良かった」
遠矢はテストで百点をとった我が子をほめるような表情で満足していた。



「って、そんな馬鹿なこと言うかーー!!」
やはり、遠矢はキレた。
「だって、おなかすいてたんだもん」
「あのな」
すーっと息を吸い込み、遠矢は言った。
「なんでよりにもよってプリンなんだよ!!」

○  ○  ○

すると、少女は突然
「う、うえーーーん」
なき始めた。遠矢は怒るにも怒れずやり場のない怒りをゴクンと飲み込む。
「……しょうがねえ」
やはり女の子をなかすのは気が引けるのか遠矢は少女の頭をなでながら、
「スマン、オレが悪かった」
と謝る。しかし、少女は一向になき止まず
「うぐっ…遠矢が…ひぐっ…プリンおいしいって…うぐっ…言ってたからー」
泣き続けた。


「わかったって、っていや、今お前オレが言ってたとかなんとか」
「だって遠矢いっつもプリンの歌(注:自作)歌ってたじゃない」

遠矢は訳が分からなくなる。あれ?コイツしらねえけど、コイツオレのこと知ってる?
知り合いなら一目で分かるし、従兄弟でもないし、なんだ?コイツ。
遠矢は首を捻るけれどやはり分からなかった。


そこで正直に聞く事に決めた。
「あのさぁ、お前誰?」
いまさらな感じもする言葉ではあるが、少女はないたまま、答えた。
「ひぐっ……あたし……時計……目覚まし時計なの」
○  ○  ○
「ぬあぁにいィィィ」
今日はどうにも驚く事が多い遠矢。
しかし、驚いては見たものの、
それでも納得がいかない遠矢は、ジト目で少女を見た。
「良い病院紹介しようか?」
すると少女は顔をリンゴのように赤くしながら
「嘘じゃないの、空言なの」
「それ、両方同じ……」
さらにリンゴ(フジ)にしながら、
「じゃなくて、本当なのっ!!」
ここまで言われたら遠矢も信じるしかなかった。
実際脳内で病院を検索していたのもやめた。
「それ本当なのか?」
今度は真剣に聞く遠矢。
「ホントだよ。じゃあコレをみてよ」
と、いきなり上着を脱ぎ出す少女。
そして、半裸、(ただし、下着は装着)になった少女の腹には、
「と、トケイ!!」
見覚えのある時計が埋め込まれていた。しかも不自然を感じさせない、
そこにあるのが当然のように。
「こ、これでわかった?」
すこし、頬を蒸気させつつ、少女は言う。すでに上着を着始めている。
遠矢は唖然としながらその様を見ていたが、
やがて、こう言った。
「ってことはお前人間じゃない!?」
○  ○  ○
「そういうことかも……」
「ってことは国籍とか住民票とかどうすんだよ、大変じゃねえか」
「あの、そこなのかな、慌てるとこ」
「たりめえよぉ。将来公務員(予定)のオレだもの」
そう言って胸を張る遠矢。やはりピントがずれている。
「あのあの、」
少女は続けた。
「でも、時計会の人が何とかしてくれるから大丈夫だよ、心配しなくて」
△  △  △


ここで時計会の説明をしよう。
時計会とは時計のある特殊性を知る人のみで構成される秘密結社である。
その秘密とは、もちろん「時計が人間化」するという事実である。
これを知る人は世界でも百人を超えない。
しかもそれを知る人は大抵超エリートに偏っている。従って遠矢のようなタイプは珍しい。
つまり時計会はそれなりに大きな力を持った結社というわけである。


△  △  △

「ってこと」
一通りの説明を聞いた遠矢はやはり納得がいかないような顔をしている。
「何か疑問?」
「ああ、」
思案顔の遠矢。
「問題はなんで俺の時計が人間化したのかってことだ」
「そ、それは……恥ずかしくて言えない」
「何故に?」
「だって……」
時計がオーナーを好きで好きで堪らないときだけ人間化するんだもの、とは言えず。
「……教えない」
と言ってタタタと駆けだした。
遠矢とてそれほど興味がないらしく、
まあ、いいか、と思い、床に伏した。
「とりあえずツカレタ……」
そのまま朝まで目覚めることはなかった。














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