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マダム・ザラ

「ようこそエグザイルへ、天下のローザラインの宰相殿においで頂いて光栄ですわ。こちらにいらっしゃるのは初めてですか?」


 湖に浮ぶ島にある別荘にて老婆が俺を出迎える。一見するとこちらを歓迎しているように見えるが、実のところは違うようだ。ここからははっきりとは見えない幾つかの監視の目がある。監視の割りには殺気が漏れているあたり大きな憎しみを抱いている者がいるらしい。それというのも我が国のいくつかの事業がここエグザイルの商人にも損失を与えているからだろう。


「いえ、実のところ何度か来ています。私にとっては距離など関係ありませんから。」


「そうでしたわね。ですがあの技術は諸刃の剣ですわ、安価でしかも早く都市から都市へ移動できてしまいます。この町の商人の中でもいくつかの者が事業を縮小せざるを得なくなりました。困ったものです。」


「そうでしたか。ですがこの町の代表の方には許可は頂きました。同情はしますがそれらによって受けた損はそちらの落ち度によるものです。私どもを恨まれるのはお門違いと言うもの、そうではありませんか?」


 わざわざ言葉を選んで喧嘩を売っている。一つ言葉を間違うとそこにつけこんで何を言われるか分かったものじゃない。


「なるほど、なかなかの人物とは聞いていましたが隙のないお方のようですわ。仰られる通り、あの件はこちらに落ち度があります。実は一部の者が先走って許可しました。それによって起きる利害を考えないとは商人としてあまりにお粗末、今は湖の底で後悔していることでしょう。」


 エグザイルの影の支配者マダム・ザラが意地の悪い笑みを浮かべている。なるほど気に入らぬ者は湖に沈めることができると言いたいわけか。


「では私も湖の底に沈めますか?」


「できることならそうしたいですわ。ですがその前に一つ聞きたいことがありますの、宜しいですか?」


「どうぞ、私に答えられることなら。」


 右手の平を上向きに差し出して質問を促す。少しも怯まない俺に少々戸惑いが見られた。影の支配者というだけはあって、この町で彼女に逆らう者はいないと見える。


「これのことですわ。これの販売契約ですが聞いたことのない他所の商人に横取りされてしまいましたわ。一体幾らで落札したかお聞きしたいと前から思っていましたの。」


 そう言って前にデモンストレーションで渡したと思われる金銀の錠を見せ付ける。何度も何度も調べたと見えて幾つかの傷がついていた。


「あまり他の商人の懐を言いふらすのは趣味ではないのですが・・・。」


「命は大事にした方がよろしいと思いますわ。」


「確かにその通り、換えのない命、大事にしたいものです。ああそうだ、鍵の販売契約の話でしたね。あれは百万Gで落札されました。」


「嘘おっしゃいっ!私どもは一千万Gの金額を提示しましたわ。その十分の一の額面で落札されるはずがないでしょう。」


 ものすごい勢いで怒鳴られた。俺が適当な嘘をついて誤魔化したと思ったのだろう。


「嘘ではありません。こういう言い方は悪いかもしれませんが、あなたの代理人は賢いとは言えませんでした。金を積めばなんとでもなる、そう思われるのはこちらとしても心外です。」


「どういう意味です?」


「そう睨まなくても答えますよ。つまりこういうことです。契約金だけで一千万Gも出して、あなた達はあの錠前をいくらで販売するつもりでしたか?私はあの時にも申し上げましたが、あれを世界に広めたいと思っています。ですから、そのビジョンが無い者とは契約できません。ご理解頂けましたか?」


 俺の言葉を聞いていた老婆の顔が元の笑みに戻った。だが周りの殺気は消えていない。


「なるほど、納得できました。私の送り込んだ者よりあなたの方がずっと上手の商人だったようです。新興国の道楽と判断したこちらがいけなかったようです。重ね重ね無礼をお詫びいたします。」


「そうですか、理解して頂けて幸いです。こう見えても私は武器も魔法も使えるのですが、その腕前を披露しないで済んでよかったです。向こうの島と向こうの島に狙撃手が、この建物の周りに剣を持った者が10人ぐらいですかね。私一人にずいぶんな人数を揃えたものです。」


 周りから感じる気配と憶測ではあるがそれほど違わないだろう。目の前の老婆が唾を飲み込む音が聞こえる。


「気付いておられるとは思っていましたが、そこまで分かるものですか?」


「分かりますよ。これでも私は魔王の島から帰ってきたのですよ。それに較べれば大したことありません。」


「魔王の島!ノイエブルクで得られた情報は巧妙に隠されていてよく分からなかったのですが、魔王の島に渡った勇者には三人の従者がいたと聞いています。あなたがその一人でしたか。」


「従者ね・・・。」


 思わず苦笑してしまった。ノイエブルク王家にとっては黒の歴史でしかない勇者の話、その内容が表立って伝わることはない。こちらとしてもあえて公表したりはしない。


「何が可笑しいのですの?」


「従者と言われて少々傷ついただけです。私としては同士のつもりだったんですがね。まあどっちでも構いません。修羅場を潜り抜けてきたことには違いありませんからね。せっかくですからその片鱗をお見せしましょう。Parma Ignis!」


 顔前から火球を放つ。俺とザラを隔てているテーブルに着弾させると、驚いた老婆が頭を抱えて床にしゃがみ込んだ。影に隠れていた者達が躍り出てきた。手には剣を持っている。


「武器を納めなさい。」


 ザラの声が響くと、躊躇いながらも男達は剣を鞘に納めて後ろに下がった。


「もう十分です。あなた方を敵にまわすのは得策ではないと判断しました。あなた達は下がりなさい。商談に武器は不要です。」


「ですがマダム・・・。」


「黙りなさい。この商談でいくらの金が動くと思っているのです。」


「失礼しました。では私どもは失礼致します。」


 男達はザラに向かって丁寧に頭を下げ、この場から立ち去った。俺と二人だけになったのを確認したザラがこちらに向き直る。


「これでよろしいですか?」


「結構です。先ほどまでの殺気が消えて安心しました。」


「・・・では商談に移りましょう。それで本当に取り分はあのままでよろしいのですね?」


「ええ、あのままで結構です。こちらも得、そちらも得、それでいいと思っています。」


「結構です。ではピース商会が全面的に協力致しましょう。」


 ピース商会ザラ代表の手が前に出される。同じくこちらも手を出すと契約の証としてがっしりと握られた。


「契約成立ですね。この件が終わったらまた別の契約を結びたいものです。それまでお互いに良い関係でありましょう。」


「同感ですわね。」


 商談は成立した。この先エグザイルにとって得さえ確保できれば、敵に回ることはないであろう。となれば、次は湖と海を繋ぐ運河の拡張工事の計画でも持ちかけてみようか。

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