対等の関係
「それで一日で帰ってきたんだ。それはご苦労様。」
朝一で送り出して夕方には戻ってきたアレフの報告に対して出た言葉はこれだけだった。
「怒らないのですか?」
「アイゼンマウアーにはもう十分怒られたんだろう?なら俺が怒る必要は無い。それよりゆっくりしてくるはずがそく戻る羽目になるとは可哀想な話だ。それも全部護衛をつけなかったアレフが悪い。まあ俺が言えた台詞じゃないけどな。」
「まあそうですけど、でも護衛がいたとしても狙われていたことには代わりませんよ。」
「まあね、でも多分命が狙いじゃない。少し脅して計画を頓挫させるつもりだったんだろう。馬鹿なやつらだ。」
フェアチャイルドかロッキードか、その両方か、現王の政策をよく思っていないらしい。正確に言うと政策でなく存在自体が疎ましいのだろうか。どちらにしろなんらかの対策をしなくてはいけない。
「とりあえずアレフ、連合王国のことはアイゼンマウアーに任せることにする。お前さんはここの建設に携わってくれ。」
「僕は途中で投げ出すつもりはありませんよ。このまま続けるわけには行きませんか?」
「駄目、というか無理。今回のことで連合王国側が過剰反応する可能性が高い。余計な心配をかけない為にも遠慮してくれ。それより、よく王妃連れでごろつき共に対抗できたな。どうやったんだ?」
「竜巻による絶対の防御です。それで半分以上が無力化できましたし、竜巻の効果の最中に強化魔法をかけてもらいましたので後は成り行きで終了です。」
なんて無茶なことをする。竜巻に外から風が流れ込むことで予想外に大きくなったり、移動してしまうこともあり得る。
「竜巻の中心だからといって絶対に安全ではないぞ。」
「そこは予め魔法の鏡を使用しておきました。魔法障壁の七色の光はとても綺麗でしたよ。」
「なるほどそこまで考えての行動か、恐れ入ったよ。ある意味ごろつきに同情する。襲った相手にいちゃつくのを見せ付けられるとは思ってもみなかっただろうね。」
「僕達はいちゃついてなんていません。」
「はあ・・・そう思うのは自由だ。まあ今日はゆっくり休むんだな。俺はもう少し仕事をしていく。」
「分かりました。でもほどほどにして下さいね。」
アレフが執務室から出て行く。多分誰のせいで俺の仕事が増えたのか分かっていない。連合王国での公衆浴場建設計画を少々変更しなくてはならなくなったのに。
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アイゼンマウアーはある意味ほっとしていた。陛下を国許に帰した翌朝、すぐに計画変更の書類が届いた。変更されたのは携わるのが自分一人になったことだけで、アイゼンマウアーの思惑通りになったのである。昨日自分自身と陛下が戦わざるを得なくなった空き地を眺める。ここでの戦闘のことで自分が襲われたことはあえて記さなかったのだ。
「なあ、鉄壁よ。お前さんも襲われたって話だけど本当か?」
滞在するのはアイゼンマウアーだけになったのだが、正式に連合王国側から護衛がつくことになった。それでガイラが護衛についている。煩わしいとは思ったが昨日のことがある為に断ることができなかった。
「少々違うな。正確に言うと襲われたのではない。私が彼等を稽古の相手にしただけだ。」
「なるほどねえ、確かにアーサーがそんなことを言ってた。襲ってきた奴まで稽古の対象にするとはお前さんらしいや。で、なんの稽古をしていたんだ?」
「私に教える義務はないと思うが?」
アイゼンマウアーは真顔で素っ気無く答えた。その答えも予想していたのでガイラは懲りない。
「そう言うなよ。さっきから護衛の騎士がへたりこんでいるのはお前さんのせいだろう?おそらくその稽古に関係すると思うのだが違うか?」
ガイラは今朝からアイゼンマウアーを観察していた。護衛対象となったアイゼンマウアーと護衛の騎士がすれ違う。すると護衛の騎士が首を傾げる。それだけではない。腰の剣に右手が伸びていたり、右手の汗を拭ったりしている姿も見られている。
「なんだ、気付いていたのか。悪いとは思ったが少々試させてもらった。これまた言っては悪いが私に対応できた者はほとんどいない。」
「もしかして攻撃でもしたのか?」
「ああ、心の中の話だがな。立っている者の間合いの内側に一歩入って打った。今のところ対応できた者は一人しかいない。」
一人しかいない、アイゼンマウアーの言葉にガイラはピンときた。他の騎士達にやったことを自分がされていないわけがない。だがガイラ自身がそうされた覚えもなかった。
「まさか俺か?」
「そうだ、ガイラ殿には間合いを外された。おそらく無意識だとは思うが間合いの内側に入られることを嫌われたのだろう。違いますか?」
「ん~、よく分からん。殿とか付けないでくれ、寒気がする。ガイラでいい。鉄拳と呼ぶ奴もいる。」
「そうか、だから私のことを鉄壁と呼んだのか。結構、では私は鉄拳と呼ばせてもらう。」
アイゼンマウアーは今までに味わったことのない感情に顔が緩んだ。今までアイゼンマウアーに対してこんなことを言ってのけた者はいなかった。今目の前にいる男は孤高を演じるアイゼンマウアーの壁を平然と遠慮なく乗り越えてくる。対等の関係をとろうとするガイラの存在、それが何とも好ましく思えた。
「いいぜ、鉄拳と鉄壁、どちらが上か付き合ってもらうぞ。言っておくが俺はしつこいからな。この間は負けたが次はそうはいかない。いや勝つまでやる。」
「私はそれでも構わないが、私闘をするには陛下のお許しが必要だ。」
「問題ない、アレフには許可を得ている。鉄壁、お前さんに勝てたらアレフ取っておきの戦術を教えてもらう約束がしてある。世界中の誰にも破れない必勝の手だそうだ。」
「まさか、陛下がそのようなことを言われるとは信じられない。」
アイゼンマウアーが驚いた顔をした。アレフが王になってからほとんど我を出したことはない。
「鉄壁、お前さんはそう言うがアレフの奴はあれで結構熱いところがある。自他共に認める最強を目の前にしてそれに対抗する手段ぐらい考えておくものさ。それにそういう奴がもう一人いただろう?」
「ああ、確かにそうだ。たった一回しか通用しませんと予め宣言してから見事にやられた。あれで私は次に進むことを決意させられた。それが今試行錯誤していることだ。済まんがしばらくの間は期待に答えることはできないかもしれぬ。」
「構わん、願ったり叶ったりだ。互いに切磋琢磨していくぞ。」
ガイラの無邪気な笑顔にアイゼンマウアーはすうっと背中が軽くなったような気がした。常に手本となるように強く厳格であらねばならない、この男の前ではそんなことを思う必要はないようだ。