闘いの喜び
「私が連合王国大王ウィルフレッド五世が三女アンナです。本日は遠い所おこし下さいまして誠にありがとうございます。」
「本日はお招き頂き誠にありがとうございます。ローザライン共和国国王アレフ一世が妻ローゼマリーにございます。」
マクダネル家の屋敷を訪れたアレフとローザはアンナ王女の挨拶で迎え入れた。アンナ王女はしばらく緊張の為ぎこちなかったが、今は屋敷の中庭で一緒にお茶を楽しんでいる。アレフとガイラが少し離れた所でその光景を眺めていた。
「いい女だな。言っちゃあ悪いがうちの姫さんと較べると際立って見える。」
「駄目ですよ、ガイラ。アンナ王女はまだ13才と聞いています。年齢にあった可愛らしさがあるではないですか。」
「うん、まあ、そうなんだけどな、あの姿はいつもとは違うんだ。いつもはこうむきになって俺に突っかかってくる。」
ガイラは軽く拳を握るとアレフに向かって突き出してみせた。アレフは無意識にその拳を避けた。
「もしかしてあのお姫様が弟子ですか?なんと言うか、ガイラらしくもない。」
「やっぱりお前もそう思うか。俺自身もそう思わんでもない。」
「だったら何で!?」
「ただの成り行きだ。だがあの姫さんは本気で強くなろうとしている、昔の誰かさんみたいにな。」
「そうですか、それでガイラの目から見て素質はあるのですか?」
その問いかけにガイラはアンナ王女の方をちらっと見る。
「まだ何とも言えん。俺と違って体が軽いから手数で勝負するしかない。俺は基本しか教えないから、それらをどこまで昇華させるのかは当人だけの課題だ。」
「なるほど、どこかで聞いたことがあるような言葉ですね。」
「まあな、で、そのお前の師匠は元気か?」
「ええ、元気です。先日アイゼンマウアーと模擬戦をして見事に一本入れて見せましたよ。」
「マジでかっ!どうやった?」
「こう構えて一閃、見切って攻撃に移ったアイゼンマウアーの顔前に火球を放ちました。その予想外の攻撃に鈍った剣を払って終わりです。本人は一度しか通用しない手品にすぎないと言ってましたが、それでも見事な一本でした。」
アレフが手振り身振りを加えて説明する。
「ん~、俺にはよく分からんがそのタイミングで魔法を使うのは難しいことなのか?そのまま剣を振り下ろせばアイゼンマウアーの勝ちだっただろうに。」
「だから次に同じ手は通用しないとケルテンさんも言ってました。ちなみにそのタイミングで魔法を使うのは不可能です。少なくとも僕の知っている誰にもできません。それだけにアイゼンマウアーが驚いたのですよ。」
「そうか、知識があるのが逆に敗因になるとは皮肉なことだ。また倒さないと気が済まない相手が増えたな。それでアレフ、お前さんならアイゼンマウアーにどう対抗する。あの師匠に倣って勝つ方法の一つぐらいは考えてあるだろう?」
「無いこともないですが秘密です。卑怯とも言える方法ですが、まず誰にも負けることのない方法がありますよ。おそらく世界に一人、僕にしかできない方法です。」
「自信があるようだな。なんだったら俺とやるか?」
ガイラは立ち上がるとアレフに向かってファイティングポーズを取る。半分くらいは本気のガイラにアレフは微笑んでみせた。
「お断りです。大切な友人を無くすことになりますからね。いくらガイラでも天からの雷には対処できないでしょう?」
「それは無理だな。だけどあの魔法を唱えさせる時間なんか与えないぞ。」
「これ以上は秘密です。もし知りたいならまず僕の近衛騎士アイゼンマウアーに勝ってからにして下さい。先日の敗戦を糧に更なる高みを目指すと言ってましたよ。」
「分かった。あいつを倒さないとお前さんが出てこないと言うならそうさせてもらおう。」
アレフの挑発的な言葉をガイラは嬉しそうに返した。
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一方その頃、公衆浴場建設予定候補地の一つを訪れていたアイゼンマウアーは、不穏な空気を感じていた。
「済まないが、しばらく離れていてくれ。」
「何か不都合でもありましたでしょうか?」
案内人は何も気付いていないので、自分が何か粗相でもしたのだろうかと不安そうな顔をしている。
「いえ、そうではありません。どうも私どもにによくない感情を抱く者がいるようです。」
「えっ!どこに・・・。」
「駄目です。振り返らずにこのまま真っ直ぐ進んで下さい。あそこの小屋にでも避難しているといいでしょう。」
振り返ろうとする案内人を止め、先にある仮の事務所となる小屋を指差す。案内人はぎこちなく歩き、後ろも見ないで小屋の中へ飛び込んだ。アイゼンマウアーは空き地の真ん中で足を止め振り返った。武器を持った柄の悪い連中十数人が立っている。
「何か私に用かな?」
「別にあんたに用などない。余所者が大きい顔をしてこの町を歩くとは許せぬ。そう仰られる方がいるだけだ。悪いことは言わない、怪我をしないうちに自分の国に帰れ。」
その柄の悪い連中を束ねているであろう男が偉そうに話した。どう見ても貴族や王族とは関係ない風貌をしている。
「済まないがそれはできない。私に命令できるのは我が陛下のみ。陛下の御意に答えるのが我が騎士道故、そなた達の指図は受けることはできぬ。」
「おいおい、聞いたかよお前等、ここに馬鹿がいる。騎士道だかなんだか知らないが、どうも死にたいらしいぞ。」
わざとらしく大声でそう言うと、周りにいる連中が下品に笑う。
「どこの手の者かは知らぬが痛い目に会わぬうちに帰るがいい。我が国とこの国の関係を壊すわけにはいかぬから、今聞いたことは聞かなかったことにしてやろう。」
「阿呆か、痛い目に会うのはお前だ。武器も持たずにこの数を相手によくそんなことを言えるものだ。それも騎士道ってやつか。」
各々が剣や槍、釘を打ち込んだこん棒を手にしていて、それをこれ見よがしに振っている。それとは対照的にアイゼンマウアーは武器も鎧も身に着けていない。数も装備も圧倒的である故の高圧的な態度なのだ。
「もう一度だけ言う。ここは手を引いてくれぬか。余計な血は流したくない。」
「ああ、面倒臭いやつだな。もういいや、お前等やっちまえっ!」
ごろつきのボスが手下に命令を下すと、アイゼンマウアーを囲むように展開した。まだ互いの間合いには入っていない。
「よろしい、ではお相手しよう。」
アイゼンマウアーはそう言いながらも構えを取らない。自然体に立ったまま、いつものように相手の動きを見切ろうとする。そこでふと何か思いつき、今までに誰も見たことのない愉悦の表情を浮かべた。