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勝利の執念

 ローザラインの城の一角にある訓練所。本来は騎士か兵士しか姿を見せず、武器を振る音と叱咤激励の声しか聞こえないはずである。そこになぜか城にいるあらゆる人々が垣根を作っていた。


「なんでこうなったのかな?」


「すみません。僕が口を滑らしました。近衛騎士隊長に挑戦すると言う無謀な宰相殿の勇姿を見届けたいそうです。」


 特別に作られた簡易の王座に座るアレフがそう言う。周りが騒々しい為、この会話は余人には聞こえていない。


「分かった。さっさと終わらせて本来の仕事に戻させよう。いつまでもこんな所で遊ばせておくことはない。」


「では頑張って下さいね。」


 アレフの言葉に頷き、アイゼンマウアーが静かに立っている訓練所中央へと歩く。


「こうして闘うのは二度目です。覚えていますか?」


「ええ、覚えていますよ。私がノイエブルクの近衛騎士隊長であった時現れた小癪な新人のことは、生涯忘れることはないでしょう。」


「同感です。私の渾身の抜き打ちが完全に見切られたのは、あれが始めてです。」


「あれは私の方に利があり過ぎました。あの時の得物は騎士が普段練習に使っている木剣でしたから、大体の間合いは見切れます。しかし、今日はそうではないようです。それが勝利を得る為に用意させた物ですか?」


 アイゼンマウアーの目が俺の腰に佩いた木刀で止まる。特別に作らせた木刀で鞘に納まっている。外見からだと刃に当たる部分だけでも1mはあるように見えるはずだ。


「そんなところです。では始めましょうか。ルールは何でもあり、頭、首、武器を持つ手への攻撃をもって勝利とする。そんなところでしょうか?」


「結構です。私に異論はありません。」


 二人だけにしか聞こえない会話が終わる。互いに離れるように歩き、10mの距離を取る。俺は腰を落とし木刀の柄に右手を当てる。アイゼンマウアーは訓練用の木剣を中段に構えている。


 ジャーンッ!


 開始の銅鑼が鳴らされた。まだ抜くには距離が遠いので摺り足でにじり寄る。アイゼンマウアーに動きはなく、魔法を使う気配もない。


 潮合は満ちた。大きく一歩踏み込み一気に木刀を鞘の中で走らせる。鞘の長さより短い刃をアイゼンアウアーに向かって伸ばした。このまま行けばアイゼンマウアーの右篭手に当たるはず、その瞬間目標が消えた。


 やはりこれも見切るか。木刀の刃先が何もない空間を通り過ぎる。アイゼンマウアーが上段に構えなおしたのが見える。アイゼンマウアーの木剣が振り下ろされる。あの時とほぼ同じ状況、だがここまでは予想通り、今朝まで練習していた魔法を発動させた。


《Palma Ignis!》


 振り下ろされるアイゼンマウアーの手の部分に炎球が当たる。動きの鈍った木剣を返す刀で払い、アイゼンマウアーの頭上3cmの所で木刀を止めた。


 静まり返っていた観客がうるさいぐらいに沸く。木刀と木剣が納められ、距離を取ってから互いに一礼して模擬戦を終了した。


「私の負けですね。まさかあのタイミングで魔法とは、いつ魔法を唱えたのか全く見えませんでした。」


 にこやかに笑みを浮かべたアイゼンマウアーが歩み寄ってきて感想を言った。


「その練習を積みました。多分二度と通用しないことも理解しています。一回限りの勝利、ただそれだけの為の技です。」


「なるほど、私は宰相殿の勝利の執念に負けたのですか。ありがとうございます、私は自分自信の欠点が分かりました。これで更なる高みを目指して精進することができます。」


 呆れた、まだ上を目指すか。アイゼンマウアーの目指す高みがどこまで高いのかは分からないが、一瞬だけでもその上に立つことができて満足だ。黙って手を差し出すと、アイゼンマウアーの無骨な手が俺の手を強く握った。


 ----------------------------------


「宰相殿、あまり無茶はしないで下さい。おかげで午前中の仕事が滞っています。」


 群がる人をかき分け、なんとか宰相執務室に戻ってきた俺にいつもの小言が始まった。


「なんだ、ドゥーマンは俺の勇姿を見に来てくれなかったのか。」


「これで上から見ていました。あんなに人がいる所に行ったら戻ってこれる自信はありません。」


 そう言いながらドゥーマンは手に持ったオペラグラスをちらつかせた。


「なるほど、その手があったか。確かにここからでも見えないこともないな。」


「ええ、そこの窓からでも訓練所は見えます。それよりさっきの魔法はどうやったのですか?私の知る限りあのタイミングで魔法を放つことなどできないはずです。」


「秘密だ。多分ドゥーマンに同じことはできない。」


「何故です、私では魔法の才が足りませんか?」


 ドゥーマンが珍しく食って掛かってくる。ここローザラインでは魔法の才に長けた者として自負しているのだ。それを否定されたと思ったのだろう。


「そうじゃない。ドゥーマンの魔法の才はローザラインでも五本の指に入る。試みに聞くが、お前の基本放出魔力は幾つだ?」


「4です。それなりに高い方だと思いますが足りませんか?」


「残念だな、4では高すぎる。ちなみに俺の基本放出魔力は2だ。つまり小火球の魔法を使う為に放出する魔力を調節する必要はない。まあ教えることができるのはこの辺までだ。後は自分で考えるといい。」


「分かりました。いずれ何らかの結果を報告できると思います。しかし宰相殿の基本が2とは意外です。消費魔力の多い魔法をいとも簡単に行使していましたから、よほどの才能をお持ちだと思っていました。」


「うん、マギーにも同じことを言われた。まあ力は使い方次第だってことだ。さあいつまでも雑談していないで滞った仕事を片付けるぞ。」


「はっ!ではこちらから・・・・。」


 ドゥーマンから差し出される書類を片付ける。いつになく気力に満ちた俺は物凄い勢いで書類を片付けていった。


 夕刻、普段より早く職務を終えた俺は、約束通り城下の酒場で一人では飲めないほどの酒を振舞われることになった。もちろん一杯飲むごとに解毒の魔法を使っていたことは誰にも知られていないはずだ。

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