論客来る
グランローズ海峡の工事が始まって半月、工事に関わる人員が増えた為ここには一つの村を形成しつつある。工事関係者の為の宿舎、医療施設、食堂、衣服や食料品を売る総合商店を公的に作ると、それに伴い酒場、賭博場、娼館などが民間の者の手で作られた。飲むはともかく、打つ、買うは表向き推奨はできないが、どちらもガス抜きとしては必要と考えているので設営の反対はしていない。ローザライン、メタルマでも同じく設営を許している。
「てめえ、今なんて言った!!!」
工事の合間の村に怒号が響き渡った。皆が声のした方を見ると工事責任者が一人の男の胸倉を掴んでいる。
「おいおい、どうした。穏やかじゃないな、クヌート、まず手を放してやれ。」
俺の仲介にクヌートと言う名の工事責任者は不満そうに突き放した。後ろに放り出された形になった男は、仲間と思われる男達によって受け止められた。
「で、何があった?クヌート、意味もなく手を出したりしないよな。」
「ああ、当たり前だ。こいつはあんたの悪口を言っていた。それも不平不満を煽るように触れ回っていたんだ。俺は自分の悪口を言われても構わんが、あんたの悪口は許さねえ。」
クヌートは口から唾を飛ばしながら、ここにいる全ての者に聞かせるように怒鳴った。周りに同調している者もいるようだ。
「そうか、私も同じ考えだから私の為に怒ってくれなくてもいいぞ。」
まだ怒り狂っているクヌートの肩をポンと軽く叩いて慰める。このクヌートは親分肌の大男で、魔法を覚えることができたので工事責任者に据えたのだ。
「言いたいことがあるなら直接言って欲しいな。今ならみんなが聞いているし、よりよいことがあるなら聞かないこともない。」
俺が話を振るとさっきの男に皆の視線が集まった。その視線にたじろいだ男は年の頃は20台半ば、端整と言っていい顔は貴族然としている。
「い、いや、不満と言うか・・・そのなんだ・・少しおかしいと言っただけだ。」
「嘘だ、さっきはっきりと聞いたぞ。宰相だけ贅沢をしているだの、宰相は自分だけ女連れでずるいだの、好き放題言ってたじゃないか!」
「クヌート、もういい、もういいから。俺としては本人の口から聞いてみたい。よし、何を言われてもそれによって罰を与えたり、復讐したりはしないから言ってくれ。」
「じゃ、じゃあ言わせて貰うが、ここは不公平だ。我々はこの国に身分の違いはないと聞いて来た。それが実際にはあんたやそこの大男は偉そうにしている。実際に貰える金も違う様だ、これはどういうことだ!?」
さっきまでの怯えた感じが消えて、周りの観衆を意識した演説が始まった。つまりさっきまでは周りの視線を集める為の演技だったのだろうか。
「なるほど、君の言いたいことは分かった。だがここは反論させてもらおう。ここローザラインには貴族や平民といった身分の違いはない、これは皆も周知のことだ。だが実際には個々の能力に基づいた職責によって権限や俸給が異なる。これは不公平ではないと私は考える、違うだろうか?」
「あんたの言うことは分かった。だが俺はそいつに劣ることはないと自負している。古株か新参かで見定められている様で納得できないな。」
「もし君が彼を上回る能力を持っているのなら行動で証明してくれ。いずれ何らかの職責を与えるであろう。他には何かあるか?」
「では次だ、あんただけが自分の女を連れて来ている。これは不公平じゃないのか?」
「あんた、馬鹿ぁ!どう見たら私がただ連れて来られた様に見えるのかしら?」
俺の後ろで黙って聞いていたマギーが、明らかに悪意のある言い方で男を罵倒した。マギーの言葉に男の顔が一旦赤くなり、徐々に青くなるのが見えた。
「マギー、そんな責めてやるなよ、まだ来たばかりで何も知らないんだ。では、まず第一に彼女がここにいる理由はこの工事に必要な技術を持っているからであって、私の妻だからではない。第二に私はここに妻子や身内を連れてくることを禁じていない。実際には宿泊施設の不足や物資の問題で家族で住むには適していないが、望む者がいるならぜひともそうしてくれ、出来る限りのことはさせてもらう。」
「その必要な技術とは何だ?俺はそんな話は聞いて無いぞ。」
「それは国家機密レベルの魔法で今すぐ教えることはできない。今のところ、私と彼女以外に修得できる者はいない。もしその資格があるのなら私の耳に入っているはずだ。君達も入国時に修得魔法の申告をしただろう?」
「いや、そんな話は聞いた覚えはないがあんたが言うのだからそうなのだろう。だが知識の占有は感心できない、なんの権利があってそうしている。」
やっぱりおかしい。さっきから違和感があったのだが、今の言葉で彼が正規に入国してきた者ではないことは明白だ。ここローザラインでは入国してくる者に何ができるか必ず聞いている。文字が読める者には書面で、そうでないものには口頭で確認しているのだ。
「権利も何も私が発掘、解析した物だ。只で誰かに教えてやる義務はない。それに只とは言ったがそれは金を示すものではない。能力や倫理の足らぬ者に教える気はない、そう言う意味です。」
「なんだと、俺がその能力や倫理の足りない者だとでも言うのか!お前はいつもそうだ、そうやって人を権威を見下してきた。そんなにお前は偉いのか、人を、国を欺く権利がどこにある!お前のせいで身を滅ぼした者が何人いると思っているのだっ!」
「なるほど、つまりあなたの家は私のせいで滅んだ。わざわざそれを言うためにこんなところにまで来たというわけですか。残念ですがあなたの家を滅ぼしたのはあなた自身です。私はそのきっかけを作ったにすぎません。」
「ふざけるな!貴族の血を引く俺と平民でしかないお前では格が違う。お前など本来ならまともに話すことさえ許されんのだ。お前などにそんなことを言われる筋合いはない。」
この議論を始めた時の自信のある姿はもうどこにも見えない。周りの者の彼を見る目が、白けたものから憎しみの籠もった目に変わったのがはっきりと分かった。
「そうですか、ではこの国から立ち去るといいでしょう。ここにはあなたの様な者は不必要です。邪魔はしませんので、どうぞあなたの楽園にお帰り下さい。」
「くそっ、言いたい放題言いおって。いいか、覚えておけ、俺は議論でお前を消そうとしたが、もっと短絡的な方法でお前を消そうとする者もいる。何時までもこのままでいられると思うなよ。」
最後にそう捨て台詞を残すと、貴族の何某は周りの者を連れて村の外へと歩いて行った。武器を持った者が殺気立ってその後を追おうとしている。
「追ってはいけませんよ、待ち伏せがあるかもしれません。それより工事の続きをしましょう。」
俺の言葉に従い皆が自分の職場に向かう。俺の言うことを信頼してくれている彼等をあんな奴等に害されたくはない。手が開いたら俺一人で追う、そう心に決めた。