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詐欺師

「これはこれはシュタウフェン公爵閣下、玉体に等しき公爵のご来訪、このバーゼル家の末代までの名誉となりましょう。」


 ノイエブルク城下でも最も城に近い区域にある屋敷では、突然の国務大臣の来訪にバーゼル男爵が震えんばかりに感動している、様に見えた。豪華に飾られた応接室での光景である。


「・・・・ふむ、玉体とな。これは男爵もなかなか的を射た言い様をするものじゃ、ほっほっほっ。」


 公爵の一瞬の間に、バーゼル男爵は自分の言ったお世辞が間違ったかと思ったが、その後ご機嫌な老人の笑い声にほっと胸を撫で下ろすことができた。


「いえいえ、ジギスムント様は陛下となられましたがまだ20台の半ば、実質の国王は閣下だろうと皆申しております。」


「そうかそうか、皆がそう言っておるか。男爵は口がうまいと見えるが、社交辞令や美辞麗句はその辺でよかろう。わしも忙しい身なのでな、本題に入るとしようか。」

 

 その言葉に込められた意味と冷酷に光る老人の目に、バーゼル男爵は胆を冷やしている。公爵の用件は多分暗殺失敗の件であろうと予想できている。


「申し訳ありまぬ、此度の失態弁解の余地がありません。」


「そうであろう、出立前の高言、わしは忘れてはおらぬぞ。しかしまあ事が露見しなくてよかったのう。もしそうであったら、わしはそなたを見捨てていたであろう。そうならなかったことだけは、そなたとしても幸いであったのかもしれぬ・・・のう、バーゼル男爵。」


 シュタウフェン公の低く抑えた声は、バーゼル男爵にとって死刑を宣告されたも同然に聞こえた。男爵は己の体ががくがくと震えているのを意識した。


「ふむ、自らの罪を恥じる気持ちはあるようだのう。まあよい、しばらくは大人しくしておれ。噂に聞くローザラインの宰相とやらはずいぶんと切れ者だそうな、もしかすると此度のことも看過しておるやもしれん。そなたは暗殺されぬ様、気をつけた方がよかろう。」


「はっ!私ごときの身を案じて頂けるとは・・・」


「ふん!そなたの身など案じてはおらぬわ。あの裏切り者達をこれ以上付け上がらせるわけにはいかぬ!そうであろう。」


 公爵はバーゼルの言葉を遮り苛立ちをぶつける。バーゼルはこれ以上の抗弁は無意味どころか逆効果と判断して、懐から取り出したハンカチで汗を拭きながら、公爵の怒りが何処かへ行くのを待っていった。バーゼルはしばし時を待ち、公爵が落ち着いたのを確認してから口を開いた。


「仰られること、汗顔の至りです。ですが、公爵閣下が私の屋敷にお越しになられたのは、私を断罪する為ではないと愚考致します。なにか私にできることがあるならば、ぜひお聞かせ頂きたい。」


「ほう、殊勝なことじゃ。そうじゃな、ある王族から面倒なことを頼まれておる。ぜひと言うそなたに頼むとするかのう。」


 嫌味っぽく話す公爵の口調には断ることを許さない雰囲気があった。おそらくこの申し出を断った場合は、元老院の命令により暗殺されるであろうことは用意に想像できた。


「ある王族とはどちらの方でしょうか?このバーゼル、持てる全ての力を持って援助させて頂きます。」


「そうか、催促した様で悪いのう。実はある王族とはカウフマン公爵のことじゃ、荒れ果てた荘園の立て直しを国務大臣のわしに泣きついてきた。だが王族とは言え、個人の荘園に国の金を使うわけには行かぬ。そなたが援助してくれるのならば安心じゃ、ここは男爵にお任せするとしよう。」


「はっ、ここはこのバーゼルにお任せあれ、必ず立て直してみせましょう。」


「そうか、そうか、快く引き受けてもらえてよかった。ではわしはお暇することにしようか、まだ行く所があるのでな・・・・ああ、見送りはいらぬぞ。」


 言葉の途中で立ち上がったシュタウフェン公爵は、慌てて立ち上がったバーゼルを手で制した。そのまま執事の空けた扉に消えた公爵の後ろ姿を、バーゼルはため息と共に見送った。


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「宰相殿、ノイエブルクのシャッテンブルグ殿から報告書が届いています。」


 ドゥーマンの差し出した封書を手に取って封蝋を破る。他の者に見せることのできない書類は、各責任者一人一人に宛がわれた専用の紋章で封印してあるのだ。取り出した書類を開いて目を通し、その内容に軽く頷く。


「シャッテンブルグ殿からの報告には何がありましたか?」


「カウフマン公爵の荘園の立て直しをバーゼル男爵に援助させる。それに成功したとの報告だ。シャッテンブルグのことだ、裏から手を回してうまくやったのだろう。」


「まあそうでしょう。シャッテンブルグ殿は温厚そうに見えて、あれで酷薄なところがおありです。」


「そうか、ドゥーマンには温厚そうに見えたか。俺には最初から怖い人間に見えたんだがな。」


「それは宰相殿にやましいことがあったからではないですか?私はノイエブルクへの工作が始まるまで気付きませんでしたよ。」


「やましい・・・か。そうだな、マギーを不幸にしたら許さない。彼の目はそう語っていたよ。」


 ずいぶんと昔のことに感じるのだが、ラオフの村で一泊した後屋敷までマギーを送っていったのが、シャッテンブルグに初めて会った時だ。あの時の人を見定める様な目は今でも忘れることはできない。


「まあ不幸にはしていませんな。あとは子供でも出来れば、彼の心配事はなくなるでしょう。たまには仕事から離れて二人でいたらどうですか?」


「よく言うよ、俺に仕事を持ってくるのはお前だろうが・・・あっ、そうだ、思い出した。ドゥーマン、例の海峡の工事を始めていいかな?俺とマギーがかかりきりになるから遠慮していたんだが・・。」


 俺の下にある魔道研究所でも知力がAに値する者はいない。つまり大爆発の魔法を使えるのは俺とマギーしか居ない為、大規模な破壊が必要な海峡の開発が停止していたのだ。


「構いませんよ、ライムント16世様を慕ってかなりの数の文官が流出してきましたので、宰相殿がいなくてもなんとかできます。それに正式にノイエブルクと国交を樹立しましたので、約定は守らねばなりません。さらにグランゼへの支援に欠かせない事業でもありますので、ぜひともお願い致します。」


「そうか、ならしばらくは向こうにいることになるか。しかし海峡とか、向こうでは分かりにくいな・・・よし、グランローズ海峡と仮称する。それでいいか?」


「グランローズ・・・なるほど、ローザラインとグランゼの間の海峡ですか、相変わらず宰相殿の命名センスは際立っていますな。」


「一言余計だよ。じゃあ決まりだ、工事も仮称も両方ともな。日程の調整は任せる。」


 他に幾つかある俺にしか裁可できないことを処理している間に、ドゥーマンが他の文官といろいろ話し合っている。しばらくして提出された書類の束にその計画書も混じっていた。


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「見事なぐらい殺風景ね。まあ、あなたと一緒ならいいけどね。」


 ローザライン大陸側から向こうの大陸を望む崖の上に二人で立っている。


「何時までも殺風景のままにはしないよ。ノイエブルクには言ってなかったけど、大型船は通行料金をとるつもりだからここを港町にする。」


「相変わらずあくどいわね、確かにノイエブルクとの約束は安全な航路の確立だったわ。」


「だろ、何も文句を言ってこなかった向こうが悪い。それに向こうの言い分だと暗殺される隙がある方が悪いのだろうね。」


 前に暗殺されかけたのは忘れていない。表向きは何も無かったように振舞っているが、はらわたが煮えくり返るぐらい怒っているのだ。


「思い出したらまた腹が立ってきた。もしケルテンが死んでいたら、ノイエブルクの城を跡形も無く消してやったと思うわ。いえ、今からでも更地にしてやろうかしら?」


「止めてくれ、まじで冗談に聞こえないから。」


「冗談じゃないわ、未遂とはいえ許せないこともあるのよ。」


 どうやら冗談ではなかったらしい、マギーの目が座っている。


「はあ、俺の為に怒ってくれるのは嬉しいがそんな簡単に済ませる気はない。なにより君が破壊の象徴として歴史に残ることを俺は望んでいないよ。」


「ふ~ん、相変わらず優しいのか厳しいのか分からないわね。まあそんなところが好きなのかもしれないわ。わざと人を崖から突き落としておいて手を差し伸べる。あなた、詐欺師としても一流かもね。」


 一国の宰相たる者、善良だけではやっていけない。相手にとっては詐欺師ぐらいでちょうどいい。そう思ったが口にするのは止めた。マギーはどちらかと言うと善良で表と裏がない。いずれメタルマを治める女王にしようと思っていた。


「そうかもしれない、でもしばらくは工事責任者として一流になろう。じゃあ今日は下見だけにして、明日からの仕事に備えようか。」


 見える範囲で破壊しなくてはならない場所を確認する。いずれ海に潜れる者を呼ぶ為に休憩する施設を作る場所も必要だし、人を集めるとなると生活に必要な施設も必要になる。ここに二人だけでいれるのは長くはないだろうから、今この時を楽しむことにした。

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