グランゼの乱
「これからグランゼに入るが、その前に一つ言っておくことがある。今回の査察は非公式で王族を敵にまわす可能性が高い。だからお前達に同行を拒否する権利をやる。魔法なり道具なりを使って城に帰れ。十分後にここを出立する、それまでに決断してくれ。」
サイモンはそれだけを告げると、部下に背中を向けて目を瞑った。は詳しくは知らぬことだが、部下の家族には王族に仕える者がいるかもしれないし、仮にそうでなくても今後有形無形の妨害はあるかもしれない。自らの出処進退はともかく、数多くの部下の処世全てを背負うことは躊躇われたのだ。
十分後、覚悟を決めたサイモンが振り返ると、そこには一人も欠けることなく出発を待っている部下達の姿があった。
「揃いも揃って馬鹿ばかりだ。俺についてきてもいいことなんかないぞ。」
「馬鹿は隊長の方ですよ。こんなことの為に十分を無駄にするのですから。」
「そうか・・・余計なお世話だったか・・・・分かった。じゃあ行くぞ。」
サイモンは溢れそうになった涙を隠す為、再び部下に背を向けるとグレンゼに向かって足を進めた。
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ノイエブルク入植地グランゼは、周りを木の柵で囲み人の出入りを拒んでいる。唯一ある入り口にも常に門番が立ち、さらに幾つかある見張り塔から村の中外を見張っている。当然サイモン達十数名は村に辿り着く前にその姿を発見されていた。
「誰だ、ここはノイエブルク王国の領地だ。許可の無い者の進入は許していない。」
二人の門番が手にした槍を互いにクロスさせ、サイモン達の行く手を遮った。サイモン達は普段着ている騎士の鎧は着ていない。帯剣はしているが身軽な革鎧に小型の盾しか持っていない為、一見ただの旅人にしか見えない。
「私はノイエブルク王家近衛騎士隊長サイモン=ローゼンシュタインだが、それでも許可が必要か?。」
堂々としたサイモンの口調に門番二人がたじろいだ。それでも自分達の仕事を思い出して、なんとかサイモン達の侵入を遮る。彼ら二人の後ろにも兵士が集まってきており、簡単には進入できそうにもなかった。
「おいおい、こんなことをしていいと思っているのか?近衛騎士隊長を通さなかったと公爵に叱られても知らんぞ。いいから公爵に近衛騎士隊長が来たと伝えろ。」
「わっ、分かりました。しばらくお待ち下さい。すぐにでも伝えてきます。」
集まっていた兵士の何人かが村の中へと走り出した。サイモンは腕を組んで待っているが、その威勢に兵士達は何もできずにいる。それもそのはず兵士の隙間から見える中の様子は、サイモンを激怒させるのに十分で、それが顔に出ていたのだ。
村の中で働いている男達はぼろぼろの服、ろくな食事も取ってないと見えてガリガリである。しかも辛そうに働いている者が鞭で打たれている光景まで見えた。
「これはこれは近衛騎士隊長殿、どうされましたかな。査察は先日終わったばかりですが?」
今のサイモンにとっては耳障りな甲高い声に、サイモンの前の兵士達が二つに割れる。そこには贅沢な服を着たカウフマン公爵が立っていた。もちろんその前後は数人の兵士が護衛している。
「査察はまだ終わっていません。ここから見える限り、何の問題もないとは言えないようですな。」
「これは異なことを言われる。この私が問題無いと言っておるのだ、これ以上のことはあるまい。」
「誰が何と言われようがこの目で見たことが全てです。やましい事が無いならここを通して頂きたい。」
「無礼な!公爵である私の言を信用ならぬと申すか。たかが騎士隊長ごときが王族にたて突くとどうなるか分かっているのか!」
激高した公爵が権力を盾にサイモンを怒鳴りつける。
「先ほども申し上げましたが、この目で見たことが全てです。これ以上の抗弁は無用、力づくでも通らせてもらいます。」
「ふん、その程度の人数で何ができる。怪我をしないうちに帰るがよいわ。」
入り口の両脇にある見張り塔にいる兵士達が弓を構え、公爵の周りの20名前後の兵士が剣を抜いた。入り口は狭く二人が並んで入ることしかできない。公爵にとって突破されることはないと思える。
「では参るっ!」
サイモンは打ち鋼の剣を一気に抜剣し、最も近くにいた兵士を剣の腹で打った。吹き飛ばされた兵士が立ち並んでいた兵士達に当たり隊列を乱す。サイモンの剣は通常の物に比べて1.5倍ほどの長さがある。一見抜剣には不向きに見えるが鞘に工夫がしてある。鞘の前半分の下側と後ろ半分の上の部分が開けてあり、いざ抜剣の時は金具一つを外すだけで抜剣することが可能なのだ。
「突撃!目標、敵兵士の無力化。」
サイモンのよく通る声が待機していた騎士達に命令を下した。隊列の崩れた場所にサイモンを先頭に騎士たちが突っ込む。装備だけは立派な兵士達は次々と手にした武器を落とされ、その身を地に伏させる。敵味方が入り乱れた状態では弓矢は役に立たない。あっという間に兵士達が鎮圧され、残るは公爵とその周りの護衛だけになった。
「さて公爵、まだ抵抗しますか?私の要求は一つ、査察の為に入れてもらえればそれで構いません。最もここから見える範囲だけでも、査察の任務は果たされた様なものです。例えばあそこで鞭打たれていた者は如何なる理由があってなのか、働く者達も十分な食事ができているとは思えないほど痩せこけています。この村に送られた支援物資はどうされましたか?」
「なっ、何も知らぬくせに偉そうなことをいっ、言うな。こっ、こんな僻地でも罪人はおる、それに送られてきた物が全て口に入るわけではない。」
サイモンの皮肉を込めた質問にカウフマン公爵が抗弁する。
「なるほど、通常の査察では全く気付きませんでした。そのようなことがあるならもっと早く教えて頂ければなんとか致しましたのに。」
「いや、この私とて王家に属する者、窮したとは言えそのようなことは口には出せなかったのだ。まぎらわしい真似をして騎士隊長殿の手を煩わせて申し訳ない。」
公爵はうまく弁解ができたと思ったらしい。その場凌ぎの言葉がすらすらと口から出た。
「ふざけるなっ!立場を利用して私欲を満たすとは言語道断。」
「なっ、何を証拠にそんなことを言われる。こっ、このカウフマン、その様な、やっ、やましいことはない。」
公爵はしどろもどろで弁解する。その目の前にサイモンの剣が突きつけられた。
「支援物資の横流し、それについては城で調査済み、ここにいる者達を見る限り真実のようだ。それに入植者は奴隷ではない、自由意志によって新たな世界に希望を見出した同志なのだ。それを虐げるならば、例え王族といえど俺は許さん!」
「ふん、何が同志だ。平民と同格に扱われるなどあり得ぬ。たかが平民をどう扱おうが騎士隊長ごときに文句を言われる筋合いなどないわ!こんな僻地にまで飛ばされたのだ、少しでも旨みが無ければ割があわんわ!」
サイモンからの断罪にカウフマン公爵が開き直った。
「なるほど、それが本性か。ではその通り報告させてもらう。新たな統治責任者が来るまでは俺がここを守らせてもらおう。」
「勝手にするがいい、この私だからこそあれ程の支援物資を送らせることができたのだ。他の者ではいずれ干からびることになるであろうな。貴様のしたことはただの自己満足に過ぎん。今は助かったと喜ぶだろうがいずれ食うこともできず、その原因を作った貴様を恨むことになるだろう。」
「黙れ!言いたいことはそれで終わりか、終わったのなら城に帰れ。なんだったらよくしゃべるその首を落としてやるぞ。全て斬り捨てた後にお前が今までに葬ってきた者と合せて、伝染病にて多くの入植者が死んだと報告してやろうか。」
「ぐっ、言われなくとも帰るわっ!こんな野蛮な所にいつまでもいられるか。だが覚えておけ、お前が騎士隊長であるのはもう長くはない。その後どうなっても知らぬぞ。」
最後に捨て台詞を残し、カウフマン公爵が足を踏み鳴らしてその場を去り、残された兵士達もその後を追ってサイモン達の前から消えた。
「よろしかったのですか?きっとあること無いこと言われますよ。」
「構わん。あそこまで言ったのだ、覚悟はできている。次に誰が来るかは分からんが、それまで餓えさせることの無い様にする。とりあえず今この村にある備蓄を調査しろ。それと村人を集めてくれ、俺にはこうなった理由を説明する義務がある。」
サイモンが部下に命令を下し、静かに中央の広場で立っている。しばらくして金目の物全てを回収したカウフマン公爵等が魔法の翼でノイエブルクへと消えた。