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終わりなき進化の果てに 番外編  作者: 淡雪融/日下優
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密偵、ネヨン・ロズフェイド

時系列的には、食人花の大量発生で主人公の両親がハーガニーに来た頃です。

「ネヨン・ロズフェイド」


「はいっ!」


 わたしは名前を呼ばれて大きく返事をした。

 目の前で守備兵団団長のローレン・ルーベンス様が執務室の机に座ってわたしを見ている。


 温和で気弱な性格だと市民に思われているらしいが、仕事モードに入った時の団長はまるで別人だ。

 何事にもストイックで、そして勇敢だ。


 そんな彼は守備兵団内部の女子からの人気が高い。

 かくいうわたしも彼らに混ざってきゃあきゃあ言っていたものだ。

 雲の上の存在だと思っていたから。


 だけど、そんな彼との対面は思いがけない形でやってきた。


「ネヨン、君はこの人物の情報を集めて欲しい」


 そう言って渡されたのは、とある男女についての名前と簡単な経歴が書かれた一枚の紙。


「……レンデリックとヴェロニカ、ですか」


 わたしはその名前を読み上げる。

 最近巷で話題になっている冒険者たちだ。

 冒険者ギルドに所属していないわたしですら知っている。


「未知の大型魔物と関与している可能性が高い瓶のことは聞いているだろう? 瓶に魔物のユニーク進化を促す薬が入っていたのではないか、と言われているのだが。…………君には……この二人が瓶に関わっているかどうかを調べて欲しい」


 そこでローレン様は少し苦しげに顔を歪めた。

 まるでこの二人を調査することを望んでいないような、申し訳なさと責任感が混じり合ったような表情。


──レンデリックとヴェロニカ。


 未知の大型魔物、ネビュラス・コーボルトを最初に発見し、そのまま二人だけで討伐に成功。

 その後、コーボルトの縄張りにて謎の瓶を発見。

 そして、つい先日のブラッドキャップ討伐にも参加している。

 ここではハーガニー守備兵団が瓶を発見したようだが。


 つまりは、二件の未知の大型魔物に関与した冒険者はレンデリックとヴェロニカしかいないわけだ。

 ロイム村出身の無名冒険者。そして十三歳。

 なのに既にCランクであることからわかるように、類稀なる才能を見せている。

 その素性を知りたがるのは当然だろう。


 なんでも美男子と美少女の二人パーティーらしく、街中で評判になっているらしい。

 強くて顔面偏差値も高いとか理不尽じゃないか。


 そう思っているのに、流行に漏れずわたしも一度顔を見てみたいな、と思うあたり隠密部隊としてどうなのかと思う。

 とはいえ、任務は完璧に遂行するつもりだが。


「君はたいそう優秀な成績を収めたらしいね。期待しているよ」


 わたしは隠密部隊に所属してまだ数ヶ月しか経ってない。

 だから、こんなにすぐ雑用でもない、ちゃんとした仕事が与えられるとは思いもしなかった。

 それに、あのローレン様から直々に!


 わたしは【ハーガニーの聖乙女】エレーネ様に憧れて冒険者になろうと思った。

 だけど、わたしのスキル【隠密】、【読唇術】、【気配察知】は隠密部隊でこそ真価を発揮すると、守備兵団の人にスカウトされたのだ。

 冒険者の道を歩むことに心残りがあったとはいえ、わたしは戦闘が苦手。


 だから、隠密部隊の一員として生きることを決意したのだ。


「ハーガニー守備兵団隠密部隊、第四隊員ネヨン、必ずや任務を成功してみせます!」


 そう言って、わたしは勢いよく敬礼をした。


……その時に、思い切り頭をチョップしてしまったのは秘密だ。



◆◆◆



 満点の星空が夜の空に見える。

 今日のハーガニーは二つの雰囲気を見せていた。


 ブラッドキャップ討伐の成功に沸き立つ者、隣国アドロワに向かう街道がまだ封鎖されていることに失望する者、まるで二つの陣営のように明白に分かれている。


 わたしは尾行のため、とある宿屋にて夕食を食べながら、【隠密】をフル活用させて目標の二人を観察していた。


……っ、かっこいいなぁ。あれで十三歳?


 わたしは内心、二人の姿に見とれていた。


 ローレン様から渡された紙によると、彼がロイム村出身のレンデリックで間違いないようだ。


 その向かい側の少女も美少女すぎる。

 わたしは悲劇のヒロインを演じる性悪な女のように周囲の同情が欲しいわけじゃないのに、それでも自らをかわいそうだと思ってしまうほど、ヴェロニカという少女は可愛かった。


 そんな二人が美味しそうにパエリアを頬張っている。

 ああ……そんな顔して食べられたらわたしも食欲が……。

 だめだめっ、ちゃんと監視しなきゃ!


 あああああ、この鼻腔をくすぐる匂いなんて無視しろ、わたし!

 そうやって自制しようとするのに、別の冒険者が「流石ハーガニーで一番うまい宿屋だぜ!」などと残酷な言葉を叫ぶものだから、もう気持ちが揺れ動いてしまう。

 ここがそんなに美味しい料理を出すところだなんて、知らなかったのだ。


……結局、スプーンに手が伸びてしまう。

 悔しきかな、料理に負けるなど……。


 だが執念から決して二人から目を逸らすことはしなかった。

 お行儀悪い食べ方になっていたことだろう。


 しかし、今のところ特に怪しい点はない。

 年齢の割には彼らから感じることができる実力が高すぎる、くらいか。

 けれどそれならば数年前の【神速】エリュシオンだってそうだったし、納得出来ないわけではない。


 徐にヴェロニカという少女はどこからか花の冠を取り出して、懐かしそうに話し始める。

 二人の思い出の品なのだろうか、とみていると、不意にわたしにはあのような思い出の品があっただろうか、とそんなつまらない疑問が頭を過ぎった。


 やがて完食した二人は女将さんに礼を言って部屋に戻っていった。

 わたしもすぐさま食堂を出て、宿屋を出る。


 宿屋の窓の外からこっそりと部屋の中を観察するのだ。

 彼らの部屋は二階とのことらしいから、なかなか体力がいるだろう。



◆◆◆



「ヴェル、ブラッドキャップの魔核、はい」


 そう言ってレンデリックがヴェロニカに巨大な魔核を手渡した。

 巨大な魔核……巨大な魔核!?

 あり得ない。巨大な魔核など滅多に回収できないというのに。


……一体何に使う気なのだろうか。

 あれほど巨大な魔核であれば、それはもう濃い魔力が込められているはずだ。

 装飾品にしてもよし、武器や防具に装着して属性や固有スキルを付加させてもよし。

 あれほどの魔核であれば、使い道に悩むほど用途があるだろう。


 売っても莫大な金が手に入るはずだ。

 ああ……羨ましい。


 不意にヴェロニカが服の裾を捲り上げた。

 窓からは背中しか見えないが、月の光に照らされた彼女の素肌にわたしは思わず息を呑んだ。


 陶器のような白く、絹のようにきめ細かい肌。

 胸や尻はまだ貧相なものの、その細いくびれを見ていると、まるで彫刻家が丹念込めて彫った少女像のようだ。


 だが、わたしを驚かせたのはその後だった。


 ヴェロニカのお腹が空色に澄んだ透明な液状のようなものに変化していたのだ。

 そしてお腹がバックリ裂け、中からにょきにょきと無数の触手が飛び出して魔核を覆う。


 そのまま彼女の体内へと魔核が運ばれる。

 そして胃酸に融かされるように、やがて魔核は小さくなり、消えた。

 いや、消えたのではない。

 消化されたのだ。


 あれは人間にできる芸当じゃない。

 かといってあんな触手を伸ばす亜人など聞いたこともない。

 ならばスライムと考えるほうが正解ではないか。


……いや、スライムは何がどう間違っても体を変形させて人型にはなることはないに決まってる。

 そうじゃなかったら、わたしは周囲の人間が人間だと信じられなくなる。


 ならば、スライムが進化した、と考察するのが妥当。

 それも、ただの進化じゃない。


──ユニーク進化。


 つまり……。

 わたしのなかに一つの仮説ができあがる。


 あのヴェロニカもまた、薬によって進化したスライムなのだ。

 ユニーク進化の末に、人の姿をとるようになったのだ。

 そう考えることができる。


(……魔貴族?)

 そうわたしは心の中で呟く。


 魔物が進化して、人の姿をとるようになり、かつ人並みかそれ以上の知能、身体能力、魔力を持つことがある。

 彼らは人間の村、都市を滅ぼして多大なる魔力を集めようとするのだ。

 そんな魔物の名を、魔貴族という。

 真っ先に滅すべき存在。


 レンデリックとヴェロニカは、まるで初々しいカップルを彷彿とさせる。

 もし、ヴェロニカが魔物であれば、ヴェロニカはレンデリックに調教されて隷属していることになる。

 けれど、魔貴族が人間と行動を共にするなんて話は終ぞ聞いたことがない。

 魔貴族は魔王と呼ばれる、存在するかもわからない魔物に忠誠を誓っている。

 その実力に応じて、魔貴族は魔公爵や魔伯爵などに分類されるのだ。

 いずれにせよ、魔王に忠誠を誓っているらしい魔貴族が人間と仲睦まじく暮らすはずがないのだ。


……まさか、レンデリックが魔王だとしたら?

 魔王ならば人間の姿をとることも容易かろう。


 未だ確証は持てないが、わたしはレンデリックとヴェロニカに対する警戒度を最大限に引き上げる。


 綺麗な薔薇には刺がある、とはこの場面に相応しいのだろうな。

 そうわたしは思った。



◆◆◆



「あれ? レンとヴェルちゃんじゃない! どう? 上手くやっていけてる? 怪我はない?」


 いつものように尾行のために、宿屋『麦穂亭』の食堂で二人を監視していると、不意に三人の客が部屋に入ってきた。

 その内、一人の女性がレンデリックとヴェロニカに声をかける。

 一体誰なのだろう、と思い顔を眺め、わたしは驚愕した。


──あれは、エレーネ様。

 わたしの憧れの冒険者、【ハーガニーの聖乙女】。

 場違いにも、胸がドキンと弾む。


 そして、その隣にいるのは……やはり、【ハーガニーの守護者】、パブロ様。


「……一ヶ月ぶりだな。こんなに早い再開になるとは思わなかったが……。冒険者になってみて実際にどうだ? お前なら上手くやっていけてるんじゃないか?」


 一ヶ月ぶり、というとレンデリックとヴェロニカがまだハーガニーにいなかった時だ。

 そういえば、パブロ様はつい最近までロイム辺境伯領の領主を務めていたはずだ。

 そして、レンデリックとヴェロニカもロイム出身。

 ならばどこかで繋がりがあるのも当然だろう。


 そうわたしは結論付けようとした。

 なのに。


 後ろに控えていたメイドがレンデリック様、ヴェロニカ様と、様付けで名前を呼んだのだ。

 突然の登場にレンデリックは少し驚きながらも、親しみの込めた瞳で三人を交互に見つめた。


「父様、母様、それにデボラ……。どうしてここにいらっしゃるのですか?」


 父様、母様……。

 つまり、レンデリックはエレーネ様、パブロ様の息子。

 そして、ヴェロニカは娘というわけだ。

 わたしはわけがわからなくなった。


 もし、二人が本当に彼らの子供なら、私には到底手に負えない。

 実際に瓶と関与があっても、お家騒動にまで発展する可能性がある。

 しかも、ただのお家ではなく、ハーガニーの英雄と呼ばれ、そして爵位を賜ったパブロ様とエレーネ様の家……つまりフォンテーニュ家の問題へと発生する。


 だが、やはりレンデリックとヴェロニカは偶然の一致で疑われる羽目になったのではないか、という気持ちが沸き起こってきた。

 素性の知れない、ではなく冒険者として生きる者として、実家がフォンテーニュ家などとはおおっぴらにできなかったのだろう。



◆◆◆



 後日、わたしはエレーネ様とコンタクトを取ることに成功した。

 憧れのエレーネ様を目の前にして、わたしは何を話せばいいのかわからなくなってしまう。

 だが、わたしは任務をしっかり遂行しようと決めた。

 それを思い出して、やがてわたしは口を開いた。 


「レンデリック、という少年とヴェロニカ、という少女についてなんですけれど……」


 わたしがその二人の名を口にすると、エレーネ様は嬉しそうに顔を輝かせる。

 愛しているのだ、と理解するまでに数秒もかからなかった。


「レンとヴェルちゃんがどうかしたの?」


「……彼らはエレーネ様のご子息、で間違いないんですよね?」


 わたしがそう言うと、エレーネ様は怒ったように眉を顰めた。

 わたしだって、これが失礼な質問だってわかってる。

 それに、こんな質問を憧れのエレーネ様に対して言いたくなかった。


「そうよ。私が息子娘を間違えるわけがないじゃない」


 確かに。

 聡明で有名なエレーネ様のことだから、わたしもそう考えている。


「取替えっ子事件……。今から、十五年前のことです。エレーネ様もご存知でしょう?」


「レンの金髪も碧眼も、私譲りなのよ?」


「それでは、ヴェロニカはどうなのですか? エレーネ様。こんな事は言いたくないのですけど、ヴェロニカがスライ……」


 不意にわたしの口を、エレーネ様の手のひらが封じる。

 その手が皺のない美しい手だと、わたしは感じた。


 既に齢は四十を超えているはずなのに、二十代後半にしか見えないほど、エレーネ様はその美貌を保っている。

 その碧眼は綺麗で、そして冷たい怒気を孕んでいた。


「それ以上言うのは私が許さないわ。私がヴェルちゃんの正体に気付いていないわけがない。ただただ、特殊なの」


 その迫力に気圧されそうになるものの、わたしは精神力を振り絞って質問を続けた。


「なら、何故……」


「あの子は私の娘。それ以上でもそれ以下でもないの。彼女が何だろうと、私は彼女を変わらず愛するわ」


 そう言ってエレーネ様は微笑んだ。

 先ほどの怒りは失せ、今はただ穏やかな笑みを見せている。


──聖乙女は聖母だった。

 わたしはそう内心で呟く。


 失礼なことを言った、と謝罪をしようとしたが、それもまたエレーネ様に制止された。


「いいのよ。おそらく私の子供たちを調査しろとかなんとかしろってローレンに言われたのでしょう?」


「え、どうしてそれを……?」


「見ていてすぐわかったわよ。…まさか、あなたはよくやってたわ。安心しなさいな、私の怒りはローレンにしか向かないから」


 わたしはほっとするとともに、その笑顔の裏に見えた怒りを感じ、底知れない恐怖を感じた。

 とりあえず、これまでのことを報告書に纏めてローレン様に渡せばいいだろう。

 わたしの勘では、レンデリックとヴェロニカはシロだ。

 あくまでも勘、だが。


「あ、そうそう。ヴェルちゃんの正体についてはもちろん、レンとヴェルちゃんが私の子供だってことも誰にも話してはダメよ? ……あなたなら、もし約束を破ったらどうなるかわかってるでしょう?」


 わたしはもちろん、と頷く。

 エレーネ様のスキルを考えればエレーネ様の言いつけを破るなんて勇敢、いや無謀な真似はできない。

 わたしの頷きを見て満足したのか、エレーネ様は宿屋の自室に戻ってしまった。




 ……その夜、ハーガニー守備兵団本部ではローレンの叫び声が響いたという。

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