第11話 10年
里で会議するためのテント小屋に2人の男の姿ある。
片方は「雷帝」の異名を持つハール、ダークエルフだ。
もう片方は「氷王」の異名を持つリンランディア、同じダークエルフだ。
ダークエルフとは天界から堕とされた妖精のことを言う。
普通、堕ちたエルフは、その肌が褐色に変わるのだが、リンランディアはどうしてか分からないが、その肌は美しい白色のままだ。
「それにしても豚共も案外やるな~! まさかアーシュを罠で捕らえるとはな」
「楽しそうに言うものではない。この里にとっても、卿の娘にとっても」
「わかってるよ~。そうカリカリするなって。お前が空から雷見つけてくれなかったら、今ごろ愛しの娘は大変なことになっていたからな~」
「……卿が本当にそう思っていることを願うよ。さて、ここまで相手が老獪だと早めに対処した方がいいだろう。里の者達に被害が出ないとは言えない状況になってきた」
「そうだな~。俺としても歴史上初のハイオークキング様に相手して欲しいからな~。殴り込みにいくのは賛成だ! すぐにでも行こうぜ!」
氷王は、はぁ~っとため息をつく。
「相手の巣の正確な位置を掴んでいない。取り逃がしてさらに知恵がついたらやっかいだ」
「カラス共の情報待ちか。わかったよ。あいつらに急がせるように伝える」
「それにしても卿の予想通り、アーシュの持つ棒はただの棒ではなかったな。まさか刀になるとは……戦うたびに棒自身も成長しているようだ」
「ああ。棒が刀になる! 剣じゃなくて刀! これはさすがに俺でも予想出来なかったよ。まったくアーシュに預けて正解だった。こんなに楽しいことになるなんてよ!」
「それにアーシュの話では、あの棒が自分の才能を引き出してくれたとか。持ち主の成長にも影響する。つまりそれが意味することは、あの棒を持っていたオーク達は、私達の予想を超えて進化している可能性がある」
「豚はどこまでいったって豚だよ。飛ぶわけじゃない。」
「まったく……“鍵”が見つからないというのに、こういう面倒ごとはすぐに起きる」
「“鍵”はどうせサタンのやつが持ってるんだ。あの棒にサタンが絡んでるとしたら、嫌でも近いうちに会えるだろう。さっさと上にいって奥さんに会いにいこうぜ」
「軽く言うな。それがどれだけ大変なことか。」
「心配なんだろ? 顔に書いてるぜ。ベルゼブブが、サタンの気まぐれで地上世界に行ったと聞いた時のお前の慌てぶりと落ち込みぶりは相当だったもんな」
「……」
「大丈夫だって! ベルゼブブが消えて10年だ。10年もの間、あいつの消息が不明なんだぞ。地上世界で暴れまわっているなら、どこかでその情報が入ってくるはずだ。だが、穴に入れる低級悪魔共からそんな噂はない。」
「人の強さ……心の強さは知っているつもりだ。だが、それでもあのベルゼブブに人が勝てるとは思えない。卿の言うとおり、推測できる最も高い可能性は、ベルゼブブの敗北ではあるがな」
「ああ、それに“あいつ”が前にふらっと帰ってきた時も、大丈夫と言っていたじゃね~か」
「卿の“元妻”の彼女が言うのだから大丈夫か……。」
「おいおい、俺の言葉は信じないのに、あいつの言葉ならいいのかよ」
「彼女は我々と違って、天界には行けるからな。情報の信頼性が違う」
しばらく沈黙していると、アーシュ達3人が入ってくる。
「よう~。ベニとラミアからの説教は終わったのか?」
「うん、もう嫌ってほどた~っぷりとね」
「持つべきものは友だ。お前のことを心から心配してくれる2人に感謝するんだな」
「く……まさかラミアに説教される日がくるなんて夢にも思わなかったわ」
「え~~? ど~して? 私だって殿方の棒を追いかけてるだけじゃなくて、真面目に説教することだってありますよ?」
「私の歴史の中から、やっぱりラミアに説教されたことは消去しておくわね」
「はいはい2人とも。ハール様達に話があって来たんでしょ? 話を逸らさないの」
「そ、そうだったわ。ねぇお父様。今度オーク達を倒しにいく時に私達を連れていかないって聞いたんだけど嘘だよね?」
ハールはす~っと視線を逸らす。
そんなハールの様子を冷たい目で見るリンランディア。
「もう2度とあんな無茶なことしないから! 討伐戦ではちゃんと命令に従うから連れていって!」
「だめだ。」
リンランディアの冷静な声が響く。
「誕生したハイオークキングのもと、戦力を拡大していると思われるオーク達だが、昨夜アーシュが罠にかかってしまったように知能が予想以上に高い。そして従えているサキュバス達も何らかの進化をしていると予想される。ただ強いだけの相手なら、君達を連れていっても問題ない。だが、相手が予想外の罠や戦術を用いてきた時、君達が無事でいられる可能性はない」
リンランディアの言葉を聞いて黙る3人娘。
耳をポリポリとかきながら、ハールは俯く愛娘を見る。
「ま~待てよ。アーシュ達だっていつまでも子供扱いじゃだめだろ? こいつらは戦士の道を選んだんだ。何かあったって自分の責任さ。」
「ハール」
「いいから聞けって。こうしよう。俺のカラス共がオークの巣の情報を持ち帰ったときに、俺と試合する。それまでに修行してこの頭でっかち野良を納得させるだけの力を示せ。それでもお前がダメだと言うなら、俺もこれ以上は言わない」
アーシュの顔が笑顔になる。
「まったく……ま~いいだろう。君達が強さを求めていかなければならないことに変わりはない。決戦の時まで、これまで以上に鍛錬をすることだ。」
「「「はい!」」」
笑顔でテントを後にする3人娘。
「アーシュはますます、卿の元妻に似てきたな」
「あ~、本当に瓜二つだな。刀の扱いも、あいつそっくりだ」
「卿は妻に逃げられたというのに、酒癖も女癖も変わらないがな」
「うるせぇ!」
テントを出たアーシュ達はさっそく修行の打ち合わせをしようと、いつも鍛錬に使っている場所を目指して歩いていた。
すると、前から同じく3人組のダークエルフの青年達がやってくる。
その中のリーダー格がアーシュを見かけると、
「よ~アーシュ。豚に捕まって危なかったんだって?いいよな~「雷帝」の娘は、どんなピンチだって助けにきてもらえるんだからな」
「ほんとほんと。おまけに「氷王」まで助けてくれるんだから」
男達の声を無視するアーシュ。
反応したのはベニだった。
「うるさいわね。貴方達だって雷帝様の庇護を受けているでしょ。ここに生きている者で、雷帝様と氷王様に助けてもらったことがない者はいないわ」
「ケッ!……おいアーシュ。俺の女になったら、今度危ない時に俺が助けにいってやってもいいぜ?」
アーシュは男を見ると、無言のまま近づいていく。
そして、目の前で立ち止まると、とびきり可愛い作り笑顔を向ける。
その可愛らしい笑顔に一瞬固まる男達。
「消えろ」
次の瞬間、男達はアーシュに腹を思いっきり蹴り飛ばされて、苦悶の表情で地を転がっていった。
転がって苦しそうにしている男にラミアが近づいていく。
「わたしが貴方の奴隷になったら、私のこと助けてくれます?いまから愛の調教をしてくださっても……きゃっ!」
「はいはい~行きますよ~」
「ちょっとベニちゃ~ん。あ~ん。私の新しいご主人様が~」
これから厳しい修行を思い決意のアーシュ。
ラミアを引きずりながら、どうやってアーシュ達と一緒に強くなろうか考えるベニ。
そして、男を逃して失意のラミアであった。