「都留男、あなたの為に生クリームたっぷりのケーキを持ってきたわよ。」
「わ〜い、ありがとう。」
あたしが袋から手作りのケーキを取り出すと、都留男は子供のように喜んだ。
都留男は世間で言うあたしの「元カレ」に当たる。
でもあたしは別れたとは認めない。
あたし達の関係はずう〜っと続いてる。そう思いたかった。でも・・・
「何だ、来てたのか。」
「あっ、大己。千亜希がまたケーキ持ってきてくれたんたぞ。」
「・・・そうか。それは良かったな。」
大己はそう言ってにこにこしながら都留男の頭を撫でた後、あたしを睨んだ。
そう、この大己とかいうおっさんがあたしのかわいい都留男を盗ったのだ。
ある日突然現れ、勝手に人の男を盗っていったにっくきおっさん。
絶対に許さないわ!
「なあ大己、今度の日曜日どこ行く?」
「う〜んそうだなあ・・・遊園地なんかどうだ?」
「おっ、いいなあ。」
「じゃあ、これから会社の人と飲み会があるから行ってくるぜ。」
「いってらっしゃい。」
都留男はそう言って大己を見送った。
「よしっ、食べようぜ!」
「ええ。」
あたしはケーキを箱から出し、都留男はナイフを台所から持って来て切り分けた。
お皿とフォークを持って来、切ったケーキを取り分けて美味しそうに食べ始める。
「ねえ都留男。」
「ん?何だ?」
「今でもあたしの事好き?」
「あのな、勘違いすんなよ。俺たちは1年前に終わってるんだぞ。」
「じゃあ何で毎回あたしを歓迎するの?何でケーキを美味しそうに食べてくれるの?」
「馬鹿だなあ。それはケーキが美味しいからに決まってるからだろ?」
「都留男はあたしが目当てなの?ケーキが目当てなの?」
「だから勘違いすんなよ。ケーキに決まってるだろ?」
その言葉が刺のように胸に突き刺さった。
「今の都留男にとってはあたしはただのケーキ職人なのね。」
「・・・・・ごめん。俺が悪かった。」
「いいのよ。今の都留男には大己の体の方がいいのね。」
「いきなり何だよ?!」
「でもあたしも結構良かったでしょ?」
「お前食べてる時にやめろよ!」
「ねえ、大己ってあたしより上手いの?」
「・・・上手いよ。お前の何十倍も上手いよ。」
「・・・・・そう。」
複雑だった。
あたしが8年間抱き続けた体を、今はあのにっくきおっさんが抱いている・・・。
ツンツンした茶色い髪も、太い眉毛も、大きな目と顔も、口元の皺も、かわいい耳も、ぷにぷにした手足も、縦にちっちゃくて横に少し大きい体も、全部奴の物・・・。
「千亜希、お前の為に歌を作ったんだぞ。」
「まあっ、ありがとう!」
「さっそく歌うぞ!あ〜っ♪千亜希は俺の太陽〜♪世界〜一の愛を捧げよう〜♪」
「千亜希。喜ばしいニュースがあるぞ。」
「なあに?」
「なんと、おいらが書いた小説がドラマ化されるので〜す!」
「あらっ!おめでとう!」
「ありがとう!」
「千亜希、誕生日おめでとう!頑張ってお前の大好きなチェリーパイ、作ったぞ!」
「都留男・・・ありがとう!」
「いいわねえ。TVに出てる女優さんは綺麗で。」
「千亜希はもっと綺麗だよ。」
「まあ、ありがとう。」
「愛してるよ、千亜希。」
「あたしも。」
「なあ、千亜希。」
「ん?」
「おいら達、ず〜っと一緒だよな。」
「ええ、ず〜っと一緒よ。」
「良かった。」
「ねえ、結婚したらどうする?やっぱり子供は2人ぐらい欲しいなあ。男の子と女の子1人ずつ。」
「おいおい。まだ気が早いだろ?」
「いいじゃないの。やっぱり住むなら一戸建てよねえ。犬より猫を飼いたいわ。あたしがエプロンを付けておしゃれな台所で料理を作って、出来たら2階で執筆してる都留男を呼ぶの。」
「2階建てか。いいなあ。その為にはおいらがもっともっと売れなきゃいけねえなあ。」
「そうねえ。子供達がのびのび遊べるお庭や花壇も欲しいわ。」
「夢が膨らむなあ。」
「その前に結婚式よね。海外で挙式する?」
「日本でいいだろ?」
「真っ白なウエディングドレス着てティアラを付けるの。芳乃も由美も仁之も民之亮も島山さんも皆お祝いに来て、最後にあたしがブーケトスをするのよ。」
「誰が受け取るんだ?」
「それは分からないわ。ねえ、絶対幸せになりましょうね。」
「おう!」
嘘つき。
結局あんたはあたしを不幸にしただけだった。
男なんて身勝手なものね。
あんなに「愛してる」だの「ず〜っと一緒だよな?」だの言ってくれたのに!
あのおっさんの何がいいのよ!
何であたしの前でいちゃいちゃするのよ?!
日曜日が何よ!遊園地が何よ!
あたしにそんなの見せつけないでよ!
「ごちそうさま。千亜希、仁之からお笑いのDVD借りてるんだ。お前も見るか?」
都留男はそう言って立ち上がった。
「見ないわよ。」
「・・・そうか。」
TVの前のソファーまで移動する都留男。
「見るならあたしを見てよ!」
「お前いい加減にしろよ!」
「あんたは元々あたしのものでしょうが!」
「何事にも終わりってもんはあるんだよ!」
また言葉の刺があたしの胸を刺した。
そうなのね。そんなにあのクソオヤジとの愛を続けたいのね。
でも残念。あんたは永遠にあたしのものだから。
こうなったら、やっぱりもう一度魅了するしかないわね。
そう思い、都留男を抱きしめて強引にキスし始めた。
ソファーに倒れるあたし達。
都留男の舌とっても美味しい。
この舌はあたしだけのもの。
そう、この温かい体も、かわいい乳首も、小さめのかわいい象さんも、全部あたしのもの。
ディープキスをしながら都留男の体を撫で回す。
かわいいかわいいあたしだけの都留男。
誰にも渡すもんですか!
「うっ・・・うっ・・うぐうっ・・・や・・・やめろよ!」
突然都留男があたしを押し倒した。
「お前何考えてんだよ?!いい加減にしろよ!俺はもう女には興味ねえんだよ!」
「何よ!男のどこがいいのよ?!あんなおっさんに抱かれてあんた嬉しいわけ?!」
「ああ嬉しいさ!あいつに抱かれるのがおいらの至福の時なんだよ!お前に強引にやれるのとは大違いだ!」
「・・・今日はもう帰るわ!」
「ああ帰れよ!もう二度と来んな!」
あたしは鞄を持ってそそくさとその場から去って行った。
許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない!
呪ってやる呪ってやる呪ってやる呪ってやる呪ってやる呪ってやる呪ってやる呪ってやる呪ってやる呪ってやる呪ってやる呪ってやる呪ってやる!
ヤツを、ヤツを呪わないと気が済まない!
ヤツが幸せであたしが不幸せだなんて不公平すぎる!
ヤツがあたしの都留男とらぶらぶだってだけで腸が煮えくり返ってくる!
悪事を犯した奴にはきっちり制裁をしてやらないと!
そう思ったあたしは家に着くと、呪術の呪文を唱えながら何度もヤツの写真にナイフを刺した。
呪術は高校生の頃、クラスメイトが儀式を行っている所を偶然見てしまったのをきっかけに興味を持ち、そのクラスメイトに教えてもらったりネットや本で調べたりして習得した。
ナイフでヤツの写真をズタズタにした後、呪文を唱えながらマッチで焼き払った。
灰は蓋付きのごみ箱に捨てた。
「いやあ〜今日は飲んだな。」
「山口さん顔真っ赤ですよ。」
「おおっ?そうかあ?」
夜の街を大己達は酔っ払いながら歩いていた。
横断歩道に差し掛かり、信号が赤から青になって渡る。
「しっかし山口さんやりますねえ。彼氏さんと同棲中なんでしょう?」
「まあな。」
「しかもその彼氏さんは作家の出渕・・・」
「危ない!」
「うわああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」
ヤツは信号無視のトラックに撥ねられた後さらにもう1台の信号無視の車にも撥ねられ、全治3か月の大ケガを負ったと聞いた。
ふんっ、ざまあ見なさい。
あたしの都留男を盗った罰よ!
当の都留男はというと毎日のようにお見舞いに行っているらしい。
あたしが家に行っても留守の事が多い。
自業自得とはいえ、やっぱりあたし以外に意中の人がいるなんて屈辱だわ!
どうしてあたしだけを見ないの?!
あの時の都留男はどこに行ったの?!
そして3ヶ月が経ち、ヤツの退院記念パーティーが行われた。
もちろんあたしは行かなかった。
行った友達によると、都留男とヤツはますますらぶらぶになって見てもいられない程だったらしい。
何でこうなるのよ?!
ヤツを不幸にしようと思ったのになんでさらに幸せになるのよ?!
許せない!絶対に絶対に絶対に許せない!
都留男はあたしだけのものよ!
あたししか都留男の恋人になっちゃいけないの!
こうなったら、永遠にヤツと都留男を引き離してやる!
その夜、あたしは家のある部屋の地面に魔方陣を描き、ヤツの写真をその上に置いて呪文を唱えた。周りには何本もの蝋燭が置かれている。
手を合せ、目を瞑り、意識を集中させて呪文を唱える。
「それにしても、急な事でびっくりしたわ。」
数日後、友達の沙由理がしんみりと言った。
あたし達は今、南青山にあるカフェでお茶している。
「何が?」
「大己が急に海外に飛ばされて「一生ここで暮らせ!」って言われたらしいのよ。警備会社なのに何でそんな事があるのかしら?」
「都留男は?」
「かなりショックだったみたいでものすんごく落ち込んでるわよ。」
「じゃあ励ましに行かないと。」
「あんたの言葉なんか耳に入らないと思うわよ。」
「でも励ましてあげないとかわいそうなんじゃないかしら?」
「まあ・・・確かに・・・ねえ。」
「じゃああたし、行ってくるわ。」
そう言って、お金を置いてお店を出た。
「何の用だよ?!」
都留男はインターホン越しにそう言った。
「何の用って、励ましに来たのよ。」
「余計なお世話なんだよ?!帰ってくれ!」
胸に突き刺さる言葉の刺。
何であたしがここまで突き放されなきゃいけないのよ?!
せっかく心配して来たのに!
「何であたしじゃ駄目なの?」
「俺はもう女に興味ねえんだよ!」
「男のどこがいいのよ?!」
「いい加減にしてくれ!」
おかしい!こんなのおかしい!
幸せを取り戻す為にヤツを呪ったのに、何でこうなるの?!
何が、何がいけないの?!
あたしのどこがいけないの?!
何で男は身勝手なの?!
分からない!もう何もかも分らない!
どうして都留男はあたしだけのもにならないの?!
どうして?!
数週間後―
呼び鈴が鳴り、都留男はインターホンのスイッチを入れた。
画面には運送業者が移り、しばらくして見た事もない家具が運ばれてきた。
ひたすら驚く都留男。
そこに千亜希が現れた。
「お前何しに来たんだよ?!」
「何しにも何も、今日からここに住むのよ。」
「えっ?!」
「あたし、都留男の永遠の彼女だから。」 |