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この作品には 〔残酷描写〕 が含まれています。

異世界に召喚された勇者は、無数の屍の上に立つ。

作者:あかり

 栗越(くりこし)アツメは普通の女子高校生だった。

 家族とそれなりに仲良く暮らし、気の合う友人たちとくだらないお喋りを楽しみ、恋はまだ未経験だったが、密かに憧れている異性はいた。

 しかし彼女はある日突然、異世界へと召喚された。

 彼女の日常はなんの前触れもなく、非日常によって蹂躙された。


 ◇


 召喚魔術を使用した張本人である聖女の話では、この世界の人々は魔王が率いる魔物の軍勢によって苦しめられていると言うことだった。魔大陸と呼ばれる領域から次々と押し寄せてくる異形の怪物たちによって、領土は奪われ、民は踏みにじられ、殆どの国が滅んだ。

 瞬く間に人口は激減し生活圏を失い続ける事態に、唯一残った人間が治める国アーノルド王国では大教会と呼ばれる宗教組織の全面的な支援を受けて、神の名の下に異界からの勇者召喚を行った。
 その結果呼び出されたのが栗越アツメだった。

「それで、この首輪はどういうことですか?」

 突然魔術などという得体のしれない力によって神殿の広間に呼び出されたアツメは、当然のように混乱した。いつも通り登下校の道を歩んでいたら、突然足元が光り、気が付けば全く知らない場所に連れてこられていたと言うのだから無理もない。
 そして自分を取り囲んでいる見知らぬ異国風の人間を見て目を白黒しているうちに、何やらあれこれ早口に状況を説明されて、その内容を必死に頭で追ってるうちに気が付けば首元に妙な鉄製の輪っかまで付けられていた。

「それは万が一の場合に対する備えだ」
「……備え?」

 聖女の横に立っていた、ずいぶん威厳のある偉そうな老人が進み出て言った。服装や身に着けている装飾品からして、それなりの立場であることが伺える。

「勇者の力は魔王に匹敵するほど強大だと言う。万が一にも暴走してしまえば我々では抑えることができないかもしれん。つまり周囲に居る者を危険に晒す可能性がある。それに魔王討伐は必ず果たされなくてはならない。そのための保険、いわば安全装置だ」
「保険……安全装置……」 

 まだ状況の推移についていけない頭では理解が及ばない。が、なんとなくアツメには今の状況がとても危うげに感じられた。

 続いて、老人が合図すると黒いローブ姿の男たちが進み出てきて、鉄製の棒をアツメに向ける。どうやら何かを調べているらしく、アツメは居心地悪そうに立っていることしかできない。

「どうだ?」
「この年齢の女性にしては数値は高いですが、レベルは一です」
「そうか。つまり修練を積んでもらう必要があるか」

(レベル? なんだかゲームみたいな単語が聞こえたな……。聞き間違いか?)

 アツメはぼんやり思ったが、聞き間違いなどではなかった。

 この後、彼女は半ば引っ張られるようにして神殿を後にして王城へと連れてこられる。そして様々な教育と訓練を施される日々が始まった。
 剣術の基礎、魔法行使の基本練習などの戦闘訓練はもとより、地理や物価、料理の仕方や旅の仕方に至るまで多種多様な知識を詰め込まれることになる。

 彼らの教育と訓練の厳しさは生半可なものではなく、普通の女子高校生でしかないアツメは当然反発した。

「私が勇者なんて何かの間違いだよ。出来るわけない」

「出来るわけない。覚えられるわけない。魔王なんて倒せない! 無茶言わないでよ!」

「私を元の世界に帰して!」

 しかし周りの誰もアツメの言葉には耳を貸さない。それどころか、彼女は必死に反発すればするほどさらに苛烈な扱いを受けることになる。

「貴方はこの世界を救う勇者として神に遣わされた存在なのですよ! 神の使命を果たさずにどうするのですか!」

「神に遣わされた勇者でありながら、その責務を放棄すると言うのですか! 我々に滅べと言うのですか! 我々を見捨てるおつもりですか!」

「なぜその程度のことが出来ないのです! もっと真剣に取り組んでください! 世界の命運がかかっているのですよ!」

 アツメは普通の女子高生であり、特別頭が良いわけでも身体能力に優れているわけでもなかった。城の兵士たちとの試合でさえ殆ど打ち負けるし、異世界の言葉で唱えなければならない呪文がさっぱり覚えられない。

「なんで私がこんなことしなきゃならないのよ! この世界がどうなったって私には全然関係ないじゃない! 私は魔王討伐になんて行かない! この世界の危機は、この世界の人間でなんとかしなさいよ!」

 アツメはいよいよ我慢の限界に達し、修練用の剣を構えて叫んだ。兵士たちにすらろくに勝てない彼女では無謀な反抗だが、彼らの無茶苦茶な扱きにはさすがに耐えかねた。
 人を害する度胸なんてまるで無かったが、このままでは擦り潰されてしまう。せめてハッキリと意思表示しなければ、という決意からの行動だった。

 そしてようやく、彼女は自分の首にかけられた輪っかの意味を知った。

「繰越アツメ。剣を捨てて地面にうつ伏せになれ」
「なにを……ッ! があぁァァっ――!?」

 焼けるような激痛。
 居丈高に命令してくる教官に反抗しようと力んだ途端、首元に耐えがたい痛みが走った。同時に呼吸が止まり意識が朦朧として、アツメは無様にも地面に倒れてじたばたと転がる羽目になる。

「勇者殿。我々はなんとしても貴方に魔王を倒して貰わねばならない。そこに貴方の意思は関係ない。我々の命令は絶対だ。命令違反や人間に対する殺傷を行おうとすれば、今のような痛みに襲われることになる」

 そばで見ていた騎士団長が言った。

「貴方はこの国に仕える勇者なのだ。主人の命令は必ず遂行せねばならない」

 アツメは地面に伏しながら、自分は勇者などではなく、この世界の人間の奴隷なのだと悟った。
 この首輪は、奴隷の首にかける首輪なのだと。 

 それからも彼女は訓練と学習をこなし続けた。



 いつものように訓練場に連れてこられると、そこには見慣れない鉄製の檻が置いてあった。
 しかも普段はいないギャラリーが居た。この国の王である老人と、アツメを召喚した聖女である。

「本日は特別訓練を執り行う」
「特別訓練……?」
「実際に魔物と戦ってもらう」
「……」

 そのうちそんな話になるだろうと分かってはいたし、仕方なく覚悟もしていたつもりだが、アツメは体が自然と震えてしまうのを抑えられないでいた。
 兵士たちが檻を開けると、そこから緑色の小人が気味の悪い声で鳴きながら這い出てきた。額に小さな角が生えていて、淀んだ黄色の目玉は不気味であり、手には雑な作りのこん棒を持っている。

「子鬼と呼ばれる、この辺りで見られるものの中では最弱に位置する魔物だ。そろそろ勇者殿のレベルアップも図っていかなければならない」

 レベルアップに関しては学習項目にあったのでアツメは既に概要を知っている。
 一定量の魂を持つ生命を殺めると、殺めた者の魂が、死んだ者の魂を吸収する現象が起こるのだと言う。そうして他者の魂を吸収することで自分の魂を強化し、人は神に近づき、魔は強大な邪悪へと変貌する。勇者として魔王を倒すには、まず多くの魔物を駆除して魂を集めて、存在を強化しなければならない。

「構えろ。来るぞ」

 兵士たちはアツメと子鬼を取り囲み、両者ともサークルの外へは出られない。アツメは剣を構えるが、その切っ先は情けなく震えていた。

 対して子鬼の方は、周りの人間たちに怯えてはいるものの、目の前にいる少女が自分に恐怖しているのを見て元気を取り戻した。そしてなんの躊躇いもなく突っ込んできた。

 それからの出来事は、その場にいた全員の想定外だった。
 アツメは訓練では最低限動けるようになっていた。子鬼は成人する前の子供でも、多少の心得があれば倒せる程度の魔物である。そしてなにより、アツメは仮にも世界を救う勇者であると、気づかぬうちに心のどこかで信頼していた。だから誰もとっさに動けなかった。

 子鬼は短い脚でばたばたとアツメの下に駆け寄り、斜め下から掬い上げるようにしてアツメの顎先をこん棒で叩いた。初めての実戦でガチガチに緊張し、また恐怖すらしていたアツメはそれをモロに食らい、あっさりと昏倒した。

 さらに倒れたアツメの後頭部に、子鬼は狂ったようにこん棒を叩きつけた。体躯が小さく、力もそれほど強くない魔物とは言え、急所である後頭部に鈍器を何度も叩き付けられて無事でいられる筈がない。
 しかもアツメはレベル1。その体は、日本で暮らしていたひ弱な女子高校生のままなのである。

 呆然自失から立ち直った騎士の一人が即座に子鬼を切り捨てたが、その時にはすでに勇者はどう見ても死んでいた。

「なんてことだ……」

 多少こん棒で小突かれて怪我を負うことはあっても、衆人環視の中で勇者が子鬼に殴り殺されるなど誰も想像だにしなかった事態である。彼らの想定をはるかに超えて勇者は弱すぎたし、また急所を狙うなんて器用なことは子鬼の知能では出来ないので、後頭部ばかりを殴られたのは単純に運も悪かったとも言える。

 あまりにもあっさりと救世主を失ったことに立ち尽くすしかない彼らであったが、しばらくすると聖女が声を上げる。

「見てください! 勇者様の体が輝いています!」

 日の光のような優しい輝きが勇者の死体を包んでいた。そしてしばらくすると光が収まり、そこには無傷の勇者が横たわっている。頭部に負っていた傷は見る影もない。
 そしてゆっくり目を開けて、勇者が立ち上がる。誰もがその光景を、息をのんで見つめていた。

「蘇生……」
「神の奇跡だ……」
「勇者は不死の存在と言うわけだ!」
「勝てる! 魔王に勝てるぞ!」

 勇者は騒ぐ周囲をぼんやり見渡したあと、静かに俯いた。地面は彼女が流した血で汚れていた。


 それから何度かの検証(・・)を経て、勇者は幾度死んでも蘇る奇跡の存在であることが分かった。
 このことを知った王たちは、ある種の納得を感じていた。常々、勇者として呼び出した少女はあまりにも弱すぎると感じていたからだ。それが「死なない」となれば話は別である。

「今すぐ旅立て。必ず魔王を討伐しろ」

 王はそう宣言した。アツメに対して命令したと言うよりは、首輪に対して命令が為された。この命令に逆らうと苦痛を味わうことになるので、アツメは従う他ない。
 アツメはもはや請われない限り喋らなくなっていた。ただぼんやりした瞳で、どこか遠くを見ていた。

「この世界は、この世界の人間が救うべきよ」

 ただ一言小さく呟くが、誰も気にも止めない。

 それから盛大なパレードが行われた。希望を込めて勇者の名を呼ぶ民衆に見送られて、騎士団を伴ってアツメは王都から旅立つことになる。しかし騎士団はある程度同行したら、途中で引き返してくることになっている。

 本来ならば騎士団や兵士たちが補助して勇者のレベルをある程度まで上げてから旅立ち、道中も騎士団が全面的に勇者をバックアップしてレベルアップを図りつつ、全部隊で勇者を守りながら魔王の根城を目指す予定だった。
 魔王の根城があるとされる魔大陸の奥地は人が足を踏み入れることが出来ない人外魔境であり、精鋭揃いの騎士団であっても生還が難しい任務だとされていた。それでも人類の存亡をかけた戦いの為ならば、と身命を賭して任務に当たろうという心積もりだった。

 しかし勇者が不死身の存在であることが知られてから、作戦は大きく変更された。
 つまりいくらでも死んでも構わない勇者に、一人で魔王城を目指すように命令したのである。誰でも無駄な死は避けたいし、国としても兵力の損失は避けたい。

 こうして勇者アツメはたった一人、怪物たちが潜む暗き闇の中に身を投じることになった。

「やれやれ。召喚陣から小娘が出てきた時は不安に思ったが、さすがは神が用意した勇者様だ」
「ええ。送り出す途中に出くわした魔物にも幾度か殺されておりましたが、そのたびに無傷で復活しましたからね。あの調子では魔王に迫るまでかなりかかるでしょうが、勇者の剣は必ず魔王の首に届くでしょう。なにしろ神に祝福された、折れない剣なのですから」

 王都へと帰還した騎士団長と王が、茶を飲みながら談笑していた。彼らの表情は明るい。先行きの見えない魔王との戦いは、既にチェックメイトにまで至った気分だった。あとはとにかく防備を固めて勇者の仕事を待てばいい。

「あれが戻ってきたら、救国の英雄として我が国の象徴に担ぎ上げてやろうじゃないか。魔王討伐後の国の統治にも役立てられる」
「側室にでも迎えられますか」
「英雄を側室に、というのはどうだろうな。あれは見た目は多少見れても、血に塗れ幾度となく死んだ女だ。誰か適当な者に娶らせて、勇者の血筋として遺すか」

 二人は朗らかな笑みすら浮かべて、好き勝手に未来絵図を描く。 

「勇者に祝福を」
「ははは、祝福を」


 ◇


 勇者アツメは何度も死んだ。
 特に魔大陸に入ってからは一進一退、何か月かけてもまるで魔王に近づいた気がしない。
 レベルが不足しているせいか、一日に何十回も何百回も死亡カウントを回す日々が続く。
 復活して、また即座に殺されるような状況だった。

 切られ、刺され、絞められ、殴られ、潰され、折られ、毒に侵され、火に焼かれ、殺され続けた。

 神によってアツメの肉体と精神は頑強に守られていて、死ぬことも狂うことも許されない。次第にアツメは全身が自分の血に塗れても、何も感じなくなっていった。
 その代わり彼女の奥底では、ドロドロとした憎しみと怒りが蠢いていた。

「16499回」

 今日もまた死んだ。

「25483回」

 今日もたくさん死んだ。

「34585回」

 死んだ死んだ死んだ――。

 何度経験したって、死ぬのは痛いし、苦しいし、辛いし、怖い。
 ただアツメは死ぬ度に、救われていた。

 勇者とはとても思えない拙い剣術で、敵に殺され、
 勇者とはとても思えない下手くそな魔術で、敵に殺され、

 それでもアツメは死ぬ度にそっと微笑む。
 神の奇跡は彼女の肉体も精神も守り続けた。

 死にながらも魔物を倒すたびに、彼女は魂を吸収して強くなった。
 そうして少しずつ、魔大陸の奥へ奥へと進んでいく。もはや常人が到達しえない魔物の巣の中へ、魔王の下まで。


「この世界は、この世界の人間が救うべきよ」


 凶悪な魔物が蔓延る暗き森の中では、その呟きに答える人間は誰もいない。



 ◇


 それ(・・)は以前から起きていた。しかし王宮の関係者がその事実に気付くまでには、かなりのタイムラグがあった。

 決定的な事件は、王が執政の合間に休憩している時に起こった。
 ドアがノックされ騎士団長が入室してくると、お茶の用意をしていた二人の侍女は静かに壁際に下がった。

「最近妙な事件が多発しているようです」
「事件とは?」
「なんでも人が――」

 報告内容が記された羊皮紙に視線を落とそうとした瞬間、ぼん! とくぐもった言う音が部屋に響き、書類に真っ赤な血が散った。

「……え?」

 騎士団長も、国王も、侍女の一人もそれを見た。突然部屋中に巻き散らかされた赤。その発生源を。

「きゃあああああッ!」

 壁際に下がっていた侍女二人のうち、一人が破裂していた(・・・・・・)

「な、な、何事だ!?」
「魔術による攻撃か!」

 一切予兆なく発生した侍女の死。この事件は瞬く間に王宮内を駆け巡った。
 魔王による呪いであるとか、邪悪なる魔術による攻撃であるとか、さまざまな憶測が飛び交うも原因は不明。ひとまずの対策として王宮全体に強力な結界魔術が二十四時間体制で張り巡らされることになる。

「どうやら同様の死亡事件が、国内の至るところで起きているようです。しかも異常な件数で」
「どれも、突然破裂するのか」
「はい。それも発生があまりにも無作為です。小さな村や大きな街でも起きていますし、王宮内でも……、中には街から街へ渡り歩く商人が、道中で突然死んだ例もあります。対象にも規則性はありません。老若男女、貴賤も問わずです。発生時刻は日中に集中しているみたいですが、深夜寝ている間に突然死んだ例もあります」

 報告している宮廷魔術師の顔色は悪い。このところ事件の調査と究明のために殆ど寝ずに走り回っているせいで、疲労が色濃く表れていた。

「魔術による攻撃か?」
「分かりません……これだけ攻撃力の高い魔術を、周囲に全く察知させずに行使するなど聞いたことがありません。現場を調べても一切痕跡が発見できませんでした」
「ふむ……」

 つまり数日かけた調査でも、結局のところ殆ど何も分からないと言うことである。

「この王宮内は安全なのか?」
「はい。現在最上級クラスの結界魔術を三重で展開しております。最上級攻撃魔法にも余裕で耐える代物ですから、王宮内は安全です。また最高精度の探知魔法も同時に張り巡らせているため、有り得ないことですが万が一にも結界内で魔術を行使されても即座に感知することが可能で――」

 宮廷魔術師が破裂した。
 王は飛び散った血で全身を真っ赤に染めながら、しばし呆然とし、それから恐怖でガタガタと震えながら叫んだ。

「誰か……誰か! 誰か!」

 城内を虱潰しに捜査しても怪しい人物は居らず、探知魔法にも一切反応は残されていなかった。では遠距離からの魔術行使かと言われれば、三重の結界魔術には突き破られた形跡もない。

 そんな調査の間にも、至るところで人々が破裂して死んでいく。誰にも訳が分からず、いよいよ王国全土が恐慌状態に陥りつつあった。

 宮廷魔術師たちは匙を投げ、中には王宮から逃げ出す者も出る始末であり、王家は悪魔祓いの専門家である大教会にも意見を仰いだ。しかし大教会でも原因不明の破裂による犠牲者が出ていた。

「教会に残る資料を総出で当たりましたが、似たようなケースを記した物はありませんでした……」

 青い顔した聖女が王に告げる。聖女は見るからに憔悴していて、美しかった銀髪もくすんで見える。
 そしてしばらく逡巡したのち、彼女は恐る恐る口を開いた。

「アーノルド王、実はひとつ報告したいことと、仮説がございます」
「申せ」
「実はこうして事態が表面化する以前にも、人が突然破裂したという事件報告がある教会に寄せられていたと、先日報告があったのです。場所は孤児院で、被害者も孤児でした。また報告者もはっきり状況を把握しておらず、非常に混乱したまま供述が行われたので、あまりまともに取り合われていなかったのです」

 報告を受けた教会が調査を行ったが、魔術が使用された痕跡は発見されなかった。不可解な突然死であったが、死んだのが社会的に重要度が低い孤児一人では大々的な調査には繋がらなかった。

「ここからは私の推測ですが、おそらくその孤児が"最初の一人目"なのではないでしょうか。……私どもがざっと調べた限りでも、その孤児より以前に破裂死した被害者はいませんでした」

 ごくり、と聖女が喉を鳴らした。普段は楚々とした態度を崩さない彼女だが、姿勢や表情にも余裕はない。

「そして孤児が死んだ日付には覚えがあります。なにせ、奇跡を目撃した、とても印象深い日でしたから……。念のため日記も確認しましたが、間違いありません」

 眼をきつく閉じ、絞り出すように言った。

「勇者が初めて死亡した日です」

 王は聖女の言葉に、目を丸くした。最悪の予想が確かに共有されたのである。

「一切魔術が行使された痕跡が残っておらず、結界魔術でも防ぐことが敵わず……それほどの隠密性を持たせた上で、人ひとりを確実に即死させる威力がある魔術など、もはや魔王にも悪魔にも実現不可能ではないでしょうか」

 聖女は震える手をぎゅっと握りしめて、恐る恐るその言葉を口にした。

「神の御業では……?」
「馬鹿な……馬鹿な馬鹿な馬鹿な!」

「勇者は死なない(・・・・)のではなく、身代わりに(・・・・・)他の人間が死ぬ(・・・・・・・)のでは?」

「そんな馬鹿な話があるかッ!」

 王は立ち上がり机を力任せに叩く。びくりと怯えた聖女だが、なお言葉を吐き続ける。

「勇者は……今どこに?」
「……魔大陸を侵攻中だ」
「詳しい居場所は、分かりませんか……。彼女は一人で、怪物が蔓延る死の大陸を進んでいる……何度も死にながら……」


 一瞬静寂が部屋を包んだ。どこか遠くで、ぼん! と言う破裂音と誰かの悲鳴が聞こえた。


 もはやこの場には、偉大なる王も厳かな聖職者も存在しない。
 居るのはただ慌てふためき、取り乱すことしかできない人間が二人いるばかりである。


「勇者を探しだせ。一刻も早く保護しろ!」

 ヒステリックに魔大陸への遠征任務を叫ぶ王に、呼び出された騎士団や兵士はたじろぐばかりである。

「魔大陸に突入し、勇者と合流しろ! これ以上勇者を死なせるな!」

 破裂には順番も法則もない。次の勇者の死は自分に降り注ぐかもしれない。
 そう思うと恐ろしくて仕方がない。魔王討伐など放り出してでも、勇者の安全を確保したい。

「なんとしても勇者様をお助けするのです!」

 大教会も戦闘力に優れた悪魔祓いなどを魔大陸へと派遣した。
 市民の間にも、王家から発せられた特別依頼が届けられる。傭兵や腕に覚えのある冒険者などが魔大陸へと旅立った。

 魔大陸に足を踏み入れることがそのまま死を意味することを知っている人間は事態を静観した。実際、魔大陸に進入した者の殆どが帰ってこなかった。
 精鋭揃いであった騎士団もあっという間に壊滅した。訓練と称して勇者を小突き回していた兵士たちも瞬く間に魔物の胃袋に収まった。
 王国一の剣の使い手であった騎士団長も、最期は凶悪な魔物たちに弄ばれるように甚振られ、恐怖と苦痛の中で死んでいった。

 死にながらも確実に前に進んでいた勇者は、もはや誰の手も届かぬところに居た。



 これらの騒動を受けて、勇者の能力について知っていてある程度察しの良い者は次第に真相を気づき始める。現時点ではあくまで推論でしかない確証のない話なのだが、事実かどうかはこの場合関係がなかった。
 突然死の不安を抱える彼らの口は軽い。噂はあっという間に広がり当然それは支配階級だけに留まらない。

 勇者が死ぬ度に、誰かが代わりに一人死ぬ。

 王家は勇者をたった一人で、危険な魔王討伐の旅へと送り出した。

 騎士団は魔大陸に踏み込むのを恐れて途中で引き返してきた。

 王家も教会も、ろくに勇者を鍛えもせずに魔大陸に放り出した。

 そんな話が貴族も市民も関係なく囁かれ、そして徐々に形を変え、次第に悪意が込められて変質しだす。
 皆が死の恐怖に晒されている。そのストレスから目を背けるために、敵を探し出す。


 勇者に頼った王家が悪い。
 勇者を呼び出した大教会が悪い。


 勇者自体を責める論調もあったが、彼女は遠く魔大陸に居る。彼女を攻撃することはできない。
 だから手近なところを叩く。もはやこうなると理由はなんでもよかった。

「神の使いである勇者を、戦争の道具のように扱ったから神の怒りを買ったのだ!」
「騎士団や兵士が負うべき魔王との戦いを、不当に勇者に押し付けたから多くの人間が死んでいった!」
「そもそも呼び出された勇者は本当に勇者なのか。大教会が、悪魔を呼び出したのではないか!」


 狂乱は過熱し続けて、ついには暴動となる。


 そして最悪なことに、大教会も王宮も、戦力の多くを魔大陸に差し向けていた。

「愚かな王を火にかけろ! 神に呪われし王家の血を浄化せよ!」

「聖女を騙る魔女を殺せ! 神の名を汚し、悪魔と連なる教会に鉄槌を!」

 死の恐怖に突き動かされた民衆は根拠のない断罪を繰り返す。
 関係ある者も関係ない者も、無差別に多くの血が流れた。
 それはまるで一つの生き物であるかのように、王家も大教会も飲み込んだ。

 泣き叫ぶ聖女を引きずり出し、声高に権威を叫ぶ王の首根っこを取り押さえた。


 破裂を待つまでもなく、彼らには破滅が訪れた。


 ◇

 勇者は魔大陸に進む。誰に止められることなく。

 泥や血に塗れながら幽鬼のように進む彼女には、もはや日本の女子高生だった頃の面影はない。
 ただひたすら剣を振るい、魔術を放ち、敵を殺し、そして殺される。
 機械的に活動しているが、精神も肉体も以前として壊れていない。ただ少しでも痛みが和らぐよう、心も体も"静かさ"を保つようになった。

 無限にも思えるほどの戦いが彼女を強くしていた。この世界に来たばかりの頃とは比べ物にならないほど、彼女の魂の強度は上がっていた。夥しい数の死が、彼女の存在を膨れ上がらせていた。

 それでも戦いが楽になることはない。先に進めば進むほど敵が強大になるからだ。
 殺して殺されてのペースは変わらなかった。じりじりと死にながら少しずつ前に進む。

 そして、ついにその時が訪れる。
 勇者は魔王の前に立っていた。

 魔王は自身の前に立つ女に話しかけようと口を開いたが、しばらく考えて辞めた。彼女の瞳があまりにも空虚で、おそらく何を語りかけても無駄だろうと悟ったからである。

 戦いは問答無用に始まった。

 勇者は弱かった。隙だらけだし、迫力に欠ける。魔王は何度も勇者を屠るが、そのたびに勇者は光の中から立ち上がる。

「ふん。不死とでも言うつもりか?」

 魔王は勇者を鼻で笑った。

「存在の損失を修復するのには膨大なエネルギーが必要だ。たとえ神であろうと、無制限に執り行える業ではない。つまり、相応の代償がいる」

 勇者を斜めに切り捨てながら魔王は語る。

「代償は他者の命か。くくく、それもあとどれだけ残っているやら。我慢比べのつもりか? 貴様など、寝ながらでも殺し尽くせるわ」

 そして魔王と勇者は幾日も戦い続けた。昼も夜もなく両者はぶつかり合う。しかし勝負は魔王が圧倒的に優勢で、勇者はひたすら殺され続けていた。数十秒に一回、勇者は死に続けた。

 何合目かの斬り合いを終えた時、からん、と何かが落ちる音がした。

 見れば、勇者の首元にかかっていた首輪が床に落ちている。
 その途端、戦闘の最中だと言うのにあまりにも隙だらけのままぴたりと停止した勇者に、魔王も思わず攻撃の手を止めた。

 アツメは恐る恐る首を撫でさする。
 そしてぽつりと言った。

「私はあの国に仕える奴隷、だった。主人の命令は、必ず遂行しなければならな、かった……」

 アツメには首輪の構造など分からない。
 どういう仕組みだったのか、どんな魔術が込められていたかも知らない。

 ただ、確信があった。

あの国(しゅじん)が無くなったから、外れたんだ……」

 そして、幼子のような笑みでにっこり微笑んだ。
 その表情を見た時、魔王の全身を奇妙な怖気が走り抜ける。

「初めて死んだ時、頭の中に囁く声を聞いたの。私に与えられた不死の力について、声は教えてくれた」

 血で濡れた手を服で拭いながら勇者が話す。
 自宅でのんびり過ごしている時のような自然な仕草だった。

「私が死ぬ度に、代わりにこの世界の誰かが死ぬ。私はそれを知っていて、けれど誰にも話さなかった。だってこの世界はこの世界の人間が救うべきだもん。この世界に生きる誰もが、等しく、禍を負うべきだよ。そうでしょ?」

 勇者は中空を見上げ、ふぅーっと息を吐く。そんな勇者を前に、魔王は動けずにいる。

「たくさん死んで、凄く苦しかったけど、それにも次第に慣れた。そのうち自分がどんどん強くなっていくのを実感した。私は、死ねば死ぬほど強くなるみたいだね。身代わりになって死んだ人たちの魂も私が吸収しているんだろうね」

 その言葉に魔王は大きく目を見開いた。

「つまり今の私は、何万何十万と言う人間の集合体なんだよ。この世界の人間の魂を使って、魔王を討つんだね。この世界はこの世界の人間の力によって、救われなきゃ。そうじゃなきゃね。あー、大変だった!」

 そして何度か剣の握りを確かめてから、切っ先を真っ直ぐ魔王へと向けた。

「本当、大変だったよ。わざと殺されるの(・・・・・・・・)

 奴隷の首輪には奴隷の自死を防ぐ機能がついていたが、魔物に殺されるのを防いでくれるわけではなかった。戦闘で手を抜くくらいなら、首輪の魔術は反応しない。
 そもそも首輪が齎す激痛に一瞬耐えるくらい、今の勇者にとって容易いことである。その次の瞬間に訪れる死の痛みの方がよほど大きい。

「貴様――」

 それが魔王の最期の言葉だった。

 勇者が魔力を込めながら軽く一振りした剣は、嵐のような破壊を生み、魔王をいとも容易く飲み込んだ。

 魔物も人も含めた膨大な量の魂が、たったひとつのところに集積され、そして極限まで圧縮されたその力の奔流に耐えられる者はいない。

「はぁ、終わった」

 そうして、異世界から召喚された勇者の使命は終わりを迎えた。
 攻撃の余波で半壊した魔王城に一人佇む勇者の体が、暖かな日の光に包まれる。

「やっと帰れる」

 そして、囁く声と交わした約束が果たされる。
 役目を果たした神の使徒は、元の安楽へと帰還する。



 ひと際強い光が生じたあとには、もはや誰の姿も無かった。






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