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メトゲ

作者:栖坂月
夏のホラー2009参加作品です。
刺客その一れっつごー
「本日は取材をお受けいただき、ありがとうございます。よろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
 まずは挨拶を交わし、そのまま彼女を椅子へと促す。
 目が見えないという状況に慣れているせいだろう。腰掛けるまでの動作に戸惑いは見られなかった。その様子に感心しつつ、私も彼女の正面に腰を下ろす。
 綺麗に掃除されただけの会議室、テーブルも椅子も片付けられた白い空間の真ん中に、二人の女性が椅子に座って向かい合っている。
 傍目には滑稽、あるいはシュールと映るかもしれない。少なくとも、私がこの部屋に間違って入ってきたなら、何も見なかったフリをして静かに退室することを選択するだろう。
「では、早速お話を伺いたいのですが」
 アイマスクで両目を覆っている女性を見据えて、まずはこちらから切り出す。
 今月の企画はホラー、そのために私はここまで足を運んできた。
 元々ホラーにさほど興味のなかった私が、そんな企画を回されて心当たりなどあろうハズもなく、ネットで体験談を漁っていた時に偶然見付けたのが、目の前に居る彼女の話だった。有名な怪談や怪奇現象の知識に乏しい私にとって、ネットの片隅に転がっていた彼女の話は渡りに船であったと言わざるを得ない。
 もちろん、単なる与太話であるという危惧も、十分に抱えているけれど。
「えーと、ブログの記事を見ていらしたのですよね?」
「はい、ぜひ詳しい経緯を教えていただきたいと思いまして」
 彼女のブログには、簡単な経緯と合わせて、こんな文言が並んでいた。
『私の目は人を殺してしまいます。だから、他人と出会う機会のある場合には、眼帯を外すことはありません』
 最初は意味がわからず、当然ながら何かの冗談か、抽象的な比喩であろうと思っていた。しかしブログを読む内に、彼女の視力が正常でありながら、自ら視界を封じて生きていることを実感したのである。
 その理由が気になり、数度のメールをやり取りした後、もしやと思って取材を申し込んだところ、このような対面を果たした次第なのだ。
「このような話は、本来人様にお伝えするようなものではないのかもしれませんが……」
 俯きながらそう前置きして、それでも気丈に顔を上げる。
 当初、勘違いしたオカルト信者のような相手だったらどうしようなどという不安もあったのだが、育ちの良さそうなお嬢様然とした彼女からは、不信感を抱くような要素は見当たらない。私は懐からボイスレコーダーを取り出して膝の上に置き、次いで胸のポケットから愛用のメモ帳を取り出すと、気持ちを引き締めて新しいページを開いた。
 まるで準備が整うのを待っていたかのように、彼女は話し始める。
 その声に抑揚はない。不自然と思えるほどに淡々としていた。
 まるで何かを、例えば激しい痛みを我慢しているかのように。


 そもそもの始まりは、五年以上も昔に遡るそうだ。
「当時の友人――親友と呼んで差し支えないと思います。彼女の左胸に『ソレ』を見たのが、始まりでした。
 あれは確か、文化祭の準備をしていた時で、二人して買出しに出ていた時だったと記憶しています。メモを見ながら一通りの買い物を終え、学校へ戻ろうと歩いていた時、ふと見た彼女の左胸に、何か半透明の長い棘のような物が見えたのです。
 それが何なのか、当時の私にはわかりませんでした。いいえ、正確には今でもわかっていません。ただ、危険な物だとは露ほども思いませんでした。とはいえ、人差し指ほどの太さもある棒が飛び出していたものですから、気になって手を伸ばしてみたのです。
 ソレに触ることはできませんでした。友人は私の行動を不審に思い、私はその理由を話しましたが、どうやら彼女には見えていないようでした。だから、見えているソレは私の目の錯覚に違いないと思うことにしたのです。
 しかし三日後、文化祭の前日に、ダンボールにつまづいて転んだ彼女は胸から血を流して死んでしまいました」
 生唾を呑む。
 抑揚がないせいで、怪談を聞かされているような気分だった。
「その、ご友人の死因は?」
「胸に何かが刺さったことが原因の失血死だそうです」
「何か、とは?」
 ここまで聞いていながらすべき質問ではないかもしれない。でも、私は聞かずにはいられなかった。
「それが、刺さるような物は何もなかったそうです。直径一センチ程度の棒状物体、という話でした。もちろん、そんな物は見付かっていませんし、そもそもこの出来事は、クラスの皆が見ている前で起こったのです。
 私は、先日の錯覚を話そうか悩みました。でも、怖くて言い出せませんでした」
 それはそうだろう。
 そもそも、仮に言っていたところで変な疑いを掛けられるのが目に見えている。理知的な判断ではなかったと思うけど、間違いだったとは思えない。
「そのショックもあって高校を中退した私は、しばらく家から出ませんでした。幸いにも同じような棘が見えることもなかったので、次第にですが恐怖は薄れていきました。両親が気長に待ってくれたこともあって、二年も経つ頃には外でアルバイトができるくらいになりました。
 でも忘れかけていたあの日――とても寒い日でした。朝の挨拶を交わした父の胸に、あの棘が見えたんです。
 私は慌てました。でも、この時はまだ気のせいだと思うことにしたのです。私が胸の内に仕舞っておけば大丈夫だと、根拠もなく考えました。
 ところが、逃げるように向かったアルバイト先の同僚にも、同じ棘が生えていたんです。彼の左胸から突き出した半透明の棘が視界に入る度に、私の呼吸は止まる思いでした。結局その日は体調不良を訴えて早退し、家で早々に眠ることにしたのです。
 でも、そのまま朝を迎えることはできませんでした。
 父の死を伝えられた母に、叩き起こされたからです」
 俯く彼女の頬は白い。血の気はなかった。
 声に相変わらず抑揚はなかったけど、感情の全てを抑えるには至っていない。溢れた水がコップの表面を濡らしていくように、彼女の纏う雰囲気が湿り気を帯びていく。それが、尚のこと彼女の言葉をリアルに響かせた。
「父の死因は、階段から滑り落ちた拍子に何かが胸に刺ささったことによる失血死だそうです。もちろん、何が刺さっていたのかはわかりません。現場からも見付からなかったそうです。
 私は信じられませんでした。胸に生えた棘が刺さるなど、あり得ない話としか思えませんでした。何かの偶然だと、自分に何度も言い聞かせました。
 しかし父の通夜と告別式が終わり、毎日の生活へと仕方なく戻った私に、現実が追い討ちを掛けてきたのです」
「同僚の死、ですか?」
 私の質問に、彼女は小さく頷く。ここまで話を聞いて、そう思わない者はいないだろう。
「ただ、彼の死は交通事故と聞きました。深夜、飲酒運転の車に轢かれて、死亡したそうです。しかし、両足の骨折は明確に事故のせいと断定されましたが、直接の死因となった胸の傷は原因が不明だと聞かされました。
 棒状の何かが刺さっていたという話はすぐに広まって、死因は事故ではないかもしれないという憶測が飛び交いました。
 私はアルバイトを辞めました。
 いつ私のせいだと揶揄されるか、怖くて仕方がなかったからです。
 そんな私は、とうとう我慢できなくなって母に相談しました。これまでのこと、不安も苦痛も、全て話しました。最初の内こそ冗談か妄想として聞いていた母でしたが、話し終える頃には真剣に耳を傾けてくれました。
 その母から返ってきた言葉は、私にとって意外なものでした」
「と、言いますと?」
 この当時のやり取りは彼女にとって唯一と言える明るい話題であったのか、口元に微かな笑みが浮かぶ。しかしそれも一瞬のことで、すぐに感情は奥へと仕舞われた。
「それはきっと、人の死期が見えるということではないかと言うんです。皆は私のために死んだのではなく、その死期を感じ取っていただけだろう、と」
「なるほど」
 優しい母親だと思う。
 少なくとも、私が母親の立場であったなら、その言葉を口にしてやれる自信はない。
「どこかに不安を感じながらも、私はその言葉にすがりました。そして毎日を無理にでも笑いながら、傷が癒える日をひたすらに待ち続けました。
 でも、忘れられる筈がありません。
 私はどんどん沈んでいき、そんな有様を見かねてか、母は積極的に私を家から追い出しました。何か楽しいことの一つでも見付けられれば、きっと何もかもが明るい方向に進むと信じていたみたいです。
 でもある日、あれはそう――丁度今時期のような梅雨の時期でした。何日かぶりにスッキリと晴れていたことを憶えています。いつものように家を追い出された私は、特に行く宛てもなく近所の公園にあるベンチに座っていました。
 空を見て、雲を見て、響く小さな子供の声に耳を傾けていたのです。何でもない日常でした。子供の『あっ』という声が聞こえるまでは」
 自然と拳に力が入る。
 私はメモを取ることすら忘れて、彼女の話に聞き入っていた。記者としては失格だ。だけど、この印象を素直に形作ることができればと、一方で期待もしていた。
「まさか、その子は……」
「私が慌てて視線を向けた時、子供は立ち上がるところでした。普通に転んだだけで、血を流すどころか怪我一つしていませんでした。
 安堵して見詰める私の前で、心配する母親に呼ばれた男の子が振り返りました。
 その瞬間、私は自分の目を疑いました。
 男の子の左胸に、あの棘が見えたからです。つい先程まで転んで何ともなかった男の子の胸に、どうしてあの棘が見えるのか、当時の私にはわかりませんでした。
 いいえ、わかってはいたのかもしれません。ただ、認めたくなかっただけで……。
 その男の子が次に転んだ時、私は理解しました。
 ソレは見えているのではなく、私の目によって生み出されているのだということに。
 逃げるように家へと帰った私は、母に一部始終を伝えようとして……やめました」
「え、どういうことですか?」
 信じてくれている人を裏切りたくない、ということだろうか。
「母の胸に、棘が見えたからです」
 彼女の目は、真っ直ぐに私を見ている。その視線はアイマスクによって遮られてはいるものの、そこにある眼差しを感じることは容易だった。
「その日以来、私は人の姿を見ていません」
「……その、お母様は?」
「去年亡くなりました。だからもう、この世に棘の生えた人は居ません」
 やけに毅然とした言葉で、彼女は自らの境遇を締めくくる。
 そこにはもう、後悔は感じられなかった。


「ありがとうございました」
 立ち上がり、右手を差し出す。しかし見えない彼女に握手を求めること自体が無意味だと気付き、少し屈んでこちらから相手の右手を握り締めた。
「いえ、こちらこそ」
 少しだけ嬉しそうに、微かな笑顔を返してくれる。
 無理をしているかもしれないが、それでも自然な笑顔に見えた。
 私はそのまま右手を引いて、彼女を立ち上がらせる。途端にアイマスクが近くに迫り、危うく頭をぶつけそうになって身を引いた。
「いつっ!」
 不意に握手が離れ、彼女が右の手首を押さえる。
 もしかして、今の拍子に無理に捻ったりしてしまったのだろうか。
「すいません。大丈夫ですか?」
「あ、いいえ、ちょっと引っ掻いただけで……大したことありません」
 爪でも当たった、にしては感触がなかった。
「何でしたら、手当てをどなたかにお願いしてきますけど?」
「大丈夫です。もし必要なら、自分から事務所に行きますから」
「そうですか」
 ここは彼女の勤めている会社の一室だ。勤務時間であるにもかかわらず、取材ということで無理に抜けてもらっている。ここで大騒ぎとなれば、むしろ彼女に迷惑を掛けることにもなるだろう。
「申し訳ありませんが、そろそろ業務に戻ってよろしいですか?」
「あ、はい。本日は本当に、どうもありがとうございました」
「いいえ、それでは」
 こちらが頭を下げている間に、彼女はドアへと向かう。
 よほど急いでいるのか、最初に受けた丁寧な印象はなくなっていた。
 とはいえ、こちらも取材と称して彼女のプライベートに踏み込んでいることだし、この程度の無礼で文句を言える立場にはない。そもそも、ここに来ることも彼女に会うことも、おそらくはもうないだろう。
 二つの椅子を隅に片付けたら、この取材は終わりだ。
 そう思いつつ椅子の一つを持ち上げた、その瞬間だった。
「あの……」
 声が響いた。
 すでにこちらへの興味など失っていたと思っていた私にとって、それは不意打ちにも等しい、あまりに意外な呼び掛けであっただろう。
 意識と身体は同調を失い、それでも強引に振り返った私は、抱え上げていた椅子に躓く。
 何とか椅子を手放して惨事を避けたつもりだったが、失われたバランスが戻ってくることはなく、世界が加速度を上げて流れていく。景色が大きく揺らぎ、色が溶け合い、視界に映る彼女が輪郭を失った。
 私は転ぶ。
 と同時に、痛みが走った。
 左胸だ。
 何が起こったのか、何一つ判然としない。ただ、何かが漏れ出すようにして、身体から力が抜けていった。
 ツンと、生臭い鉄の匂いが鼻をつく。
 横になった視界は白一色で、形ある物は何も見えない。
 だがそこを、赤い雫が横切った。
 それが彼女の手首から垂れているとわかった瞬間、私は理解する。彼女を取り巻く現実が、また一つ新しい段階へと入ったことを。そしてその事実を、もう誰にも伝えることはできないのだということを。

 闇へと落ち行く中で、それだけが心残りだった。
怖がらせることに意識を集中するのは難しいですね。
話を上手く作ろうとすると、どうしても整合性や後読感に振り回されてしまう印象です。
まぁ、勉強にもなりましたし、楽しめたので参加して良かったと思ってます。
個人的にはノーマルなホラーという印象なんですけど、他の方の作品に比べるとあまり怖くないかもしれませんね。

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