第4話の22
「さすがだネ。ベアルドが呆然としているじゃないカ」
ディアブロスの討伐に成功した息子の姿を、少し離れた場所で見てい
た京吾に、どこか皮肉が混ざったヤンの声がかけられた。
「ディアブロスはティガレックスと戦って傷ついていたのは事実だろう
がネ。まあ~末恐ろしいことで。いい戦士になるヨ、プリンスは」
「まあな」
当然だと思いながら小さく頷いた彼の横で、ヤンが大袈裟に両腕を広
げて空を仰いで見せる。
東の空が、うっすらと明るくなろうとしていた。
「誰より美しく強い戦士とは、いいネ。これまた新たな伝説が生まれそ
うダヨ。今から楽しみだ。ところで、ひとつ聞いてもいいかナ?」
「何だ」
「どうしてプリンスを息子にしようと思ったのだい? 話に聞いた限り
では、あんたは血も涙も凍りついた化け物だと思っていたのだがネ。実
物に会ったら大層な親バカで見てるこっちの方が恥ずかしくなったヨ。
まさか“お姫様”にしてるワケじゃないんダロ?」
ヤンの独特の言い回しに、彼は軽く眉を顰める。
「当たり前だ」
「だろうとも。気まぐれかい? それとも、何か特別な事情でもあった
のかナ? プリンスとあんたは血の繋がりはないはずだ。鬼龍同士で子
孫を残すことはできないはずだし、人間の女との間にも子供は生まれな
いはずダロ?」
「よく知ってるな」
やや呆れた口調で返せば、ヤンは得意げに笑って見せた。
「まあネ。これでも、鬼龍という存在にはとても興味を持っていたんだ
ヨ。子供のころからネ。特に、万物最強と言われる鬼龍の王については、
生きている間に一度でいいから会ってみたいと思っていた」
「本物に会えて感動したか?」
「どうだろうネ。予想通りが半分、期待外れが半分と言ったところだ。
まあ、そんなもんダロ。それで? 答えは?」
「特にはない。強いて言えば成り行きだ。最初は普通に仲間にするつも
りだった」
気が変わった、とも言うかもしれない。熱に浮かされたフェンリルが
自分のことを父親と間違えたのがきっかけで、それもいいかもしれない
と思った。それだけのことだ。
「なるほど。まあ、確かにプリンスは可愛いからネ。気持ちはよく分か
るヨ」
分かられても困る。そう思いはしたが、敢えて黙っておいた。
「それに、クシャルの太刀を振り回している時のプリンスは普段の可愛
らしさから想像できないしネ。まるで別人だ。刃を手にした時のプリン
スは、可愛いというよりも美しいという形容がよくお似合いだった」
「……お前、まさか」
脳裏にとてつもなくイヤな考えが浮かび、彼は思わずレイヴァーティ
ンを握りしめる。
「ジョーダンは止してくれタマエ。私が性的魅力を感じるのはカンタロ
スだけサ」
「……」
それはそれでどうかと思った。カンタロス相手にどうこう……と考え
ると背筋に寒いものが走るが、例え妄想の中の話であれフェンリルがそ
の対象となることよりはずっとマシだ。
「それにしても、人間の美女に引っかかって鬼龍としての力を封じられ
た、という話は本当だったようだネ。今のあんたは普通にしていれば人
間に見える。ただ、何となく底知れない空虚さのようなものは感じるヨ。
そうだネ、例えるなら……そう、休火山の噴火口を見ているような感じ
だ。マグマこそ噴き出してはいないが、その内部にはとんでもない灼熱
を抱えて、今は静かに眠りについている。その表現がしっくりくる気が
するネ」
「だから何だ」
「完全復活したあんたに会ってみたい。そう思っただけサ。今のところ
その予定はないのかい?」
「さあな」
嬉々とした口調で他人の痛い過去を雄弁に語るヤンを見ながら、彼は
胸ポケットから取り出したタバコに火を付ける。フェンリルはまだディ
アブロスの傍でベアルドと何かを話しているので、吸える時に吸ってお
くに限る。
「今のままでも特に不自由してない。正直な話、どうでもいい。今更、
昔のように戻ろうとは思わない」
「なるほどネ。けれど、それでいいのかい? もしもプリンスが成長し
て、あんたより強くなったらどうする? それに、プリンスはまだ人間
ダロ? 鬼龍に迎えてやるのも父親であるあんたの役目なんじゃないの
かい?」
「……」
この男は、どうあっても昔の自分を見たいらしい。余計なことを刷り
込まれた気分で、彼は隣にいるヤンを見る。
「そう睨まないでくれタマエ。私は現時点で予想される未来予想図と、
世の中の父親業に課せられる、ごく一般的な見識を述べたに過ぎないヨ」
「……」
「おそらく、プリンスも話を聞いたら昔のあんたを見てみたいと言うの
ではないかナ? お、プリンスのお戻りだ。さっそく話してみよう。き
っと知りたいはずだからネ」
「余計なことは言うんじゃない」
「心外だネ。カッコいいパパの姿に息子は憧れるものダヨ? 出し惜し
みするのはもったいないと思わないかネ?」
「やかましい」
勝ち誇ったように笑うヤンの顔を、切り刻んでやりたい衝動に駆られ
ながらも、大人の理性で何とかそれを抑え込み、ベアルドと連れ立って
戻って来たフェンリルを迎える。
「パパー!」
自分の顔を見るなり満面の笑顔で飛びついてくる息子が、本当に可愛
いと思う。今では、他の何よりも愛おしい存在だ。
「楽しかったか?」
「うん!」
まだまだ軽い体重を抱き上げ、髪を撫でてやる。ヤンに言われたのは
癪ではあったが、確かにフェンリルはいつまでも子供ではない。いずれ
成長し、今よりももっと強くなるだろう。それに、この子を鬼龍に迎え
てやるのは、他の誰の血でもなく自分の血でありたい。そう思う。
「さてと、私は最後の仕事に移らせてもらおうかネ。ベアルド、分かっ
ているダロ?」
彼の内心の葛藤など知らぬ顔で、ヤンが腰に差していた双剣を抜き放
ち、ベアルドに向けた。腕の中で、フェンリルが体を強張らせるのが分
かる。
「ギルド・ナイトは顔を見られてはいけない、という掟か?」
真っ白な刃を突き付けられながらも、ベアルドは眉ひとつ動かさずに
聞き返した。
「その通り。悪いが君だけ見逃すことはできない」
「そうだろうとは思っていた」
「分かっているなら話は早い。心配しなくて大丈夫サ。人の首を刎ねる
のはお手の物だか……」
「ダメだよ!!」
どこか嬉しそうでいて、それでいて全く感情の籠っていないヤンの声
音を遮ったのはフェンリルだった。彼の腕の中から抜け出し、フェンリ
ルはベアルドとヤンの間に立ちはだかる。予想通りの行動に、彼は小さ
く溜め息を落とした。
「そう言うと思ったヨ。で、プリンスがそう言うならば陛下もそれに味
方するのダロ?」
「まあな」
処置なし、と言わんばかりに、ヤンは大袈裟な仕草で空を仰ぐ。
「つまり、この場で斬られるのは私ということになる。ただ、それは困
るのダヨ。私が死んだら家で待っているカンタロスたちも餓死してしま
うしネ。と、言うワケでどうだろう。ベアルド、君は口が堅いはずだ。
今回のことは黙っていてくれないか? 脅し、じゃないヨ? 私はお願
いしているんだ」
「……いいだろう」
少しばかりの沈黙を置き、ベアルドが頷いてみせた。
「話が早くて助かるヨ。さすがベアルド。では、話が纏まったところで
さっさとモンスターから素材を剥ぎ取ってしまおうではないか。“フィ
ールドで、いつまでもあると思うな、必要素材”知ってるダロ?」
「知ってるさ」
そう言って、ヤンはたった今フェンリルとベアルドが倒したディアブ
ロスと、離れた場所に横たわっているティガレックスの方へ歩き出した。
「なんか、ヤンさんっておもしろい人だね、やっぱり」
ヤンの後ろに続くベアルドの背を見送りながら、フェンリルが自分の
傍に戻ってくる。
「ギルド・ナイトって、みんなあんな感じなのかな」
「あいつが特別なんだろ?」
「ふ~ん……」
何か考え込むように、フェンリルは視線を下方に向けた。
「どうした?」
「決めた!」
フェンリルと視線の高さを合わせるなり、息子が返り血に濡れた顔を
輝かせながら自分を真っ直ぐに見詰めてくる。
「俺、ギルド・ナイトになる!」
「は?」
「だって、ギルド・ナイトだったらモンスターとも戦えるし、人とも戦
えるじゃん! ねえ、ギルド・ナイトってどうやってなるの?」
息子の口から飛び出した言葉に、さすがの彼も開いた口が塞がらなか
った。
「ハンターになって……将兄、つまりギルド・マスターに選ばれるしか
ない。確立は低いぞ」
「そうなんだ」
その年で将来を決めなくてもいいのではないか、と思いはしたが、可
愛い息子に質問されると、ついつい答えてしまう自分がいる。
「じゃあパパが将兄になってよ」
「は?」
「パパがギルド・マスターだったらさ、俺ギルド・ナイトになれるじゃ
ん!」
「……」
どういう理屈だ、と呆れる半面……。
「そうだな」
それもいいかもしれない。そう思う。
「分かった」
アルテリアという大国で、最も目立った地位にいれば、探し続けて
いる“人間”も自分から出て来るかもしれない。過去、何度かそうい
うことはあった。
「俺が、お前をギルド・ナイトに任命してやる」
そして“預けたもの”を返してもらう。そうすれば、自分の血でフ
ェンリルを鬼龍に迎えられる。そういうことだ。
「約束だよ、パパ!」
「ああ、約束だ」
しがみついてくる息子をしっかりと抱きしめる。
(目的を持って生きることは、確かに重要だ)
離れた場所で、ヤンとベアルドがディアブロスの死体を解体してい
た。命がけで倒したモンスターも本国に持ち帰れるのは、その体のほ
んの一部に過ぎない。理由は簡単だ。運搬手段が無いのだ。運が良け
れば、報告を受けた古龍観測所の人間が残りの死体を回収し、アルテ
リアに運ぶのだろうが、弱肉強食を絵に描いたようなフィールドで、
死体が長時間、残っていることは少ない。
(人間は、あまりにも脆弱だ……)
モンスターに比べて、その存在はあまりにも小さく弱い。自分は今、
その弱者と同じ場所にいる。
(昔に、戻ろうか)
誰のためでもなく、自分のために。
そして、大切な息子のために。
太陽が、砂漠を照らし出す。
お疲れさまでした。ヴァナルガンド、無事に完結です!
……中途半端?
そう思われた読者様、あなたは激しく正しいです。
ええ……お気付きの方も多いと思われますが、ヴァナルガンドと妖乱舞はいろいろなところで繋がっておりまして……はっきり言ってしまえば、妖乱舞のフェンリルというキャラの過去話が、このヴァナルガンドだったわけなのです。
と、いうわけで、今後のフェンリルにつきましては妖乱舞でお楽しみください!
フェンリルは、妖乱舞「邂逅」にはチラっと顔を見せた程度ですが、次の「始動」ではレギュラーで登場いたします。本日12月26日の午後8時、始動の1話目をアップいたします。そちらもどうぞよろしくお願いいたします。
長らくお付き合いくださいまして、本当にありがとうございました。
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