第4話の21
砂漠に飛び出すと同時に、少し後ろを走って付いて来ていたベアルド
が、腰のポーチから丸い球を取り出した。左手に付けた指輪のような物
で導火線をこすり、後ろを向いているディアブロスに向かって放り投げ
る。
(音爆弾ってヤツかな)
空中で、彼が投げた球が破裂したような気がした。すると、間髪入れ
る間もなく砂中からガレオスたちが飛び出し、ディアブロスが慌てたよ
うに二人を振り返る。今は耳栓を付けているので聞こえないが、先ほど
音爆弾のその音を聞いた時は鼓膜が破れるかと思った。ハンターのアイ
テムは危険なものも多いが、役立つものもちゃんとあるらしい。
(やっぱ楽しそうだな、ハンターって)
ディアブロスは、やや興奮気味に見えた。前脚でしきりに砂を掻き、
尻尾は絶えず左右に振られている。どうやら、ティガレックスに付けら
れた傷が痛むようだ。最初に見た時に比べて、随分と動きが落ちてきて
いるうえに、やたら落ち着きがない。
(まあ、カンケーないけど)
ガレオスたちは父親が引き受けてくれると言っていた。ありがたくそ
の言葉に甘えることにして、フェンリルは真っ直ぐにディアブロスに向
かって駆け出していく。
(うげ……くさ……!)
ディアブロスに近づくにつれて、冷え切って澄んだ空気に混じるその
体臭が鼻をつく。ティガレックスやリオレウスのような肉食モンスター
ほどではないが、血と汗と、汚物の臭いが入り混じった何とも言えない
その体臭には思わず顔を顰めたくなる。相手が大型であればあるほど、
その臭いはキツくなる一方だ。だが、こればかりは文句を言っていられ
ない。臭いという理由で戦いを諦めるには、ディアブロスはあまりに惜
しい相手だ。
「まずは、その角! それ折りたいんだよ!」
喋っているのに、自分の声が聞こえないというのは不思議な感覚だ。
しかしながらここは敢えて気にせず、フェンリルは抜き放った太刀を横
向きに構えつつディアブロスに向かって走った。
(予想通り!)
ディアブロスは目が悪いと聞いた。おまけに突進する対象が小さな人
間では、目標を定めきれずに闇雲に突進することはないだろうと思って
いた。そして、こちらからディアブロスの頭部に向かって突き進んで行
けば、ディアブロスの取る行動はひとつだ。
「おい!!」
背後でベアルドが叫んだことには、当然だが気付かなかった。ディア
ブロスが、自分に向かって走って来た小さな敵を振り払おうと下から上
に向かって頭を振り上げる。その顎に足をかけ、ディアブロスの動きを
利用してフェンリルは空中に舞い上がった。
「まずは、一本目!」
体を捻ってうまく位置を調節し、フェンリルを見失ったディアブロス
の片角に向かって太刀を振り下ろす。
「よっしゃ!」
太刀を握る両手に、重く鈍い手応えを感じた。意外なほど簡単に、角
は額から少し離れた位置で真っ二つに折れる。ディアブロスにとっては
突然の攻撃。夜空に向かって高々と頭を抱えながら、悲痛の叫び声を上
げたようだ。
「次は、こっち!」
砂地に着地したフェンリルは、そのままディアブロスの腹の下へと潜
り込む。ディアブロスの呼吸に合わせて、ゆっくりと上下している腹部
は、その巨大さが相まって、まるで生きた洞窟の中にいるような錯覚を
覚えた。
「次は、こっち!!」
ハンマーのような尻尾は、非常に目障りで仕方ない。とりあえず切断
してやろうと思って、手が届く位置まで移動する。左右に、ゆっくりと
揺れている尻尾に向かって、フェンリルは刃を振り上げた。
「あ!」
自分の刃がディアブロスの尻尾に到達するより先に、ディアブロスの
長大な尾が両断され、砂煙を上げながら砂漠の上に落下する。
「ベアルドさん……」
先を越されてしまった。何とも言えない顔で自分を見るベアルドに曖
昧な笑みを返し、フェンリルは尻尾を切断された衝撃で前方に倒れ込む
ディアブロスの方へと視線を移した。
「とっし~ん」
冷え切った空気のせいで、こちらに向き直ったディアブロスが断続的
に吐き出す息が白く濁っているのが分かる。よほど、体が熱を持ってい
るらしい。
「さて、お楽しみ!」
夜空に向かって咆哮を上げたディアブロスが、後ろ足に力を込めるの
が見える。近くにいたベアルドが腕を引っ張ってきたが、フェンリルは
敢えてそれを振り払った。
(さすがに、俺の力だけじゃムリだし)
頭を低く、標的の位置を捕えたディアブロスが砂を蹴って突進してく
る。太刀をしっかりと握りしめながら、フェンリルは注意深くタイミン
グを読んだ。
(今だ!)
ベアルドが横に飛び退くのと同時に、フェンリルはディアブロスの顎
の下を転がり抜ける。すぐに起き上がり、目の前に迫ってくる巨木のよ
うな後ろ脚に向かって、刃を一閃させた。
(ここは、どんなモンスターだって弱点なんだよね)
ディアブロスにとっては左脚、フェンリルから見れば右側の、間接と
間接の継ぎ目を、斬りつける。硬い体表に覆われていようが、そうでな
かろうが、手足の曲げ伸ばしをするために間接部分は皮膚が柔らかくな
っていなければならない。それはディアブロスも例外ではない。間接部
分まで他の部位と同じような硬さを持っていれば、普通に歩いたり、ま
してや突進することなどできるはずはない。
(簡単じゃん!)
ディアブロスが斬りつけられた左脚の痛みに負け、勢いよく横転した。
潰されないように、フェンリルは慌ててその体の下から移動する。その
時、ちょうどディアブロスの“後ろ脚の付け根の部分”つまり“見ては
ならない部分”が視界に飛び込んできた。どうやら、このディアブロス
はオスであるらしい。
「すっげ……パパより大きい……」
当たり前である。
「何かと思った……」
気を取り直して、フェンリルはいったんディアブロスから距離を取っ
た。このまま一気にトドメを刺してやろうかと思ったのだが、それでは
いくら何でもつまらない。
「さあ、立ってよね」
さんざん待たされた挙げ句に、たったこれだけで終わってしまうのは
あんまりだ。
「そうこなくっちゃ!」
口から泡を吐き、早い呼吸を繰り返していたディアブロスが、ひどく
緩慢な動作で立ち上がる。そして、砂の中に向かって頭を突っ込み始め
た。
「どこ……」
砂中に潜ったディアブロスは、音を頼りに攻撃してくると聞いた。だ
としたら、じっとしていれば分からないはず。そう思って、フェンリル
は敢えてその場から一歩も動かないことにした。砂漠が、束の間の静寂
を取り戻す。しかし、目に見えないだけで、どこかにあのディアブロス
がいる。そう思うと、気は抜けない。
(見えないって、けっこう怖いな……)
耳栓を付けているせいで、今の自分は聴覚が使えない。耳が聞こえな
いと、ちょっとした音や微かな息使いを捕えることができない。モンス
ターが徘徊するフィールドで五感の一つが使えないことは、人間にとっ
てかなりマイナスだと今更、気付いた。
(どこだ……)
しんと静まり返った砂漠は、何の動きも無い。先ほどディアブロスが
砂中に潜った時には、居場所を示すかのように砂を含んだ風が流れてい
たものだが、今回は深い場所まで潜っているらしく、それらしい風は一
切、見当たらない。ディアブロスが潜った時に出来た穴が、見る間に砂
で覆われていく……。
「っ!?」
だしぬけに、背後から人の腕が伸びてきて抱き上げられた。何事かと
思う間もなく、その人物は自分を抱いたまま横に飛び退く。
「う、わ!」
一瞬前まで自分が立っていた場所に、ディアブロスの巨大な片角が現
れた。
「……」
どうやらディアブロスは、標的を最後に確認した場所、もしくは最後
に音が途切れた場所に向かって突き上げてくることができるらしい。砂
の中から這い出してくる巨体を眺めながら、フェンリルは新たに得た情
報を頭の中に叩き込む。助けて貰えなかった死んでいた。二度と油断は
しないと心に誓う。
「減点だ」
片方の耳から耳栓を取られ、父親が笑いながらそう言った。
「ごめんなさい……」
素直に謝ったところで、砂の上に降ろされる。改めて気を引き締めて、
フェンリルはディアブロスをしっかりと見据えた。
「今度こそ!」
父親から耳栓を返してもらって、元通り耳に装着する。砂の混じった
唾液と血液を垂れ流し、ディアブロスは離れた場所にいたベアルドに向
かって突進していた。左脚を傷付けられているせいか、その突進はかな
り遅くなっている。
(ベアルドさんに協力してもらう。油断してたらまたパパに助けて貰わ
ないといけなくなる。もういいや。殺そう)
頭の中で作戦を組み立て、フェンリルはベアルドがいる方に向かって
砂を蹴った。動きを止めたディアブロスが、ベアルドを突き殺そうとそ
の場で片方だけの角を振り回している。大きな体に似合わず、俊敏な動
きをするベアルドが、間一髪のところでその攻撃を避け、ディアブロス
の隙を見て大剣の刃を叩きつけていた。
「もうちょっと~、もうちょっと~」
本人に気付かれないように背後に回り、ベアルドがタイミング良く大
剣を使うのを待ち続ける。
「もうちょっと~」
ディアブロスの横に回り込んだベアルドが、大剣を大きく振りかぶっ
て、先ほどティガレックスが付けた傷と寸分違わない場所を攻撃した。
血の合間に、黄色い脂肪の粒が混じった生肉が見え隠れしている。そこ
へ、氷の属性を持つ刃が突き立てられ、さすがのディアブロスも身悶え
ていた。
「よし!」
ディアブロスが巨体を捻り、ベアルドの方へ向き直る。怒りに燃えた
その額には、血で描いたような模様がくっきりと現れていた。爛々と光
る瞳をひたと見据えてくるディアブロスに、ベアルドは一歩も引く様子
を見せない。粘度の高い唾液を垂れ流す嘴に似た口に向かって、彼は大
剣を横に薙ぎ払う。その刃に、フェンリルは足をかけた。
「なっ……!」
眼下に、唖然とした顔のベアルドが映り込む。まさか大剣の薙ぎ払い
を利用して高い位置に飛び上がるとは思ってもみなかったようだ。内心
で笑みを零しながら、フェンリルは太刀を振り上げる。ティガレックス
に噛みつかれて血を流すその首に、思い切り刃を叩きつけた。
(ベアルドさん! 下から攻撃して~!)
フェンリルの考えを察してくれたらしいベアルドが、ディアブロスの
顎の下に潜り込み、そこで大きく大剣を振った。
(さすがベアルドさん!)
上下、双方から同時に攻撃を食らい、ディアブロスの首が僅かな肉を
残した状態で胴体を離れていく。
(綺麗に切り落としてやるよ!)
ディアブロスの首より先に地面に降りたフェンリルは、下から上に向
かって刃を振った。藍色の夜に、白刃の軌跡が描かれる。切断された部
位から大量の血を流し、ディアブロスの巨体は砂に沈んだ……。
今日はクリスマスでしたネ。
夕飯はフツーにみそ汁でございましたヨ。
色気もクソもないっすね……。
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