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第4話の1
             ヴァナルガンド第4話



 アルテリア南部には、シエンナ内海に面した二つの都がある。南東に雷都、

南西に火都。その中間、地図で見れば帝都の真南にドンドルマと呼ばれる港

町が栄えている。

「なんか、すごいね~、ここ。帝都みたい」

 ドンドルマは行政区分の上では「町」ということになっているが、その実

は帝都を含む6つの都と大差ない。大型船が停泊できるホーランド港は、他

国に開かれた唯一の港であり、東と西の都を、海と陸から結ぶ交通の拠点だ。

それゆえに、ドンドルマの町には人が集まる。

「すっごい人。なんか迷子になりそう」

 人が集まる町には商人が集う。そう長い時間をかけることもなく、ドンド

ルマの町には宿泊施設を始め、食事や娯楽を提供する店が次々に軒を連ね始

めた。

「離れるなよ。探すのは面倒だ」

「パパ、すぐそういうこと言う~」

 町の施設が整えば、よりドンドルマには人が集まる。人が集まれば懐に落

とされる金も大きくなり、その金がまた施設をより快適なものへと変えてい

く。あとはもう、その繰り返しだ。ドンドルマは、そうやって帝都に負けず

劣らず繁栄を誇る巨大な町へと変貌していった。

「目を放すとすぐいなくなるのは誰だ」

「さあ、知らない」

 ところで、ドンドルマと言えば貿易の拠点であると同時に、アルテリアに

とってもうひとつ大きな意味を持つ。


 ドンドルマは、ハンターの町だ。


「あ! またハンター見つけた!」

 フェンリルが指差した先には、全身を厳つい防具で固め、背に大剣を背負

った男の姿があった。威風堂々たる体格で、肩で風を切るようにして歩くそ

の姿は、まさしくアルテリアを代表する”ハンター”そのもの。道行く子供

たちの中には、あからさまな憧憬の眼差しを向けている者も少なくない。

「ドンドルマにハンターがいるのは当然だろ? ホーランド港から船でフィ

ールドに出るんだ。ガレー船に乗って」

「船!? 船、見たい!! 俺、見たこと無いもん! ねえ、船! 船、見

に行こうよ、パパ!」

「腹が減ったと言っていたのはどこのどいつだ、まったく」

「そんなの忘れた~」

 都合のいい言い訳をしながら、フェンリルは繋いだ父親の手を引っ張って

みる。呆れた顔をしているが、なんだかんだ言ってもフェンリルのワガママ

はたいてい聞いてもらえる。そう、知っていた。

「分かったから。引っ張るな。港はそっちじゃない」

「パパ、早く~」

 町は喧噪に満ちている。そこかしらに軒を連ねた店からは、絶えず客を呼

び込む声がかかり、綺麗に整備された石畳を行く人の袖を引く。魚や肉を焼

く匂いに混じる、磯の香りと香水の匂い。道行く人々は珍しい異国の服装に

身を包み、陽気な顔で通り過ぎていく。道端で行商している旅人は、見たこ

ともない食べ物や生き物、そして装飾を並べ、通り過ぎていく人々の視線を

集めている。ドンドルマの町は、フェンリルの興味を惹いて止まないもので

溢れていた。

「ねえ、あれ何!?」

 彼の目に止まったのは、飲食店の軒先で粗末な屋台を広げている行商人だ

った。

「いらっしゃい! 安くしとくよ! 好きなだけ見ていって!」

 あれは何? と口にした時にはもうすでにそちらの方向に向って走り出し

ている。背後で父親が軽く溜め息をついたような気がしたが、気にせずに屋

台へと駆け寄っていった。

「ねえ、おばさん。これは何?」

「おねえさんって呼んでくれたら安くしてあげるよ~」

 朗らかな笑顔で、ふくよかな中年の女は笑う。そして、フェンリルの視線

を釘付けにしている装飾品のひとつを手に取って持たせてくれた。それは円

形に整えられた銀細工で、リオレウスの姿が繊細に彫り込まれている。目に

あたる部分には青い石が嵌め込まれ、太陽の光に反射してキラリと輝いた。

「これはねえ、髪留めだよ。ここから西にある火都の人たちがよく髪に飾る

んだ。綺麗だろ? 坊やはどこの子? 帝都?」

「うん。帝都。これでどうやって髪の毛を留めるの?」

 女の方を見ながら問いかければ、彼女の手が布を敷いた屋台の上を滑って、

ひとつの銀細工を翳して見せる。今フェンリルが持っているものと形と大き

さは全く同じだが、そこに彫り込まれているのはリオレイア。瞳に嵌め込ま

れているのは赤い石だ。

「一本の紐の先にね、それとこれを付けるのさ。坊やが持っているのとペア

になってるのが、これ」

「見せて」

 手を差し出せば、女が戸惑いなくその銀細工を手の平に乗せてくれた。そ

こへ、父親がやってくる。さして興味なさそうに、彼はフェンリルの手の中

のものを見つめた。

「あら! 坊やのお兄さん? やだわぁ! すっごい素敵な人!!」

 いったい何がイヤだ、なのかフェンリルには分かりかねたが、彼女は父親

を見るなり素っ頓狂な悲鳴を上げ、その顔をまじまじと見つめる。しかしフ

ェンリルにしてみれば、兄弟と間違われるのは、あまり気分が良くない。

「パパだよ。お兄さんじゃない」

 やや押し殺した声ではっきりと否定すると、フェンリルの心情も知らずに

女は更に歓喜の雄叫びをあげた。

「やだぁ! 本当かい!? ウソでしょお!? 若い! 本当に!?」

「本当だ」

 父親もまた、はっきり言いながら肩を抱き寄せてくれる。それが、とても

嬉しい。

「素敵なパパねえ~! いいわねえ、坊や!」

「まあね」

「でも坊やも綺麗なお顔ねえ! 大きくなったらきっとパパみたいに素敵な

男の人になるわよ~!!」

 商売そっちのけで二人をジロジロと無遠慮に眺めまわす女に向って、無意

識に口元を綻ばせてしまうフェンリルと、溜め息をつく父親。二人の視線が

交わった。

「ねえ、パパ。これ欲しい。買って」

 何か言われる前に、手に持った二つの銀細工を差し出して見せる。にっこ

り笑いながらお願いすれば、苦い顔をしながらも結局は頷いてくれる。

「分かった、分かった」

「やったー!!」

「いくらだ?」

 飛び上がって喜びながら腰に纏わりつくフェンリルの頭を撫で、彼はホー

ズ(ズボン)のポケットから財布を取り出す。

「2つで100zだよ。紐もサービスしましょうか?」

「ああ」

「坊やに似合う藍の紐にしましょうねぇ」

 言いながら、女は屋台に並べられた飾り紐の中から、銀糸が織り込まれた

深い藍色の紐を取り出した。

「結びましょうか?」

「頼む」

 女が手を差し出してきたので、フェンリルは手に持っていた銀細工を2つ

差し出した。それを受け取ると、彼女は慣れた手つきで飾り紐の先端に銀細

工を結びつけていく。できあがったそれを受け取り、改めて手の中で眺めて

みた。

「カッコいい~。銀介みたい」

「そうか?」

「うん。こっちは銀介のお嫁さんかな」

 はにかんだように笑うと、屋台の中の女がにっこりと笑い返してくれる。

「気に入ってくれて嬉しいよ。ところで、坊や。こういうのは嫌い?」

 極上の笑みを浮かべながら、彼女が差し出してきたのは銀のピアスだった。

左右ともに、小さな黒龍が精巧に形作られている。

「うわ~」

 はっきり言って、かなり物欲をそそられる代物であることには違いない。

「パパとお揃いで付けたら? きっと似合うわよ」

 女の言葉は、トドメになった。

「お前、ピアス・ホール開けてないだろ」

「開ければいいじゃん」

「……」

「ねえ、パパ。お揃いで付けようよ」

「……はいはい」

 溜め息をついた父親に、女が更なる笑顔を上乗せした。

「まいど~! 素敵なパパ!」

                   *

 紺碧に澄んだ海面と、どこまでも突き抜けるような青い空。その狭間には、

真っ白な帆を畳んだ大型船が何隻も停泊している。

「これが海かぁ……」

 初めて見る海は、思ったよりも小さかった。先日、フィールドで目にした

湖や温泉の類と大差ないような感じがした。ただ、頭上を飛ぶ海鳥や鼻腔を

つく磯の香りに、そこにあるのが海の水なのだと実感させられる。

「ねえ、みんな何してんの?」

 石材で整えられた港は、どこもかしこも忙しそうに働く人々で溢れていた。

時折、誰かを怒鳴り散らすような声も聞こえてくる。

「ここを出たらしばらく陸に上がれないから、食糧や水を積めるだけ積んで

いるんだ。船員はみんな交代で働く。陸にいたのは休憩中の連中だ」

「そうなんだ。じゃあ、あれの中身は水とか?」

「水か酒だろうな」

 石畳の上を転がしながら、船員たちが大きなタルを船倉に向って運んでいた。

他にも、台車の上には山のように果物や野菜が積まれ、数えきれないほどの木

箱がそこかしらで山になっている。遠目に、木箱には「干し肉」という文字が

書かれているのが見えた。

「なんか、船の中のごはんっておいしくなさそうだね」

「仕方ないさ。よほど海が穏やかじゃなければカマドに火は入れられない。た

いていの食事はパンと干し肉と、あとはチーズくらいかな」

「ふ~ん」

 一心不乱に荷物を運んでいる船員もいれば、喧嘩腰で商人と交渉している船

員の姿もある。デッキの上で、他の船員を怒鳴り散らしている者もいた。各自

に共通しているのが、やたら日に焼けた肌をしていて、衣服は真っ黒に汚れ、

擦り切れボロボロになっているということだ。船の上の労働がどんなものなの

か分からなかったが、よほど布を酷使する作業なのだろうと漠然と思った。

「なんか、大変そうだね、みんな」

「だろうな」

 少し前までは自分も同じような服装をしていた。けれど今ではアイルーが洗

濯してくれた綺麗な服を着て、過酷な労働下にある人間をこうして眺めている。

ましてや、今フェンリルが着ている服やコートは、彼らが10年かけて働いて

も買えないような代物だ。毎日、何もしなくても食事ができ、風呂に入れて、

温かな寝台で眠れる。それを思うと、何だか不思議な気分だった。

「パパ……」

 何となく、フェンリルは握っていた手を放して腰にしがみついた。

「どうしたんだ?」

「何でもない」

 もう二度と、昔のように戻りたくない。寒さに震える夜も、飢餓も、一方的

な暴力も、もう充分だ。このまま、強くて優しい父親に守られたまま生きてい

きたい。心の底から、そう思う。

「パパ、だっこして」

「いきなりどうしたんだ」

「いいから、だっこして」

 縋るように顔を見ながら、両手を上に向って差し出した。

「やれやれ、困った王子さまだな」

 笑いながら抱き上げられると、不思議と安心できる。無意識に、首に回す

手に力を込めた。

「そろそろ帰るぞ。いいな?」

「……うん」

 そう言えば、今日はクエストに出るハンターを見たいと言ったフェンリル

のワガママがきっかけで、ドンドルマに連れてきてもらったのだ。せっかく

だから泊りがけで出かけることにして、家を出たのが昼前。今、太陽はゆっ

くりと西に沈みつつある。

「気は済んだか?」

 抱きかかえられたまま、髪を撫でてくれる父親がそう聞いてきた。満足で

ないはずはない。今日も、欲しいものをたくさん買ってもらった。

「うん。楽しかった」

「よかったな」

「……そう言えば、港にはハンターがいなかったね」

 ふと思い立って周囲を見渡すが、ハンターと思われるあからさまな姿をし

た者の姿はどこにもない。ここにいるのは、忙しなく立ち働く船員の姿だけ

だ。

「夜に出港するのは縁起が悪いらしい。明日の朝になれば一斉に港を出る」

「そうなんだ。じゃあ、それ見て帰る」

「起きれるのか? 朝早いぞ」

「起きれるよー」

 今まで、早起きしようと思ってできた覚えなどなかったが、明日こそは早

く起きると断言しておいた。

「これは、これは……!」

 港を抜けて、宿屋が並ぶ通りに向っていた時のこと。何の前触れもなく、

見知らぬ声がかけられた。 
……なんとかアップできました(汗)


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