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  神狩り 作者:闇友菜
1章 選ばれた娘
8.旅は道ずれ世は情け(4)
 真赤な花びらが舞う。
 神殺しの女神が舞うたびに。女神が唄うたびに。
 どれだけ真紅の血に染められようとも女神の輝きは決して失われないだろう。

 むしろ艶やかなその出で立ちは際立って、神も人も獣も、惹きつけて離さない。



「見つけましたよ私の女神。貴方がこの世に再臨するのを、僕はどれほど待っていたことか」

 
 待っていた……。
 気が狂うくらい、心を喪った今でもなお、懐かしく、愛しい貴方。
 
 水面に写る貴方の驚いた顔。なんと愛らしく可憐なこと。

 ――これが皆が望み、生まれた姫。
 
 手に入れたいのは皆同じ。帝も、天の神も、貴方を欲しがっている。
 昔、たった一人だけが持つことを許された力――。 

  女神にだけ許された、神を殺す力を。 
 
  ◆ 

 夕日が差し込み、部屋の中は茜色に染まっていた。ここについたときは真上にあった日が、今は山頂から徐々に沈んでいく。
木の床が火照った肌に吸い付いて、その冷たさが心地よく、浅羽と二人でなだれ込むように眠っていてそれが何だか無性に気持ちよかった。部屋の温度は暑かったのだが、今は一人でいたくない、そうふと思ったのだが、眠りについた状態では、そういった思いも全部幻のように消えていく。
 今までずっと緊張の糸を張り詰めていたのが、ここで一気に緩んだらしい。海鶴も浅羽も、ぴくりとも動かなかった。

「……ん…ぅん……」

 海鶴は、『誰か』が浅羽の首筋に息を吹きかけ、気色悪い声を出すまで自分が眠っていたことなど知らなかった。
 その気色悪い声に揺すり起こされて目を開くと、目の前に人の顔があった。普通に息するだけでそれが吹きかかる距離に。
 驚いて声も出ない海鶴に『誰か』が微笑みかける。

「会いたかったよ、僕の大事な姫君」

 さも自分のことを知っているかのような口ぶりに、海鶴は首をかしげた。

「……誰ですか?」
 思い出せない。

 でもどこかで見た気がする……。
 こう見えても、物覚えの悪さは大巫女の折り紙付き、太鼓判を押されている。

 だから、目の前の好青年が誰なのか全くわからなかった。
 
 ただ、この様子だけ見ると、何か変態っぽいように思える。浅羽は首筋を押さえて青ざめた顔で彼を見ているし、海鶴は海鶴でどこかで見たことありそうだけどどこだか覚えていない好青年に釘付けだった。
「そんなに可愛い顔で見つめられると……って本当に覚えてないんだね」
 どちらかといえば、整った容姿の青年は海鶴の上で笑った。

「酷いなー、海鶴。手取り足取りあれこれ教えた仲じゃないか……」
 なんとなく意味深な言葉をさらっと吐いて、誰かが笑った。
 緩く癖の掛かった髪は、薄茶色。年は大体二十歳前後の青年で、表情至って穏やか。むしろ全てを包み込むような微笑さえ浮かべていそうな顔。囁く声は太すぎず、細すぎず、心地よい音色。海鶴の名前を呼ぶ声。

 ――知っている。
 この人……知っている。
 でも何故だろう、どこで会ったのか、誰なのか、全然思い出せない。

 きょとんとしている海鶴の顔を両手で包み込み、近い顔を更に近づけてきた。この人、目悪いのかなとか呑気なことを考えていたが、鼓膜が破れそうなくらい大声で浅羽が叫んだ。
「ちょっと待てお前、何なんだ、誰なんだ。変態だよな、絶対! 海鶴、危ないから近づくんじゃない。もしかしたら間者かもしれない!」
 彼と海鶴を無理やり引き離し、『誰か』をにらみつけた。
「あれ? 妬いちゃった?」
 引き離されて、その場にお尻を着いた彼は、くすっと笑った。

 長い回廊を歩く足音と、苛立った声が近づいてきた。
「おーい、飛景ー? 何でどこにもいないんだー。……人のこと散々使っといて、これだからあいつは本当に」
 燈火の目には、自分の捜し求めていた男に自分が連れてきた娘の肩を楽しそうに抱いている映像が写っていた。男は半目で笑っている。
 それがまた、散々だだっ広い屋敷を探し回っていた燈火を苛つかせたようだ。
 燈火は男を見降ろして口の中で何かを呟きながら、微笑んだ。
「……――おーい、何してんだ」
「はーい、燈火。僕のこと死ねって言ったんだって?」
 飛景はくすっと笑った。

 「くすくすくすくす笑うな。死ねって言ったよ、だからどうした本当に殺してやろうか」という言葉を燈火は必死に抑えて言った。
「……陰君いんのきみ、困ります勝手に動かれては……」

 燈火はあふれ出そうな思いを必死に堪え、冷静さを保とうと全面に出そうになった怒りの表情を殺した。
(こいつは一応自分の上司だ。こんなこと言っちゃいけない。いけないけども、ああ、確かにそういった、だからすぐ死ね。と、そんなことを言えたら、どれほど楽だろう……っ)
 燈火の落ちついた声と言葉からは怒りがあまり感じられずとも、それでもその目からは怒りの光線が出ていた。

「まあそう怒らないでよ、ね?」
「誰のせいで怒ってると思ってんだこの野郎……」
 燈火は唸り、拳を握りしめた。
「三の巫女さまは短気なんだからなぁ、もう。僕の悪戯心がわからないの? ちょっと海鶴たちを驚かせたいなーなんて思ったりして」

 燈火は彼の胸倉をいきなり掴み、お互いの鼻が今にもくっつきそうなくらい引き寄せた。

「飛景、ふざけるのも大概にしろ。私はお前の侍女でもなけりゃ奴婢でもないんだ。今度私にそこら辺の遣い間と同じようなことさせてみろ。社会的にも身体的にも抹殺してやるからな、絶対に」
「そんなにすごまなくても、もうそんなこと二度とさせないから大丈夫だよ」

 燈火の手を簡単に払いのけて彼がふわっと笑った。

 今凄く自然なしぐさで燈火の手を払ったが、燈火はかなり拳に力を入れていたように見えた。やっぱり男の力に女は勝てないということなのだろうか。
 じーっと二人を見つめていたら、燈火が彼を堂々と指差して海鶴に言った。
「おい、海鶴。こいつが私の言っていた男だ。どうしようもない、ろくでなしでアホで最高に権力を持った羽根一族の長。陰君。こいつはお前を知っているとか抜かしてたが、お前、飛景を知っているのか?」

 海鶴は飛景と呼ばれた青年を見てから、床に目を落とした。
 見覚えはあった。結構小さい頃、この人と会ったことある。いや、もっと最近修行中にあった気がする。
 知っているかといわれれば、知っているのだろうけど、はっきり覚えてないから知らないということになるのか?
 海鶴は考えて考えて、歯切れ悪く答えた。

「あー……うーん、はい」
 燈火がその場にこける。
「どっちなんだ! はっきりしてくれよもう!」
「ごめんね、もう少しで思い出せそうなんだけど……」

 海鶴は眉間に皺をよせ、ぐるぐるする頭を抱えて一生懸命思い出そうと努力してみた。
 わかりそうでわからない、とてももどかしい感覚が海鶴を襲う。
 そうしているうちに海鶴の頭の中に、徐々にかつての記憶が浮かび上がってきていた。

「あっ!」
 海鶴の叫びに、みんなが身を乗り出してきた。
「わかったのか?」
「私の師匠でした。そして許婚で心の友です」
 一瞬、沈黙が訪れる。海鶴は、首を傾げて固まるみんなの顔を順番に見つめていった。
(変なこと、言ったのかな……?)
 最初死んだ魚のような目をしていた浅羽が、徐々にその目に光を取り戻していく。

「えぇぇえええ!」

 今の海鶴の発言に、燈火と浅羽が素っ頓狂な声を上げた。飛景はとりあえず笑っているし、海鶴も何だか照れたように顔が火照って赤くなっていた。
 やっぱり、おかしいことだったんだ。恥ずかしいような……馬鹿らしいような。何故か忘れていたことに対して、海鶴はふと疑問が頭をよぎったが、浅羽の叫び声とかでどこかに吹き飛んでしまった。
 そんなお茶目な海鶴も可愛いぜ畜生とか呟き、浅羽はほぼ勢いみたいな感じで突っ込んでいた。
「どうしてそれですぐ思い出せないんだよ! お前どんだけ物覚え悪いのっ?」
「すみません……時とともにすっかり忘れてました」
(時とともに忘れられるほど心の友は存在が薄かったんだな。でもちょっと待て、許婚って言わなかったか。言ったよな、言った)
 心の声が通じたのか否かは不明だが、海鶴は飛景と浅羽を交互に見比べて、長い睫毛を伏せた。
「許婚っていうのはあの……そういう遊びに私が付き合わされて……」
「普通逆だろそれ。おかしいだろそれっ!」
「あははは」
 飛景が呑気に笑っているのをみて浅羽は身分も忘れて飛景をどついた。

「お前が笑うなっ!」
「だっておかしくってー。すっかり忘れ去られてるんだけどー」
「何歳年の差あると思ってるんだよ、お前ははっきりいって変態だ! まだ男もよく知らない、純情な修行中の巫女に許嫁もくそもないよ!」
「いいじゃないか、夢くらいもったって!」
 そんなことを力説している飛景に、浅羽は苛立ったようだった。
「お前の性癖はどうかしてる! それで、何歳差だって?」
「えーと……十くらいかな? 全然許容範囲だよね? だって海鶴、もう十五でしょ? 全然こども産めるよね? ほら、先を見越して僕がね、育てたんだよね?」

 やけに真面目くさって飛景は海鶴に訊ねた。

「いや、あの……育てられたてた? それは違うと思いますけど。子どもならきっと頑張ればなんとか……でも私は巫女だし、やっぱり無理ですね」
「海鶴、まともに取り合わなくていいんだよ? 頼むから目を覚ませ!」

 名前は飛景、二十五歳くらい。かなり危なそうな奴として、浅羽の脳内にしっかり刷り込まれた。
 ――そしてこれが、本当に都で権力をふるっている男なのだろうか。
 浅羽はにわかには信じられなかった。
 どうやってその地位までのぼりつめられたのか、見当もつかない。

「陰君ってどんな奴かと思えばこんなへらりへらりした奴で、こんな奴が本当に海鶴に何の用なんだよ、燈火」
 いきなり話を振られた燈火は、既に半分その場から立ち去ろうとしていた。
「馬鹿馬鹿しい……。私はもう寝る!」
「あ、お休みー。いつもの部屋使っていいからねー。多分千夜(ちや)はもう寝てると思うけど」

「――……………」
「あまりに自然に去っていく燈火に対して声も出せない少年であった」
「勝手に人の心を解読するな!!」
「さ、海鶴。今日は一緒に寝ようか、もちろん布団はもうひいてあるよ」
 飛景は海鶴の肩を抱いて耳元で囁いた。
「僕は海鶴に子どもを産んでもらいたいんだ……」
「おいおい、ちょっと待て! 海鶴に手出ししたら……」
 浅羽が海鶴と飛景を引き剥がそうとしたら、海鶴がぱっぱと飛景の手を振り払った。しかもすごく自然に。
 浅羽が思うよりずっと、海鶴は飛景の扱いに手慣れているようだった。
「変わってませんね、師匠は。からかわないでくださいよもう。いい加減もう大人なんですから、しっかりしてください」
 自分より十歳も年下の相手に言われるとなんかいたたまれない気がするが飛景は気にする様子はない。
「姫は厳しいなあー。でも、簡単になびかれたんじゃこっちもつまらないし、長い間待った甲斐があったね……」
 海鶴の胸にかけられた蒼い勾玉を愛しそうに触れ、彼は呟いた。
「待っていた? 私をですか?」
 海鶴は嬉しそうな飛景の顔を見上げ、不思議そうに呟いた。
「そうだよ。海鶴が生まれて、海鶴が巫女になるのを待っていたんだ……」

 これでやっと、願いが叶う。

次回、長らく書いていませんでした。記憶喪失少年、薫側の話に移ります。そして時間が少しさかのぼるのでご注意を。


闇の戯言 ←作者のブログです。小説裏話など微妙に更新中。よろしかったら覗いてみてください。
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