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  神狩り 作者:闇友菜
1章 選ばれた娘
6.旅は道ずれ世は情け(2)
 あれ、なんともない……。
 気がついたら、地面に伏せっていて、さらに周りを見ると、知らない女の人が心配そうに私を見ていた。浅羽の姿も後ろに見える。
 何だ。無傷みたいだ。でもどうしてだろう。良くわからないけど危ない状態だったのに、何とか助かったみたいだ。
「おい、お前。大丈夫か」
「え、あ……。はい、あの。ありがとうございます」
そんなに鋭い目で見られると、言葉に詰まってしまう。
 私に声をかけてきた女性は、春京では見かけない種類の人だった。
 肩で切りそろえられた髪。春京では女性はみな髪が長かったから新鮮だ。肌の色は褐色で、白い衣と緋色の袴がよく映えた。肌色が比較的白いもやしのような私とは正反対だ。切れ長の黒い瞳は、とても意思が強そうで、その目で見射られたら思わず足がすくんでしまいそうだった。
 私の第一印象としては、凛々しい女性の一言だった。
 私が少し怯えた目で見ていたら、彼女はその鋭い眼光を少し和らげて微笑んだ。
「助かったのは、お前達四人だけのようだ。運がよかったな」
「四人だけって……」 
 使者はじんぜん以外全員死亡してしまったらしい。肉片の一辺も残されておらず、人の存在した痕跡はそこにない。
「あの人たちも助かったんですか」
 あの狼の灼熱の炎に焼き尽くされなかった。女の人は頷いた。
「そうだ。私の――巫女の札を持っていたからな」
「……三の巫女殿、なぜここに」
 へたっていた使者が驚愕の表情を浮かべ、女の人を見上げている。幽霊でも見たかのような顔つきだ。この人、そんなに珍しい人なのだろうか。
「私は、陰君いんのきみからこれから都へ来るはずの巫女を迎えにいくようにと頼まれてきた。帝とは関係ないが、陰君の頼みだ。無視することはできん。あいつの我がままにつきあってやっている。……それで、この娘が巫女か」
 自分で否定しようと思ったが、使者が首を横にふった。……確かにこの使者たちの望む巫女ではなかったわけだけど、そう力いっぱい否定されると、癪に障るのはどうしてだろう。
「こいつは巫女ではありません。ただの地方の姫です。結局、違うものをつかまされたようです。勾玉もおそらく、持っていないのでしょう。やってくれましたよ。本物の双葉姫は里にいます」
 女の人は声を立てて笑った。使者を馬鹿にしているように見えた。
「お前達、どれだけ彼女と一緒にいるんだ? 気がつかなかったのか。彼女は勾玉を持っているし、おそらく『本物』だ。本物は、双葉ではなかったということだ。……お前、名はなんと言う? 私は燈火とうか。神狩り、三の巫女」
 神狩り……。都に集められているというのは本当のようだ。
「海鶴です。でも私、勾玉なんて持ってませんよ」
 慌てて手を振る。冗談じゃない。この勾玉は母親の形見で、そんな神狩りの巫女や帝が望んでいるような凄いものではないはずだ。
「その首にかけられたものは紛れもない、四方に散った、八尺瓊勾玉やさかにのまがたまの一つ。その証にお前は焔の炎を勾玉で防いだ。それに、連れの男を助けたのはお前だろう? 青い光に包まれ、そこに倒れていたぞ」
「そんな、私……」
 大巫女からは才がないといわれていたのに。
「そこのお前の連れに聞いたぞ。お前、『女神の声』を持っているらしいな」
 私と目が合った浅羽が、燈火の後ろで手を合わせて頭を下げているのが見えた。口をパクパク動かして、何度も「すまない」と言っている。
「はあ、確かに私の声はそう呼ばれていましたが……」
「女神の声が何なのか知っていてそう呼ばれていたんだよな」
「女神の声は、癒しの声です。少なくとも私は癒しにしか使ってきませんでした」
「それ以外にも効力はあるということは知っているようだな……。例えば、ある音韻を踏むことによって相手を傷つけるとか、時には殺すこともできるとか……。その声をもつものは神の魂を鎮めて力を封じ込めることができるということも知っているか、海鶴」

 私が生まれつき持っていた女神の声は、私が歌うことによりその効果を示現してきた。あの鏡池の祈りの日、歌い手に選ばれたのは私が女神の声を持っているからという理由もあった。特定の音韻を踏むことにより、癒しだけではなく、人を死に追いやることもやろうと思えばできる声だった。
 女神に選ばれた者が持つ能力の一つ。それが女神の声。私の人生の中で、一番いらない、捨てたいと思っているものだった。

「この声で人を傷つけることもあるということは知っています……。神の力を封じるというのは初耳です。やっぱり、私が巫女なわけないですよ」
「自分が巫女ではないと言い張るか? まあいい。仮に巫女でなくとも、神を惹きつける力がお前には確かにある。女神の声だぞ。神狩りとして最高位にある一の巫女でさえ持っていないその才能。神狩りではなくなんだという?」
 手が震えた。指先がぴりぴりしている。舌がやけに乾いている気がする。
「私が、神狩りだというの……?」
「わからない。ただ、お前のその勾玉は本物だし、女神の声を持つというならお前も本物なのだろうな。私は陰君から迎えにいけとしか言われていない」

 ひょろっとした男が無表情で燈火に近づいてきた。二頭の栗色馬の手綱を引き、一頭の手綱を燈火に渡す。
燈火とうか。無事ですか。巫女は見付かりましたか」
くれない、あっちへ行ってろ。お前が来ると皆おびえると言っただろう」
 紅と呼ばれた男は仮面をつけているように、眉一つ動かさずに肩をすくめた。感情の動きさえよくつかめない。それに……そこで息をして、存在しているはずなのに、どうしてか生気というものが感じられず、暗い気持ちに引き込まれるような気がした。
 確かに怖いかもしれない。紅は燈火の言葉は全く気にしていないようだ。
「ええ、できることならそうしたいですがね。主のご命令は燈火の護衛をしろとのことですから」
「護衛だと? 監視の間違いではないか? 大体お前今までいなかったじゃないか。護衛の意味がないだろう」
「否定はできませんね。それに、お言葉を返すようですけど」
「何だ」
 手綱を受け取って、馬に乗る燈火を助けながら紅が抑揚なく言った。
「ついてくるなら離れていろ、私に近づくなと言ったのは燈火です。護衛の意味なんて最初からないでしょ? ま、監視さえできればあとは死のうがどうしようが知ったこっちゃありません」
 紅は肩を竦めた。
「……お前は本当にどうしようもない男だな。主以外はどうにでもなれか?」
「いいえ、主と自分以外、本当にどうでもいいと思っているだけです」
「……そうか」
 馬の背に乗り、燈火が近づいてきて私の前に手を差し出した。
「さあ、私と一緒に来い。お前を陰君のところへ連れて行く」
 差し出された手をとろうか迷っていると、浅羽がいつの間にか背後に回っていて、背中を軽く叩いた。
「俺はとことんお前に付き合う。お前の好きにしたらいいさ」
「浅羽……」
 浅羽とそれぞれ馬に乗る。どこから来た馬かというと、使者達が乗っていた馬だ。馬を奪われた使者二人は、燈火を恨めしそうに見上げた。
「お待ち下さい、三の巫女殿!! 我々は帝と巫女を引き合わせるまで巫女を手放すことはできません! いくら三の巫女殿の言葉とはいえ、聞き入れるわけにはいかないのです!」
「そうです、巫女は一刻も早く都の巫女(あらか)に……」
「お前達の言いたいことは良くわかるけど、私じゃどうすることもできない。文句があるんだったら、直接陰君に言うように。巫女は責任を持って都に送り届けるから、心配するな」
 快活に笑って、燈火は使者に背を向けた。使者取り残された使者は口々に何かを叫んでいる。その声も、馬を走らせ始めた私たちの耳には届くことはなかった。可哀想だとは思うが、巫女のためだと思ってそこは耐えてほしいものだ。

 使者ではなく、同行人が巫女とその護衛になっただけで、私たちの旅はそんなに変わりないように思えた。
 紅が先導を勤め、何故か浅羽がしんがりを勤める。私と燈火は並走という感じになった。
 燈火は色々話してくれた。陰君とは朝廷内では位をつけることができないくらい、限りなく帝と対等に近い力をもつもののこと。陰君は弓の名手だということ。
「お前が出会った神だが、あれは焔という。私が持つ、紅玉を奪おうと何度か都周辺の里に近づく神だ」
 燈火は自分の首から下げられた勾玉を海鶴に見せた。その名の通り、真紅の勾玉が胸元で光っていた。
「勾玉は全部で八つある。一の巫女が持つ紫玉、二の巫女が持つ碧玉、私が持つ紅玉。今見付かっている勾玉だけで三つだ。勾玉が神にとってどういう意味を持つのか知らないが、勾玉をなんとか奪おうとあちらも命がけだな……。もっとも、神を殺すことなど誰にもできないけどね。やつらは不死身だ。神が死ぬところを私は見たことがない」
 燈火は一人で話し続ける。

 神って、なんだろうか。いきなり襲ってきて、人を殺して去っていった。帝のいぬがどうたらこうたら。あんなの相手に御魂鎮めをしてくれといわれて。私は、本当にそんなことができるのだろうか。
 本来ならば、姉が……いや、もうそれを考えるのはやめよう。

「神は胴を切り落としても、首をはねても死なないといわれている。誰も神の首や胴を切り落とせるような距離に入ったことはないし実際に切ったこともないからわからないけどね。多くの神は魂とか精神体としてそこら辺に存在しているから、神が実体化しているのに出会うこと自体稀だ」

 神は、実体化しないのか……。でもあの狼は――焔は確かに実体だった。あれはまた、特別な神なのだろうか。
 後ろを走る浅羽が口を挟む。

「そんな相手をどうやって倒すんだよ」
「そうだね、私達神狩りの巫女にも神を殺すことはできない。私達は神を殺すことを目的としているわけじゃない。神はね、殺した人間の魂を喰らって生きている。その人間の力が強ければ強いほど、神にとっては最高の力の源となる。最近あいつら、無差別に人を喰うようになってきた」
 前を見つめてながら話をなんとなく聞いていたが、今の言葉に耳を疑った。
 神とは、人の魂を喰らって生きるものなのか? 初めて聞いた。
 信じられない。神というものが、私の中で一気に恐ろしいものへと変貌した。
 浅羽も一瞬言葉に詰まっていた。一応巫女である私がこんなに動揺しているのだから、浅羽がそういう反応をしてもおかしくないと思う。私は、ますます浅羽をそんな危険なことに巻き込んでしまい、内心落ち込んだ。
「……どうするんだ。神狩りの巫女だろお前」
「神を殺すことはできないが、封じ込めることならできる。私達にできることはそれまで。この世に神を殺すことができる巫女がいたとしたら、そいつは人間じゃない。巫女のフリをした、神殺しの女神だね」
「女神って……そんな、仲間を殺す女神がいるのかよ?」
「ああ、いたのさ。かつてはね。なんだ、伝説の殺戮女神を知らないのか?」
「伝説の殺戮女神……?」
「神殺しの椿姫つばきひめ、鬼殺しの葵上あおいのうえ。それぞれ、天ノ都では有名な女神だね。地上に降りた神をどんどん殺戮していった椿姫と、人の祈りを聞いて鬼を殺戮していった葵上。神を殺すことができるのは、椿姫しかいない」
「……そんな怖ぇー女神は、現れなくてもいいと思うんだー」
 浅羽は乾いた笑いを漏らした。
「海鶴。もしもお前が私達と共に来てくれるというのなら……。海鶴の力が必要なんだ。お前の力は未知数だと思う。御魂鎮めは神の力を鎮め、長い間神の力を押さえることができる。荒れ狂う神を海鶴の力で抑えて封印する……。そうすれば巫女が命を落とすことも減ると思う。多くの同志たちのためにも、お前が必要だ」

 私は頷いた。
 自分を頼ってくれているものがいる。それはあまりにも新鮮な感覚だった。
 


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