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  神狩り 作者:闇友菜
6章 かごめカゴメ
断章7 巫女が唄う理由(5)
「私が貴女の代わりに泣こう。だから末の巫女。どうか泣かないで……」
 ――誰かが、優しく、包み込むように囁いた。だから少女は、濡れた頬を拭って頷いたのだ。
 
 怖い、と震える声で訴える。
 そしたら目の前で優しく囁いてくれたものは、そっと教えてくれた。 

 浄化した影は、それぞれの箱庭の肉体へ、記憶の欠片となって同化していく。
 引き裂かれてしまった魂は苦しみからは救われ、己の歩んだ道を、自己と並行して存在していた魂に刻むことができる。
 だから女神の声で紡ぐ唄は、全ての人たちにとって、癒しであり、道を示し、先を変える力になる。

 今は辛いものばかり貴女に見せることになっても、いつかはきっと、変わるから。
 だからどうか。
 嘆かないで。見捨てないで。

 ――私はまだ、消えたくない


 ◇◆◇



 静かな雨音が聞こえる。
 まどろんでいた海鶴は、身を包むぬくもりから抜け出してくっついたままの瞼をこすり、大きく伸びをした。
 そして、それまで見ていた記憶を思い起こし、深いため息をつく。
 ――よりにもよって、初めて顔を合わせた時の記憶とは……。
 その記憶はひどく甘酸っぱくもあり、目覚めた後でも強烈に瞼の裏に刻み込まれている。
 目覚めた場所は、海鶴のためにあてがわれた葵上の屋形の西の間だった。華美な装飾はなく、その代わりに季節の花が活けられている。それから水墨で描かれた見知らぬ風景の掛け軸があり、脇息や読み書きのための卓が置かれている。
 海鶴はほっと息をついた。月読がこの場にいなくてよかったと心の底から思ったのだ。もし彼がいれば、問答無用でその麗しい顔を張っていたことだろう。
 皺だらけの襦袢をただし、丁寧に畳まれた白い衣に袖を通す。身支度を整えていると、葵上が姫にと付けた侍女がいつものようにやってくる。
「おはようございます、姫君」
「ああ、おはよう」
「今日も早起きでございますね。残念ながら、本日は雨模様でございますが、お出かけになられますか?」
 雨戸を開け、部屋に湿った空気を入れて侍女が尋ねる。海鶴は一瞬逡巡して答えた。
「……いや、今日はやめておく」
「左様でございますね。では、何か面白そうな絵巻物や御伽噺などお持ちいたしましょうか?」
「そうだな、それも良いが、葵上に会いたいのだが」
「まあ。葵上様にですか? ……わかりました。その旨をお伝えいたしますね」
 一瞬、怪訝そうに海鶴を見つめた侍女の目は、次の瞬間にはいつのも表情に戻っていた。海鶴が直接したためた書状を届けるために、侍女は部屋から退いた。
「……よく躾けられた侍女だな」
 海鶴は誰にも聞こえない声で、小さく呟いた。 
 突然、海鶴から葵上に会いたいと申し出たのだ。疑念を抱いて当然だろう。しかし彼女は、それを口に出すことはなく葵上と取次をするという。海鶴は葵上からの返事を待ちながら雨の降る庭を見やった。
 濡れた土の匂い。水を弾いて瑞々しい光を放つ緑の葉。不規則に跳ねる水の音は涼やかで、耳に優しく届く。
 すっと立ち上がると、裸足のまま縁側を降りて雨に打たれた。
「雨だ……」
 冷たい雨水が髪を濡らし、頬を伝い、白い衣を湿らせていく。久しぶりの雨の感触に海鶴はその場で、踊りだしたい気分だった。雨の冷たさも、濡れた肌を撫でる風も、寒さで震えることも、今の海鶴にとってはすべてが奇跡だった。
「――暗闇が嫌いか……」
 海鶴は、小さな笑みをこぼした。そして、言われた言葉を思い出す。
 ――光の中で唄う姿こそ、本来のあるべき姿だ
(そうだな。暗闇は、私たちには似合わない)
 こんなにも光に溢れた場所で歌えることに、海鶴は感動し、喉を震わせた。
 
『柔らかな 日差し浴びて
 匂い立ち 咲き乱れる花の名は
 優しき光呼ぶ かの神の御名
 春の里の平穏を 祈り唄ひ
 舞う雪は白く 闇払ひ
 風に舞い散る花 鏡の水面に浮く
 世を嘆き唄う海石榴 彼の神へ捧ぐ』

 春京に古くから伝わる調べのひとつである。古の言葉ではなく、誰もが唄えるその歌は、春京で祀られている女神の唄だ。多くの民たちによって唄い継がれ、親しまれている。
 女神の声を持つ海鶴が唄えば、それはたちまち癒しの唄に変わり、人の心を静めるのだと双葉はよく言っていたが、それは違うのだ。
 本当に癒されたいのは、心を静めたかったのは、自分自身だった。
 海鶴は、胸に光る蒼い玉を握りしめる。
「それは、娘の里の唄か?」
 いつの間に来ていたのか、耳を四方にせわしなく動かし、焔がじっと海鶴のことを食い入るように見つめていた。同じように雨の中にいるにも関わらず、焔はその艶やかな毛並みを濡らすことなく、青白い炎の尾を揺らしている。
 海鶴は、いつものように焔を迎え入れると、微笑み頷いた。
「いつもの唄とは違うな。あの、呪い唄とは。何の力もない、素朴で純粋な唄声だ」
 焔は黄色い目を眇めた。
 焔の言った通り、今海鶴は女神の声の力を使わなかった。使えなかった、と言ったほうが正しい。ただ純粋に女神の声に関係なく唄えたこと。それがとても嬉しかった。
 いつもの唄は、女神の声に影響された古の唄だ。あれはほとんど強制的に女神の力を引き出され、御魂に影響を及ぼしていた。
 女神の声あるなしにかかわらず、海鶴は唄うことが好きだった。それこそ、自分の心を支えるため、不安を消し去るために唄ったのだ。
 だが、力と切り離せないばかりに、唄うことさえ人前では自由にできない。
 女神の声は確かに、海鶴の価値を高めたし、存在の意味を与えてくれた。だがそれは同時に、海鶴の心を傷つけ続けたのだ。女神の声の利用価値を見出したものは、両手に余るほどだった。海鶴の知らないところで無垢な巫女姫を、かどわかさんとする者がどれほどいたことか。そのたびに、人知れず海鶴の兄たちや姉、里長が守ってきた。
 焔は海鶴が唯一、この神域で涙を見せることができた相手だった。海鶴の心を感じて泣いてもいいと言ってくれたのは、焔だった。
 だから彼女は、黙ったままの海鶴を小首を傾げて見上げる焔に、ありのまま話す。
「私はずっと、不安で怖くて、たまらなかった。閉じ込められた暗闇の中で私の存在の意味を、ずっと考えていた。
 神を殺す力は、どう考えても忌むべきものだ。畏怖され、忌み嫌われ。私は、神を殺すためだけに生まれてきたのか? ……それは、きっと違う。私にだって、光の中で無償に唄うことが許されるだろう?」
「当然だ。娘がどんな生まれであろうとも、我にとっては海鶴という娘でしかない。光の中で唄う姿こそ、娘には良く似合う」
 宥めるように焔は答え、海鶴の手の平に湿った鼻を擦りつけた。
「私はただ純粋に……唄うことが好きだったよ、焔。
 でも、存在自体が神を殺すためだけに作られたこの体は、唄でさえ誰かの死に直結する。私の唄は一歩間違えば……その場にいる全員を殺してしまう。体の中に流れる波長を壊し、破壊する。言霊は相手を拘束し、意のままに。それでも、唄だけは取られたくはなかった」
 水を吸って重くなった衣が、ぴったりと肌に張り付く。海鶴は止みそうもない鈍色の空を見上げて乾いた笑みをこぼした。
「たった一つの、私の思いを伝える手段だった。誰にも知られることのない言葉だったが、それでも私はここにいるのだと、誰かに覚えていてほしかった」
「ああ、忘れぬ。我は誰が娘のことを忘れようとも、娘がどこに行こうとも、娘が我のことを忘れたとしても忘れぬよ。汝のこととて同じことだ」
 海鶴は喉を鳴らして、含みを持たせる物言いをした焔の目を覗き込んむ。
「ありがとう、焔。今までそのような言葉を誰一人言ってくれなかった。私たちは、感謝してもしきれない。海鶴を泣かせてくれて、ありがとう。焔のおかげでどれほど救われたかわからない」
 海鶴は心の底からの感謝を伝えた。
「……月読の前では泣かぬか?」
 不思議そうに焔が訊いてくる。海鶴はため息をつき、縁側に腰かけた。
「あれは駄目だ。無意識のうちに、追いつめられるようで。たとえあれの前で泣いたとしても、とても受け入れられるとは思えない。感情を得たといっても、所詮あれは月読だ。人の気持ちなど永遠に理解しない者だよ」
「あれほど、思慕の情を娘に抱いているというのにか?」
「思慕……か。随分と唐突すぎる思慕だがな。春京にいたときは全く見向きもしなかったというのに……。それが、こんな場所で再会した途端に目の色を変えて、こともあろうか巫女を抱いたのだぞ。あれが思慕だと? 鎖をつけて逃げないようにするのが?
 あれはやはり狂神だ。恐ろしいほどに魂を縛ろうとしてくる。あれの前で泣けというほうが、酷な話だ」
 海鶴は吐き捨てるように言い、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべるのだった。

 そこへ、葵上と会う手筈を整え、海鶴へその旨を伝えるために侍女が戻ってくる。彼女は、海鶴が裸足で外に出て、内掛けも召さずに雨に打たれ、濡れたまま縁側に腰掛ける姿を視認するなり真っ青になって叫んだ。 
「まあ! 姫君、そのような格好でおられてはお風邪を召されてしまいます! 早くおあがりください!」 
 海鶴は咎める侍女の言葉を笑い飛ばした。
「何だ、もう見つかってしまったのか。早かったな、侍女殿」
 侍女は頬を引きつらせて返す。
「ええ。お返事はすぐにいただけましたので」
「葵上に拝謁できるのか?」
「はい。姫さまとお会いになるのを楽しみにしていらっしゃいました。それで、姫君? 確認を怠った私が悪いのですが、今日葵上にお目通りされるのは、取り立てて火急の用というわけでもないのですよね? 書状を受け取るなり、葵上は今すぐにでもお連れして良いと申されましたので……何事かと思いました」
「私はいつでも構わない。葵上さえよろしければだが」
 海鶴は侍女の報告を聞くなり苦笑を浮かべた。
 葵上と、海鶴に降りた神の椿姫は眷属だ。同じ花の名を冠し、特定のものを狩る能力に長けた神。お互いの存在は、何をするわけでもなく察知することができる。
(当然、気付いていることだろうな、あの方のことだから)
 それはそうと、と侍女は腰に手をあて、咎めるように言い募る。
「姫君が体調を崩されたと知れましたら、わたくし、お咎めを受けるにとどまらず、彼のお方に殺されてしまいますわ。お願い申し上げます。お早くこちらへ。濡れた装束をお脱ぎください。こちらに新しい衣を用意いたしましたから」
 苦笑しつつ、早く濡れた衣を脱ぐよう急かす侍女の言葉に従い、帯紐を緩める。突如あらわれた侍女に驚いてしまったのか、焔は来た時と同じようにいつの間にか姿をくらましていた。
(そうか、さすがに男として、覗きはまずいという認識はあるのだな)
 妙なところで感心し唸る海鶴に、侍女は怪訝そうに眉を寄せる。しかしそれも一瞬のことで、次の言葉にかき消された。
「ところであのお唄、とても優しい調べでしたね。いつもの神々しい調べとはまた一味違って、つい聞き入ってしまいました」
「そうか?」
 手放しで褒める侍女の言葉に、満更でもなさそうに海鶴は笑うのだった。


 ◇◆◇


 花月に来て幾月か経っていたが、葵上の私的な空間に立ち入るのは、これが初めてであった。
 海鶴は案内の侍女の後を付いて回廊をしずしずと進み、人の気配の薄れていく奥の間へ足を進める。
 光を少しでも多く取り入れる作りになっているのか、廂から光が差し、空に日の目がなくとも回廊は明るかった。そして至るところから、花の芳しい香りが漂い、沈んだ気持ちさえ浮き上がってくる。
 
「ああ、よく来たな」
 葵上は艶やかな濃い藍色の髪を上品に結いあげ、咲き誇る華のような笑みで海鶴を迎え入れた。目配せをし海鶴の後ろに控えていた侍女をさがらせると、葵上は再度海鶴へ向き直る。
「突然の申し出にもかかわらず、お目通りかないましたことを感謝いたします」
「何だ、やけに堅苦しいではないか。お前らしくないな?」
 葵上は悪戯っぽく問いかけ、口元を釣り上げた。
「そうじゃ。桜の茶というものを煎じてみたのじゃが、どうだ? 一杯飲まんか?」
 自分の湯呑みに桜の茶を注ぎこみ、鼻の前へ運ぶ。甘くさわやかな香りが室内に充満し、鼻腔をくすぐる。
「これは、よい香りじゃ」
 そう満足げに呟いてから、同じものを海鶴の前にも差しだした。
「つまみはすぐに持ってこさせる。小腹が空いているだろうが、しばし待て。久方ぶりだ。その舌にかなうものなら良いがな」
 海鶴はふと笑みをこぼした。
「それは楽しみです。さぞやもてなしていただけるのですか? 葵上殿」
「ああ、期待して待っておれ」
 葵上は艶然と微笑む。
 相変わらず、世に比類なき美しさだ。匂い立つ、一輪の花のような。何千何百と経っても、この美しさだけは不変なのだろう。
 そこへ、侍女が膳に菓子を乗せたものを運んでくる。醤油の茶色い焦げ目の丸い餅を柏の葉でくるんだそれは、甘しょっぱく美味しそうな匂いを部屋に充満させる。つ口に運ぶと、甘味と醤油味が絡み合い、口の中で溶けるようだった。
 葵上は黒い目を眇め、海鶴の顔をじっと見つめて口を開いた。
「さて。ままごとも楽しいが、本題に入ろうか。わしとおぬしの仲じゃ。腹の探り合いなど不要じゃろう。それで?」
「葵上、分かっていらっしゃるかと思うが、現状を……一応貴女にお伝えする。私の意識は浮上し、姫の意識は今沈んでいる状態だ」
「……そうか」
 葵上は、たった一言そう答えただけだ。
「もっと驚かれるかと思ったが、存外冷静なのだな」
「驚いている。十二分にな。対価にしては随分と重すぎないか? 今、その身体を掌握するのは姫ではなく、お主なのだろう?」
「そうだ。姫は精神力が大分弱っている。だが、私が姫の精神力を食ったわけではない。原因は別にある」
「わしには、あの姫の精神力は他の巫女に比べて高いと見受けたのだが」
 だからこそ、今まで椿姫の依り代として、自身に降りた神に支配されることなく毅然と立ってきたのだ。それが、今は主導が入れ替わるほど弱っている。
 葵上は、静かな黒い眼差しを受け、はっと息を飲む。
「……まさか姫は真実を知ったのか?」
 海鶴は頷いた。 
「白夜が姫に教えた。姫自身もそれを望んだ。そして、混乱し、不安になり、恐怖の波に呑まれた。しかしそれを打ち明ける相手がいない。そして姫は己も気付けぬほど精神力を弱め、その上私の力を引き出した。精神が疲弊するのは当然だ。結果、私の精神力が姫よりも上回った」
 常ならばこのようなことは起こらないという海鶴の言葉に、葵上は黙り込んだ。
「では、姫は唄うことを止めるべきではないか?」
「それが最良の策であることは、私とて承知している」
 女神の声で唄うことは、精神を少しずつ浸食し、椿姫の魂と同化していく。そして椿姫の本体が置かれている状況と同じ状態になり、五感を閉じて暗闇の中に閉じ込められる。一度同化した魂を元に戻すことはできない。そうなったら、海鶴の兄たちと姉を傷つけなければならないのだ。
「しかし、私には彼女を止めることはできない」
「何故だ?」
「彼女は、何故唄うのだと思う?」
 葵上の問いかけに対し、海鶴は反対に問い返してきた。葵上は腕を組み、ほっそりとした指を絡めさせ考え込む。
「……唄が、好きだからではないのか?」
 半分正解だと、海鶴は苦笑する。そして、真剣な眼差しで葵上を射る。
「私には、姫の思いが痛いほど伝わった。
 人間は、皆いつか死ぬ。そんなのは当たり前のこと。誰にでも平等に終わりは訪れる。それは未知のもので。怖くて、たまらないものだ。だが、姫は違う。普通に死ぬのではない。幻の存在として消えていくのだ。誰の心にも残らず、存在したことは全部、忘れ去られていく。夢見の巫女が目覚めてしまえば、記憶してくれたものもいなくなる……。
 だから姫は、あの鏡池で唄ったのだ。
 女神の声で紡ぐ唄だけは、永遠に苦しみ続ける影を救うことができる。神を殺す唄だ。その唄を他の神の箱庭に届けることは、姫の存在を唄という形で残していける。
 民を救った唄として、姫はそこに存在できる。
 それこそ、自己の存在価値。できることがしたい。そう考えたら、いきつく先は一つなのだよ葵上」
「唄い続けることか?」
 それこそ、女神の依り代になるために生まれたような巫女姫だ。唄うことこそ、彼女の存在意義に他ならない。
 海鶴は頷き、更に言い募る。
「巫女姫は、自身が思っている以上に巫女であり続けたいのかもしれない。人を守る力がありながらそれを行使しないのは、罪だと言うのだ。
 箱庭が消えるのは、麒麟がその箱庭にそれ以上とどまれぬと判断を下すからだ。血塗られた歴史はこれ以上変わることはないと麒麟が判じることで夢見の巫女は月読に目覚めさせられる。
 皆、忘れてしまった。巫女が何のために在ったのか。そのせいで血で血を洗うような神器簒奪の歴史は繰り返され、結局どの箱庭も、神器をそろえる前に跡形もなく消えてゆく。
 その歴史を、姫は知った。もう、見たくないと願った。
 それを変えるためにも、姫は唄うことを止めないだろう。
 そして私は、姫の辛い思いをずっと見てきた。唄を取り上げることはできない。だが、誰かに姫を助けて欲しいと願っている。私では駄目だ。私は、彼女と気持ちが近すぎて……」

 ――あなたの前で泣けないのなら、私は誰の前で泣いたらいいの? 誰の前でなら、全部話してもいいの? 誰か、助けて

 そんな叫びを、いつも聞いていた。
 助けられない己の巫女を、苦々しい思いで見守るしかできなかったのだ。

「薫はどうした?」
「……お前たちの目は節穴なのか? 誰もかれも月読のことを引き合いに出して。姫があれに泣きつくことはあり得ぬ。あれは、己の思惑も感情も、上手く隠すではないか。あの男の胸の中で葵上は素直に感情を吐露できるか? 嘘くさい笑みに包まれて眠れるのか? 私ならあれに寝首を掻かれる前に潔く自決の道を選ぶな」
 海鶴――椿姫の心からの言葉に、反論する気も同意する気も起きず、葵上は曖昧に笑うのだった。
 


闇の戯言 ←作者のブログです。小説裏話など微妙に更新中。よろしかったら覗いてみてください。
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