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  神狩り 作者:闇友菜
1章 選ばれた娘
5.旅は道ずれ世は情け(1)
 ずっと考えていた。自分のこと、家族のこと。里のこと。
 里を離れたいとずっと思っていたのが、このような形で叶ってしまったこと。
 それより、この人たちを欺いて私はここにいるわけだけど……。いいのかな……。このまま騙し続けていて。私がいても何もできないわけだけど。
 ……いいのか。
「……鶴?」
「うーん」
「海鶴、聞いてるか」
 浅羽が訝しげに私の目を覗き込んでくる。
「だからこのまま都についてお前が偽者だってばれたら間違いなくぶっ殺されるんじゃないかって。そうなる前に何か考えようって言ってんだよ」
「いやだぶっ殺されるなんて、何言ってるのよ」
 使者の一人が横目で私と浅羽を見る。浅羽が慌てて私の口を押さえる。彼は顔をしかめ、声を潜めた。
「そんな大きな声で……もう少し声落とせ」
「何でよ」
「何でって……何でわからないんだよ」
「大体浅羽は大げさなのよ」
 呆れたようにため息をつく浅羽。本当に心配性なんだから。そんなの、実際になってみないとわからない。そういうことが起こらないように色々考えて対策を練ることも大事だと思うけど、それやっていたら、いつまでたっても進んでいかない。
 ずっとびくびくしているわけにもいかないのだから。
「もう、そんな暗い顔しないで。なるようになるんじゃないの? 私はそう思うわ」
「そりゃあなるようにしかならないだろうな。わかってるんだよそんなことぐらい」
「どうなるかなんて、そのときになってみないとわからないでしょ?」
「なんていうかさ、もっと危機感ってものを感じたほうがいいんじゃないのか。何事も前向きに考えられるのは海鶴の長所かもしれないけどさ」
 危機感といわれても、殺されるということに対して実感が湧かない。自分が死ぬことを想像できないから、全然怖いと思えない。浅羽は、怖いのだろうか。
「ねえ、怖い? 自分が死ぬところを想像してみて」
 唐突な質問に、浅羽は目を大きく見開いた。そんな彼をじっと見つめる。浅羽はふっと笑って私の頭に手を置いた。浅羽の手は暖かかった。
「馬鹿だな、海鶴」
「私は真剣に聞いてるのに。答えてよ」
「だってさ、自分が死ぬところを想像するなんて馬鹿らしいだろ?」
「そんなことない!」
 むきになっていた。 
 どうしてこんなにむきになっているのかわからなかった。
 自分は怖いと思わない。だけど浅羽は殺されるかもしれないと思っていて、それを回避しようと考えていて。――まあそんなこと当たり前だけど。
 死ぬことにたいして恐怖があるなら、私についてきたことは間違っていたのではないか。
 都についたら、素性がすべて暴かれて、私が双葉ではないことがわかったら、私たちは殺されるのかもしれない。それなのに、ついてきた。
 思考は、どんどん悪い方向へしかいかない。
「どうしてついてきたのよ」
 私が浅羽も一緒よ、とか啖呵きってその後の問答一切受け付けなかったからなんだけど。今自分でめちゃくちゃなことを言わんとしていることはわかる。
「心配だからに決ってるだろ」
「浅羽が一緒に来たところで、死体が一つ増えるだけでしょ?」
 浅羽の顔がこわばる。違う。こんなこと言いたいわけではない。
「わからないの? 私は双葉姉さまの身代わりなのよ。殺されること承知で送り出された娘なの。いらないの。それに貴方はついてきた。自殺願望でもあったの?」
「何言ってんだよ、海鶴」
 自分でも止められない。ことばを吐き出すたびに、嫌悪感が湧き出る。見たくない、醜い自分の姿がさらされる。
「だってそうでしょう? 考えてみなさいよ。私は双葉じゃないし、御魂鎮めとかいう技もできないし。あるのは度胸と根性と体力と歌と弓の腕前よ。何かできると思う? 私何もできない。双葉姉さまの代わりなのに、何もできないのよ。価値がないってわかった瞬間、殺されるでしょ?」
「だから、生きるために何か考えようって……!」
 二人とも興奮しすぎて気がつかなかったが、二人を取り巻く使者たちには、その会話丸ぎこえだった。
「話は聞かせてもらった」
「ちょっと黙っててください。私にはまだ言うことがあるんです! 全部言わないとこの際気がすまない……ずっと腹のなかに貯めてきたのよ、ずっと! このままだと発狂して頭が四散するかもしれないわ」
「おい、だから……」
「私だけならいいの。だけどね、人の死を――それも自分の大事な人の死をみるのは怖いの。もう嫌なの! 何でわかってくれないの?」
「だから馬鹿だっつってんだよこの馬鹿姫!」
 鼓膜が破れるくらいの大きな声で浅羽が怒鳴る。怒っている、見れば一瞬でそう判断できるくらい、浅羽の顔は赤い。
「なんでそうなんだよ。俺だってお前が死ぬところなんて考えたくないよ。でもお前一人なら絶対生きる道探そうなんて思わないだろ、馬鹿だから。自分なんて……とかどうせぐるぐる考えて。本当にどうしようもないくらい馬鹿だな。だから一緒に生き残る道を探そうって言ってんだろ、人の話最後までちゃんと聞け馬鹿」
「何よ……そんなに馬鹿連呼しなくてもいいじゃない!」
「馬鹿に馬鹿って言って悪いか!」
 そのあまりの剣幕に、私は返す言葉がみつからなかった。
 そのあと何か付け加えるように浅羽がむすっと呟いたのに、私は気付かなかった。
「大体、人の気も知らないで……無謀な考えしてるお前が悪いんだ」
 無視され続けた使者たちは、ようやく話がまとまったらしい、と思ったのか、私たちに改めて話しかけてきた。
「どういうことかわからんが、お前は偽者であるということだな?」
「なぜわかったの?」
 私は口を開いた使者をにらみつけた。
「なぜってお前、わからなかったらそれこそ馬鹿だ。耳ついてるか疑いたくなるであろう。とにかく、偽者とわかった以上、そして我々の神狩りの策を知っている以上、生きて帰すわけにはいかん。都まであと一月ひとつきというところまできていたが、残念であったな」
「だから、都まで行くっていってるじゃない。今更帰らないわよ」
「う……。いいんだ、とにかく生かしておくわけにはいかん」
「わかったわ、こうしましょう」
「いや、いかなる要求も受け入れることはできん、言うだけ無駄だぞ」
 使者は鼻を鳴らした。
「貴方たちだけ死になさいよ」
「えッ?」
 使者たちは私の言葉に開いた口を塞ぐ暇もなく、一瞬にして固まってしまった。何を言われるかと思えば、死ねだとか、突然そんなことを言われれば固まるのも無理もないかもしれない。私も、今自分ですごいことを言ったと思う。
 でも言ってしまったものは仕方ない、もう後には退けなかった。
「何を言っているんだ貴様! どう考えてもお前たち二人で我らを振り切れるわけがないではないか。本当に馬鹿なんだな。そして人の話を聞け。要求は受け入れられん」
 浅羽は呆れて呟いた。
「いやいや、受け入れたらえらいことだぞ。死ぬんだからな……」
「違う違う。死んだことにして、帝には会わないよう一生闇にまぎれて暮らすの……。裏社会で生きたらいいのよ」
 私の顔はかつてないほど輝いていたことだろう。それほどまでにいい思いつきだと思っていた。
「一生娑婆の空気は吸うなというのか?」
「我々に日の目をみるなと?」
 目の前で、満面の笑みを浮かべる美少女――つまり私――へ視線が注がれる。
「それぐらいできると思いますけど。話の雰囲気からすると貴方たち、隠密としての使者でしょ? 帝の勅命で動いているといっても、表立って活動できているわけではないんでしょ? 不可能だ、なんて言わせませんよ」
「それで、我らに一体どんな利益があるというんだ」
「ここで死ななくて済む」
「ご自分の力を相当過信されていらっしゃるようだな、姫君」
「私は確かに何のとりえもありません。でも、一つだけ。生まれた時からいただいたものがある……。それは、声です」
「声がどうした」


 使者たちがせせら笑う。浅羽の顔は心なしか青白いように見える。さっきまで真っ赤な顔して私に怒っていたのに、変なの。
 ――私の声は、春京でこう呼ばれていた。
 『女神の声』。

「おい、ちょっと待て。そんなことより、あれを!」
 
 使者の一人が西方を指差した。空が茜色に染まり、夕日に照らされる金色の雲がゆっくり動いていく。異様なのは、その雲の動きとは別に、黒い雲が集まり、徐々に大きくなって空を埋め尽くしていく様子だ。
 その雲と動きを共にするかのように、日が落ちる場所からここへ、急激に向かってくるものがあった。
 最初は小さな点だった。
 それは徐々に大きくなっていった。
 肉眼で確認できるのは、青白い炎と、夜の闇のようなものが連動して動いていること。
 ゆらゆら揺れる、大きな炎。
「まさか、ここに出るなど……!」
「巫女はいないんだぞ!」
 どういう意味か良くわからないが、向かってくるものはあまり歓迎されたものではないらしい。
 巫女なら一応、ここにいるというのに、間接的に役立たずだという烙印を押されたようで、何ていうか、その通りなんだけど――ちょっと腹が立った。
焔神ほむらのかみ! 何人もの巫女や人を食い殺している、ここら一体で幅をきかせている狼だ!」
「全員、焼け死ぬ可能性がある!」
 使者全員が混乱に陥ってしまった。本当に予期せぬ事態だったようだ。
ぜん! かくなる上は我々で打って出る!」
じん、相手はあの焔だぞ!」
「海鶴、何とかならないのか? このままだと都に着かなくても死ぬかもしれないぞ……」
「浅羽、私に何ができると思ってるの? 巫女とはいえ、才能がないと言われた私が。何とかできるならしたいわよ」
 そうこう話している間にも、確実に焔は迫ってくる。
 黒い大きな影が、一団の上空を飛ぶ。
「来たぞ。皆、伏せろ!」
 誰かの怒声に全員地面に這い蹲る。
 伏せる直前、私はその姿を垣間見た。

 大きく裂けた口からのぞく、だらりとたれた真赤な舌。そこから吐き出される熱い息。
 尾は青白い炎のように揺らめいていて、それ以外の毛羽立った毛並みは夜の闇の色だった。
 周囲を睨みつけるのは、血走った黄色い目。
 爪は長く鋭そうだった。
 全長約自分と同じくらい。とにかく大きかった。

 焔は、低く唸って一団の周りをぐるぐると回り始めた。わからないが、品定めされている気分だった。
 
 ――帝のいぬめ!

「え……?」
 声だ。声が聞こえた。思わず体を少し起こした。
「海鶴、危ない!」
 浅羽の叫び声は、すごく遠くから聞こえた。


 ◆
 
 焔が口から灼熱の炎を吐き出した。逃げ切れることのできなかったものは、断末魔の叫びを与える暇もなく、一瞬にして消えていく。使者の何人かは焼け焦げて消えた。
 起き上がった海鶴の体に、炎が直撃した。浅羽は、体が動かなかった。いや、動けなかった。目の前で海鶴が炎に飲み込まれる。
(やめてくれ、もうやめてくれ……。先にいくな!)
 浅羽も炎の熱気に包まれ、これで死ぬのかと思った。
  
「仁! 巫女殿の札を!」
「ああ、まかせられよ!」
 ――巫女の霊力を込めた札の力で生き延びたか。だが無駄だ! ここで終わるのだ。いぬ共!

「そこまでだ!」
 その場に現れたのは、白い衣に緋色の袴を履いた、海鶴と同じ年頃の娘だった。髪は肩ほどまでの長さで切りそろえられている。
 彼女は太刀を抜き、焔へきりつけた。空を切る音が響く。焔はそれをかわして、地面に軽やかに降りた。 
 切れ長の目が焔を真正面から見据え、黄色い目と交わりあう。
「焔、ここにお前の望むものはない! 早々に立ち去れ!!」
 ――燈火とうかか。我が後をつけてきたか。まあいい。その二人は殺し損ねたが……面白いものが見れた。ここは引こうじゃないか。
 焔は不気味に顔面をゆがめた。鼻に皺がより、目が細まる。これは焔が機嫌の良い時、みせる表情だ。 
 気味の悪い笑顔を残して、焔は西へ去っていった。空は元の茜色に戻り、回りは朱色に染められた。
 燈火は太刀を鞘に収め、後ろを振り返った。
「残ったのは、二人だけか……」
 使者二人の疲労困憊気味の表情をみて、彼女はため息をついた。そういえば、帝の命令で使者が派遣され、春京から巫女が連れてこられることになっていたが。
  
 燈火は自分の目の前にある光景に目を見張った。

 少女が起き上がり、青年が青い光に包まれていた。
 少女の首から、蒼く光る勾玉が下がっているのが垣間見えた。
 



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