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  神狩り 作者:闇友菜
すみません、姑息に修正をしていたら、この話だけ消えてしまいました。
以前あげていたものとは全く別ものになってしまいましたが、ご了承ください。
1章 選ばれた娘
2.鏡池の祈り
  ◇

 鏡池の祈り。毎年春を迎える第一日目に、春京では女神をたたえる祭りがおこなわれていた。
 その日、鏡池の前に立ち、池を覗き込むと自分の進むべき道、あるべき姿がうつされるのだという。
 妹背いもせになると契りを交わした若い男女が、鏡池の祈りの日に一緒に鏡池の前に進み、将来を再度誓い合うというのはよくある話。そこにもしも、違う人物と並んで立っている姿が見えようものならば、その場できっぱり縁を切り、池に映った人物と何故か必ず結ばれるという伝説に似たなにかがあった。
 そんな博打にも似た占いで、自分の生涯の伴侶を決めるのもいかがなものかと思うが。皆、冗談半分本気二割というところだから、いいのかもしれない。

 私は、一度も自分の姿が池に映るのを見たことがない。私がそこに立つと、何故か池にさざ波が立って、何も映らなくなるのだ。よほど神に嫌われているらしい。
 でも、道が示されないのは私だけではなく、薫にも同じようなことが起こるというのだから、少しは心が晴れた。別に神に嫌われている、というわけではないらしいが、そこまで拒絶しなくともいいと思うのは私だけだろうか。
 
 そういうわけなので、私は巫女修行で山に籠って以来、鏡池を久しく訪れていなかった。行ったところで巫女である姉とできを比較され、また自分の醜態を晒し出すだけというのは目に見えてわかっていることだった。
 それでもおさなく無邪気なころは、よく唄っていたのだ。
 どんな意味を持つ唄なのか、どこの国の言葉なのか知らなかったが、私は鏡池の祈りの時に唄う調べが一番好きだった。私が唄うと、皆喜んでくれたから。姉も、兄たちも、父も母も……。思えばあの頃は、何も考えずに唄えたのに。
 今考えてみると、怖いもの知らずもいいところだったと感じる。
 つい先日、姉からどうしてもと頼まれて、私は断り切れずに鏡池の祈りで唄うことを約束してしまった。
 それから練習もかねて少し唄ってみたが、声は衰えていないようだ、さすがこの声……。

 今回だって、浅羽と薫が行こうと言ってくれなければ、絶対行く気になどならなかっただろう。
 そう、二人が行こうというものだから、仕方なくいく……表向きはそういうことにしておいた。
 私が薫と一緒にいられて嬉しいとか、久しぶりに浅羽と会えて楽しいとか、とりあえず私の思いなどどうでもいいのだ。
 
 夜桜が月の光に照らし出され、花びらが散っていく。その様子は、まるで雪が舞い散るのに似ている。
 賑やかな桜並木道。異国の商人や、旅一座の芸人、唄を吟じる詩人たち。浮足立った民たち。
 こういう雰囲気は、嫌いではない。人の中に紛れていると、何か守られているような気がして落ち着くのだった。
 それにしても、先ほどから何故か行く先々で見知った顔の里の人間が振り返っていき、私の目の前で足を止めてはため息をつく。
 それが数回続いた時、ついに私は我慢できなくなって、浅羽の袖を引っ張った。

「どうしたんだ?」
「私の格好、そんなに変かしら……」

 今日は鏡池の祈りの日だから、久しぶりに出向いて行くのだからと、乳母の沙苗が面倒くさがる私に無理やり正装をさせた。
 髪をきっちりと結いあげられ、きれいな椿の小細工の施された金の髪飾りでまとめられた。何がそんなに楽しいのか、めずらしく鼻唄なんて唄いながら。
 沙苗が涙ぐみながら、泣き母に似ているだとか、立派な女性になられたとか、これならば殿方が放っておきません、薫さまも大喜びですとか、さんざんおだてるようなことを言うものだから私もすっかりその気になっていた。
 また一人、私の姿を上から下までなめまわすような視線を浴びせて、男が去っていく。

「変というよりもだな……そのー……そう、神秘的だ!」
 歯切れの悪い浅羽に痺れを切らして、私はその背中を軽くどついた。
「もういい。変なら変だって最初から言ってよね! 神秘的とか適当すぎ!」
「いや、適当じゃなくて本気でそう思ってるよ?」

 浅羽がなんだか言い訳じみていて嫌だった。もっと誠意をこめて答えられないのものだろうか。 

「沙苗にやられたわ……」
 一体どんな顔をして、薫に会えというのだろう。私はこっ恥ずかしくて、顔が火照るのを抑えられなかった。
 沙苗があんなに乗せなかったら、こんなあからさまに気合いの入った格好しなかったのに。大体、今回は巫女として行くわけではないのだから、民と同じ扱いでいいはずだ。
 唄を歌うと言っても、そこまで気張らずに来いと言ったのは他でもない姉であり――大巫女はいい顔をしなかったらしいが――私は素直にその言葉を受け止めた。
 歌いたくないと、一度は姉の申し出を拒否した。
 その時の、姉の年甲斐もなく泣き出しそうな顔。それはいつも私の心に少なからず罪悪感を刻み、拒絶するという選択肢を与えてはくれない。
 姉はずるい人だ。
 心の底から優しいのに、その優しさで無意識に私を絡め取ろうとする。

「あ、ほら。何だっけ、今年は長殿のところに新しい旅一座が来てるんだろ?」
「話、すり替えようとしてる……」
「そんなことないって」
 むくれる私の顔を見て、浅羽が苦笑を浮かべた。
「神楽の人たちね。そうみたい。最近はあの屋形に立ち入ってないからよく知らないんだけど」
 夜の闇に浮かぶ桜の薄紅色。浮足立つ人の波間をひらひらと舞い落ちて美しい。日中は買い物をする女衆と商売人が通行の大半を占めているだけで、閑散とするときはやけに幅広く感じるこの大通りも、今日ばかりは狭く感じられた。
 流れるような人の群れに逆らって、私は立ち止り辺りを見回した。
 ……いない、か。

 久しぶりに山から下りてきたわけだが、薫は相変わらず、こういう賑やかなところが苦手なのだろうか。 
 人と触れ合うことが、怖いのだろうか。
 薫の方から誘ってくれた、一緒に行こうと言ってくれた。
 私が、迷っていたから。だから今日、来てくれないのだろうか……。
 待ち合わせた方がよかったのかと今更不安にかられる。
 私はきゅっと締め付けられた胸を押さえた。

「ちょっとそこの方々、少々おたずねしてもよろしいかの?」
 突如、顔中皺だらけの猿のような老婆が背後に現れた。
 私は、声を掛けられるまで誰かが近づいてきたことになど全く気付かなかった。しかもこんな、至近距離だ。全身に鳥肌が立つのを押さえられない。
「どうしたんですか、お婆さん。お困りですか?」
 浅羽は愛想のよい笑みを浮かべて、ただならぬ気を漂わせる老婆へ手を差し伸べた。
「そうそう……この里に、薫という名前の、えー……女はおるか?」
「薫という名前の……女……ですか?」
 私と浅羽はお互いに顔を見合わせた。薫という人物は、春京にはひとりしかいない。
 残念ながら男だけど。
「そう、髪の色は白銀で、眼の色は碧い。ちょっとこう、近寄りがたい冷たい雰囲気の……」
「ああ……」
 それ、本当に薫のことを言っているのだということがはっきりした。男だけど。
 笑ってはいけないと思いつつ、私は笑いをこらえることができなかった。あとはもう、浅羽に任せる。
「え……っとですね……」
 浅羽は今にも崩れそうな顔で、私の横顔を恨めしそうに見てきたが、私は知らないふりを貫きとおした。
 浅羽は諦めたようで、身ぶり手ぶり話し出す。
「お婆さんのお探しの人物かどうかわかりませんけれど、非常に美人、そして非常に男らしーい薫なら存じておりますが……」
 老婆は、浅羽の言葉にものすごい勢いで食いつく。
「それで! 今どこにおるのじゃ!」
「このさい、性別はどっちでもいいですか?」
「いいから早く教えんか! 早く!」
「浅羽、教えてあげましょうよ……。何かものすごく切羽詰まってるって、このお婆さん」
 浅羽は頷いた。
「実は、俺にもよくわかりません」
 私は肩をすくめて浅羽の言葉に付け足した。
「多分、里の女に追いかけまわされて、どこかに追い詰められて逃げるに逃げられない状況なんでしょうね……」
 老婆は私たちの言葉に頷くと、眉間の皺をさらに深く刻んで唸り声を上げた。
「よくわかった。礼を言おう……。今宵の神楽、最高のものをお聞かせすることを誓おうぞ」
 そう言い残して去っていく老婆の後ろ姿を、私も浅羽も呆然と見送ることしかできなかった。

「なんだったんだ……」
「さあ……」
 私は思わずため息を漏らした。本当にどこに行ってしまったのだろうか。薫が今どこにいるのか聞きたいのは、私の方だ。
「ごめんなあ」
 唐突に浅羽が頭を下げてきた。
「薫……俺と一緒に連れてくればよかったんだけどな。怖いことに、なんといつの間にか消えてたんだ」
「浅羽が謝ることないよ……」
「いや、俺がさっさとあいつを引っ張って連れて来て、あとは海鶴(みつる)が頑張るという流れのはずだったんだよ、俺の絵図ではな」
 浅羽が頭を掻きながら、寂しそうに笑った。

「お前たちは、見てるこっちが恥ずかしい、じれったい」
「な、何言って……っ」
 私が恋をしていることに、浅羽は前から気付いていた……。
「俺さ……お前たちにはやくくっついてほしいんだ。それで、海鶴にはうんと幸せになってほしい」
 その言葉、浅羽の表情に私は何故か胸が締め付けられるようだった。
 どうしてそんなことをいうのだろう。
 私こそ、浅羽には幸せになってほしいと思っているのに。

「……馬鹿。巫女は、その生涯を神に捧げる娘よ。誰かと結ばれることなんて一生あるわけないじゃない」
「わからないだろ? いつ何があるかなんて。ふとした瞬間、もしかして……ってこともあるかもしれない。どこか遠くにいっちまうとかさ」
 浅羽の瞳が鋭く光った。浅羽は、暗に私の母親のことを言っているのだろうか。
「お前は女だ。それも、容姿とか抜きにして人を惹きつける何かを持ってる。巫女になっても、どこで何をされるか、どこで何を失うかわからないんだ」
「うん……」
「その点、記憶が少々抜けているとはいえ、あいつは出所ちゃんとしてるからな。一応、俺も心おきなく海鶴を任せられるってわけだ」
「誰に海鶴を任せられるんだ?」
 浅羽は少し不思議そうな表情を浮かべ、私の顔を見下ろして首をかしげていた。
 わずかな沈黙のあと、浅羽は慎重に答えた。
「何だよ。わかるだろ? だから、か……か……――」
「か?」
 ――ああもう。
 私はお互いふざけているとしか思えないくらい、じれったいやり取りをしている二人の間に割って入る。
「薫、今までどこにいたのよ!」
「ああ、海鶴。今日はどうしたんだ、その格好」
 さっそく格好のこと触れてきたが、今はそんなのどうでもよかった。
「それはいいから……まず最初に言うことがあるでしょう?」
「……うん、可愛い」
 私はそこまで出かかっていた罵りの言葉全てを喉につまらせた。
 今の言葉で、言おうと思っていたこと全部忘れた。
「だよなあ、神秘的ってやつだよなあ? そしたら海鶴が俺の言葉全否定したんだ」
「そうか……それは残念だな。それで、最初に言うことって本当は何だったんだ?」
 可愛いという言葉しか思いつかなかったんだ、と薫が呟いた。
 私は、何かもうこれ以上薫を責めることができなくなった。
「……浅羽、薫ってさ、ずるいと思わない?」
「うーん……うん。今度、俺も真似してみようかな……?」
 その薫本人は、何もわからないという風に、目を瞬かせている。

「待ってたの。ずっと。もう来ないのかと思ってた」
 私は、月の光と松明の光に照らされた薫の綺麗な顔をじっと見上げた。冷たい光りの宿る碧い瞳に、私の情けない顔が映っている。
 ふいっと薫が私の顔から眼をそらした。
「……ごめん。すれ違いになったみたいで……」
「すれ違いって何……?」
「いや、別に……」
 それ以上何も語らずに黙りこんでしまった薫の脇腹めがけて、私は腕を伸ばした。
「言わないと、くすぐり地獄の刑だからね……」
「わかった、わかったからやめろ」
 薫は急に焦りだし、私は準備万端だった指の緊張をほどいた。
「俺はちゃんと待ち合わせ場所にいたんだぞ。ほら、鏡池の赤い椿を目印にって……それなのに海鶴は浅羽と一緒だし、どこからともなく現れた里の若い女に追いかけまわされ、逃げに逃げていたらここにたどり着いたんだ」
「……そうだったっけ?」
「何だよ海鶴、ちゃんと待ち合わせ場所があったんじゃないか。俺にはそんなこと一言も……あ、ごめんなんでもないよ」

 どうしてそんな大事なことを忘れていたのだろう。約束を交わした記憶をたどってみる。だけどなんだか、はっきりしない。
 覚えていない……。
 指先がしびれる。口の中はからからだ。
 私、最低だと思った。
「ごめん、今度は、ちゃんと待ち合わせ場所も、約束も忘れないようにするね。絶対絶対……」
「ああ、大丈夫だよ。海鶴が忘れても、俺がまたちゃんと探すようにするから。そしたら海鶴が忘れてても会えないってことはないだろ?」
 薫はそう言って笑った。薫の周りを取り巻いていた雰囲気が柔らかくなる。
「そうだね……。でも、私今度は忘れないから」
 私は、そっと薫の袖を掴んだ。
「何だよ、袖なんて掴まないで……ほら」
 薫が私の冷えた手を包み込む。
 ――あったかくて、大きくて、男の人の手だった。

 ◇

 鏡池は、すでに多くの民でにぎわっていた。これから、大巫女と今年の祭事全般を取り仕切る巫女である姉の双葉が女神への祈りの歌と祝詞を捧げるのだ。それが終わったら、鏡池は光で満たされてそれぞれの道を示す信託が行われる。
 私はなるべく姉と大巫女に見つからないよう、人ごみにまぎれて行動していた。
「海鶴、海鶴!」
 姉が、私に向かって両手を振っているらしい。さっそく見つかった。これも全部、沙苗がこんな目立つような変な髪飾りをつけたからに違いない。
 それとも……私は椿に呪われているのかもしれない。

「どこにくの?」
 目ざとく私を発見し、いつもおっとりとした姉からは想像できないくらいの素早さで私に近づき、鬼の首でもとったかのように私の腕をひしっと捕まえ、満面の笑みを浮かべる姉に私は苦笑した。
「姉上、お元気そうでなによりです」
「海鶴、久しぶりね。あなたも、元気そうね」
 私のたったそれだけの言葉に、何が嬉しいのかわからないが姉は顔をほころばせた。
「それでは私は古鏡池にちょっとした用事がありますので……」
 本当は、鏡池の裏側にあるというあんな小さな池に用事などないけれど、姉の追撃から逃れるためにとりあえず嘘をついた。
「海鶴……どうか逃げないで」
 姉は眉を寄せて私に縋りつくように懇願してきた。これはずるい。
 私は思わず足をとめ、上ずった声をあげた。
「でも、私は姉上のように優秀な巫女ではありませんから……鏡池の祈りに私が加わっても失態をさらすだけでしょう……」
「そんなことないわ。春京の女神が依り代となる神子や巫女をお選びになって、降りられる大事な儀式ですもの。あなたの祈りの歌が必要なの」
 お願い、と姉が必死で頼むものだから、私は頷く以外できなかった。
 でも実際、姉はわかっていない。どれほど私が覚悟を決めてこの鏡池の祈りに来たのか。人目にさらされることを恐れているか……。
 私の笑顔の裏にある劣等感を、姉は知りもしないのだろう……。
 私が女神の依り代に選ばれることなど絶対ない。一度も、神を呼ぶことができなかった私には、女神も振り向くことはないだろう……。毎年行われる形式的なこの儀式で、本当は誰が女神の巫女になったのかなんてわかっていないけれど、少なくとも私ではないことは確かだと思う。

 私は姉に引きずられるようにして池のほとりに立った。他の兄弟たちも、この日だけは春京に帰り女神の依り代を――巫女か神子を――決める儀式に立ちあった。
 見目麗しい私の四人の兄と、一人の姉。私はこの儀式に立ちあうのは久しぶりだったが、女神もこれだけの依り代候補がいれば選びたい放題だろう。

 女神が好むのは、美しい祝詞、美しい夜、美しい唄。
 自分の周りを取り巻く全ての波長を読みとり、飛礫つぶてのように飛び散っている音を拾い集め、私は声を震わせた。周りの全ての音と、祈りの唄の調和。響いて、震えて、溶け込みあって、一つになる。
 ――……真っ赤な海石榴つばきの花が、鏡池の上に舞い落ちた。その様は首を落とされたつわものによく似ている。
 不吉。海石榴が堕ちる様子は、何故こう切なく胸がざわめくのだろう。
 鏡池に光が満ちていく。
 私は、その光に誘われるかのように手を伸ばした。
 鏡池はより強い輝きを放った。
 その瞬間、背筋が凍るような悪寒が駆け巡った。

『――見つけた……――』
 
 沢山のまなざしが、私を捕らえようとしている。
 私の五感、私の身体、根こそぎ奪おうとしている。
 このままだと引きずり込まれる、私の中の何かが、私に危険だと叫んでいた。
 私はたまらず恐怖に震えた。足元から私を池の中に取り込もうとしているものがいる。
 この声に、掴まってはいけない……。何故かそう思った。

「海鶴!」
 誰かが私の名前を叫んだ。
 大きな手が、強い力でこちら側に引き戻してくれる。

「……今の、何?」
 引き寄せてくれた薫の強張った顔を見上げて、私は誰にでもなく問いかけた。
 
 逃げなければならない。私は悪寒が止まらなかった。

 隠していたものが、見つかってしまう。
 恐れていたことが、起こってしまう。

 どうか連れて行かないで。
 過酷な道を示さないで。
 
 ――私の声は、神には決して届かない……。


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