Word.82 怒レル神 (3)
銃から放たれ、やって来る弾丸を、静かに見つめる永遠。
「“落とせ”」
永遠が、向かってくる赤い弾丸を、短く言葉を発し、難なく床へと沈める。だがアヒルは、沈められた弾丸にも動じず、むしろ、初めから沈められることを予想していたかのように、素早く、今度は左手の金色の銃を、永遠へと向けた。
「“撃て”!」
アヒルの構えた銃から、今度は金色の弾丸が放たれ、まっすぐに永遠へと向かってくる。
「やっぱり二文字、使うんだ」
冷やかな笑みを浮かべ、永遠が、言玉を持つ右手を振り上げる。
「でもそれ、命取りだよ?“終えろ”」
忠告するように問いながらも、一瞬の躊躇いもなく、言葉を放つ永遠。言玉から放たれた強い白色の光が、空間内へと一気に広がり、あっという間にアヒルの弾丸を掻き消して、アヒル自身を包み込んだ。光の中に消えていくアヒルを見つめ、永遠が、穏やかに笑う。
「ほら、終わっちゃった…」
どこか物足りなさそうに、呟く永遠。
「折角、厭離穢土を使ったのに、呆気なく終わっちゃったな」
掲げていた右手を下ろし、永遠が少し、肩を落とす。
「さてと…」
「“当たれ”!」
「何…?」
まだ発せられている光の塊の中から、響いてくる確かな言葉に、永遠が戸惑うように眉をひそめる。永遠が光を見たその瞬間、光の中から、赤色の弾丸が、勢いよく飛び出してきた。
「ク…!」
次の攻撃などあるはずがないと、すっかり構えを解いてしまっていた永遠は、わずかに身を逸らしただけで、完全に弾丸を避けきることは出来なかった。右頬を弾丸が掠め、切れた頬から、赤い血が流れ落ちる。
「誰が、もう終わりだって?」
薄れていく光の中から現れる、二丁の銃を構えたアヒル。鋭く微笑むアヒルの姿が、目で捉えられるようになると、頬から血を流した永遠は、そっと目を細め、少し険しい表情を見せた。
「何故だ…?“終えろ”は確かに…ん?」
戸惑うようにアヒルの姿を観察していた永遠が、アヒルの体を包む、淡い青色の光に気付く。
「そうか。“生きろ”」
永遠が口にしたのは、先程、アヒルが発した、為介がアヒルへ向けたという最期の言葉であった。今もアヒルを包むその淡い光は、再び立ち上がった時、アヒルが纏っていたものと同じものだ。
「君の言葉は、俺の“終えろ”により終わらされ、そして、為介の“生きろ”により、蘇った」
どこか分析するように、永遠が言葉を続ける。
「一度、終わらせた君の言葉を、俺が同じ言葉で、もう一度終わらせることは出来ないと、そういうわけか…」
すべてを理解した永遠が、薄く笑みを浮かべながら、ゆっくりと肩を落とす。
「本当に、厄介なことをしてくれたものだね」
先程までよりも低く落ちる、永遠の声。
「為介…」
名を呼ぶ、その低く重い声からは、どこか深い恨みのようなものさえ、感じられた。だが、永遠の言葉が聞こえぬアヒルは、それを気にする様子もなく、右手の赤い銃を、自らのコメカミへと向ける。
「“上がれ”!」
自身へと言葉を放ち、空間内で一気に上昇するアヒル。上空へと浮かんだアヒルが、下に居る永遠へと、金色の銃を向ける。
「“撃ちつけろ”!」
金色の銃から、先程の弾丸とは異なる、無数の細かい雨粒のような弾丸が、永遠へと降り注がれる。その金色の雨が、永遠へと届かぬうちに、アヒルは、今度は赤い銃を、永遠へと向けた。
「“浴びせろ”!」
アヒルが言葉を放つと、赤色の銃からも、同じように、細かい雨粒のような弾丸が放たれ、空中で、先に放たれた金色の雨と混ざり合って、一気に永遠へと降り注ぐ。やって来る雨を見つめ、鋭く目を細めた永遠が、自身の前へと、言玉を突き出す。
「“覆え”」
周囲に白い光の膜を張り巡らせ、降り注ぐ二色の雨を受け止める永遠。初めは順調に、降り注ぐ雨を弾いていた膜であったが、降り注ぐ雨粒の量はあまりに多く、二つの言葉が合わさっているため、その力も強く、徐々に膜が押され、ヒビ割れて、やがて、完全に崩れ落ちる。崩れ去る膜に少し表情を歪めながらも、永遠が言玉を握り直した。
「“慄け”…!」
永遠が次の言葉を発し、全身から、圧のような白い光を発し、残りの雨粒を一気に弾き返す。その弾き返った雨粒の一部が、上空に居るアヒルのもとへも戻って来た。
「うおっと!“浮かべ”!」
今度は金色の銃を自らへと向けて、さらに体を上昇させ、戻って来た自身の力を、何とか避けるアヒル。
「ふぅ~。さすがに、そう何度も簡単に、言葉を食らっちゃ、くれねぇか」
額に流れる汗を拭いながら、下方に居る永遠を見つめ、アヒルが少し、困ったように笑う。だが、先程の城での戦闘よりも、アヒルは確実に、手応えを感じていた。為介の言葉のお陰で、二つの文字が使えるようになり、そして、今まで傷一つ負わせることが出来なかった永遠の頬に、小さなものではあるが、傷を負わせることが出来た。それが、アヒルの自信に繋がっていた。
「こうなりゃ、とことん、撃ち込むまで!」
前向きに声をあげたアヒルが、両腕の銃を、永遠へと構える。
「“荒れろ”、“嵐”!」
高らかと言葉を発し、真っ赤な銃から、強い風の塊を放つアヒル。放たれた風塊に、アヒルがさらに、金色の銃を向ける。
「“唸れ”!」
金色の銃から放たれた光を浴び、風の塊はさらに、その勢力を増す。音を立てて、激しく逆巻く風塊が、永遠へと迫り行く。
「“押し寄せろ”」
言玉から光の大波を生み出し、やって来る風塊へと、ぶつけ合わせる永遠。だが、その永遠の波は、風塊のあまりの勢力に、ぶつかった途端に砕かれてしまう。辺りに散る白い光に、また一層、永遠が表情を歪めるが、その間にも、風塊は、永遠へと突き進む。
「俺の言葉で壊せない、か…」
不満げに眉間に皺を寄せながら、永遠が、やって来る嵐へと、また言玉を向ける。
「“押収”」
そっと言葉を落とし、向かって来ていた風塊をすべて、掲げた言玉の中へと吸い込んでいく永遠。どんどんと吸い込まれていく自身の言葉に、アヒルが驚いた様子で目を見張る。
「あの量の風を、全部?」
アヒルが戸惑う中、永遠が、風を一陣残らず吸い込んだ、その言玉を、何の迷いもなく、自然な動きで、上空に居るアヒルへと向ける。
「“贈れ”」
永遠が言葉を落とすと、永遠の向けた言玉から、先程吸い込まれた風塊が、一気にアヒル目がけて、溢れ出していく。
「うわわわわ!」
戻って来る自分の言葉に焦るアヒルだが、すでに風の勢いに押され、空中で、思うような態勢が取れなくなってしまっている。ろくに身構える態勢も取れぬまま、戻って来る嵐を迎えるアヒル。
「クッソ!あ、“暴れろ”!」
空中で、動きにくい形に体を捻らされた状態のまま、アヒルが苦しげにではあるが、何とか右手だけを伸ばし、やって来た嵐へと、弾丸を放つ。弾丸を浴びた途端、風塊はその集合体を解き、空間内に飛び散るようにして、勢いよく弾けた。
「うお!」
すぐ目の前で飛び散った嵐の、その強い風に吹き抜かれ、上空から、空間内の床へと、一気に叩きつけられるアヒル。
「何…?うぅ…!」
弾け飛び、空間内全域で逆巻く風の一部が、下方に居た永遠にも吹き荒れ、永遠が身を屈めるが、その腕や足を、一部、斬り裂く。
「まさか、自分の力を目の前で、弾け飛ばして、直撃を避けるとはね」
斬り裂かれた手や足から、わずかな痛みを感じながら、ゆっくりと顔を上げた永遠が、どこか感心するように呟く。顔を上げた永遠が、何かに気付いた様子で眉をひそめ、言玉を握り締める自分の右手へと、視線を下ろした。言玉を握る永遠の右手が、かすかに、だが確かに、震えている。
「風を吸い込んだ時か…」
痺れを覚える右手を見下ろし、永遠がその表情を曇らせる。その曇らせた表情を、またゆっくりと上げていく永遠。
「痛つつつつ…!はぁ~、痛ってぇ~」
前方へと向けられた視線の先では、嵐により、床へと叩き落とされたアヒルが、永遠と同じように、風によって斬り裂かれた体を見回しながら、少し歪めた表情を見せていた。痛みに多少苦しんではいるようだが、その表情には、決して絶望の色はない。諦めた様子など、まったくない表情だ。
「返されること想定して、そん時用の言葉を考えとくべきだったなぁ~やっぱ」
反省するように頭を掻きながら、アヒルがゆっくりと、その場で立ち上がる。
「あ?」
立ち上がったアヒルが、永遠がまっすぐにこちらを見ていることに気付き、戸惑うように首を傾げる。
「何だ?どうした?」
不思議そうに問いかけるアヒルを見て、永遠がそっと、口元を緩める。
「認めてあげるよ…」
「は?」
永遠のその言葉に、アヒルがさらに、首を傾げる。
「君は、強い」
まさに、アヒルを認めるその言葉に、アヒルは傾けていた首をもとに戻し、少し驚いた表情を見せる。先程まで、永遠の足元にも及ばないような戦いしか出来ていなかったアヒルにとって、永遠からそんな言葉を向けられるとは、思ってもみなかったのだ。
「正直に言うよ。俺の言葉で壊せないような攻撃を放ったのも、俺の腕を痺れさせたのも、君が全部、初めてだ」
アヒルを誉める言葉を、永遠がさらに続ける。
「俺の時が、“永遠”となってからはね…」
言葉を付け加え、冷たく微笑む永遠に、アヒルが少し眉をひそめる。
「明さんの“あ”に、ウズラさんの“う”、為介の“生きろ”の言葉に、それと恵の想いも背負ってるのかな…」
どこか遠くを見つめるような瞳を一瞬見せて、永遠がまた、楽しげに笑う。
「俺以外の旧世代、四人の神の力を持った君は、本当に強いよ…」
まっすぐに見つめられ、向けられるその言葉に、アヒルは怪訝そうに、表情を曇らせる。
「それは、単純に、誉めて貰えたぁって、喜んでいいものなのかねぇ?」
少し口角をあげて、アヒルが永遠へと問いかける。笑ってはいるが、永遠の真意を見抜こうとしているような、その瞳は鋭い。
「ああ、喜んでくれていいよ」
警戒するアヒルとは異なり、永遠は何の躊躇いもなく、あっさりと頷いた。
「俺は、残念に思うけどね」
「残念?」
永遠のその言葉に、また眉をひそめるアヒル。
「ああ。だって、そうだろう?」
同意を求めるように、永遠がアヒルへと問いかける。
「君は、こんなにも強いのに…」
言葉を続けながら、まるで憂いているような、悲しげにさえ見える表情を、浮かべる永遠。
「それでも俺を、倒せないなんて」
永遠の放った言葉に、アヒルが表情を険しくする中、永遠が再び、言玉を持つ右手を掲げた。
「“押さえつけろ”」
「ううぅ…!」
永遠が言葉を放った途端、アヒルのすぐ後方の床から、小さな壁のようなものが突き出して、その壁から伸びた帯状の光が、アヒルの四肢を絡め取り、壁へとアヒルを押さえつける。
「こ、これは…!」
「厭離穢土は別に、絶対空間を作り出すだけの四字熟語じゃないよ」
すぐ後ろの壁を振り返り、険しい表情を見せるアヒルへと、永遠が解説するように、言葉を掛ける。
「この空間全体が、俺の意志で自由に動く、俺の言葉そのものとなる…」
「ク…!」
永遠の言葉が続く中、何とか捕らえられた光から脱しようと、絡め取られた手や足を、必死に動かすアヒル。
「無駄、だよ…」
「あ…!」
動けぬアヒルへと、永遠は容赦なく、その言玉を向けた。
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