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Word.8 転校生ト言姫 (4)

 その頃、言ノ葉町・中央通り。
「えぇっと、今晩のおかずは何にしようかな」
 アヒルたちと同じように下校した転校生・保は、慣れぬ様子で町を歩きながら、商店街に並ぶ店を眺め、何を作るか悩むように、首を傾げていた。
「あっ」
「きゃっ!」
 店頭に目をやっていた保が、前から歩いてきた女性と勢いよくぶつかる。
「ご、ごめんなさい。余所見しててっ…」
 ぶつかった女性が、態勢を立て直しながら、保へと申し訳なさそうな顔を向ける。
「ううっ…うっ…」
「えっ…!?」
 女性が振り向くと、そこには今にも泣き出しそうに目を潤ませた保が、大きな体を小さく丸めながら、女性よりも遥かに高い目線で、女性を見下ろしていた。
「す、すみませぇんっ!お、俺なんかが、一丁前に夕飯のおかずを考えていたばかりにぃ〜っ!」
「はっ…?」
 必死に謝りあげる保に、思わず顔を引きつる女性。
「この罪は、一生をもって償いますぅ〜っ!」
「け、結構です!」
「へっ?」
 深々と頭を下げる保であったが、女性は必死に首を横に振り、逃げるようにして、保の前から去っていった。顔を上げた保が、もうそこにはいない女性に、目を丸くする。
「許してくれるなんてっ、なんていい人なんだ!」
 強く感動した様子で、拳を握り締める保。
「売り物に近づくんじゃねぇよっ!この泥棒猫がっ!」
「んっ?」
 引き続き感動していた保が、近くから聞こえてくる怒声と、叩きつけるような大きな音に気づき、振り向く。
「あっ…」
 保が振り向くと、道端に、魚屋の店主に乱暴に追い払われたのか、ひどく弱った様子の子猫が横たわっていた。魚屋の店主が店の中に入ったことを確認した後、保がその子猫のもとへと歩み寄っていく。
「怪我しちゃった?」
 しゃがみ込んだ保を、弱々しい瞳で見上げる子猫。
「ちょっとこっちにおいで」
 保が大きな手で子猫を抱え上げ、人気のない路地裏へと入って、子猫を持っていない方の手を、制服のポケットへと入れる。
「よっと」
 保がポケットから取り出したのは、赤く小さな、宝石のような玉であった。保がその玉を、子猫の怪我をして血が滲んでいる前足へと近づける。
「“たすけてあげて”」
 その言葉に反応し、玉が赤い光を放ち始めると、その光に包まれた子猫の前足の傷が、見る見る内に塞がっていった。
「さぁ、これで大丈夫」
 怪我の治った子猫を、保が地面へと降ろしてやる。
「泥棒は程々にね」
 保の言葉に反応してなのか、子猫は小さく鳴き声をあげると、保も前から去っていった。光の止んだ玉を、保が再びポケットの中へと入れる。
「さてと…んっ?」
 また、路地裏から中央通りへ戻ろうとした保が、通りを行く見知った人影を見つけ、目を丸くする。
「あれはっ…アヒルさん?」
 保がその視界に入れたのは、厳しい表情でどこかへと向かっていく、アヒルたち三人の姿であった。



 八百屋『あさひな』から歩いて二十分程。アヒルたちは、言ノ葉町のはずれまでやって来ていた。
「ここが言姫さまの地図に印された場所よ…」
 和音からもらった地図を閉じ、囁がゆっくりと顔を上げる。
「廃園になった遊園地か…」
 囁の横に立った篭也が、鋭い表情で前方を見つめる。蔦で巻かれた大きな黒い門の向こうに広がるのは、錆びついたアトラクションが並ぶ、遊園地跡であった。篭也の声がどこまでも響く程に静かで、日も傾き始めた頃では、余計に不気味に見えた。
「おあつらえむきだな」
「薄気味悪過ぎだってのっ…」
 冷静に呟く篭也の横で、その表情を引きつっているアヒル。
「あら…怖いなら、手を繋いであげるわよ…?アヒるん…」
「いらねぇーよっ!」
「強がり…」
「ああっ!?」
 小バカにしたように微笑む囁に、アヒルが思わず怒鳴りあげる。
「一応、潜入するんだ。静かにしろ」
「うっ…」
 篭也に厳しく指摘され、アヒルが両手で自分の口を塞ぐ。確かにこの静けさでは、アヒルの怒声一つで、敵に気づかれてしまう可能性が高い。
「ちんたらしていても仕方がない。早速入るぞ」
 目つきを鋭くした篭也が、アヒルの方を振り向く。
「安団の名誉もかかっている。やると言ったからには、やって見せろよ。神」
「わかってるよっ」
 警告するような篭也に言葉に、少しムキになるように頷くアヒル。
「行くぜ!篭也!囁!」
「ああ」
「ええっ…」
 アヒルの呼びかけに篭也と囁が頷くと、三人はその遊園地跡へと足を踏み入れていった。


「う、うぅ〜っ…」
 アヒルたちがやって来た道の電柱の影から、遊園地跡へと入っていくアヒルたちを、こっそりと見つめる、一人の男。
「思わず付いて来ちゃったけど、何か不気味なとこだなぁ」
 それは、保であった。
「こんな所に何の用なんだろ?アヒルさんたちっ…」
 保が、怯えるように引きつった表情で、静まり返った遊園地跡を見つめた。



 遊園地跡・トリックハウス内。
「ねぇ、知ってる?ヒロト」
 派手な内装の部屋の中で、ふわふわとしたショートカットの少女が、同じ部屋にいる、女性のような柔らかな顔立ちの青年へと、何やら楽しげに声を掛ける。
「もうすぐここに、“神様”が来るんだってっ」
「知ってる」
「なぁんだ、つまんないっ」
 ヒロトと呼ばれた青年が素っ気なく答えると、少女は拗ねるように、その小さな口を尖らせた。
「っつーか、さっき灰示サマが言ってたし。それ、知らねぇ奴いねぇーんじゃんっ?」
「言えてる…」
 同じ部屋の、見たこともない奇抜なデザインの長椅子に座った、ヒロトと少女以外の二人が、次々と口を挟んだ。
「えぇ!?さっき灰示サマ、来たのぉ!?」
「お前が出掛けている間に、連絡があったよ」
「なぁ〜んだっ、不治子ふじこも灰示サマとお話したかったのにぃっ」
 自らを不治子と呼んだ少女が、見るからに残念そうに肩を落とす。
「まぁいいやっ。この前みたいに神様やっつけっちゃって、また灰示サマに褒めてもらうんだっ!」
「早々上手くいくかねぇ〜っ」
「行くよぉ!」
 口を挟んだ一人に、大きく頷きかける不治子。
「だって不治子、強いもんっ」
 不治子が自信を持った笑みで、どこか怪しげに微笑む。
「この前だって、ちゃ〜んと神様、ボッロボロにやっつけたしっ!」
「附き人の連中は見事に逃がされたけど…」
「あんなの雑魚じゃん!大事なのは神様だよっ、神様!」
 口を挟むもう一人に、不治子が少しムキになって言い返す。
「神をやっつければ、私たちの世界が来るって、灰示さまも言ってたものっ」
「じゃあまぁ、そろそろ行こうか」
 椅子に深々と腰を下ろしていたヒロトが、ゆっくりとその場で立ち上がる。
「オレたち波行はぎょうの力、成り立ての安の神ってのに、見せつけてやろうよ」
「うん!」
「ああ…」
「灰示サマの出番、ねぇーんじゃんっ?」
 ヒロトの言葉を合図に、四人はトリックハウスを後にした。


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