Word.7 神ニ、誓ウ (2)
「…………」
スズメから話を聞き終えると、篭也はまるで痛むようにその左胸を押さえ、部屋に立ち尽くしたまま、そっと俯いた。
「俺はアヒルいじめてばっかだったし、ツバメは昔っからあんな調子だったからっ…」
ベッドから立ち上がったスズメが、部屋の奥の机の方へと移動する。
「あいつにとって…兄ちゃんって呼べるのは、カー兄だけだったのかもなぁ…」
「スズメさん…」
机に手を置き、どこか寂しげに呟くスズメに、篭也が目を細める。
「カー兄が死んでから毎日さっ、あいつ、ずぅーっとここで座ってんのっ」
「えっ…?」
篭也の方を振り返ったスズメが、少し笑みを見せながら、机のすぐ横の椅子を指差した。
「何日も何日も、飯も食わずにずぅーっと…」
「……っ」
目を落とすスズメに、篭也も少し表情を曇らせる。
「何とかしようとしてオヤジがさっ、ここに座って、寝てるあいつに、レタス投げたわけっ」
「レタス?」
思いがけない展開に、思わず目を丸くする篭也。
「そっ。“起きろぉ〜レタスミサイルぅ〜!”とか言っちゃってさっ」
笑顔を見せたスズメが、レタスを投げる真似をして見せる。
「そしたらあいつ、出て来たんだよねぇ〜。“痛ってぇなぁ!馬鹿オヤジ!”とか言いながらさっ」
篭也から目を逸らし、スズメが再び、窓の外の景色を見つめる。
「笑ってさっ…」
「……っ」
笑顔を見せるスズメに、篭也がそっと目を細める。
「それから毎日、オヤジ、野菜投げつけて、アヒルを起こすようになってよぉっ」
「えっ…」
スズメの言葉に、篭也が驚いた顔となる。
「日曜もお盆も正月もっ…ホント、毎日。五年だぜぇ?五年っ」
どこか呆れたように、言い放つスズメ。
「バカだよなぁっ…ホント、バカだよ…」
「……っ」
呆れたような口調では言いながらも、穏やかで温かい笑みを浮かべているスズメに、篭也がそっと目を細めた。
―――喰らえぇ!ピーマン爆弾!―――
―――喰らうか!ボケぇ!―――
「…………」
朝の賑やかな光景を思い返し、心の奥底から込み上げるような、温かい何かを感じて、篭也は思わず、優しい笑みを浮かべた。
「あいつはさっ、自分の“居なくなれ”って言葉が、カー兄を本当に居なくならせたって思ってるんだ」
「……っ」
再び篭也の方を見るスズメに、篭也が笑みを止め、真剣な表情を見せる。
「言葉には力があるって、そう信じてるんだよっ…」
「言葉に…力…」
言葉の力を持つ篭也は、その言葉を、どこか噛み締めるように呟いた。
「だからあいつは、誰よりも、言葉の重みを知ってるっ…」
机から離れ、篭也の方へと歩み寄ってくるスズメ。
「だからあいつは、誰よりも、言葉に傷ついた人間を守ろうとするっ…」
穏やかな笑みを浮かべ、スズメが篭也の前へと立つ。
「傷つけた人間に…自分と同じ後悔をさせないためにっ…」
「……っ」
―――迷惑被ったからって…人の心を傷つけていい、わけじゃないっ…―――
―――傷ついた人間を、平気で傷つける奴と、俺は一緒に戦えない…―――
アヒルが何故、あそこまで、傷つけた人間を謝らせることにこだわるのか、やっとわかったような気がした。
「まぁバカで頑固な奴だから、色々と手は焼くだろうけどさっ」
スズメが笑顔を深くし、篭也の肩に手を置く。
「あいつのこと、よろしく頼むよっ」
「えっ…?」
微笑みかけるスズメに、少し戸惑った表情を見せる篭也。まるでスズメが、アヒルが神であり、そして篭也がその附き人であることを知っているような、そんな錯覚を覚えた。
「……っ」
だがすぐにその戸惑いを消し、篭也がそっと口元を緩ませる。
「はいっ」
「……っ」
大きく頷く篭也に、スズメが少し目を細めた。
「あの、スズメさん」
「んあっ?」
「一つ、お願いがあるんですけど」
「ふぅっ」
カモメの部屋を出た篭也が、色々と聞いた自分の心を落ち着かせるように、一つ、深々と息をついた。
「……盗み聞きか?相変わらず、悪趣味だな」
「フフフっ…生まれつきよっ…」
篭也が振り向くと、カモメの部屋の扉のすぐ横に、壁にもたれかかるようにして、囁が立っていた。鋭い瞳を向ける篭也に対し、囁がどこか楽しげに微笑んだ。
「聞いていたのか?」
「ええ…だいたい…」
問いかける篭也に、そっと頷く囁。
「誰かさんのあんまり可愛らしいお願いに…思わず腹を抱えて笑いそうになったけれどっ…」
「悪かったな」
小ばかにするように言い放つ囁に、篭也が思わず顔をしかめる。
「神の所へ行く。一緒に来るなら、とっとと来い」
「フフっ…喜んでっ…」
一階へと降りていく篭也に、微笑んで続いていく囁であった。
―――あなたは今すぐ、神をやめた方がいい…―――
一方、公園で雅と話していたアヒルは、雅に厳しい現実を突きつけられ、険しい表情を見せていた。
「……っ」
そっと眉間の皺を消したアヒルが、少し俯くように下を見る。
「俺っ…前は、“神なんて冗談じゃねぇ”、“国語も嫌いなのに言葉でなんか戦えるか”って、そう思ってた…」
「……っ?」
下を向いたまま、落ち着いた声を発するアヒルを、雅が少し眉をひそめながら見つめる。
「けど…今は、ちょっと違うんだ…」
「違う…?」
アヒルの言葉に、首を傾げる雅。
「俺は昔…言葉で、大切な人を傷つけて…そのまま、謝ることも出来ずに、その大切な人を失った…」
「……っ」
急に話を変えたアヒルのその話に、雅が少し驚いたような、険しい表情を見せた。
「死ぬほど後悔した…」
―――兄ちゃんなんかっ、居なくなればいいんだっ…!―――
「なんで、あんなこと言ったんだろうって…」
カモメの死の原因が何であったにしろ、もしもアヒルがあんなことを言わなければ、カモメは死ななかったのではないか。そんな考えは、毎日のように、アヒルの脳裏に過ぎった。
「言葉がどんなに重いものなのか、思い知らされた…」
「朝比奈くん…」
どこか悲しげな笑みを浮かべるアヒルに、雅がそっと目を細める。
「どうしたら、あの人に報いることが出来るんだろうって、どうしたら、この後悔は消えるんだろうって、ずっと考えてたけど…なぁんも浮かばなくてさっ…」
アヒルが顔を上げ、そのまま青い空を見上げる。
「きっと方法なんてないんだって、そう諦めかけた時…俺は言葉の力を手に入れたっ…」
―――あなたは安の神…―――
「何の根拠があるわけでもないんだけどさっ、この力を手に入れて、何回か戦っていくうちに、思ったんだよなぁ…」
空を見るアヒルが、まっすぐで曇りのない瞳を見せる。
「こうやって、言葉の力で戦っていくことで、この道の先に…俺がずっと見つけることの出来なかったものが、あるんじゃないかって」
「…………」
続くアヒルの言葉を、雅は真剣な表情で聞いた。
「だからっ…」
空を見ていたアヒルが、ゆっくりと顔を下ろし、真正面から雅を見つめる。
「だから俺は、神をやめない」
「……っ」
笑顔を見せ、はっきりと答えるアヒルに、雅が少し驚いたように、目を見開く。
「甘い考えなのかも知れないけど、俺はやっぱり、あいつ等に応えもしたいしっ」
笑顔を見せたまま、さらに言葉を続けるアヒル。
「俺が神だから、周りの人たちが巻き込まれるってんなら…みんなを守れるように、俺が強くなる」
アヒルが見下ろした自分の拳を、強く握り締める。
「安の神として!」
「……っ!」
その言葉に何らかの力を感じるように、雅は思わず、衝撃の走ったような、そんな表情を見せた。
「色々と気にかけてもらって、悪かったなっ」
雅に微笑みかけると、アヒルがベンチに置いてあった鞄と、水の入ったペットボトルを手に取った。
「ツー兄の友達っつーから、ただの怪しい人種かとか思ってたけど、意外といい人そうだっ、あんたっ」
「……っ」
鞄を背負い、再び雅の方を振り向いたアヒルの見せた、屈託のない笑顔に、雅が少し驚いたような顔となる。
「じゃあ、またな!」
「あっ、はい」
雅に軽く手を振り上げると、アヒルは公園から歩き去っていった。
「…………」
その場に一人残った雅が、そっと目を細める。
「あんな感じで良かったんですか?為介さん」
「うんっ、ばっちしぃ〜っ」
どこか疲れたように肩を落としながら、雅がベンチの方を振り返ると、ベンチの後ろの木陰から、軽い口調を発して、扇子を扇ぎながら、為介が姿を現した。
「さっすが雅くん!超演技派だねぇ〜ボクってば、思わず泣きそうになっちゃったよぉ〜っ」
本気で誉めているのかもわからない、軽い言葉を雅へと投げかける為介。
「でぇもボクがお願いしたより、なぁ〜んか親切じゃなかったぁ?」
「……っ」
わざとらしく問いかける為介に、雅が少し眉をひそめる。
「やぁ〜っぱ、お友達の弟クンてことで、情が出ちゃったかなぁ?」
「いえ、別に。ただ、人を試すようなことをするのが、あまり好きではないだけです」
詮索するように問いかけてくる為介に、顔色一つ変えずに、雅が冷静に答えた。
「為介さんがやってくれれば良かったのに」
「ほらぁ〜っ、ボクってば、正直な人間じゃなぁ〜い?だからいまいち、上手く出来ないっていうかぁ〜」
「…………」
頭の軽そうな笑みを浮かべる為介に、雅が表情を止める。
「じゃあ僕、帰ります」
「あぁ〜!待ってぇ〜!雅くぅ〜ん!見捨てないでぇ〜!」
鞄を持ち、すぐさまその場を去ろうとする雅を、為介が必死に止める。
「はぁっ…まぁ彼は神をやめないそうですし、期待通りになって良かったじゃないですか」
どこか呆れるように肩を落とした雅が、再び為介の方を見る。
「でも何だってこんな、試すような真似っ…」
「仕方ないじゃなぁ〜い?頼まれたんだもぉ〜んっ」
少し眉をひそめる雅に、面倒臭そうに答える為介。
「それにっ…」
為介がそっと目を細め、鋭い笑みを浮かべる。
「こんなところで壊れてもらっちゃ、面白くないんだよねぇっ…」
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