六月の雨が全てを洗い流してしまったかのように、辺りは静かだ。
薄暗い空は重たげに湿気を纏い、日はすっかり沈んでしまった。
時折、思い出したように運送用の中型トラックが通る以外には、ほとんど車は通らなかった。
そんな通りにも関わらず、一人の学生風の男性が歩いていた。
「すっかり遅くなっちゃったな」
急ぐでもなく、そう言った彼の右手には、どこか不釣り合いな原色に近い赤の傘が握られている。
そのちょうど反対側から、水商売風の女が走ってきた。
すれちがい様に、肩が激しくぶつかって、女が持っていた黒いハンドバックが濁った水に落ちてしまった。
「すみません」
男は驚いて、躊躇いもせずに鞄を拾いあげた。
しかし、女は困ったような顔をして言った。
「そんなに汚れてしまったら、手に持った時に私の指先まで汚れてしまうわ」
見ると、女の指には赤いマニキュアが塗られていた。
男は善意から、鞄を拾ったが女は受け取らなかった。
「そんなに良いものじゃないから、その辺に捨てておいて」
女はそういうと、男の顔も見ずに駆けていってしまった。
男は、そのまま暫くの間そこに突っ立っていた。
男の指には濁った泥で汚れていて、こびりついた砂が爪の中まで入っていた。
男は鞄を持っていくか、それとも置いていくか迷った。
この鞄をもう一度濁った水の中に捨てれば、また誰かに親切な人か、欲の深い人が手を汚すかもしれない。
男が去った通りは、以前よりもいっそう静かになった。
濁り水には、黒い鞄を中には入れた赤い傘が差してあった。
その原色の赤だけが、この通りで唯一の色だった。 |