素で黒い男(美郷視点)
私の通っている高等学校で、トイレにあるトイレットペーパーが全部水浸しにされて使えなくなるという陰険だが意味不明な事件が起きた。
え?それ以前に私が誰かって?
酷い・・・この山下美郷を忘れるなんて・・・
いくら出番が少ないからって・・・
まあいいわ、許してあげる。
そんな場合じゃないから。
「俺は大変嘆かわしい!!」
それで、今私達は教室で先生に説教を受けています。
この世界史の教諭『阿久比 幸洋』はかなり怖い事で有名だ。
それも厳しいのではなく漠然と怖い。
阿久比教諭の最初の授業で一部の生徒が騒いでいたんだけど、この教諭が一喝。
それが無茶苦茶に怖い。
それ以来、この教師の授業前になるともう教室中が静かになる。
眉間に拳銃を突きつけられているかのような圧倒的なまでの威圧力で私たちを微動だにできないほどに縛り付けるのだ。
しかもこの教師かなり理不尽。
現在も阿久比教諭の話し方はこの中に犯人がいると言わんばかりだ。
犯人は現在不明となっているが、生徒の間では『ニ年生のあいつ』が犯人だという噂で持ちきりだ。
つまり一年生である私たちには何の関係も無い。
なのに、この教師は延々と私たちを叱り付けている。
「わかっているのか!?ぁあ!!?」
ただ皆、まるでヤクザ団体の総長のような超眼力に臆し、一言も発する事が出来ない。
反論しようにも視線を向けられただけで震え上がって声が出なくなる。
どんな不良もヤンキーもこの教諭の前では大人しくしているほどだ。
この空気で余裕でいられるのは神勇者の私と死神魔王の美由紀。
そしてもう一人・・・
「おい!黒川!!お前は何を寝ている!!!人の話を聞かんかぁ!!!!」
阿久比教諭が怒鳴る。
これだけでまるで龍が目の前で咆哮を上げているかのように恐ろしくて居竦んでしまう。
ただし一番後ろの席で我関せずとばかりに熟睡しているこの男『黒川 怜治』だけは違う。
「何でしょう?」
言葉だけを聞けば非常に礼儀正しい。
ただ・・・
「何で寝ている!!ぁあ!!?俺の話が聞けないのか!!!!!」
怖い。
はっきり言って怖い。
神勇者の私ですら、アエルディーが憑いていると分かっていても、これだけは駄目だ。
「僕は聞く価値の無い話は聞かない主義なので。」
「んだと!?おらぁ!!」
阿久比教諭は胸座を掴み挙げる。
これでギッと睨みつけられた日には屈強な男子生徒ですら目に涙を浮かべるというのに・・・
「聞こえませんでしたか?あなたの話は聞く価値がないと言ったつもりでしたが、耳が悪いようですね。」
敬語で言うもんだから余計に性質が悪い。
アエルディーも敬語で嫌味を言うけれど、それの比ではないのだ。
「この・・・」
「そもそも何故あなたは僕達を叱っているのです?」
「トイレットペーパーの事件があったからだ!悪意の種は早いうちに摘み取らねばならん!!」
「大層な意見をお持ちのようで。では・・・」
そこで黒川君は一旦口を閉じると、なにやらノートを一ページ切り取って何かを書き、阿久比教諭に渡して、机の上にボールペンとナイフを置いた。
ナイフ!?
「何だ?・・・『私、阿久比幸洋はこの第三高等学校の一年四組にトイレットペーパー事件の犯人がいるという確固たる確信があり、かつその証拠がある。』・・・何だこれは?」
「読んで分かりませんか?それにサインして血判を押せと言ってるんですよ。判子なんて生半可では納得しない。絶対に言い逃れさせませんから。」
もうわかったでしょ?
彼、黒川怜治は腹黒いのではなく素で黒い男なの。
「それにサインが出来るのなら僕は話を聞きましょう。それでこのクラスに犯人がいなかったら、それを然るべき所に持って行きますのでそのつもりで。ああそれと、あなたの話は全部最初から録音してあるので責任のあるお話でお願いしますよ?」
そう言って黒川君は机の中から録音ボタンが押したままになっているテープレコーダーを取り出した。
「・・・」
阿久比教諭は黙った。
それはそうだろう。
証拠も無い、しかし自分の話は全部録音されているから逃げ道も無い。
感情論ではこのまま自分の圧力で黙らせてしまいたいだろう。
だが、冷静な部分で黒川君には何を言っても叩き潰されてしまうであろうことも理解しているはずだ。
「(ねえアエルディー。このクラスに犯人はいるの?)」
「いませんよ。所謂二年生のショウという人間とその一味が犯人ですが・・・」
「(やっぱり噂は正しかったのね。)」
これで阿久比教諭が黒川君の挑発に乗ってしまえば、彼の教師としての人生は終わるだろう。
このクラスには犯人はいないのに、犯人がいると決め付けていたのだ。
ノートの切れ端とは言えあれは誓約書。
誓約書は絶対であり、もしあれにサインしてしまえば裁判では確実に負けることになる。
「・・・」
「黙っていては分かりませんね。」
「この・・・」
阿久比教諭は腸が煮えくり返っているようだ。
顔は既に怒りで真っ赤だし、歯軋りをして唇の箸からは薄っすらと血が流れている。
でも殴ったら懲戒免職どころか刑務所行きもありえる。
どちらにせよ、このまま黒川君を攻めても負けるだけだ。
−ガシャァン!−
いきなり何が起こったのかと思ったら、阿久比教諭が黒川君の机を蹴飛ばしていた。
まあその怒りは分からないでもない。
でも理不尽に私たちを叱った阿久比教諭に同情は出来ない。
「やれやれ・・・これだから、冷静な理論的思考の出来ないクズは困る。」
今度は黒川君が毒を吐き始めた。
テープレコーダーを止めている辺りは流石と言うべきか・・・
「んだとおら!?」
「もはやそこらのチンピラと大差ない。感情に囚われて合理的理性的な判断を下せないクズは今すぐ教師を辞めろ。」
きっつ!!
これはきつい。
「悪の芽?馬鹿馬鹿しい。何を持って僕達を犯人と決め付けるに至ったのか知らないが、この誓約書にサインも出来ないほど信用性の無い情報でここまで強気に僕達を叱れるとは大したクズですよ、あなたはね。」
敬語での悪口は相当堪える。
もう阿久比教諭は言葉も出ない様子だ。
特に黒川君の十八番『クズ』が出ている状態が良くない。
『クズ』という悪口は数ある悪口の中でもかなり堪えるものだ。
特に目上の人間に対しては計り知れない破壊力を誇る。
「最初に言ったように聞く価値の無い話は聞かない主義だ。僕は犯人じゃない。だから犯人を叱り付ける文句は聞く必要がない。その理屈、あなたの足りない頭でも多少は理解できるでしょう?」
こんな暴言吐いたらそれで捕まりそうなもんだが、阿久比教諭は既に冷静な判断力は失っている。
司法に訴えかけるなんて考えれていないだろう。
−ガラララ・・・ピシャン!!−
阿久比教諭は一言も発する事無く教室から出て行った。
「どうだ!!」
黒川君は教壇の前まで言って、演説のように手を広げる。
「ナイス黒川!!」
「流石は四組の悪魔王!!」
「悪・口先の魔術師!!」
「レイちゃん!グッジョブ!!」
「お前は最高だ!!」
皆口々に黒川君を称える。
教師には相当ウケが悪いが、同級生や近い年齢の人にはフレンドリーなので友人も多いし尊敬もされている。
彼を裏切って敵に回すというのが怖いのもあるが、結構ノリが良いので普通に友達になれる。
ただ、絶対に大人には好かれない。
「やっぱり流石よね?」
黙って見ていたら美由紀が話し掛けてきた。
凄いとは思うけど・・・
「あれはやり過ぎでしょう?」
「あら?そうかしら。」
美由紀はどちらかと言えば黒川君支持派のようだ。
「(ねえアエルディー?)」
「・・・」
「(どうしたの?)」
「え?ああ・・・何ですか?」
何かアエルディーも黒川君の方を見ていた。
ただ、なにやら対抗心を燃やしているように見える。
まあ確かに、アエルディーと黒川君は似ているところもあるけれど、言葉の破壊力が桁外れに違う。
彼と面と向かい合って口論しても絶対に叩き潰されるだろう。
しかも正論で。
この世に彼に口論で勝てる人間など居ない・・・と思う。 |