Q2:前話 先生のいけず
この物語はフィクションであり、実在の人物・場所・宗教には一切関係しませんが、ご不快でしたら御免なさい。
バチカン法皇国の中枢サン・ピエトロ大聖堂内では、ずいぶんと物騒な話し合いが行われておりました。
千人の聖騎士、<虫>の加護を賜った枢機卿、そして<先見>の加護を賜った枢機卿、この二人の<加護>によって行なわれた浄化作戦が思わぬ横槍によって想定未満の成果しか得られなかったためだ。
用意した十の卵は三年の後に異端者の国、西ハープスブルクの異端者達を浄化し、幾百万に増殖した黒カマキリさん達をその権能で指揮して、異端者最大の国家である仇敵フランク帝国を滅ぼす予定であったらしい。
それが、グローセ王国の横槍のために頓挫したのだ。よくやった、俺。
作戦名は「ネロカヴァリエーレ」ヨハネの黙示録に現われる第三の騎士である黒の騎士にあやかった作戦名。
黒カマキリさんの色と「荒廃」を司るその生き様にあやかったのですね。
確かにクール地方から始まった行軍により、リヒテンシュタインからチューリッヒ、そしてベルンまでの土地を完全に「荒廃」させてくださいました。
おかげさまで西ハープスブルクの人々は大混乱で御座いますよ。
「ラウロ枢機卿の<先見>によって予言された顛末とは、随分と異なる結果になったもんだな」
聖騎士団長ロンバルディ枢機卿が皮肉の色をこめた声で語る。
もともと騎士と言う身分を併せ持つ彼にとって、虫ごときにカヴァリエーレ<騎士>を名乗らせること自身が不快だったのだろう。
黒カマキリさん達に失礼な! 彼等は立派な騎士達だったよ!! 矛を交わした者同士の友情にかけて俺は抗議する!!
元々、貴様等が余計な真似をしなければどこか遠方で殺伐とした生存戦略という平和な生活を送っていた筈なのだから、黒カマキリさんこそが被害者……被害蟲? えーと、なんだっけ? とりあえず、お前等が全部悪い。
「<先見>の加護と言えど、あまりに遠くの未来は見通し難いことについてご存知でしょう? ロンバルディ卿はこの成果にご不満のようだが、ただ時を待つだけで西ハープスブルクの半数が浄化できたのですから、これはむしろ賞賛されるべき功績だと思うのです」
確かに作戦失敗の責任を追及しようにも、国土の半分と呼べるだけの戦果があったのだから、これは功績と呼ぶべきなのかもしれない。想定どおりの大戦果を得られなかったからと言って、戦果を功績と認めないという道理はない。
なにしろ、悔しいことに法皇国側の損失はゼロだったのだから。
「ものは言いようだな。功績を誇ると言うなら西ハープスブルクの一国くらいは落としてからにしてほしいものだ」
ロンバルディくんが鼻で笑う。
<剣>と<鎧>の二重の特級加護を持つ法皇国の人間兵器はこういった策謀を嫌うようだ。
ただ、<鎧>の加護のぶんだけ保守的なところがあるのかもしれない。
レオ兄様は「ガンガン行こうぜ!!」以外のコマンドを持たないが、彼にはもう少しだけ知性を感じるところがある。
「それで、次の策は用意してあるのだろう? <先見>のラウロ卿よ」
ラウロ卿は皮肉を微笑みでかわして頷く。
「この先、西ハープスブルクとフランク帝国の間に緊張関係が生まれます。その間隙をつき、オルダーニ卿の<虫>の加護を用いてフランク帝国内にネロカヴァリエーレを進軍させます。まずはニースから海沿いにマルセイユまで。するとフランク帝国軍は軍を二分し、リヨン経由でマルセイユに向かいます。十分にマルセイユへ惹き付けたところで聖騎士団の手によりリヨンのノートルダム大聖堂を奪還していただきたい。そしてリヨンとマルセイユの狭間で進退極まったフランク帝国軍の一翼を聖騎士団とネロカヴァリエーレの挟撃により浄化いただく次第です」
ラウロ枢機卿が微笑みを崩さずに述べた。
「そんなに上手くいくものか? いや、行くんだろうな。<先見>のラウロ卿がそう言うのなら」
未来予知の<加護>を持つ人間の言動だ。
信じないわけにもいかないのだろう。
<加護>とは唯一の神、天上の父から与えられた聖なる恩寵なのだから。
お前んなかではな。
「そもそもご自慢のネロカヴァリエーレの数は足りているのか? ニースにもそれなりの兵が常駐しているはずだが? <虫>のオルダーニ卿。どうやって数を揃えるつもりなのかお聞かせ願いたい」
ロンバルディくんの疑問も最もだ。
スイスこと西ハープスブルクの黒カマキリさんたちは根絶しちゃいましたよ?
「まだ、卵が残っております。あとは国内の異端者たちをネロカヴァリエーレたちに浄化させ数を増やしましょう。二十万もあれば事足りるでしょうから、異端者を年老いたものから順に三十万匹ほどの数を集めれば良いだけのことです。あとは使い物にならなくなった家畜なども少々、これで十分です」
奴隷大国万歳。
餌となる異端者には事欠きませんかそうですか。
枢機卿会議と銘打ったわりには実に血生臭く慈悲も慈愛も感じられない内容ですなぁ。
「なるほど、たしかに浄化だ。虫とは言え、異端者を天上の父のための尖兵に生まれ変わらせるのだから、じつに良い表現だ」
はっはっはと笑うロンバルティくん。
笑いどころが違うのはカルチャーギャップのせいでしょうか?
「此度はネロカヴァリエーレの他に、ロッソカヴァリエーレも用意いたしますので、ニースの奪還は実に簡単に終るでしょう。準備の期間として三ヶ月ほど頂ければ。その時期はジャガイモの収穫も終えた後になりますので、ちょうどよろしいかと思います。そして雪が振りはじめ、行軍が困難になった後こそ両カヴァリエーレの本領が発揮されますゆえ、ぜひともご期待くだされ」
オルダーニ卿は民衆のことも含めて戦争を考えてるんだなぁ。
偉い。どこかの戦争馬鹿に爪の垢を飲ませたい。
あとカマキリさん達は冬眠とかしないのですか。
雪に孤立した街を次々に、というのはゾッとしないな。
「はい、冬の間の異端者に対する浄化のお勤め、期待しております」
ラウロ卿も満足そうです。
そしてロンバルディくんは面白くなさそう。
やっぱり軍人として虫に戦功を奪われるのはいやなのね。
冬の間、人間の軍隊はなかなか動けないものね。
これでバチカン法皇国の作戦会議も終ったので、こんどはこちらの作戦会議と参りましょう。
しかし、ロッソ? 新種のカマキリさんですか?
『ロッソカヴァリエーレと呼ばれる種に正式な学名は御座いませんが、群蟲種の甲殻型両腕刀剣類の一種で、催眠性のガスを吐き出します。これに人間や亜人が接触すると狂乱状態に陥り、敵味方なく殺し合いを始めます。こうして殺し合わせた獲物の死肉を食らう生態を持ちますのでスカベンジャーの一種とも考えられます。ちなみにロッソの意味する通りで色は赤をしています』
自らの手を汚さず、殺し合いをさせて、それを食らう生き物か。
赤いくせに自分の手を赤く染めるのは嫌うのか、自然界って素敵だな。
赤カマキリさんと命名しますので、以降の呼称は、それでよろしくお願いします。
『かしこまりました』
ちなみに黒カマキリさんとどちらが強いの?
『黒カマキリ側には超硬度の甲殻があり、赤カマキリのガスにも耐性がありますので基本的には黒カマキリが勝利するでしょう。また、黒カマキリと赤カマキリは亜種であり、同族意識は無く、本来は互いに捕食関係になります。今回の敵性生命体の作戦では<虫>の加護を使用することにより強制的に同行させる予定だと思われます』
<虫>の加護かぁ。なんたるチート。
さらに未来予知の<先見>の加護とはなんたるチートか。
未来予知の<加護>とgoodfull先生の過去視の勝負、一体どちらが勝つのでしょう?
さて、面白くなってきました。
『カール様。私は四次元時空から遊離した存在なので<加護>の効果が及ぶ範囲にはおりません。ですので勝率は100%となります』
面白く、なってきたのに……。
先生のいけず。