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山羅くんの不幸
作:紫水晃



第6話 彼女の正体


 



「あの……」

 僕が後悔しているときでした。真中さんがギュッと僕の服の袖を掴んできたのです。

「なに?」

 僕は笑顔を向けます。若干、引き攣っているかも知れませんが。

「諏訪さんと存くんは……付き合ってるわけじゃないんだ?」

「違います! 夫婦です!」

「違う! 誤解だ!」

「五階でしました!」

「だからどこの五階だよ!」

 そんなやりとりをしながら、興奮冷めやらぬ語気で五階……じゃなくて、誤解を解きます。

「……………まあ、こんな感じで、一方的な、ワケで……」

「………………そっか」

 なにを納得したのでしょうか。

「それじゃ、まだ負けたわけじゃないんだ」

 と、新たな気持ちに切り替えたような雰囲気を感じました。

「え?」

 ……まだ負けたわけじゃない……?

「…………ねぇ、存くんは昔のことを覚えてる?」

「昔?」

 昔とはいつのことでしょうか。

「うん。……幼稚園にいたときの頃とか」

 僕は昔を思い出そうとして…………苦笑いして、答えを返します。

「…………ううん。全く覚えてない」

「……そっか」

 真中さんの顔は見えませんでしたが、なぜか寂しげな表情をしているんじゃないかと感じました。

「私は覚えてる」

 そのはっきりとした口調になにが含まれていたのか。……今の僕には気付かないのでしょうね。

「私がまだ幼稚園に通っていた頃、仲の良い男友達がいたの。……私が引っ越さないといけなくなったとき、その男の子はある約束をしてくれたんだ」

 真中さんが、僕と向かい合いながら言葉を紡いでいきます。

「私は今日まで、その約束をずっと覚えていたんだよ。ずっと、……ずっと……」

「真中……さん?」

「タモくん。私は――――」

 そのときでした。ちょうど昼の終わりを告げるチャイムが鳴ったのです。


 キィーンコォーンカー…ゲホッ! ゲブフォブゴファッ! グ…ゴフ………………こ、……校長? こうちょぉぉォォォオオ!!!! ……(ブツン)


((なにがあったんだーッ!?))

 全校生徒の心の叫びが一つになりました。

「ってか、校長先生だったのかよ!!」

 いろんなツッコミ所満載ですが、僕は改めて真中さんに聞き直しました。

「え、えと……それから?」

 すると真中さんは、

「……教室に戻らないといけないね」

 くるりと僕に背を向け、歩き始めました。

 ……と、すぐにピタリと止まります。

「あ、今朝のHRで言いかけたことを言っとくね」

 え? ……………あ、ただ……、の続きかな?

 それにしても真中さんは誰に向かって言ってるのでしょうか。僕に……だと思いますけど、僕だけに向けられた言葉ではないと思います。

「……タモくんに彼女がいて、残念だな……と言おうとしたんだよ」

「へ?」

 僕はポカンとしました。それはいったい、どういう……?

「私、負けないから」

 そして再び歩き始めた真中さんの後ろ姿を、僕はただ見つめることしかできませんでした。

「…………………」

 諏訪さんも、また。

「…………ハァ」

 後ろで、誰かが溜め息を吐いた音が、微かに耳に入ってきました。



……………………………



 六時限目。本当は体育をする予定だったのですが、突然の全校集会になりました。

 やはり校長の身になにかが。みんな口には出しませんでしたが、そう思っていました。

「まだかしら……」

 泉水の退屈そうな声がすぐ側で聞こえました。生徒が集まって十数分が経ちましたが、まだ何も起こりません。

「ってなんで君がここにいるの?」

 なぜA組の彼女がここにいるのでしょう。

「暇だから」

 あ、そうですか。

「文句ある?」

「ありません!」

 あるとしたら、釘バットを平気で体育館内に持ってくる生徒を注意しない先生です。

 しかし、それにしても真中さんはどこにいるのでしょうか。途中までは一緒だったのに、体育館に来てから姿が見えなくなったので心配です。

「ふわぁ…ぁ……。こうただ待ってるっていうのも退屈だわー」

 欠伸をしながら泉水が言いました。

「あーあ、なにか面白いことないかなぁー。……あ、そうだ! ねえ存。今から死んでくれない?」

「なにその残酷な要求!? ぜんっぜん面白くないよッ!」

「じゃあ漫画買ってきて」

「パシリっすか!? ……まあいいや。今は無理だけど、なに買えばいいの?」

「エロ本十冊。そして女性定員がレジにいた場合には『君のお勧めのエロ本はなんだい?』といやにカッコつけてしつこく尋ねる」

「なにそれっ!? 嫌がらせ!? ってか読むの!?」

「あんたが」

「なんで僕が!?」

「あんた持ってるじゃない。部屋をあさってたら見つけたわよ」

「へ…………? ……な、なにぃ!? いつのまに!」

「……その反応からすると、やっぱりあんたも立派に男の子してるみたいね」

「…………なッ!?」

 ゆ、誘導尋問……。

「存さん、始まるみたいですよ」

 僕がしてやられてガックリ落ち込んでると、諏訪さんが耳元で囁いてきました。あれ? ……他の生徒達はすでに静かになってるから……ハッ! 今さっきの会話聞かれまくり!?

「……………………」

 ハハ………心なしか女子からの視線が痛いや。

「安心してください存さん」

 諏訪さんがにっこりと微笑みました。

「存さんがお姉さん系の本しか持ってないことはバレていません」

 ……いま君がバラしてるんだよ!

 そう叫びたかったですが、認めてしまうのと同じなのでやめました。

『やっと山羅存くんが黙ったようなので始めます』

 僕待ちだったの!?

 すみませんと思いながら壇上を見ます。校長先生がマイクを持っていました。生きていたようです。

「……………チッ」

 どこからか舌打ちが聞こえたので、聞こえた方を見ると、憎々しげに顔を歪めた教頭先生の姿が見えました。……今、僕は校長先生と教頭先生の人間関係の裏を回間見たような気がします。

『えー、みんなが集まってるもらったのは他でもない。転校生のことです』

 そこで横から……あ、真中さん……が歩いてきました。なるほど。どうりでさっきから姿が見えなかったわけです。

『えー、彼女は事情があって二日遅れて来るようになりました。そしてこんな格好をしているのにも理由があります。なぜだと思うかね山羅くん』

「へ!?」

 突然のご指名です!

「わ、わかり……」

「わからないと答えたら退学だ!」

「えぇー!?」

 僕は必死に考えます!

 そして言いました。

「罰ゲームですか!?」

『ではその理由を彼女からどうぞ』

 スルーされました。……泣いてもいいですか?

 僕が本当に泣きながら壇上を見ていると、校長先生からマイクを受け取った真中さんが、

『皆さん、初めまして』

 そう言って、マスクと変な帽子とサングラスを外しました。



真中百合まなかユリ……芸名・田茂百合です!』



 ………………………………………………………………………………………………………………な、


「「なにぃぃぃぃ!!??」」


 その瞬間、爆発したような怒号が轟きました。

「……………………」

 その中で、僕はただただ口をあんぐり開けっぱなしです。

 今朝、写真で見た女の子が、実際にここの制服を着て目の前にいるのです。

 もう、なにがなんだか。

 周りを見ると、様々な反応をする人がいました。その美しさに見惚れてる者、奇声を上げる者、感激で涙を流している者、服を脱ごうとする者、まさに阿鼻叫喚の地獄画図…………ってソコォ!!

 数人がかりで服を脱ごうとした人を取り抑えます。

「止めないでくれ友よ! 俺は自由になり空(彼女)を目指すんだ!」

「やめてくれ友よ! その先には自由のない籠(刑務所)しかない!」

 ……こんな奇行をする人を出させるほどの有名なアイドルが、目の前にいるのです。なるほど、だから真中さんは変装していたのですね。納得です。

『高等部一年B組の山羅存くん!』

「はぃい!?」

 突然フルネームを呼ばれ驚きます。見ると、壇上にいる真中さんが、こちらを見ていました。

『これから君のことをタモくんと呼んでもいいかな!』

「いいとも!」

 ……ハッ! 思わず言ってしまいました。一度言いたかったんだよなぁ……って違う違う。というか真中さん、テンション高いですね。もう自分を隠す必要がないからかな?

『それじゃあタモくんは私のことをユーちゃんと呼んでもいいですよ!』

「え? でも……」

『ユーちゃんと呼んでもいいですよ!』

「あの、」

『ユーちゃんと呼んでもいいですよ!』

 なんかデジャヴがします。

 僕は恥ずかしさがいっぱいでしたが、なんとか声を発します。

「ゆ……ユー…ちゃん」

『はい!』

 すると、真中さん……改めユーちゃんは、輝かしいほどの笑顔を僕に向けました。

 そう、僕だけに。

「……って、うわ諏訪さん!?」

 突然、諏訪さんが僕に抱きついてきました!

「な、なに!?」

「存さん! 私のことはこの卑しいメス豚と呼んでください!」

「絶対イヤだよ!?」

「では日登美と呼び捨ててください!」

「え? ひ、……日登美…さん?」

「違います! 肉奴隷です!」

「変わってるじゃん!?」

 あまりにも必死だったので素直に従うことにしました。

「ひ、日登美……」

 うわぁなんか恥ずかしいです。

「………………」

『………………』

 ま……ユーちゃんと、す……日登美が睨み合っています。どうしたのでしょう。この二人はなぜこんなにも険悪になってしまったのでしょうか?

「存さんは……誰にも渡しません!」

 そう高らかに宣言します。……やめてほしいです。男子達から殺気を通り越して殺意を感じます。

「ヤ・マ・ラ・きゅん?」

 ガッと、誰かに肩を捕まれました。

 恐る恐る後ろを振り返ると、

「……ヒィッ!?」

 血の涙を流す男子達がいました!

「ねえ、体育館裏に行こうよ♪」

 声が楽しげです。それは、僕を殺せる喜びからなのか。

「……た、助けてぇぇぇぇッ!!!!」

 僕は逃げ出しました!

「「待てやコルァ!!」」

 そして追い掛けてくる男子生徒達!

「…………………」

『…………………』

 ユーちゃんと日登美は、僕が死の危険に陥っていても、ずっと睨み合っていました。

 ……そして僕は、体育館からとうとう学校外に逃げながら、心の中であらん限り叫びました。



 ……まだ二日目なのに、これからの学園生活どうなるんだよぉぉぉ!!






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