第5話 食堂にて永眠
「……私、思うんだ。存は死ぬべきなんだって!」
「そこのキミ!? なに恐ろしいことを言ってるのかな!?」
昼休みになりました。すると泉水がわざわざA組から弁当を持ってきてそんなことを言うので僕は泣きそうです。
「あ、あのー」
そんな僕達の間に、散々休み時間に質問攻めに合い、なかなか話す機会のなかった真中さんが割って入ってきました。
「え、なに?」
僕は地獄に仏だと喜んで近付きます。
「……あなた誰?」
一方、初対面の泉水は警戒して離れます。当然の反応ですね。
「あ、私、真中百合で………………え? もしかして、……ハナ、ちゃん?」
「…………ハナちゃん? って、……え? 真中百合? ……あ、あなた、もしかしてユーちゃ、」
「………………………」
真中さんは一瞬で泉水の背後に回ると、無言で口元を掌で覆いました。まるで訓練を受けたプロの暗殺者みたいです。
「い、……つ……………に??」
「……内緒に……さい」
なぜか小声で話し合っているのでここからは聞き取れません。どうしたのでしょうか?
そしてしばらくして、泉水が観念したような口ぶりで溜め息を吐きました。
「……わかったわよ」
僕はいま、奇跡を見た!
なんと泉水が言い負かされたのです!
二年前、中学生にして初めて警察に捕まってしまったとき(なぜ捕まったかは死んでもというか結局泉水に殺されるから結局死んじゃう!? ……から言えません)鮮やかな口上で手玉にとり、全ての責任を僕に背負わせた悪魔が、負けたの…です……。あれ、なぜだろう。涙が止まりません。
「じゃ、存。とりあえず逝っとく?」
「なぜにぃ!?」
泉水の死の連撃を死ぬ直前に体験するというスローモーションに見え、それでなんとか避けます。
「僕がなにをした!?」
「ムカつくだけよ」
ムスッとした表情をして、僕と真中さんを交互に見ます。
「……な、なに?」
僕がびくびくしながら尋ねると、泉水は頭を軽く押さえて深い溜め息を吐きました。
「ユ……真中さんの面倒、見てあげなよ」
そう言って一人、黙々と弁当を食べ始めます。……あ、待って。その弁当、僕の……。
「……真中さんも食堂かな?」
僕は涙を堪えながら聞きました。
「僕もいま必然的に食堂に行くことになったんだけど、一緒に行く?」
「……え?」
なにやら驚いたような声を出すと、なぜか諏訪さんと僕を交互に見てから遠慮がちに頷きました。
「………………うん」
「もちろん私も行きますよ」
諏訪さんがすぐに僕の左腕に抱きついてくるので、僕は男子達の殺気を背に受けながら教室を出ることになりました。
小・中・高等部と違いますが、高等部の食堂は大広間で、ちょうど高等部棟の真ん中に位置するところにあります。近くには中庭もあり、とても広く見えます。まるでここだけホテルのレストランのようです。
「うわぁ………広いなぁ」
「広い…………ねぇ」
僕と真中さんは感心したように息を吐きます。高等部の学生全ては余裕で入れるんじゃないかというほどの広さです。
「存さんのズボンのチャックの隙間から見えるのは、黒柄のパンツですか?」
「どこ見てるの!?」
というか早く教えてよと思いつつ、赤面しながらチャックを閉めます。
「私も黒ですよ」
「教えてもらっても困るから!!」
「夜にどうせ確認するからですか?」
「どうせってなに!? しないから!」
「そうですよね。いくら存さんでも×××××プレイを強要しないですよ……………ね?」
「なにプレイ!? あまりにも過激だから伏せ字になったよ!? というか最後のもったいつけ方やめてよ! ものすごく怪しく聞こえるじゃないか!」
「……あの」
真中さんがちょんちょんと僕の袖を掴みました。
「え、な、なに?」
「みんな、見てるよ……」
「……ハッ!?」
食堂に来ている全ての人が僕を見ていました。……や、やめて! そんな人としての尊厳を否定するような白い目はやめて!
僕が自分に向けられる視線に体を丸くしていると、真中さんもまた体を丸くしているのに気付きました。
「……やっぱり目立つのかな」
「ま、まあ、目立ち過ぎると思うけど」
「……ごめんね。注目されるのって嫌だよね」
「安心して。不本意だけど、注目されるのは慣れてるから」
「え、存さんは露出狂なんですか?」
「なんでそうなるの!? 君のせいだからね!?」
初日の『夫婦です』発言のせいで僕はずっと注目されているのです。ホント迷惑です。
「それではなににしましょうか?」
近くの空いている席に座ると、諏訪さんが壁際の注文表を眺めながら僕に意見を求めてきました。
「うーん……そうだなぁ……」
その中からどれを食べようかと選んでいると、メニューの下になにやらボタンがあるのと、右脇にお金の投入口があることに気付きます。なるほど。どうやらここにお金を入れて食べたいメニューのボタンを押すと作って持ってきてくれるみたいです。
「あ、私は、……………存くんは、なに食べる?」
「え?」
いきなり名前で呼ばれたので少し驚きます。
「う、うん。僕は……あ、この【夢の続きを…】にするよ。どんな料理かは不明だけど」
すぐ下にある【死ぬな】というシンプルすぎて怖いのを絶対押さないようにしながらボタンを押します。
「真中さんは?」
「……じゃあ、私も、同じので」
そう言って僕が押したボタンを真中さんが再び押しました。
「私は……【肉欲の限りを尽し】にします。まるで存さんみたいですね」
「なんで!?」
そうして待つこと数分。注文したのが来ました。
「お待たせしました。【肉欲の限りを尽し】は?」
「はい」
諏訪さんが配給係の人から受け取ったのは、なるほど、豚肉鶏肉牛肉馬肉屍肉…………屍肉!? ……をふんだんに使った肉料理でした。
「【夢の続きを…】は?」
「はい」
僕がお先にと手振りしたので真中さんが手を挙げて返事をします。
「素晴らしいファッションですね」
本気なのか冗談なのか、配給係の人は笑顔です。
「【死ぬな】を選んだチャレンジャーはあなたですね?」
「はい!?」
僕の声が裏返りました。
「僕も【夢の続きを…】なんですけど!?」
「安心してください。青酸カリは少量です」
「少量でも致死量なんですけど!? 夢の続きどころか永眠だよ!」
叫んでも覆せず、目の前に料理が無慈悲にも置かれます。……ちょっと待って。真中さんも同じボタンを押したじゃないか! どういうことだこれは!
「……………」
「……………」
「美味しそうですね」
一人おかしい人は除けて、僕と真中さんは無言になりました。
「これは……?」
「企業秘密です」
配給係の人は終始笑顔のまま去っていきました。
後に残されたのは、形容できない産物でした。
……………
……………………
………………
…………………………………
…………
「……ハッ!」
僕は顔を上げました。
「大丈夫ですか?」
諏訪さんがハンカチで僕の顔を拭いてくれます。
「僕は……いったい……?」
「一口食べた瞬間に倒れたんです」
「…………こ、………こんな料理を……なぜ置いて……」
「自殺志願者のためみたいですよ」
「こ、……この学校は……自殺を容認しているのか……」
メニューにあるのだから食べられると思った僕が愚かでした。まだくらくらする頭を振り、ゆっくりと立ち上がります。
「……僕、決めたよ。二度とこの学食には来ないと」
「素晴らしい決意ですね」
そして真中さんに顔を向けます。
「真中さんもごめんね。心配かけちゃって……」
「ううん。でも良かった。存くんが無事で」
「…………………」
そのとき、無言だった諏訪さんがいきなり僕をぉぉォォッ!?
「なにするの!?」
「抱擁です」
「こんな所でやめてよ!」
諏訪さんが真正面から抱き締めてくるのだから大変です。……こ、この柔らかな感触はぁァ☆◇×♀!?
「存さんが悪いんですよ。一夜を共にした私というものがいながら!」
「し、してないから! …………あ、いや確かにしたけど! 諏訪さんが勝手に僕の布団の中に入ったから一緒に眠ったけど!」
「寝たと言ってください!」
「意味合いが変わるだろ!」
いったい何を怒っているのでしょうか。理由を尋ねます。
「……私にも構ってください」
こ、子供ですかあなたは……。
「………………」
すねた瞳で僕を見てきました。
「………う。わ、わかったよ! わかりました! それでどうしたらいいの?」
「抱いてください」
「………………」
「………………」
え、と…………どの、抱いて、なのでしょうか?
もし聞いたら変な答えが返ってきそうなので、先手必勝。さっき諏訪さんがしてきたように、僕も抱き締めました。
「…………………」
周りの視線をとても感じます。そして静かです。僕は五秒で堪えられなくなり、バッと離れました。
そして諏訪さんは震えながら鼻から下を手で覆うと、顔を真っ赤にして、
「さ、最高です!」
(なんか鼻血だしてるーっ!)
ダクッダクッと指の間から鼻血を流して親指を立てました。
「あんたらなにやってんの?」
そこで泉水登場です! またいきなりです!
「た、存さんが……私を犯そうとしたんです!」
「なにを言ってんだ君はァッ!?」
そんなこと言ったら破壊神が降臨するだろ!
「……はぁー。存。我慢できないなら保健室なり体育館倉庫なり行きなさい」
「い、泉水…………?」
呆れています。……なぜでしょうか。肉体的ダメージは回避できたのに、精神的ダメージを喰らいました。
「でもあんたが自分から女子に向かって抱きつくなんて初めてなんじゃない?」
……普通、そんなことしたら捕まるから出来ませんよ。
そしてようやく鼻血が収まった諏訪さんが、唇を震わせて僕を見つめてきました。
「わ、私が、存さんの初めての相手なんですか?」
「……そうだよ。そうだけどさ……やめてよその言い方!」
後悔……後で悔いても仕方ないとはこのことです。
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