第54話・トリプルデート?【閉幕編】 そしてこれからを
「ふぁー……ぁ……」
月曜日の朝。僕は学園への通学路を一人で歩きながら大きな欠伸をします。隣に日登美はいません。今頃ベッドの上で『あと五十分……』と寝言を言っていることでしょう。
……昨日、十二時過ぎまでババヌキをしていた僕は体力気力共に限界になり、いつの間にか寝てしまったようでした。朝起きると、体に毛布……ではなくスマキを巻かれていてなにかの嫌がらせだと受け取り、ベッドでぬくぬくと眠る日登美を起こさずそのまま家を出たのでした。それぐらいのバツを与えてもバチは当たらないはずです。
そうして学園の校門付近に差し掛かった頃でした。校門前から誰かが僕を呼び掛ける声が聞こえてきたのです。
「タモくーん!!」
その呼び方をするのは一人しか該当しません。
「あれ、ユーちゃん?」
息を弾ませながらやって来るユーちゃんを見て目を丸くします。今の彼女の格好は制服ではなく私服なのです。そんな僕の視線に気付いてか、ユーちゃんは少し苦笑して答えてくれました。
「今から仕事なんだ」
急いでいるようで、焦ったようにユーちゃんは懐から小さな紙を取り出すと、それを僕の手へと握らせました。
「これは?」
「私の連絡先だよ」
パチリ、と片目を瞑ってウインクします。
「えへへ……。昨日渡そうと思ってたのに忘れてたから、今日渡そうと思って。それじゃ、タモくん。用がないときでも、いつでも掛けてきてね♪」
男女問わず虜になりそうなとびっきりの笑顔を向けたあと踵を返し、校門前に停めてある車へと走っていきます。それに乗ると、すぐさま車は発進して見えなくなりました。
「……………………」
僕は呆然と立ち尽くします。あの笑顔にやられてまだ心臓が早鐘を打つように高鳴っていましたが、やがてのろのろとした動作で手渡された紙を見ると、そこにはユーちゃんのメアドと電話番号が可愛らしい文字で書かれていました。
「……はぁ……」
思わず息が漏れます。これは凄いことであることに今更ながらに気付いたからかも知れません。僕はあの天下のアイドルと友達になったんだと。
それを大事に懐にしまい、僕は少し足取り軽く校門を目指しました。
……その瞬間。
「存ッ!!」
聞き覚えのある声がすぐ後ろで聞こえたと思うと、腰に鈍い衝撃が走り、意識が飛び出しそうになりました。
「……クッ……グ……!」
でもなんとか意識と命を繋ぎ止め、涙目を浮かべて後ろを振り返ります。こんな危うく殺人事件を起こしてしまいそうな人物は一人しか該当しません。
「なにするんだよ桐花!」
怒鳴っても桐花は平然としています。というか、なぜか桐花はかなり不機嫌のようでした。
「……ねぇ、存?」
「な、……なんでしょうか桐花様?」
人殺しの目をしている桐花様に僕のような畜生はなにも言うことはできませんでした。
「……山田花子って、誰なの?」
「ひゃいッ!?」
な、なんで桐花が僕(女装バージョン)のことを知ってるんだ!?
僕はうろたえるも、なんとか当たり障りなく答えようと努力します。
「え、えーと……その、た、ただのイトコだよ」
「……ただのイトコが、なんであんたと身と心を一つにするのかしら?」
おかしい。笑顔なのになぜこんなにも殺意に満ち溢れてるんだ。
「じ、冗談だよ! あの人はそういうのが好きだから!」
「…………本当?」
「うん!」
「嘘だったら死ぬ?」
「う……、うん!」
「……わかったわ。あんたを信じるわ。死になさい」
「なんで!?」
信じてないじゃん! とツッコミを入れる前に神速の釘バットの一撃が僕の頬を霞めます。
「……………………!」
ガクガクブルブルと震える僕の耳元に、桐花の吐息がそっとかかります。
「…………もし嘘だったりしたら、今のを迷わずあんたの眉間に当てて――えぐり殺すからね?」
「……は、はい……!」
頬に一筋の鮮血が垂れるのを感じながら何度も頷きます。
「よろしい」
ニッ、と笑って桐花は釘バットを異空間へとしまいました。
「はぁはぁはぁ……」
未だに跳び跳ねる心臓をなんとか落ち着かせながら、桐花と昨日のデートの話をしながら学園の中へと入っていきました。
そして僕の教室の前で桐花と別れ、いざ教室の中へと入ったときでした。
「「「山羅ァッ!!」」」
教室にいる全ての男子が僕に彫刻刀を向けてきたのです!
「な、なにっ!? ナニゴトですか!?」
僕は教室に充満している狂気とみんなが持ってる凶器にたじろぎます。
「俺は今、お前が心底憎い……!」
「俺なんかこの世に生まれ出たときからお前が憎かった……!」
「そんなの知らないよ! それから寿松木くん! 『体中に卑猥な言葉を彫って、彫り殺してやる』なんて物騒なこと呟くのやめてよ!」
「……ところで山羅、お前さっきから腰をさすっているけどどうしたんだ?」
「え? これは桐花、」
「やっぱりな……! 三人を同時に相手にしたっていう証拠だ……!」
「はい?」
「そりゃ腰も痛くなるよなぁオイ!」
「人の話聞いてる!?」
「山羅ァ! てめぇ! いったいどこまでやっちゃったんだァ! あァン!?」
「なにもやっちゃいないよ!」
「嘘を吐くな! 俺は見たんだぞ! お前が昨日、公園で三人と……!」
な、にぃ!? み、見られたのか!? 僕が、三人と公園で……。…………?
「なにもしてないよ!?」
というか、三人が一度に介したことはなかったし!
「嘘を吐くなァ!」
「嘘じゃない!」
「そうです嘘じゃありません! 存さんは私とだけしたのです!」
「そうそう…って違う!? き、キサマ日登美! いつの間に来た!?」
「今から二分ほど前です」
「今から二分……って、僕とほとんど一緒じゃん!?」
「はい。存さんの後ろでつけて来ましたから」
「君なにしてんの!?」
「存さんの女装姿を写真に納めてました!」
「違うよ! いつの話をしてるんだ君は!?」
「昨日です!」
「き、昨日……? まさかまた寝てる僕に……!」
「そうじゃありません! ヤマランドパークで……あ!」
「え? ヤマランドパーク……?」
「な、なんでもありません! それより皆さん! 私は昨日! 存さんとイロイロなことをしました!」
「「「なにぃッ!?」」」
「日登美ィィィッ!? キサマなに煽ってるんだよ! クソッ! みんなが彫刻刀で鉛筆を一生懸命削り出したぞ! 鋭くして僕を刺すつもりだな!」
「違ぇよ! それに削ってるんじゃねぇ! お前への恨み言を鉛筆に彫って学園中に配るためだ!」
「なんのために!?」
この教室の男子はなんて愉快な人達なんだろう。それに比べたら女子は……。
「チィ……。昨日はせっかく山羅を殺せる絶好のチャンスだったのに……」
「あのキモい着ぐるみを我慢して着たのに逃げおおせやがって……」
「嗚呼……断末魔の叫びが聞きたかった……」
……なんて、なんて過激なんだ……! いったいなんのことを言ってるのかよく分からないですが。
でも、大丈夫! このどうしようもないクラスにもまだ唯一の希望がいるのだから!
「おはよーっす。みんな元気にしてたかー?」
おお、ちょうどいいところに!
「先生ぇ! みんながなんかおかしいんです!」
いつも通りかも知れませんが、そう泣きながら飯島先生に近付くと、
「うぉ!? おい山羅! キモいんだよ近寄んな!」
「一番酷い!?」
先生としてあるまじき暴言です! これは教育委員会に訴えるべきかな。
「あー、もう……」
頭を抱えてうずくまりたい気分です。僕はこれから三年間、この致命的におかしいクラスと過ごしていくと思うと真剣にやめたくなってきます。
…………まあ、でも。
僕は少し苦笑して、窓の外へと目を向けます。
そこから見える雲一つない青空を見ながら、僕はポツリと呟きました。
「――そのうち、きっといいことがあるだろうさ」
一学期も始まったばかりで、まだまだ先は長い。いつもと変わりなく、これまでと同じように、これからも頑張って今を生きるとしましょうか。
(第55話へ) |