第53話・トリプルデート?【日登美編】 不遇な彼女
ヤマランドパークの航空施設に取り残された僕は、すぐにユーちゃんに連絡しようとしてその手段がないことに気付き深く絶望し、こうなれば誰かの飛行機に密航してやろうかなと犯罪に手を染めかけましたが、滑走路の上で一人泣いている僕に何事かと心配になったらしいお金持ちの女の人に尋ねられ事情を話すと、心優しい人だったので自家用ヘリコプターに一緒に乗せてもらえることになり、ようやく我が家へ帰れることができたのですが……。
「ごめんなさい!!」
なぜか僕は日登美の前で土下座をしていました。
なぜこんなことになったのかは、今から五分ほど前に遡ります。
いざ家の中に入ろうとして自分の格好を思い出した僕は、カツラとパッドとブラジャーを外して女装を解いてから玄関の扉を開けました。
「ただいまぁ!」
やっと帰れたという安堵と共に家の中へと入った瞬間、日登美が仁王立ちしているのが見えたと思うと普段の彼女からは考えられないような大声で『正座!!』と叫ばれ、飼い主にオスワリを命令されて実行する犬のような従順さで正座してしまったのです。
「え、えーと……どうしたの日登美?」
どうやら怒っているらしい日登美を下から見上げるようにして恐る恐る尋ねます。しかし彼女はそれには答えず、代わりに小さく、だがはっきりとした声で短く呟きました。
「時計」
時計がどうしたのでしょう。僕は首を傾げながらも自分の腕時計に目を向けます。
《PM09:00》
そこには現在の時刻が九時を過ぎていることを示していました。
「……これが、」
どうしたの? と続けようとして気付きます。今の時刻と、日登美が怒っていることから簡単に推察することができました。
そして、五分後の今となります。
「ごめんなさい!! 日登美のことすっかり忘れてました!!」
手を地に付けて頭を下げます。どこから撮っても惚れ惚れするぐらい綺麗な土下座です。そこから僕がどれだけ土下座をしてきたのかを伺わせてくれます。
「わ、忘れていたですって……?」
土下座しているので顔は見えませんが、声が震えている様子からかなり怒り心頭であることを教えてくれます。
「私を四時間も待たせた理由が……“忘れてた”なんですか!?」
……ごめん。五時からデートだっていうことも忘れてた。
「ち、違うんだ!」
僕はバッと顔を上げて言い訳を試みます。
「三時半ぐらいまでは確かに覚えてたんだ! でもそのあとお化け屋敷に行ったから気絶してしまってちょっと記憶があやふやになっちゃって……たぶんそのときに忘れてしまったんだと思う!」
「どうして気絶なんかしたんですか!」
「だって怖かったんだもん!」
「それは存さんのようなヘタレがお化け屋敷に行くからいけないんです!」
なんて言い草だ。
「へ、ヘタレって……僕のどこがヘタレだっていうんだ!」
「その正座している姿からすでにヘタレです!」
クソッ、否定できない!
僕はなんとか取り消してもらおうとすぐに立ち上がろうとして、……ぐぁぁ! 足が痺れたァ!! ……無様にも倒れてしまいます。たった五分ぐらいで足が痺れて無様に倒れる姿は……うん。ヘタレだ。
「もう九時なんですよ! 今からではなにもできないじゃないですか!」
足の痺れに苦悶する僕を見下ろしながら日登美が叫びます。その瞳には涙が溜っていて、今にも泣き出しそうです。
「う……。そ、それは…………」
確かに今の時間からできることなんてないに等しいでしょう。……うーむ。本当なら、こ洒落たレストランで食事をして、ちょっとしたプレゼントでも買って渡すプランを立てていたのですが……また今度にしなければなりませんね。
それはともかく、今は日登美の機嫌を直してもらわないと。
「えーと……ら、来週に変更しようか?」
「嫌です!」
「うぇ……。で、でも今からできることなんてないでしょ?」
「いえ、ありました!」
すると、日登美は倒れている僕の足を掴んで『ひぎぃぃぃゃぁぁぁ! そ、こはボくのデんジゃラスズォーン!!!!』僕を引っ張っていきます。日登美の細腕からは考えられない怪力でどんどん引きずられ、二階に登る階段に差し掛かると、段差に頭を何度もぶつけられます。
こんな酷い扱いは桐花で慣れていますが、日登美にされると……な、なんだか新鮮だなぁ……。……あ、あれ? おかしいな。さっきこの胸の奥に感じた温もりは……なに!?
自分の中に生まれつつある未知の感覚に恐れを抱いている間に、僕は日登美の部屋の中まで連れてこられました。
女の子にしては質素な部屋で、必要最低限なものしか置いてません。ただ、壁に張られてある無数の写真だけがこの部屋を彩っています。よく見ると全部同じ女の人の写真のようです。……しかしなぜでしょう。この写真を見ていると泣きたくなってくるのは。
「ね、ねぇ日登美……? いったい今からなにをするの?」
写真から目を反らして日登美に聞きます。するとようやく足から手を離してくれました。
「……二人っきりで、できることですよ」
そう言って妖しく笑うと、奥にあるベッドの上に腰かけました。
ま、まさか……!
僕はゴクリと生唾を呑みます。
この『女の子の部屋』で『二人っきり』で『男女』が『できること』といったらアレしか……い、いや待つんだ。これはまた日登美のタチの悪い冗談に決まって……で、でももしかしたら……!
頭がまるで沸騰しているように熱くなってきます。その間に、日登美はゆっくりと立ち上がると、……僕に近付いてきて、……すぐ目の前に、座りました。
そして日登美は、言ったのです。
「それでは、始めましょうか……」
ダ、ダメだァ! それはいけないことなんだッ!
「ま、待って! それは僕達にはまだ早――、」
「……ババヌキを」
…………………………………………………………………………………はい?
「……ババヌキって、その……トランプの?」
「そうですけど……他になにが?」
日登美の手にはいつの間にかトランプが握られていました。……ああ、なるほど。ベッドの上に置いてあったのですね……。
「あ、ああ……うん。そう…………そうだよね」
「存さん?」
「ううん、なんでもない。なんでもないんだ……。でもちょっとだけでいいから…………僕を放っておいてくれないかな…………」
こんなにも恥ずかしい思いをしたのは桐花にシャワーを浴びているところを覗かれて以来だ。
「…………というかさ、二人でババヌキなんかして楽しいの?」
日登美の顔を平静に見られるようになってからツッコミます。
「楽しいです!」
ムキになったようにそう言ってトランプのカードを切り始めます。
「………………」
入念に何度もカードを切っている日登美を何気なしに見ます。少し化粧を施しているようで、薄く口紅が塗られていることに気付きました。服も新品なのか、真新しく見えます。……なんだか悪いことをしちゃったなぁ。
この埋め合わせはいつか必ずするとして、今は二人だけでするババヌキにいつまで気力が持つかの耐久レースに、僕は溜め息と共に身を投じました。
結論から言うと。
五分も掛らずに飽きました。
そしてそれは、十二時まで熱く続いたのでした。
【日登美編……終わり!】
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