第48話・トリプルデート?【百合編】 マナー違反
《PM03:30》
……どうしよう。
日登美からのメールが届いてからというもの、ユーちゃんの機嫌がすこぶる悪いのです。目を合わせようとするとプイと顔を背けられ、話しかけようとすると『ふーんだ』と体ごと背けてまったく応えようとしてくれません。しかも頬を膨らませて露骨に不機嫌を露にしています。
これには僕も苦笑することしかできません。なんというか、駄々をこねてすねる子供を相手にする親の気持ちが分かるような気がします。ユーちゃんの仕草の一つ一つが子供っぽいので余計そう感じます。
さて、どうやったら機嫌を直してくれるかな……と思案していると、ふと視線を感じました。
「…………?」
僕はキョロキョロと辺りを見回します。殺気を込めた視線ではなさそうなので無視しても問題ないとは思うのですが、やはり気になります。……それにしても、殺気を感じることができる一般人ってもはや一般人と呼べるのでしょうか。僕、普通に殺気を感知することができるんですけど。
殺気を感知できるようになった経緯を思い出し嘆いていると、視線の主が近付いてくるのを感じて顔を向けました。
そこにいたのは、……ゾンビちゃんでした。
初めて見るタイプのゾンビちゃんです。顔は鼻以外全部ぐちゃぐちゃで、両足はなぜか熊みたいに毛深く、所々ただれています。胸の膨らみがあるところからして、中の人が女性だと思われます。にしても、よくまあこんなグロい着ぐるみを造れますね。製作者の神経を疑います。
そのゾンビちゃんはしばらくじっとこちらを見たまま立ち止まっているので、まさか正体がバレたかと内心ヒヤヒヤしていると、ゆっくりとした動作でゾンビちゃんはどこからともなくカメラを取り出しました。
「……へ?」
そうして呆けている僕の前で、ゾンビちゃんはシャッターを凄い勢いで切り始めました。それはもう、一秒に十六回は押しているのではなかろうかの速度で。
そんなに撮ってなんの意味があるのだろうと疑問に思いましたが、そういえばこの前日登美に聞いたことがあったことを思い出します。
それは、風呂上がりの僕が体を拭いている途中で日登美がいきなり突入してきたときのことです。
「君なにやってんの!?」
当然の叫びと悲鳴を上げて急いで股間をタオルで隠します。しかし日登美はそんなことはお構い無しに、持っていたカメラを構えてシャッターを切り始めたのです。
「なにその凄まじい指の動き!? そしてそのアクロバットな動きは!?」
残像が見えるほどの指の動きと、普段からは考えられないような俊敏機敏な動きで様々なアングルから僕を撮っています。
「ちょ、やめてよッ! 主に下方向から撮ろうとするのは! ……って君どこを撮ろうとしてるんだ!? ここだけは駄目だよ! 絶対駄目! 駄目だ……って言ってるのになんで更にスピード上げるんだよ!? クッ、こんな執拗な股間狙いは初めてだ……!」
必死の攻防の末、なんとか僕のプライベートポイント(股間)だけはカメラの保存容量がなくなるまで死守することができました。
「ってか撮り過ぎだよ! そんなに撮ってなんの意味があるんだ!」
そう怒りつつ、腰にタオルを巻いて股間を隠しながらパンツとズボンを穿いていると、撮影中終始無言だった日登美がようやく口を開きました。
「……なぜ撮るか、ですって? そこにベストショット(存さんの裸)があるからです」
「なに言ってんの?」
詳しく聞くところによると、何枚何十枚と撮るとその中に一つはベストショットがあるらしいそうです。それが何枚何十枚と撮る理由だそうです。
つまり、今目の前にいるゾンビちゃんも同じ理由から僕を撮っているのでしょうか。まさか日登美と同じ考えを持つ人がもう一人いるとは思いませんでした。
やがてカメラの保存容量が尽きたのか、ゾンビちゃんの指の動きが止まります。時間はほんの十秒ぐらいしか過ぎていません。なんて早さでしょうか。
「………………………」
ゾンビちゃんは鼻の辺りを真っ赤に濡らしています。顔はぐちゃぐちゃなのに、なぜか満足気な表情をしていると感じました。
そして親指をグッと立てると、僕に背を向け、去っていきました……。
「………………」
なんだったんでしょう今のは。
ゾンビちゃんが去っていった方向をボケーと眺め、ハッとして後ろを振り返ろうとします。すねているユーちゃんのことをほったからしであることに気付いたからです。
しかし、僕が振り返ると同時に肩に衝撃が走りました。
「あ、すみません!」
どうやら振り返ろうとした拍子に通行人と肩がぶつかってしまったようです。僕は相手の顔を見る前にすぐに頭を下げて謝ります。
「いや、別に構わない」
その声から相手もそんなに気を悪くしていないようだと分かり、ホッとして顔を上げ……、
「「あ……」」
目が、合いました。
……メイド姿の、僕の親友である、朱雀と。
「………………………」
「………………………」
互いに呆然とします。なぜここに? という僕の驚きと、なんで女装してるんだ? という朱雀の驚きとで、一瞬、見つめあった状態で固まってしまいます。
そして次の瞬間には、揃って相手から目を反らします。……自分の女装姿を見られるという恥ずかしさと、相手の女装姿を見るという気まずさに互いが気を使ったわけです。
それにしても、なんという不思議で奇妙な光景でしょうか。
女装姿の男がここに二人もいるのです。近くにオカマバーがあっても不思議はありません。
「えーと…………君、なんでここにいるの?」
「……あ、ああ、それはだな…………偶然だ」
絶対偶然ではないと思うのですが、僕はそれ以上朱雀になにも聞きませんでした。……まさか、日本中から集まってきたユーちゃんのファン(殺し屋)達から人知れず守ってくれていたなんて、分かるはずもありません。そして、ここで会ったのは偶然ですが、直前まで『山羅ぶっ殺し隊』との壮絶な駆け引きをしていたことも、また。
…………そして、シリアス過ぎて本編には合わないという理由から『山羅ぶっ殺し隊』と朱雀の攻防は一切の説明もなく終わらせると決めた作者の意図も、また。(悲惨だ……)
「そ、それにしてもよく僕のことが判ったね。君の洞察力と観察力には感嘆するよ」
「……まあ、お前の女装写真が俺の家の外壁にびっしり張り付けてあるのを見たら嫌でも覚えるしな。そのおかげだ」
「え、待って。いまかなり聞き捨てられないことを聞いたような気がするんだけど……!?」
どうやら昨日、朱雀の家に遊びに行ったときに日登美がこっそり僕の女装写真を張り付けたみたいです。意味が分かりません。
「ホント日登美ってよく分からない人だよ……!」
屈辱に悔し涙を流します。彼女はいったい僕にどんなキャラを定着させるつもりなんでしょう。少なくとも、僕に変態の汚名を着せて世間に広めようとしているとしか思えません。
「……あー、存」
若干バツが悪そうに顔をしかめる朱雀。視線は僕の後方へと見やっています。
「そろそろ俺は帰る。……心身共に疲れただけの一日だったよ、まったく」
ただそれだけを告げ、最後に一仕事終えた表情をして、じゃあな、と手を振ります。僕もそれに手を振り返し、去っていく朱雀の後ろ姿を見送りました。
あまりにもあっさりとした別れです。……だけど、また近い内に会える。そんな気がします。
「………………………」
そのとき、後ろからどんよりとした視線を感じました。そこでハッとして思い出し、恐る恐る後ろを振り返り……、
「………………………………………………タモくん」
……恨みがましい眼で僕を見てくる、ユーちゃんの目と合いました。
「あ、その……」
ユーちゃんは表情で『今の人、誰?』と僕に聞いています。まさか『ああ、今の人? あれは女装している僕の親友だよ』だと言えるはずがありません。彼の名誉の為にも。
「タモくん……。私のこと、どうでもいいんだ」
悲しげに呟き、みるみるうちにユーちゃんの瞳に涙が溢れてきます。
「ま、待って! 確かにデート中なのにユーちゃんのことをすっかり忘れて他のおと……女の子と話している姿は最低な場面として映るかも知れないけど、僕は――って、え? 『やっぱり女の子より男の子の方がいいんだね……』だって!? え、ちょ、ちょっと待って!? 『やっぱり』ってなに!? 僕ってユーちゃんにそんな風に思われてたの!? というかさっきの人が男だって気付いてたの!?」
なんで僕に男色の気があると勘違いされているのでしょう。僕はちゃんと女の子に興味を持つ普通の高校男子だというのに!
「誤解だからねユーちゃん! 僕はちゃんと女の子が大好きだから! だってユーちゃんと手を繋ぐだけで僕の胸はドキドキしっぱなしになるし、幸せな気持ちになるんだからこれはもう女の子に興味がある証拠でしょ!?」
僕は証拠を見せるため、ユーちゃんの手を強引に握ります。
「え、あっ……」
そして握ってないもう片方の腕を掴むと、僕の胸へと引き寄せます。
「ど、どうかな、ユーちゃん……?」
ちゃんと胸がドキドキしているかを尋ねます。
「……や、柔らかい」
「胸の感触の感想を聞いてるんじゃないよ!? それにこれはパッドだから柔らかいわけがないでしょ!」
ちなみに僕達のやりとりは、辺りの人達から見れば『百合だ……』『百合が見える……』『百合……』とユーちゃんの名前ではなく僕らの背中に見える幻覚が見えているみたいですが、この際無視です。
「…………うん。ドキドキ、してる」
ユーちゃんはようやく笑ってくれました。女の子に興味があって良かった、という不本意な喜びで。
「……でも、デート中に女の子と楽しくメールするのはマナー違反だよ」
だけどすぐに頬を膨らませます。……なるほど。ユーちゃんが怒っていた理由はこれだったんですね。
「ご、ごめんね! 僕、デートなんて今日が初めてだからよく分かってなかったよ」
無神経だった自分を悔やみつつ謝ると、ユーちゃんはクスリと笑い、ギュッと握っていた手に力を込めました。心なしか、意地悪な顔をしているように見えます。
「ダーメ。許さないんだから!」
そう言って引っ張られたその先には、
「こ、これは……!」
デート中のカップルに1、2位を争うほどの人気を持つ、まさにメインイベントともいえるアトラクション。
『お化け屋敷』がありました。
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