第3話 僕は生きている
昼休みになりました。
今朝は朝ごはんを作る時間がなかったのでもう腹ペコです。諏訪さんが作ると言ってくれましたが、……材料がないのでどうせ無理でした。
「山羅存」
食堂に行こうと諏訪さんと一緒に教室を出ようとすると、なんの抑揚のない声色でフルネームを呼ばれたので振り返りました。
「――ッ!?」
異様な雰囲気のクラスメート達の姿がそこにありました。
……思えば、昨日と比べ、今日は授業が始まってから昼休みになるまでずっと不気味なほど静かでした。確かに変な雰囲気は感じてはいましたが、まさかこうも豹変するとは思いませんでした。
「な、なに?」
びくびくしながら用件を聞きます。
すると、代表の人でしょうか、妙に目をぎらつかせた男子が一歩前に進み出ました。
「昨日、キサマが諏訪さんにお姫様ダッコされて帰ってから、俺達は三時間ほど話し合ったんだ」
「お姫様ダッコ!?」
なにそれ初耳!? 僕、そんなことされて帰ったの!?
隣にいる諏訪さんに目を向けると、……眩しいほどの笑顔がそれを肯定していました。
「議題は、【山羅は変態か否か】」
「えぇ!? やめてよそんなことで話し合いするの!」
「安心しろって。満場一致でキサマは変態だと決まったから」
「心配っ! 心配だよ!? 僕はすでにみんなから変態という第一印象を持たれてるの!?」
「当たり前じゃない」
「って泉水!?」
いきなりの登場に思わず近くにいる諏訪さんに抱きつきます。
「…………その化け物に会ったかのようなリアクションはなによ」
「いや、化け物じゃなくて……」
悪魔、と言おうとして口を押さえます。危うく悪魔から破壊神にクラスチェンジさせるところでした。
「た、存さん。こんなところで…………人が見てます……」
諏訪さんの恥ずかしがるような声にハッとします。そういえば僕はいま諏訪さんに……!
「あ、ご、ごめん! ……………………ねぇ、離してよ」
慌てて離れようとしましたが、今度は諏訪さんが抱きついてきて離れません。
「いちゃいちゃしてまぁ…………そんなに殺されたいのかしら?」
なぜか持っている釘バットを振り始めます。しかもちょうど僕の頭ぐらいの高さの位置を何度も。おかしい。なんで彼女はファールコースを打つ練習をしているのだろう。
「いちゃついてないから! ……そ、それで泉水! なにか用?」
僕がそう聞くと、凄まじい風切り音を発していた素振りがぴたりと止まりました。そしてだんだん顔が紅くなっていきます。
へ!? 僕、なにか怒らせるようなこと言った!?
失言があったのかと心配になります。だけどそれは余計な心配でした。
「…………べ、別に。ただ、さ……この前までは昼休みはずっと一緒に食べてたから…なんか、あんたがいないとしっくりこないっていうか……」
なにやらごにょごにょ言っています。
でも確かに言われてみれば、僕と泉水は幼稚園の頃から昼食のときはほとんど一緒に食べていた気がします。
「……泉水さんって、ツンデレなんですか?」
またこの人はいきなり脈略もないことを……。
「諏訪さん、なに言ってるの?」
「幼馴染みでツンデレ…………手強いですね」
聞いちゃいません。
「お、幼馴染みのツンデレだとォッ!?」
なぜか一部の男子が食い付いてきました。
「や、山羅ァ、テメェ……!」
目が血走っています。
彼らは幼馴染みとツンデレというワードになにかの偏見でも持っているのでしょうか。
というか、彼らは僕が変態か否かという議題の結果の報告だけでもう終わりなのでしょうか?
そんなことを思っていると、すぐ側で怒鳴り声がしました。
「だ、誰がツンデレよ!」
激昂する泉水。どうやらツンデレの意味がわかっているようです。
「ね、ねぇ、ツンデレってなに?」
僕だけが知らないのかと思い、隣の諏訪さんに聞いてみました。
「いつもはツンツンしてますけど、それは好きな人の前では素直になれない性格のせいでそうなるだけで、いざ告白されたら即OK。二人きりになるともう大変で、ずっとベッタリ引っ付いてきてデレッデレなんです。それがツンデレです」
なにやら誇張された感じはしますが、僕は素直に信じました。
「ちなみに私は肉奴隷です」
「やめてよそんな設定!」
どさぐさに紛れて変な設定を付けようとするから大変です。
「た、存! 私はツンデレじゃないからねっ!!」
泉水が顔を真っ赤にして怒鳴るので、僕は泉水に向き直ると、穏やかな表情を浮かべました。
「……わかってるよ」
僕はいつもより優しい声を発します。
「ちゃんと……わかってるから」
へ? と泉水が僕を見つめます。まだ頬に朱が残っていますが、落ち着いたようです。
「泉水…………」
そう、僕はちゃんとわかっています。
「君がツンデレだなんて有り得ないよね!」
僕は笑いました。
「そもそも僕を好きでもなんでもないのにツンツンすること自体おかしいし付き合ったとしても暴力を受けるだけだからツンデレじゃなくてツンボコだよ。もしくはボコボコだ。安心してよ泉水。君と付き合うことは絶ッ対にないってわかってるからさ、そんなに怒らないで……よ…………?」
殺気……でしょうか。泉水から陽炎のようにゆらめく不可視のオーラが見えたような気がします。
……なんで!?
――――!
限りなく無音に近い攻撃と、条件反射のように僕の体が動いたのはほとんど同時でした。
「……な、……っな!」
驚きで口をパクパクさせて体を震わせます。そしてなによりも驚いたのは、僕と諏訪さんが二メートル以上も離れているということでした。
「お、……オリハルコンの手錠が……」
呆然と左腕を見ます。
切れてました。
「いいい泉水っ!?」
悪魔だ化け物だと思っていましたが、どうやら彼女はそんなのとは次元の違う生命体のようです。
というか、釘バットでなんでこうも鋭利に切れているのでしょうか?
「す、諏訪さん……!」
助けを求めるように諏訪さんを見ます。
「はい」
目が合うとコクリと頷いてくれました。
「実は黒金に金粉を塗っただけの偽物なんです」
衝撃の事実です! ……でも、なんの慰めにもなりませんし、そんなこと聞いてもいません。
もちろん、周りを見渡しても助けてくれようとする人なんていません。それどころか、公開処刑でも見るような目で静かに見てきました。
「…………僕は、死ぬのか?」
目の前で釘バットを振り上げる泉水を見据えます。
「…………………」
泉水は、答えない。
そして無言で釘バットを振り降ろそうとして……!
キィーンコーンカァーンコォーン…。
昼休みを告げる、チャイムが鳴りました。
「……命拾いしたわね」
捨て台詞を吐くようにして、泉水は呆気なく教室から出ていきました。
「…………え、……助かった……のか?」
しばらくしてようやく口を開きます。バクバク激しく鼓動する心臓が、僕が生きていることを教えてくれます。
「……僕は、生きている」
ギュッと、拳を握り締めました。
「生きているんだ」
生きていることの素晴らしさを噛み締めていると、諏訪さんが近くにやってきました。
「凄いですねあの人」
感心しているような口調でした。
「なにが?」
「この手錠だけを的確に狙って切ったことですよ」
へ? ……ということは、泉水はこの手錠を切ってくれたのか?
「…………泉水」
後でお礼を言った方がいいかも知れません。
でも鎖だけが切れているので、相変わらず手錠は付いているままです。
案の定、
「お揃いですね」
と諏訪さんは嬉しそうにしてます。
周りは僕が死ななかったことに対してしらけたのか、次のHRの準備をしています。今日の昼までの授業はこの学園の説明だけで、本格的な授業も掃除も明日からです。
「…………ぁ」
そういえば今更ですが、鎖が切れたから僕は自由なんじゃ。
そう喜ぶのも束の間。
「あ、存さん。帰りに食材を買いに行きましょうね」
諏訪さんが笑顔を向けてきました。
……あまり変わらないようです。でも、心配していたトイレとお風呂は大丈夫になりそうなのでよかったです。
だけどちょっと残念かなと思った今日昼頃でした。
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