第45話・トリプルデート?【百合編】 コーヒーカップ
《PM03:00》
気が付けばもう午後の三時です。せっかく遊園地に死ぬ思いをしてまでやって来たというのに、このままでは遊ぶ時間があまりないのでちょっぴり残念だったのですが、
「大丈夫だよ。私達が持っているチケットは『first priority』チケットだからすぐに遊べるよ」
ファースト・プライオリティとは最優先を意味する英語です。ということは待ち時間がなくなるので余裕で全部回れるぐらい遊びまくれます!
「よし! じゃあユーちゃんいっぱい遊ぼうね!」
「うん! ……そ、それじゃあタモちゃん」
タモちゃんとは、タモくんだと男だとバレるかも知れないのでちゃん付けにしているだけです。
「うん? なに?」
もじもじとしているユーちゃんを首を傾げて見つめます。
「………………手、繋いでもいい?」
そう言うと、顔を真っ赤にさせてちらちらと上目使いで僕を見てきました。
「え……? あ、ああ、うん。は、はぐれたらいけないしね! も、……もちろんいいよ」
僕も顔を赤くさせて手を差し出します。すると、
「あ……。えーと、左手で……いいかな?」
僕が差し出した右手を見てユーちゃんは複雑な表情になりました。
「え、あ、うん。別に構わないけど。……じゃあ、左手で」
右手だとなにがいけないのだろうと疑問に思いながらも、僕はユーちゃんに左手を差し出しました。
そして、左手に柔らかい感触。すべすべとした、手入れの行き届いている滑らかな質感に一瞬ドキッとします。
「……そ、それじゃあ行こうか」
「……うん」
ユーちゃんが赤らめた顔を伏せるように小さく頷いたのを見て、僕は歩き始めました。なるべくユーちゃんに合わせるようにゆっくりと歩を進めます。
なんとなく目を合わしづらかったので顔を背けていると、自然と目線は自分の右手に向けられました。
そこにはただ、除ける術のない手錠の片割れだけがありました。
……………………………
【コーヒーカップ】
最初に目に付いたのは遊園地の遊具の中でも昔からの定番である巨大なコーヒーカップでした。
「遊園地の定番って言えば、すぐにこれが思い付くよね」
ユーちゃんが物珍しそうにコーヒーカップを眺めていると、
「でも、なんでコーヒーカップでぐるぐる回ったら気分が悪くなるんだろう? 自分が回っているわけじゃないのに」
「確か、遠心力は質量と速さの二乗に比例して半径に反比例するから、コーヒーカップを回すと外に行こうとする力が大きくなってそのぶん平衡感覚を司る三半器官に無理をさせてしまうんじゃないのかな?」
「へぇそうんなんだ! タモちゃんって偉いんだね」
ユーちゃんから尊敬の眼差しを向けられ、いやぁそれほどでも、と頭を掻きます。フッ。僕の頭の良さをあまく見るなよ。
「じゃあ最初に乗るのはあれにしようか?」
「うん。そうだね」
まずは手頃の乗り物に乗ろうと思ったのでちょうどいいです。
「それにしても、なんかここだけ人が少ないね」
やはり定番の乗り物のせいか、人の姿もあまり見られません。でも、なぜここの一角だけガラリとしているのでしょう。他の所は混雑しているのに。
そう思いながらも、このコーヒーカップの係員に近付いてチケットを取り出すと、
「これ乗りまーす」
とチケットを掲げて見せました。
「へ?」
係員はなぜかびっくりした表情で口をあんぐりと開けました。
「こ、これに乗るの?」
「は、はぁ……そうですけど」
なんでそんなことを聞かれるのだろうと訝く思いながら、ふとコーヒーカップに目を向けると、
「…………あれ?」
僕は目を擦り、もう一度まじまじと見ましたが、やはり見間違えではありませんでした。
「……な、なんで中身があるの?」
そうです。近付いてみてよく分かりましたが、なぜか巨大なコーヒーカップの中には黒い液体で満たされていたのです。
僕がそのことに戸惑っていると、係員の人が笑顔で説明してくれました。
「それは、ここのコーヒーカップの乗り方が従来とは違い、『コーヒーカップの縁に両手両足で掴まり、どんなに激しく回転しようとも中に落ちないよう踏ん張り続けることができるかを競うことを目的としたスリル満点な乗り物』だからです」
「そんなスリル嫌すぎる!? 普通に乗って楽しもうよ! しかも落ちたらコーヒーまみれになるっていうリスクが高すぎる!」
なるほど。どうりでここら辺だけ人の姿があまりないわけだ。こんな乗り物に乗ろうと思う人なんているはずがないですからね。
「ちなみにハイスコアは四十八時間です」
「いたぁァッ!? 乗る人いたんだ!? しかも二日間ずっと掴み続けたってどんだけ凄いんだよ!? ……え? ちょっと待って。そんな時間まで掴んでいたってことは……まさか!? 落ちるまでエンドレスに続くのこれ!? そんなのいくら頑張ったとしても達成感が得られないじゃん! その四十八時間踏ん張った人が報われないよ!」
「ちなみにハイスコアを出したのは私です」
「しかもあんたかよ!? 客は!?」
「あなたが一番最初の乗客です」
「わぉ一番乗り! ってバカ! こんなの乗るか! 行こうユーちゃ……え? 係員サン? なんで僕の腕を掴むのデスか?」
なぜでしょう。係員さんが僕の腕を笑顔で掴んでいるのです……!
「は、離して! 離してよぉ! ユーちゃん助け……え? なんで僕から手を離すの? なんで僕から『ごめんね』って言いながら離れていくのっ? なんで手を振るの!? なんで合掌するのッ!? こ、この薄情者ォォォ!!」
ずるずると係員に引きづられるように巨大なコーヒーカップへと、一歩、また一歩と確実に近付いていきます。
「い、嫌だぁッ! ぐぉお!? は、羽交い締めにされた!? 僕、女の子だよ!? 乱暴はやめ……あっ、ダメ!! そんなところ触っちゃカツラがズレちゃ……ぬぅぉォオあっぶねぇっ!」
男らしさ全開で絶叫します。なんと係員が羽交い締めから瞬時に一本背負いの体勢に入り僕を投げ飛ばしたのです。まあ、いつも桐花に幻の柔術『空気投げ』を受けている僕ならどんな受け身も可能でしたので大丈夫でしたが。
「いきなり投げないでよッ! このコーヒーカップの縁に両手両足で掴まったから良かったものを…………あ、あれ? こ、この体勢は……しまったぁァア!! 〈グルグルグルグル〉 ぎゃああああ熱い熱い熱い熱い!!!! なにこれ!? 回転するから遠心力で中身が飛び散って僕にかかるのは仕方ないとしてなんでホットコーヒーを使用してるの!? 嫌がらせ以外なにものでもないよこの乗り物!」
やがて緩急激しいコーヒーカップの回転に目が回って落ちたのは言うまでもありません。
(つづく) |