第44話・トリプルデート?【百合編】 宣言
【変装心得その2】
〈そして反応を変えてみよう〉
チャラ男のようなナンパ野郎の他にも僕達に話し掛けてくる人は数多くいました。わらわらと群がってくるその様子はまるで虫のようで、正直ウザイです。
それはやはり、ユーちゃんの容姿が優れていることを暗に物語っている証拠なのでしょう。変装しているから人気アイドルの『田茂百合』だと気付かれていないはずなので、純粋に『真中百合』自身に惹かれていることが良く分かります。
……ただ一つ、気になるのは、
「うわぁ……。あの二人すげぇ可愛いなぁ…………殴られたい」
「ああ。めっちゃ可愛いぜぇ…………蹴ってほしい」
「はぁはぁはぁ……。あの二人に踏まれてぇよぉ…………股間を」
「あぁあ頬をブってほしぃ…………死ぬまで」
なぜM野郎がこうも多いのだろう。
じゃなくて、なぜ僕までセットで可愛いとか言われているのでしょう。なんというか、僕なんかと一緒にされてユーちゃんに申し訳ないという気持ちでいっぱいです。
「あ、あのー……」
そんな控え目な声に後ろを振り向くと、妙に瞳を輝かせた二人組の女の子と目が合いました。
彼女達の瞳にあるのは、純粋なる憧れの輝き。表情は喜色に彩られ、まるで尊敬する人物と出会ったかのようにうっとりと目尻を下げています。
「なにかな?」
その瞳を向けられているユーちゃんは首を傾げて彼女達と向かい合いました。
ユーちゃんと真正面から向き合ったためか、なにかを確信した様子で二人は互いに視線を交せると、一人がずいっと前へ出てきました。
「も、もしかて……田茂百合さんですか?」
……来た。
予想の範疇でしたが、僕は少し緊張して体をこわばらせました。
見た目を少し変えただけでも変装としての効果は十分あるのですが、それでも『この人、どこかで見たことがあるような?』や『もしかして……いやでも似ているだけで人違いかも?』という人間の疑心を少し利用しているだけです。実際にユーちゃんを良く知る人物……つまり熱狂的なファンにもなると、『この人ってもしかして……よし話し掛けよう!』という心理が働いてしまいます。
そんなときにするべき反応を誤れば、ボロが出てしまいます。慌てて『違います!』と否定しても、冷静に『人違いです』と否定しても、人というのは逆に疑い深くなるのですから難しい生き物です。
だからこそ、このときにするべき反応は、
「はぁ……?」
否定せず、ただ不思議そうに首を傾げるだけでいいのです。
「えぇーと……」
彼女達は困ったように視線をさ迷わせました。おそらく、否定、もしくは肯定のどちらかの反応を想像していたので、こんな反応をされるとは思っていなかったのでしょう。
「……えと、ごめんね? 誰かと間違えちゃった?」
間違えたのかな? という表情を見せたときにこちらから謝るのもポイントです。どういう心理が働くのかは良く分からないのですが、なぜか恥ずかしくなってくるそうなのです。
「あ、えーと……すみません! 間違えました!」
「お邪魔しました!」
女の子達は顔を真っ赤にさせるとそそくさと僕達から離れていきました。やがて、姿が見えなくなったところで僕達はホッと胸を撫で下ろします。
「良かったぁ……。バレなかったよ」
「うん……。なんか僕まで緊張しちゃったよ」
互いに苦笑します。でもこれだとこれから先も大丈夫そうだと安心します。
と、そのとき。
「そこのあなた達!」
周りの喧騒を吹き飛ばすような怒声に驚いて振り向くと、家族連れやカップルの合間を縫うようにしてこちらに駆けてくる異形の姿が見えました。
「ぞ、ゾンビちゃん!?」
僕は驚愕して思わず逃げ出そうとしましたが、ドス黒い血を巻き散らしながら走ってくるのを見て『掃除するの大変そうだなぁ』とどうでもいいことを考えることで冷静になり、ゾンビちゃんを待つことにしました。
やがて息一つ切らさず僕達の側にやって来たゾンビちゃんは、視神経が繋がったままブラブラ揺らている目と、真っ黒な眼窩を僕に向けてきました。
「…………ぅっ、か、可愛い……!」
すると、愕然とした様子で僕の容姿を誉めてくれました。こんな化け物にまで言われるとものすごく複雑な気分です。
「ご、ゴホン。ねぇ、あなた名前はなんて言うの?」
いったいなんの用だろうと警戒していると、一つわざとらしい咳と吐血をしながら僕に尋ねてきました。
「えっ? 僕は山――」
しまった! つい反射的に答えようとしましたが、僕はこいつらに命を狙われているのです。だから欺くために涙を呑んで女装をしているのに自らバラすなんて愚の骨頂。僕はなんとか『山』に続く言葉をフォローしようと脳内から捻り出します。
「――田。山田花子です」
なんでよりにもよってこの芸人の名前が思い付いたのだろう。
「山田花子、ねぇ。ふーん……にしても、あなた可愛いわねぇ」
しきりに感心したように可愛いを連呼します。なぜかユーちゃんも一緒になって誉めてくるので、僕は恥ずかしさと屈辱から顔を真っ赤にさせてうつ向きました。
「それで、あなたは存とどんな関係なの?」
やがて誉め言葉も尽きた頃、理由は分かりませんが怒気を孕んだ口調になったゾンビちゃんにそう聞かれました。
「ど、どんな関係と言われましても……」
同一人物ですと答えられるはずもなく。僕は曖昧に笑ってお茶を濁します。
「……さっき『山羅ぶっ殺し隊』に五十人目が入隊したんだけど」
ふと思い出したように口を開くゾンビちゃんに嫌な予感をバリバリ感じながらも、僕は可愛らしい声を意識しながら先を促します。
「へ、へぇそうなんですかぁ。そ、それで?」
「そいつから聞くところによると、あなたが存と、み、身も心も一つになったって聞いてるんだけど……っ? ど、どういうことなのかしら……!?」
なぜか語気を荒げるゾンビちゃんに僕はなにも言うことができません。なぜなら山羅存と僕は身も心も元々一つなのですから。
「な、なんでなにも言わないの……? ま、まさか本当に……?」
呆然としたのか立ち尽くすゾンビちゃん。やがて僕からユーちゃんに体を向けると、
「た、存はどこ!? どこにいるのッ!? 私はあいつを“必ず”殺さなければならないの! 答えて!!」
ここにいます。
僕は地面にへたれ込むと自分を抱き締めるように腕を回してガタガタ震え始めました。
「え、えぇーと……た、タモくんなら途中ではぐれちゃってどこにいるのか分からないんだよね」
「じ、じゃあなんでこのライバルかも知れない女と一緒にいるのよ!?」
ライバルとはなんのことでしょうか。
「そ、それはその……一時休戦?」
「…………そう」
しらばっくれるユーちゃんに、やがてゾンビちゃんは落ち着きを取り戻して頷いてみせると、
「どこに隠したのかは知らないけど、必ず見付だして、惨たらしく、確実に、息の根を止めてやると存に伝えておくのね」
と、僕を殺す決意を宣言しました!?
そうしてゾンビちゃんは僕(山田花子)には目もくれず、僕(山羅存)を求めて徘徊の旅に戻りました。
「………………………」
え、なにこの展開?
僕はただただ茫然と、そう思うことしかできないのでした。
(つづく)
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