第42話・トリプルデート?【百合編】 変装心得特別編
入場ゲートをくぐった僕達は、まず目の前に見えるこの遊園地の見取り図へと真っ先に向かいました。どんなものがあるのかわからないので確認のためです。
「…………え?」
そして僕は見取り図のすぐ上に大きく書かれている文字に絶句することになりました。
……僕はこの遊園地の名称を知らないままここへと来たのですが、今ようやく、この遊園地の名称がわかったのです。
『ヤマランドパーク』
なんだろうこのネーミング。なにか作為的なものを感じます。
僕はなにも見ていないんだと自己防衛のため現実逃避を行おうとする本能と、現実を受け入れるしかないんだろうなとすでに諦めの境地に達している精神が僕の中で交じりあうので気分が悪くなってきました。
「ね、ねぇユーちゃん」
クラクラする頭を抑えながらユーちゃんに尋ねます。
「なに?」
「この遊園地って、もしかしなくても諏訪グループの系統……だよね?」
「うん。合ってるよ」
はぁ、と僕はそれを聞いて頭を垂れます。こんなネーミングで遊園地を創るところなんて分かりきったことでした。しかもこの遊園地は人気があるようなのですから僕としては複雑な気分です。
嘆息しつつも気を取り直してこのヤマランドパークの見取り図へと目を向け、……僕は再び絶句しました。先程の比ではない衝撃に頭が真っ白になります。
そこにはこんな文章がカラフルな文体で楽しげに書かれていました。
[御来園の皆様、今日は特別なアトラクションを御用意しているから楽しんでいって下さいね♪ その名も『ヤマラを殺せ!』……このヤマランドパークのどこかにいる山羅存(写真有)を見付けだし、抹殺することを目的としたアトラクションなんだ♪ 得物はちゃんと準備してるから、自分に合う武器を持ってこの遊園地のマスコットキャラクターのゾンビちゃん×百と一緒に山羅存を探しだし、むごたらしく殺そうね♪]
どうしよう。僕、ここまで悪意に満ちた文章を見たのは生まれて初めてだよ。
「……って、なんなのこれぇッ!?」
ツッコミ所が多すぎて意識が遠くなりそうでしたが、僕はようやく声を振り絞り絶叫しました。
「完全に言い逃れなく殺人教唆だよねコレ!? しかも僕の写真まで用意してるし……って待って! この写真の僕、よく見たら鼻毛が出てる! い、嫌ァァ! 恥ずかしいぃ! 誰だよこんな写真用意したのは!」
僕はあまりもの恥ずかしさに身悶えします。隣のユーちゃんが鼻毛に気付いてクスクス笑ってるので余計恥ずかしいです。
そんな僕の奇行に周りの人達がきっちり三メートル引いている中、僕の背中をトントンと叩いてくる人がいました。
「?」
誰だろうと振り返った僕の目の前に、
「ひぃやぁぁぁぁ!?」
右目の眼球が飛び出し、腐敗してただれ落ちた皮と肉の間からくすんだ色の骨が見えるちょっとカルシウム不足の人が立っていました。
「ば、化け物ッ!?」
僕は急いで化け物から遠ざかると、すぐにユーちゃんの腕を引っ張って僕の背中へと隠れるように回します。
「化け物とは失礼ね!」
そんな僕の行動に少し憤慨した様子で腰に手を当てる化け物。
「私は、…じゃくて、僕は化け物じゃなくて、このヤマランドパークのマスコットキャラクターのゾンビちゃんだぞ!」
そう言ってドンと自分の胸を叩き、ブシュワァァ、とドス黒い血を巻き散らしました。
「ま、マスコットキャラクター?」
僕はマジマジとゾンビちゃんを見ます。そういえばさっきの見取り図に[マスコットキャラクターのゾンビちゃん×百]という文があったことを思い出しました。つまりこんなのがまだ九十九はいるの?
「そうよ! ゾンビの皮膚や身を特殊メイクでリアルに再現させた究極のマスコットキャラクター。それがわた……僕、ゾンビちゃんだ!」
そう自慢げに言い切ったところで左目の眼球がドロリと垂れ落ちました。
「へ、へぇ……そうなんだね……」
僕は自分の口元が少し引きつっているのを自覚します。いつのまに遊園地のマスコットキャラクターは愛らしい着ぐるみから恐怖のリアル身ぐるみへと変貌したのでしょうか。
……それにしてもこのゾンビちゃんの声、どこかで……それもごく最近聞いたことがあるようなないような……。
「あ、あの……」
僕は気になって仕方ないので聞いてみることにしました。
「なんだい?」
「君さ……どこかで僕と会ったことあるかな?」
「よいしょ」
するとゾンビちゃんは僕の問いに答えず、代わりに釘バットをどこからか取り出しました。
……なんで!?
「え、なになになにっ? なんで釘バットなんか取り出すのっ?」
僕はじりじりとゾンビちゃんから距離を置きつつ尋ねます。
「え? 君を抹殺するためだけど?」
なんでもないことをごく自然に口にするようにゾンビちゃんは言いました。
「なんでだよッ!?」
「それが今日の特別アトラクションの嗜好だからだよ?」
ニタァとした笑みを浮かべ、口から腐った歯茎が覗き見えました。とてつもなく不気味でした。
「ひ、ひぃ!? だ、誰か助けてぇぇッ!!」
僕は慌ててユーちゃんの手を引っ張って逃げ出しました。
「アハハハハ! 逃げても無駄だよ! このヤマランドパークにいる全ての人間があんたの敵なんだからね!」
心底から楽しそうに笑うゾンビちゃんの声を背に、僕は堪えきれず泣きながら走りました。
【変装心得特別編】
〈男が変装するとしたらこれしかないの?〉
さて、ゾンビちゃんから逃げ出した僕達が今いるところは、トイレ……それも女子トイレです。ユーちゃんがそこに逃げ込もうと提案したからです。一瞬でも僕が率先して女子トイレへと逃げ込んだと思った人は今すぐ自害してください。
「今度は私が変装させてあげるからね!」
ユーちゃんがそう言って嫌がる僕を連れて女子トイレへと飛び込んだのです。幸いなことに誰もいなかったので助かりました。もし誰かいたら、僕はゾンビと警察の両方から追われる身になっていたでしょう。
そうしてユーちゃんが変装させてくれることになったのですが、まさか自分も変装することになろうとは思ってもみませんでした。
……そして、ユーちゃんが変装させてくれるということにかなりの不安を予感していた僕は、やはり見事に的中してしまうことになったのでした。
「た、タモくん……なんて、なんて素敵なの……」
ユーちゃんがどこかうっとりとした、恍惚とした表情で僕を賛辞します。僕はそれを複雑な気持ちで受け止め、改めて僕自身を鏡に映し出しました。
そこにいたのは、思わずハッと息を呑んでしまうほどの可憐で可愛らしい女性の姿が……いや。
女装した僕の姿がありました。
「こ、これが僕……?」
僕は声を震わせながら鏡に映る自分を見ます。
手入れなどしたことない痛んだ髪はきめ細かいさらりとした長髪のカツラへと代わり、地味な制服は白のシャツとジーパンへと着替えてどこか活気のある雰囲気に。胸の膨らみはもちろんパッド。ブラジャーも装着済み。ここに一人の変態が誕生しました。
「うっ……、うぅ……」
僕は両手で顔を抑えてさめざめと泣き出しました。美しくなった自分に感動しているわけではなく、変態へと成り下がった自分が情けなくて涙が出たのです。
「タモくん、泣いちゃダメだよ!」
ユーちゃんの叱咤する声が僕の耳に入ります。……そうだね。こんなところで泣いてちゃなにも始まらない。それだと余計女々しいだけだもんね。
「……うん。僕、泣かないよユーちゃん!」
涙をグッと堪えて僕が顔を上げると、
「だって泣いたら化粧が崩れるからね! あと、写真撮ってもいいかなっ?」
カメラを両手に息を荒げるユーちゃんがそこにいました。興奮してハァハァしています。
「………………………」
僕は心で泣きました。
(つづく) |