第37話・トリプルデート?【特別編】 朱雀の続難
ユートピア商店街の大通りにて、信号待ちでその場に佇んでいる少女の姿に注目が集まっていた。
「う、美しい……」
男性からは異性に対する欲望と情欲の眼差しで見られ、女性からは同性に対する羨望と嫉妬の眼差しを向けられる。そんな少女の格好は、なんとメイド服。その姿だけでも十分注目を浴びるというのに、さらっとした長髪に凛とした姿勢から、まるでご主人様に忠実な生真面目なメイドさんだと印象付けられる。……目付きが若干悪いので、ツンデレとしての才能もありそうだ、と思う人もいるかも知れない。
「……………………」
メイド服の少女――いや違う。メイド服を着た男……朱雀は、周りの視線にかなり不愉快な気持ちにさせられていた。この女装をしている自分が見られていると思うと、自分という確固たる存在がぼやけていくような感じがするのだ。
しかも男に話し掛けられる度に気持ち悪い思いをさせられているのである。例えば、
「ハァハァ……君、かわぃぃねぇ……ハァハァ……僕と、結婚してよ」
「その顔を血痕まみれにしてやろうか?」
と気持ち悪いデブが話し掛けてきたので一発殴ったり、
「君と僕はここで出会う運命だったんだよ」
「そしてお前はフラレる運命だったんだな」
と歯の浮いた台詞を言ってくる男を玉砕させたり、
「クールビューティー! それはまさしくユーにこそふさわしいランゲージ!! マドモアゼル、よろしければミーとティーをエンジョイしませんか?」
「マネキン相手にでもほざいてろルーもどき」
とふざけたノリで話し掛けてくる男がいたので一刀両断したりして、男に言い寄られるという不気味さを体験した朱雀は苛々していた。
こんなことになるとは予測せず、結局メイド服を着衣することに決めた自分が本当に情けなかった。何度も躊躇いつつ、数時間も懸けて人前に出た瞬間、今まで守ってきたものが失ったような感覚を味わったというのに。
そんな朱雀の心に占めているのはたった一つ。
早く家に帰りたい。
という願いだけだ。
目の前の信号がようやく青になり、朱雀は早歩きでさっさと帰路に着こうとする。曲がり角を曲がり、やがてあまり人気のない通りに出る。そこを歩いていると、いきなりの突風が彼を襲った。
「むっ」
被っていたカツラが飛ばされそうになり、三十センチほど頭から離れたが、俊敏な反射神経で手を動かして掴むことができた。
人もいないし誰も見ていないので安堵の息を吐き、カツラを再び被ろうとすると、……叫び声がした。
「あーっ!」
どこか聞き覚えのある声に朱雀は一瞬思考を止める。朱雀は目の前にいる人物を見て、カツラを被ろうとしている状態のまま体が固まった。
「………………」
「………………」
朱雀は、……泉水桐花と目が合った。桐花が信じられないものを見たという顔で朱雀を凝視している。
そして開口一番に、桐花は問いた。
「あんた……女装趣味だったんだ?」
「……違うっ」
まさか山羅くんに続いて桐花との久しぶりの再会もメイド服姿だとは。……人生とはよく分からないものである。
……………………………
「……へぇ。あんたも輝閃さんの知り合いだったんだ」
朱雀がなぜメイド服を着ているのかという理由を説明すると、桐花はどこか感心した様子でしきりに頷いている。朱雀はそんな桐花に疑問を口にした。
「なんでお前が如月を知っている」
「なんでって、さっき会ったからよ」
「……どこで会った」
「もう帰ったからいないわよ。だから殺気をしまいなさい」
自らの称号らしく復讐に燃える朱雀に念を押す桐花。
「なるほどねぇ。この人なにしにきてんだろ? って疑問に思ってたけど、あんたに嫌がらせをするために来てたのね」
最悪な理由だな。朱雀は本当にそんな理由のような気がしてうんざりとする。
「…………それにしても」
朱雀は改めて桐花の姿を見て感心する。女というのは化粧しただけでこうも変わるものなんだな。それだけ今回の気合いは十分ということか。
「お前はここで油売っているところではないだろう。さっさと存と合流しに行くんだな」
再会は僅か、会話は少なめで別れを切り出す朱雀。
「……言われなくても分かってるわよ」
そのムスッとした顔から、あまり状況は芳しくないようだと推測する。俺には頑張れとしか言うことができないな。言ったら激昂するので言わないが。
「……じゃあね朱雀。また縁があったら会いましょ。今日は……まあ、会えて嬉しかったわ」
桐花は朱雀にひらひらと手を振って去ろうとする。その背中を朱雀は睨みつけた。
「……女装のことは誰にも言うなよ」
「な、なに言ってんのよっ。い、言うわけないでしょ!」
分かりやすい女だ。なぜ存は気付かないのだろう。朱雀は親友のふがいなさに軽く嘆きつつ、もう一度桐花に念を押してから桐花と別れた。
それからはただ真っ直ぐ帰ればいいだけの道のりなのだが、不思議な集団と遭遇したので思わず足を止めてしまう。
聖帝の学生服を着た男達(推定五百)が行列で行進して、『百合命』と縫われたハチマキを額に巻いた男達(推定二百人)がその後ろを付いていくように続き、『山羅に死を』と演説する車が二十台ほど通ったときには日本はどうなっているのだと眩暈がした。
……これは、帰るわけにはいかないな。
目の前の非常識に親友の命に危機を感じる朱雀であった。
そして、ようやく不思議集団の姿が見えなくなったのが二時間後のこと。その間、なんというか呆気に取られてその場に突っ立っている朱雀の姿を、偶然に山羅くんが見てしまったことに彼は気付きすらしなかった。ついで、桐花に対して必死にごまかしをしていることも。
彼が家に帰れるのは、まだまだ先のようである。
(つづく) |