第2話 幼馴染みに殺される
学校に着いたとき、時刻は七時五十分でした。
「よかったー。まだ十分あるよ」
随分とのんびり歩いて来ましたが、時間はまだまだ余裕がありました。それでも八時に朝のHRが始まりますので、早く教室に行かないといけません。
「……ん?」
ふと何気無く目を向けた校舎から、こちらに向かって物凄い勢いで走ってくる人影が見えました。……あ、あれは……!
「い、泉水!?」
僕と一緒にこの学園に入学した幼馴染みの泉水桐花でした。ポニーテール(昔、馬の尻尾みたいと言ってリアル半殺しにされた記憶は未だ消えません。だってポニーテールってそういう意味でしょ!?)を振り回しながら猛然と駆けてきます。僕は本能的に逃げようとしましたが、諏訪さんが動こうとしません……!
なんでこんなときだけ!?
僕はそう叫ぼうとしましたが、なん、のところで、ゴブファ! 僕は腹に鈍い衝撃を受けました。
「せ、正……拳、突き……(ガクリ)」
僕は崩れ落ちました。みぞおちを的確に狙ってくる悪意(殺意?)に涙も落ちそうです。
「存さん!?」
諏訪さんの驚きの声が辺りに響きます。近くにいる男子達の、
「ケッ!」
「ざまあみろ!」
「いいぞ、殺れ!」
という歓声が響きます。あんたらなんなんだよ!
「なにをするんですか?」
抗議の声を発するのは諏訪さんです。静かで平坦な声色に、怒りが滲んでいるのが分かりました。
「スキンシップよ」
「なるほど、そうですか」
あっさりと納得しました!
「すみません。存さんに向かって殺気のようなものを発しながら空手の正拳突きを正中心の構えから渾身の一撃を放ったので、てっきり殺意があるのかと勘違いしてしまいました」
そこまで分かっていながらなんで信じるの!?
「無理もないわ。殺気と気合いは同じようなものだから」
全然違う! 受けた僕には分かる! あれは気合いだけの生易しいもんじゃない! 間違いなく僕を殺しにきてた!!
「なに、文句あるの?」
そう言われ、長年培ってきた過去の悲劇が条件反射のように僕の口から声を発しました。
「文句なんて閻魔様にはあるけどあなた様にはありません」
「ならいいけど」
ムスッとした顔を横に向けて腕を組むと、フン、と息を吐きました。
清楚な横顔からは想像できない気の強さに毒舌を兼ね備えた悪魔のようなこの女子が泉水桐花です。昔からの幼馴染みで、彼女の恐ろしさはこの身を持って知っています。僕の体には様々な思い出(傷痕)が刻まれているので。
「それで、泉水はなにしにきたの?」
さっきの猛然と僕を殴り(殺し?)にきた理由を問います。
「朝っぱらから警察官プレイをしてるあんたをコロシ……こらしめるためよ」
「殺しって言おうとしたよね!?」
「誰が?」
「幻聴みたいです」
静かなる殺気を感じとったので私語を慎みました。時として、私語は死語に変わることがあるので気を付けましょう。
「それはそうと」
泉水は侮蔑を込めた瞳で僕の手首にある手錠を見てきました。
「外したら?」
僕は泉水に外せれない理由を簡潔に告げました。
「鍵が折れて無理なんだ」
「じゃあ手首を斬る」
「やめてよ!?」
不気味な笑みを浮かべる泉水に本気で死の恐怖を感じます。
「あの、存さん」
そこでようやく今まで静かだった諏訪さんがおずおずと口を開きました。まるで未知の生物を眺めるように泉水を見ています。……確かに未知の生物には違いありませんが。
「こちらの方の紹介をお願いできますか?」
正直に言ったら泉水に殺されるので、多少美化させて説明しました。
「泉水桐花。僕の昔からの幼馴染みで、一緒にこの学園に入学したんだ。見た目は清楚なんだけど…………いやいや、中身も清楚ダヨ? 空手の有段者で、すごく男勝り…………じゃなくて、努力家ナンダ? 趣味は料理らしいけど味は…………天国! 天国なんだ! 本当ダヨ!? 食べたら本当に天国に行きそうなんだ!! 綺麗なお花畑が僕を歓迎してくれたんだ! 僕はあの記憶を一生忘れられない……! ………ハッ!?」
ヤ、ヤバイ。思わず本音が……!
「ふーん……」
泉水がわざとらしくそう口にしました。め、目が据わっています! これは殺し屋のそれです!
「じゃあもう一度……逝ってみろ」
「漢字に殺意が!? って、あ、あれ? 泉水、なんでバットを……それも釘バットを持ってるのかな?」
「なんでかな?」
「わかりたくないです」
ビュン!!
「ぬぉォオ!?」
確実に僕を仕留めようと脳天を襲ってきた一撃を、諏訪さんと一緒に後ろへ跳んでなんとか避けます。
「……なんで避けるの?」
「死ぬからだよ!? キミは僕を殺すつもりか!?」
「決まってるじゃないっ!」
「逆ギレ!? 僕がキレたいよ!」
そこで僕は釘バットが降り落とされた地面を見て顔を青くしました。
凹んでます。
「なにこの威力!? 当たってたら死んでるよ絶対!!」
「あんたこれぐらいじゃ死なないでしょ」
「死ぬよ! これほどの威力なら充分死ねるよ!」
と、その時です。
キィーンクォーンカーンクォーン…。
「ヤバイ! 遅刻だ!」
言い争っている間に十分経ってしまったようです。そんな間抜けな理由で遅刻なんかしたくありません。
「す、諏訪さん、速く行こう!」
僕は手錠ではなく諏訪さんの手を引っ張って走り出しました。
その時わずかに振り向いた僕の目に、ほんの少し見えた泉水の顔がしばらく忘れることができませんでした。
そう、僕はこのとき確かに、泉水が寂しそうに見えたのです。
しかしそれは教室に飛び込み、席に座って授業を聞いているうちに次第に薄れ、忘れていきました。
まるで、僕自身が気のせいだと言うかのように。
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