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山羅くんの不幸
作:紫水晃



第36話・トリプルデート?【特別編】 朱雀の災難


 



 時刻は六時十五分。

 その頃、朱雀と戦神と露出凶は……未だに鬼ごっこを続けていた。

「こいつしつこ過ぎるんだよっ!」

 戦神が後ろをちらりと見て悪態を吐く。

 あれから約一時間余り、三人はずっと走り続けているのにも関わらず汗も息切れもあまり見受けられない。やはり体の鍛え方というのが常人とは違うからであろう。……つまり、この露出凶も鍛えているというわけである。なんのために? おそらくは、警察から逃げるためだ。

 そしてさっきから気になってはいたのだが、商店街の中を三人はぐるぐる走っているのに人の姿を今まで見ていない。それが朱雀と戦神には誤算だった。この露出凶に追われているのを見られたら、誰かが警察に通報してくれると思っていたからだ。生憎、二人は携帯を持ち歩いていないので通報できない。

「……戦神よ」

 このままではラチが明かないと、朱雀が隣を走る戦神に声を掛けた。

「良い策がある」

「なんだっ?」

 その言葉に耳を傾ける戦神。朱雀はその策を口にした。

「お前、生贄になれ」

「嫌に決まってんだろ!」

 当然の反応を示す戦神。

「なんで嫌なんだ?」

「誰だって嫌だろうが! お前だって嫌だろッ!?」

「ああ、嫌だね」

「じゃあ自分が嫌なことを人にやらせんじゃねぇ!」

「お前ならいいんだよ」

「どういう意味だよ!」

「〈能無し〉という意味だ」

「いま関係ないだろソレッ!」

「そもそも、追われているのはお前だろう。だから、俺から離れろ。失せろ。消えろ。いなくなれ」

「お前はホントに―――――…………・・・ ・」

 ムカつく奴だな! と、いつものように激昂したところで足でも引っ掛けて転げさせようと画策していた朱雀だが、突然、言葉の途中で戦神の姿が忽然と消えてしまった。

「む……?」

 どこへ行ったんだと急いで振り返ると、…………戦神がいたであろう場所に、大きな穴が開いていた。

 いや、穴ではない。

 そこには……蓋のないマンホールがあった。

 闇に誘うようにぽっかりと開いた黒い穴。そのすぐ近くに看板があり、こう書かれている。


[注・下水道マンホール。蓋がありませんので気を付けてください]


「……………………」


「……………………」


 自然、朱雀と露出凶は目を合わせた。


 ――ほら、触りに行ったらどうだ。


 ――断る。


 そりゃあそうだ。朱雀は諦めて前を向く。触ろうとしていた相手は、……今や触りたくない奴に変わっているのだ。狙いが俺に変わってしまうのも当然か。

 どうせなら蓋を閉めてやりたかったなと思いつつ、やがて目の前に十字路が見えたのでそこを右へと曲がる。曲がった瞬間、これからどうするべきか思案していると、ふと人の気配を感じて横を見た。

「…………………む」

 そこには、目を丸くしてこちらを見ている山羅くんと桐花の姿があった。これには朱雀も目を丸くする。こいつら、この時間になにしてるんだ。……まさかこの時間からデートしているのか?

 そう驚きながらも、二人に逃げるように警告した。伝わったかどうかは分からないが、確認せず全力で走る。


 やがて後ろで桐花の悲鳴が轟いたが、朱雀は足を止めなかった。


……………………………


 しばらくしてようやく朱雀は足を止める。後ろを見ても、あの露出凶の姿はない。どうやら逃げ切れたようだ。

 ……まさか、すでにあの露出凶のターゲットが山羅くん達に変わり、しかも桐花の【世界終焉】による一方的な殺戮が起きている状況になっているとは、朱雀には知るよしもなかった。

「……帰るか」

 ここにいても百害あって一利なし。早々に退散することにしよう。朱雀は家に帰ろうと方向転換した。


 と、次の瞬間。


「あ、ごめんなさい」

「……………………」

 女性の謝る声がした後、バシャリという音が全身に降り注いだ。びしょぬれになった自分を無言で見下ろし、濡れた髪を分けながら前にいる女性へと目を向ける。

「……なんの、マネだ?」

 手で軽く眉間を押さえ、怒りを堪えながらそう聞く。女性は、空になったバケツを下に降ろすと、しれっとした様子で頭を下げた。

「不慮の事故です。だから謝りました」

「……俺には、謝ってからその不慮の事故とやらが起きたように見えたんだが」

「幻覚ですね」

「……ほう。では、そのバケツ一杯の水をなんに使おうとしていたんだ?」

「バケツ? そんなものありましたか?」

「……お前の、足元にあるのは、なんだ?」

 ひくひくとこめかみを痙攣させる朱雀。水に濡れたので服が体に張り付く不快感にも苛立ちがあった。

「これですか? これはバケツではありません。水組用具です」

「水組用具。つまり、バケツだろ」

「そうとも言いますね」

 こいつはおちょくっているのか? 朱雀は溜め息を吐くと、目の前にいる女性を睨みつけた。

「如月、お前がどうしてここにいる?」

 諏訪家のメイド長である輝閃如月。その彼女が、どうしてこんなところにいるのだろうか。

「あなたをおちょくりに来ました」

 如月はその問いにそう答える。

「そうか。……なあ如月。本当にそれだけのために諏訪家を出てきたのなら、俺はお前を殴らないといけないわけだが?」

「どうぞお好きに。婦女暴行で訴えます。痴漢で訴えます。セクハラで訴えます。パワハラでも訴えます」

「………………もういい」

 朱雀は相手が悪かったと諦める。殴ったら、こいつは本当に実行するだろうと分かったからだ。

「どうせ、また主君がらみのことだろう」

「黙秘権を行使します」

 もうどうでもいいか。

 なんだか下らなくなってきた。朱雀は帰ろうと如月に背を向けた。


 と、次の瞬間。


「あ、ごめんなさい」

「……………………」

 女性の謝る声がした後、バシャリという音が全身に降り注いだ。怒りを通り越して呆然としている朱雀が見ているなか、その女性は何事もなかったかのようにすたすたと朱雀の横を通り過ぎ…ようとして空になったバケツを投げて朱雀の頭にぶつけた。そして如月の横を通り過ぎ、やがて見えなくなった。

 その背中を最後まで見届けてから、頭を擦りつつ朱雀は呟いた。

「……あいつ、誰だ?」

「……私も知りません」

 見知らぬ女性に水をぶっかけられ、バケツをぶつけられたわけか。朱雀はなんだか無償に虚しい気持ちになる。

「…………帰る」

 本気でそう言って歩き出そうとすると、如月に腕を掴まれて足を止める。

「……なんだ」

「そのままでは風邪を引いてしまいます。服を用意しておりますのでそれに着替えてください」

 用意していたということは、それが目的なのか? 朱雀は呆れるも、まあいいだろうと軽い気持ちで如月から用意していたという綺麗に畳まれた服を受け取り、着替えるために物陰へ向かった。

「……おい」

「なんでしょうか」

「なぜ付いてくる」

「興味がありますので」

 こういうのは正直に答えるんだな。朱雀は頭を軽く振って何度目かの溜め息を吐き、下着以外の服を脱ぐ。するとすぐさま如月が濡れた服を手に持ち、朱雀から離れていく。

 そうして着替えようと畳まれた服を広げると、


「……………なんだ、これは……」


 それは、……メイド服だった。以前着たことのある服なのですぐに気付く。しかもご丁寧にカツラまで用意されていた。

「どういうことだ……如月……?」

 わなわなと怒りに震え後ろを振り向くも、……そこに如月の姿はなかった。

「な……っ」

 すぐに物陰から出て如月を探そうとしたが、すぐに体を引っ込める。人の姿がちらほらと見えたからだ。

「…………クッ」

 今の自分の身なりはパンツ一丁という変態的スタイル。出ていったら警察に通報されてしまう。しかし、なにか服を着なくてはならないのに、手元にはメイド服しかない。それを着ても、メイド服なので人目を集めるし、今度は女性趣味の変態に思われてしまう。

「…………あ」

 そこでカツラの存在に気付く。これを被れば……もしかしたらバレずに済むかも知れない。

 ……まさか如月……これを狙っていたのか?

 朱雀は悔しそうに下唇を噛んだ。してやられた。まんまと如月の策に掛ったのだ。

「…………う、ぐ……」

 朱雀は苦悩した。どうするべきかと。


 一生の恥(露出凶で警察行き)か、


 一時の恥(女装で切り抜ける)か。


「…………………」


 そして苦悩した結果。……朱雀は覚悟を決めた。






(つづく)












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