第32話・トリプルデート?【泉水編】 泉水桐花
【AM10:45】
土下座をしたまま店員さんを説得すること数分。ようやく誤解が解けたかと思います。
「私は、存を信じていたわ!」
おもいっきり目を反らしてそう言う泉水をじとーと見ます。まあ、まだ疑わしげに見てくる店員さんよりかはまだマシですが。
どうやら泉水は帽子を試しに被っている途中で気に入った下着を見つけ、それを買おうかどうしようか迷っているときに店員さんに話しかけられていたようです。……それで、そこに運悪く僕が来たというわけですね。
危うく警察にご厄介になりかけた僕。今までの人生でベスト百位にランク・インするほどの災難でした。……え? 残りの九十九? ハハハハハ。……ノーコメントです。
ちなみに、僕が被りたかったあの赤い帽子は、店員さんが『なんかキモいから被らないでください』と言われ無理になりました。キモいって言うなよ!
「ねぇ、存」
棚に戻された赤い帽子を未練がましく見ていた僕に、ようやく本来の目的である洋服を探していた泉水が声を掛けてきました。
「なに?」
「借金地獄になって首吊り自殺にまで追い込んでも構わないよね?」
「構うよ!? 構いまくるよ!? 突然なにっ!?」
見れば、泉水は黄金で作られたんじゃないかというほど悪趣味な金ぴかドレスを持っていました。値段を見ると……一千万?
「無駄無駄無駄……じゃなくて、無理無理無理絶対無理だって! そんなお金はありません!」
「……チッ」
分かりやすい舌打ちはやめてほしいです。
「じゃあ………………………、そうね」
泉水はなにかを思い付いたようです。僕を見ると、なぜか薄く笑って、
「あんた、私に似合いそうな洋服選んでみてよ」
と言いました。
ふぇ? と僕は固まります。泉水の似合いそうな洋服と言われても戦闘服しか思い付かない……って言ったら殴られるので言いませんが、どう選んだらいいのでしょう。ここは笑いを取るべきか? いや、笑い=死に直結しているのでここは慎重に選ばないと……。
「………んー…と……」
悩みます。泉水に似合いそうな服、泉水に似合いそうな服……うーん………………。
真剣に考え、悩み、何度も洋服を手に取っては戻し、泉水に似合いそうな洋服を探します。
「あ…………」
やがて、ようやく僕は泉水に似合いそうな洋服を一着見付け出しました。それを手に取ってみて、うん、と頷きます。
「……これなんてどうかな?」
それは、キャミソールでした。全体的に淡い水色で彩られたシンプルなデザインです。それを泉水に手渡します。
「どうしてこれにしたの?」
受け取ると泉水が最もな疑問を口にしました。僕は正直に答えます。
「えーと……その、…理由は、ないんだけど……」
少し照れながら。
「……強いて言うなら、泉水って水色が好きだったし……それに、それを着たら、可愛いだろうなぁ…って思ったから……」
それを聞いた泉水は、うっ、と照れたように頬を少し紅くし、僕から目を反らすと、
「……じ、じゃあこれに決めたわ」
あっさりとそれに決めました。
「え、えぇ? それでいいの?」
値段は三千円と安いわけなのですが。
「いいのよ」
迷うことない足取りでそれをレジに持っていき、泉水は僕を見て言いました。
「あんたが真剣に選んだんだから、文句はないわ」
……そう言われたら、僕もなにも言うことはありませんね。
少し、嬉しいなぁ、とちょっぴり幸せな気持ちを抱いていると、こちらに向いていた泉水が手を差し出していることに気が付きました。
「え、なに?」
「金」
「……………」
……はぃ、と僕はお金を渡しました。千円札が三枚もなかったので、一万円札を。
【AM11:00】
洋服も買い終え、店を出ると、真っ先に泉水が口を開きました。
「はい、今日は終わり! 解散!」
「え、もう?」
腕時計を見ると、まだ十一時になったばかりでした。まだ一時間も時間があるわけなのですが、いきなりどうしたのでしょうか。
「ほら、さっさとユーちゃんの所に行きなさい!」
と背中をドンと押され前に倒れそうになります。ほとんど無理矢理です。体勢を整え後ろへ振り返ります。
「ちょ、ちょっと待ってよ!」
でも僕もそう易々と帰るわけにはいけないのです。
なぜなら、僕はまだ泉水のことを『桐花』と呼んでいないのです。
斑鳩希望さんに名前を言うシチュエーションというのを教授されましたが、それを今実行するべきなのか……!
その方法とは、
(相手が帰る間際に車道に飛び出して『桐花、僕は死にましぇーん!』と言えば完璧だよ!)
……ってこれギャグなんじゃ!? 今気付いたけど! というか気付くの遅いぞ僕!?
そう頭を抱えている間に、耳にガチャッという音が入ります。顔を上げて見れば、いつの間にか泉水がタクシーに乗り込もうとしているではありませんか! あれ、泉水ってお金を持ってきてなかったんじゃ……あっ! さっきの僕の一万円札のおつり! まだ返してもらってなかった! ……じゃなくて!
「待ってって!」
僕は慌てて泉水を追い掛けます。僕がタクシーの近くまで寄ると、『早く出して』『いいんですかい?』『いいに決まってるでしょ! こいつストーカーよ!』という会話が……っておいコラ! 待てよオイ! コラァー!!
二重の意味で制止の声を叫びながら猛然と追い掛けます。おかげでまだスピードに乗れていないタクシーの前に回り立ち塞がることができました。
「…………あっ!」
こ、このシチュエーションは……! まさかこれは、神が与えてくれたチャンス!? 心底嫌だけど、僕、いきます!
「と――ゴフォァ!?!!」
牽かれました。
当然ですよね。
せめてブレーキぐらい踏んでよ……。そう恨み言を心の中で呟きながら、僕の意識は途切れました。
……………………………
優しく、温かい心地好さを心に感じます。自然と心安らぐような懐かしい感触。それを感じながら、僕はゆっくりと瞼を開きました。
「…………あんたってホント、バカね」
すると、すぐ目の前に不機嫌そうな泉水の顔がありました。それだけでも驚きですが、それと同時に、後頭部に感じる感触に気が付き更に驚愕します。
(ひ、膝枕されてるっ)
すぐ近くに泉水の顔があることもそうですが、後頭部に感じる泉水の温もりに顔が熱くなるのが分かります。慌てて体を起こそうとして、泉水に頭を押さえられました。
「じっとしてなさい」
少し怒ったように言う泉水に逆らうことなどできません。僕は内心ドキドキしながらおとなしく膝枕をされたままになります。
視線を動かして回りを見ると、どうやら僕達は公園にいるようでした。人の姿が見えない寂れた公園です。そして今いるところはこの公園に一つだけあるベンチ。そこに僕は泉水に膝枕されて横になっていました。
「……存、あんた自分がなにをしたのか分かってんの?」
じろりと泉水に睨まれ、僕は考えます。
「……えー…と………………自殺未遂?」
パチン、と額にデコピンされました。痛いです。
「大正解。車の前に飛び出して存はあやうく自殺するところだったのよ」
泉水の説明によると、気絶した僕をタクシーの運転手さんが『埋めますか?』と尋ねてきたので『そうね。近くの公園に埋めましょう』ということでここまで連れてきてくれたようです。……なんて嫌な会話だろう…。
「……それで、あんたはなんで自殺未遂しようとしたの? ようやく自分が生きていることの意味のなさに気が付いた?」
「違うよ! …………その、泉水に言いたいことがあって……」
軽くツッコミしつつ話を切り出します。
「言いたいこと?」
泉水の瞳が純粋な疑問の色を称えました。
「うん。あー……その…………」
まさかここで『桐花、僕は死にましぇーん!』と言えるはずもなく。ってか言えるか。僕はどう話そうか視線をさ迷わせて悩んでいると……、
「…………あ」
と、僕は気付きました。自然と頬が弛みます。
「…………懐かしいね。この公園。昔、ここでよく遊んでたよね」
「…………あぁ」
泉水も思い出したのか、顔を上げて公園に目を向けます。懐かしそうに目を細め、呟きました。
「五年振りかな……」
いつ頃からか。僕達が公園に遊びに来ることは少なくなってきました。
それは部活で忙しいという理由もありましたが、やはりもっと楽しいところのほうが良いという理由が多く、この寂れた公園以外のところで遊ぶようになり、次第に疎遠になっていったのです。
「……あの頃は七、八人ぐらい友達と一緒にいたのに、今では僕達だけだね」
「そうね……。あんたとの腐れ縁もここまで続くとは…………まあ、長い付き合いよね」
思い返せば、十年。
幼稚園の頃から単純計算して十年来の付き合い。
そう考えると、泉水は、僕の最も古くからの友人で、互いを良く知る幼馴染みで、そして、僕の大切な……親友。
「……ぷ」
そこまで考え、僕は思わず吹き出してしまいました。
「な、なによっ」
ハハハハハ! と笑い出す僕に困惑した表情をする泉水。そんな泉水に構わず、僕は久しぶりに、学園に入学して以来初めて心の底から笑いました。
「ハハハ………い、いや、さ…………うん。…ホント、バカだなぁ僕、って思ったら笑えてきて」
そうです。僕はなにを今更遠慮する必要があるのでしょう。
この十年来の親友とは、今日まで過剰なスキンシップをされ続けた仲じゃないか。……僕からがないことに若干不条理さを感じるものも。そしてこれからも、僕はそれが続いてほしいと願ってる。……ドMじゃないですよ。
「よし!」
僕は勢い良く体を起こすと、未だ困惑している泉水に向き合います。
「……僕が泉水に言いたいことはね」
握手を求めるように手を差し出し、笑顔に想いを込めて一言。
「これから先もよろしくね! ―――“桐花”!!」
僕の、今の正直な気持ちです。ありきたりな言葉ですが、そこにありったけな想いを込めましたよ!
……だが、その瞬間!
「ぶくふぉ!?」
顔に鈍い衝撃。僕は吹っ飛び、ベンチから転げ落ちました。
「え、なななに!? なにっ!?」
顔を押さえて体を起こします。さきほどの衝撃。それは、桐花の一撃でした。桐花の渾身の正拳突きに鼻血が出ます。
……なにこの仕打ち!?
「な、なにするんだよ桐花っ!」
僕は意味が分からず桐花に詰め寄ります。
しかし、桐花はベンチから立ち上がると僕に背を向けたので顔が見えません。
「う、うるさいうるさいうるっさい! あんたには関係ないでしょ!」
「関係ありまくりだよ!? 僕殴られたんだよ!?」
「誰に!」
「君だよ!」
「だから誰に!」
「だから君だよ!」
「キミ、って誰よ!」
「桐花だよ! ト・ウ・カ! 泉水桐花っ! 理解しましたか!?」
「うん」
あれぇ!? とズッコケそうになります。そんなあっさり肯定するの? いや、それがいいんだけど。
なんなんだよもう……、と肩を落とす僕。そして、少し泣きそうになりながら顔を上げて、
「…………ぁ」
僕は見るのでした。
ようやくこちらに体を向けた桐花の顔を。
それを見て、なぜか満足してしまう自分に気が付きます。
なぜなら、そのとき見た桐花の顔は、……満面に笑みを浮かべた、愛らしくも憎らしい、何年振りかに見る、桐花本来の笑顔だったのだから。
だけどそれはほんの一瞬の幻影でした。僕が見たと気付いた瞬間、それはすぐに、舌を出し、目の下に指を置いたあのポーズに早変わりします。
……そして口元の笑みをごまかすかのように、桐花は何万回と聞いたあの言葉を呟くのでした。
「……………ばーか」
(泉水編・おわり) |