第1話 赤い糸と手錠
断じて、僕は裸を見ていません。
「私はしっかり見ました」
「見ないでよ!?」
僕は顔を真っ赤にさせると、恨みがましい目で僕と諏訪さんを繋ぐオリハルコンの手錠を睨みました。
この手錠があると、着替えるのがとても困難なのです。下は……、うん。下のスボンとか下着とかはなんの障害なく着替えることができるのですが(諏訪さんが興味津々の顔で見ようとしていたときは焦りました)、いかんせん、服は着替えることが不可能に近いのです。
「脱ぐことはできますよ。その代わり、しわくちゃになりますけど」
諏訪さんが言うやり方は、脱いだ服を手錠と腕の隙間から取り出す方法です。確かに脱ぐことはできました。その際、互いの体を見てしまうことになりましたけど。
「このまま……します?」
と、どうやって服を着ようかと悩む僕の耳にそんな誘惑を囁くのですから堪ったもんじゃありません。しかも顔を真っ赤にさせ、潤んだ瞳で見つめてくるのですから、あとは僕の理性vs欲望の一騎討ちです。実況中継したいほどの死闘の末、理性が勝利を収めましたが、もし欲望が勝っていたら僕と諏訪さんはどうなっていたのでしょうか。
「……いや、それよりも」
僕は溜め息を吐きます。
つい先程のことです。僕はワケあって実家で一人暮らしをしているのですが、そんな僕の家に諏訪さんが一緒に住もうと提案してきたのです!
「だって、『赤い糸で私と存さんは結ばれているんですよ』。当然じゃないですか」
「どうしてだろう。僕には『手錠で私は存さんを拘束しているんですよ』としか聞こえないんだけど」
「まあ、存さんったら……」
諏訪さんは顔を紅潮させ、はにかみました。
「え? なんでそんな反応になるの?」
僕は彼女とは永遠に相入れないのではないかと疑っていたことが確信に近付きつつあることを眩暈と共に感じました。
「……あ、…あのさぁ諏訪さん。君の御両親はそれを許すと思うのかい?」
嫁入り前の娘をどこぞの馬の骨とも知れぬ野郎の家に同棲まがいのことをさせる親なんているのでしょうか?
「……………………」
すると、諏訪さんはそれには答えず、うなだれて黙りこんでしまいました。
「え、ど、どうしたの?」
その悲壮感漂う姿に僕は慌ててしまいます。
「…実は、私の両親は……一年前に…………」
諏訪さんはそこで言葉を切り、ギュッと手を握ると、ふるふると体を震わせました。
「い、一年前に……?」
まさか……、と僕は切なくなりました。もしかしたら、彼女の両親は、もう……。
「……オーストラリアへ旅行しに行ったのです」
「うん……」
「………………」
「……うん? …………え? それだけ?」
「はい」
「えぇえぇぇ!? 思わせぶりなこと言っといてそれだけかよ!? 一年前にオーストラリアへ旅行したからといってなんなわけ!?」
「意味はありません」
「ないのかよ!」
「はい。それから、私の両親は同棲することに協力的ですので心配しないでください。いつでも赤ちゃんを迎入れる準備はできているとのことです」
アホかぁ! とビシッとツッコミたいですが、この場にいない人にツッコンでも仕方ありません。
「って、あ!」
何気無く腕時計を見れば、もう七時半になっていました。
そう。もう朝なのです。なぜストレスでの気絶で一日も寝ていたかは分かりません。薬物を疑いましたが、まさかそんなことを…………すると思うなぁ。脳裏に手錠を掛けられた時を思い出し、左手首にリアルに感じる重みを改めて感じます。昨日、諏訪さんに手渡された飲み物が怪しいと僕は確信しています。
「早く着替えましょう」
諏訪さんがそう言うも、制服だけは着ることはできないんです。ズボンは穿けたけど、あと制服だけが……!
「私に任せてください」
すると諏訪さんは僕に目を瞑るよう促してきました。そういえば今更ですが、彼女はいま下着姿なんですよね。……すみません。ホントに今更ですね。だって彼女の胸をどう表現しろと言うんです? 牛ですか? Fですか? それとも男のロマンですか? ……すみません。話を戻しましょう。彼女に言われるまま、僕が目を瞑った瞬間、
「もういいですよ」
と言われました。
一秒も経ってないのに…と思いながら目を開けると、………? え、えぇ……? ……なぜか、諏訪さんはすでに制服を着ていました。
「なんで!?」
あの一瞬でなにが!? そう驚く間もなく、僕は自分の体を見て、愕然としました。
「服着てる!?」
僕は信じられない想いで自らを見ます。そ、そんな……着替えさせられた感じなんてなかったのに。それも一瞬で……。
「なにしたの!?」
諏訪さんは笑顔で答えてくれました。
「秘技・殺苦死です」
「えぇ!? そんな殺とかが入る技で!? どんな技だよ! ってか副作用とかないですよね!? 苦とか死という不吉な漢字に恐怖を感じるのですが!!??」
「…………。ないです」
「そのあからさまな間はなに!? ちょ、ちょっと! なんで目を反らすの!? 僕の目を見るんだ! ほら! やましいことがないのなら……!」
「さ、さあ行きましょう」
「ああ待って! なんでそんな分かりやすい話の反らし方するの!? 余計気になるじゃない! それならいっそ話してくれた方が……って、な、なんでいきなりそんな真剣な顔を……わ、わーわー! やっぱり言わないで! 真実はなにも一つとは限らないから!」
僕は某推理漫画に出てくる少年探偵を否定するようなことを叫びながら家を出ました。
……………………………
僕の家から学園までは一キロも離れていません。なので徒歩で登校することになっているのですが……。
「おっ、山羅さんとこの息子さん! 朝っぱらから警察官プレイかい?」
「はい!」
「違います! 諏訪さんっ、君は黙ってなさい!」
「ハッハッハ。俺の若い頃にそっくりだ。……久しぶりに警察官プレイやってみたくなったなぁ」
顔馴染みのおじさんにそうからかわれたり、
「あらあら、存くんも警察官プレイをする歳になったのねぇ」
「はい!」
「だから君は黙ってなさい! それからおばさんっ、違いますからね!」
「本格的な警察官プレイをしたくなったら家に一式あるから、今度貸してあげようか?」
というご近所のおばさんの凄い発言を聞き流し、
「あー! 山羅のお兄ちゃんが警察官ぷれいしてるー! 僕のパパとママと一緒だー!」
「こ、こら!」
「な、なにを言ってるのかしらこの子は!」
「ふふ。あのような家庭を築きたいものですね」
「この界隈には警察官プレイが流行ってるのか?」
ある家族の嗜好を知ってしまうなどして、手錠を見られる度に居心地の悪さを感じました。
なお、さっきまでの人達が特殊なだけで、普通の人は手錠を見ると怪訝な顔をしたり引き気味に顔を引き攣らせたりと“正常”な反応をしているのであしからず。
「……存さんって、ご近所の皆様から好かれているのですね」
酒屋のお兄さんに『やぁ、存くん。隣にいるのは彼女かい?』と言われ慌てて否定していると、隣の諏訪さんが微笑を浮かべて僕を見てきました。
「え、そうかな?」
僕は腕を組んで悩みます。ただからかわれているだけだと思うけど、諏訪さんの目にはそう映ったのでしょうか。
「はい。皆様が存さんを見る目には、優しさが満ちていました」
そう言われると僕も照れてしまいます。
「あと殺意にも」
どうかそれは嘘であってほしい。
「冗談ですよ?」
一瞬で青ざめる僕を見て楽しそうな表情をする彼女に、本当に冗談なんだな、とホッと安心するのも束の間、
「もちろん優しさが満ちているのが冗談です」
「そっちが冗談なの!?」
普通『殺意』が冗談じゃないの!?
その後、諏訪さんが冗談好きだということが判明するまでの間、僕がご近所の皆様からビクビクして生きていくことになるのは言うまでもありません。
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