第26話・トリプルデート?【泉水編】 デッド・エンド♪
《AM06:30》
惨劇は終わり、残された屍は殺戮者の前に頭を垂れるのみ。流す涙は血へと成り果て、落ちる雫が大地を紅く汚していく。
「………………」
殺戮者は無言で屍を見下ろすだけ。物言わぬ屍に興味などなし。自らを突き動かす破壊衝動は生きている者にこそ与えるべきものなのだから。
……なんちゃって。
どうも、山羅存です。さきほどの描写のように、今現在、この場は凄惨なことになっています。あえてどう凄惨なのかは省き、僕は泉水に言いました。
「じゃあ行こうか。一応警察には連絡してるから」
泉水の暴走を見慣れているからこその僕の反応です。こんな血生臭い出来事は星の数ほど体験しています。……そのほとんどは実体験ですが。それに相手は変態ですし、同情の余地はありません。
ただ……、と僕は複雑な気分です。
結局は泉水任せにしてしまう自分がなんとも情けなく感じました。泉水は変態の前では……いや、泉水は女の子なんです。本来は男である僕が守ってあげないといけないのです。これでは、あのヤマラクエストの情けなくなれば情けなくなるほど強くなるというシステムに反論できなくなります。……よし!
「ねぇ泉水!」
白い外装に僅かほどの返り血を浴びるという失態を犯さない超人だから別にいいんじゃないのか、と頭の片隅でもう一人の僕が囁くも、それを押しやって僕ははっきりと言いました。
「いつか泉水がピンチになったとき、今度は僕が守ってあげるから!」
そう言うと、泉水がギロリと僕を睨んできました。
「ヒッ!?」
「あんたその台詞、都合のいい台詞だと思わない?」
「……おっしゃるとおりであります」
土下座して謝ります。
「ま、いいわ」
泉水はふぅと息を吐くと、ふと、道端に停めてあるベンツに目を留めました。なぜそこにあるのか。その妖しく黒光する高級車から、どことなーく、ヤのつくお方の姿が思い浮かばれました。
「ねぇ、存」
泉水がぽつりと呟きました。
「な、なんでございましょうか?」
「今から“うっかり”あのベンツを全壊してきてもいい?」
「どこがうっかり!? すっかりやる気じゃん! ……え? ちょっと待って! マジでそれはダメだって! さすがにそれはムリだって!」
ずんずんとベンツへと向かっていく泉水に涙目になりながら懇願します。
早くも泉水に、というか僕に、命の危機が訪れそうなそのとき、思わぬ人物が僕を助けてくれました。
「そこにいるのは山羅様ではないですか」
どこかで聞いたことのある女の人の声。僕と泉水は同時に振り返りました。
「あ、あなたは……!」
さらっとした長髪に、どこか貫禄のある雰囲気、そして、……メイド服。
「輝閃さん!」
そこにいたのは、先週、日登美の実家まで案内してくれたメイドさんの輝閃如月さんでした。
「誰?」
泉水が見知らぬメイド服の女性をじろじろ見ます。
「え、と……」
どう説明しましょうか。
「初めまして」
僕がどう紹介しようかと悩んでいると、輝閃さんが優雅にお辞儀して代わりに応えました。
「山羅様に夜のご奉仕をさせていただいている卑しい雌豚です」
「ちょ――」
ちょっとなに言ってるんですか! ……僕はそう言うことができませんでした。
否定しようと口を開いたその瞬間、後頭部に激しい衝撃が襲ったからです。
白濁する意識。
混濁する意思。
地面へと倒れる瞬間、僕のこれまでの人生が走馬灯のように浮かんでは消え、浮かんでは消えました。
泉水に、叩かれ、蹴られ、殴られ、倒され、吊され、晒され、千切られ、打ち当てられ、投げ返され、吹き飛ばされ、刺し貫かれ、突き落とされる、過去の情景が……。
いやだこんな走馬灯、と心で泣きながら、僕は静かに目を閉じます。
白濁していた意識はいまは黒く塗り潰され、混濁していた意思は澄み渡るような透明色となって。
その先にある光と、……夢のように儚くも、幻想的な輝きを放つ花畑へと向かって。
二度と覚めることのない夢の中、僕はあの光の彼方へと向かって……………消えました。
……デッド・エンド♪
「って死ねるくァア!!」
僕はガバッと起き上がります。ずきずき痛む後頭部をさすりながら、後ろに振り返って叫びます。
「なにをするだァーーッ!」
すると僕を光の彼方へと歩ませようとした張本人は平然と言い返しました。
「釘バットで本気で殴った、と思うわ!」
「と思うわ、じゃないだろ! 余計だよそれ! 『釘バットで本気で殴った』んだろ!」
「違う! ド変態よ!」
「意味わかんないよ!? なにその文脈を無視した会話の変化!? 流れ的におかしすぎるだろ! ……ってか、誰が変態だよ!」
「あんたよ!」
「なんで!」
「知るか!」
「知らないのかよ!」
「あ!」
「なにっ!?」
「メイドプレイって変態プレイなのっ!?」
「それこそ知るか!」
ギャーギャーと言い合いする僕と泉水。そんな僕達を見て、輝閃さんはのほほんと言いました。
「お二人共……本当に仲がよろしいですね」
「「どこが?」」
そんな輝閃さんに同時にツッコミします。というか、事の発端はあなたなんですからね!
「輝閃さん、変なこと言わないでくださいよ!」
「ちょっとしたジョークですよ」
「全然ちょっとじゃないですよ! あやうくデッド・エンド♪になりかけたんですから……ってなんだよこの音符!? いま気付いたけど!」
「そんなことよりも」
全然そんなことではありませんが、冷静になった泉水の声に黙らせられます。
「結局、この人は誰なの?」
また輝閃さんに“ちょっとしたジョーク”を言われたら困りますので、僕はすぐに簡潔に説明しました。
「彼女は、日登美の実家でメイドとして働いている輝閃如月さん」
「存、嘘はやめなさい」
「ホントだよ!」
「命賭ける?」
「賭けてやるとも!」
「それじゃあ、どうなの、輝閃さん?」
「まったくもって嘘偽りですね」
「おぉいっ!?」
「よし。じゃあ死のっか?」
「ま、待ってよ! 僕の言い分を聞いてくれ!」
「聞いたら死んでくれるの?」
「違うし嫌だよ! 少しぐらい僕の言葉を信じてくれよ!」
「ならこうしよう。死んだら信じる」
「本末転倒じゃん!? しかも死んだらなにも言えないし!」
「死人に口無し、という諺がありますね」
「冷静になに言ってるんですかあなたは!?」
もうツッコミ疲れてきました。ただジョジョエンに行くだけの道のりで、どうしてこんなに脇道に逸れまくっているのでしょうか。
「……ねぇ、泉水」
疲労でげんなりした口調で言います。
「なによ」
「早くジョジョエンに行こうよ」
「あ、忘れてたわ!」
忘れてたのかよ。そう思いましたが顔には出しません。
「それじゃあ輝閃さん、僕達は行きますので」
輝閃さんのこととか誤解などいろいろ投げっぱなしになりますが、そう口にして早々と退散することにしました。
「そうですか。それでは私もこれにて失礼します」
輝閃さんはお辞儀すると、道端に停めてあるベンツへと向かっていきました。
「あれ?」
ベンツへと乗り込む輝閃さんを呆然と見ます。
「輝閃さんの車だったんだ……」
妙に納得したというかなんというか。
それにしても、輝閃さんはなにしにここに来ていたのでしょうか。なにかを買いに来ていたというわけでもなさそうですし。よくわかりません。
「最後に一つだけよろしいでしょうか?」
車にエンジンを掛けて出発するかと思いきや、窓から顔を出して輝閃さんが僕達を見てきました。
「なんですか?」
僕は最後にどんな置き土産を残すのかと警戒して聞きます。
「メイドプレイは変態プレイではありません。ご奉仕プレイです」
どうでもいいですよ。
僕は曖昧に笑って手を振ります。泉水もさようならと手を振りました。
そうして車は動き出し、すぐそこの角を曲がって見えなくなりました。
「愉快なメイドさんだったわね」
泉水は輝閃さんにそんな感想を抱いたようです。僕は全然愉快な気持ちにさせてくれませんでしたが。
まあ、でも。あとはジョジョエンに行くだけです。
……あ。それからそのあと泉水の服を買いに行かないといけないのですよね。
腕時計を見ると、もうそろそろ七時になろうとしているところでした。
……まだまだ先は長いようです。
(つづく) |