第23話・トリプルデート?【開幕編】 山羅新喜劇
そこは公園でした。
夕暮れ時。子供は母親に呼ばれ家へと帰って行き、そこには幼い男の子と女の子だけがいました。
(ねぇ、たもくん)
女の子の方が口を開きました。
(なに?)
ブランコに腰かけていた男の子が女の子を見ます。
(わたし、アイドルになるんだ)
うん、と男の子が頷きました。それが彼女のユメだと知ってるからです。
(……でもね)
女の子は表情を曇らせました。そしてうつ向くと、ぽつりと蚊の鳴くような声で言いました。
(そのためにはね、ひっこさないといけないの)
女の子はうつ向いたまま顔を上げません。
(……たもくんと、はなればなれになるの。……そんなの、イヤだよ)
……男の子は、もしかしたら、そのときの女の子にとっては残酷なことを言いました。
(でもそれが、ユーちゃんのユメだったんでしょ?)
男の子はただ思ったことだけを口にします。
(しってるよ。
ユーちゃんがいっぱいがんばってること。アイドルになるためにどりょくしてること。ユメのことをはなしてるときのユーちゃん、すっごくキレイだった。ボクはそんなユーちゃんがすきだし、そのありかたにそんけーしてるんだ。それに、いっしょーけんめいにユメをめざすユーちゃんはステキで……だから……、)
少し支離滅裂ながらも、男の子は言いたいことが言えたように笑いました。
(だからおうえんさせてよ。ユーちゃんのさいしょのファンとして。それに、はなればなれになっても、ボクたちいつまでもトモダチだよ。わすれない)
そこで男の子は気付きました。うつ向いてる女の子が泣いていることに。
(……っく、うん……ひっく、……うん。いつまでも…、グス、ともだちだよ……)
そして二人は指切りをしました。決して互いに忘れないという気持ちを込めて、ある約束と共に。
ゆーびきーりげんーまんうそついたらはりせんぼんのーます、ゆびきった。
そして時は流れます。
……大切な約束を、記憶から消して。
……………………………
泉水桐花は清楚で可憐な少女である。
それは山羅存だけではなく、彼女を知る男は皆しみじみそう思っている。
しかし性格は過激で傍若無人の唯我独尊。口を開けば歯に衣着せぬ毒舌で、彼女が歩けばそこは破壊の跡地となる。お洒落など興味もなく、大雑把なところもあり、彼女に好意を寄せても敬遠してしまうのが現状だ。そのため、今まで彼女が告白されたことはない。
だが、今日の彼女を見れば、好意を寄せている男子達はこぞって告白するであろう。
お馴染みのポニーテールにするために結んだ白いリボン。薄く塗った口紅がまだ幼さの残る顔をなくし、大人っぽくしている。白いワンピースに白い靴は、彼女の清楚な雰囲気を際立つように似合っていて、まるでどこかのご令嬢だと思わされる気品さを受ける。
でも……、
「よし、侵入成功!」
どこで手にいれたのか、彼女はピッキングの技術を駆使して山羅家に不法侵入し、犯罪者の仲間入りを果たしていた。
「起きてるかなぁ」
時刻は五時。
山羅存はまだ眠っているだろう。起きているとは思えない。
実は楽しみであまり眠れなかった彼女。集合時刻の八時よりも三時間早く来たのはそれが理由でもあるし、
「私だけ昼までで時間があまりないのよねぇ」
そんな理由もあった。
「さて、と」
何度も来たことがあるので山羅存の部屋は知っている。ついこの間も来た(不法侵入した)ことがあるので、部屋が変わってないことも分かっている。
意気揚々と階段を上り、山羅存の部屋の前で立ち止まる。
深呼吸をして、叩き起こしてやろうと意地悪な笑みを浮かべ、ドアノブを掴み、勢いよく扉を開けた。
「コラ……」
コラ存ーッ起きやがれゲス野郎ー!! と怒鳴ろうとした口がぴたりと止まる。
「……………え?」
まず視界に入ったのは、脱ぎ散らかされた衣服。そこには女物の下着があった。少し大きめなブラが足元の近くに落ちていた。
「……は……?」
真っ白になる。
……え…………? どういう……こと? ……まさか、……存、…………下着泥棒を?
混乱しながらも、ふらふらとした足取りで前へと進む。
すると、段々ベッドに横になっている人影がはっきりと見え始めた。
そこには、毛布にくるまった山羅存と、……彼の肩に顔を乗せるようにして密着している、諏訪日登美の姿があった。
「……………………」
ぇ………とぉ。……つまり、………そういうこと……?
ふるふると体が震える。
……こいつは、今日デートするというのに、私が楽しみでうきうきして眠れない間…………よろしくしてたわけか……?
――――――ブチ。
そのとき、泉水の中づなにかが、切れた。
……………………………
「ハッ、殺気……!」
不穏な気配を感じて山羅存がガバッと起き上がった。彼の中の生存本能がなにかを感じ取ったようだ。
「……………え?」
まず、視界に入ったのは泉水桐花の姿。なぜここに? という疑問が浮かぶ前に左手になにやら柔らかい感触がして視線を落とす。
「わぁっ!」
バッと手を離す。なぜか日登美がそこにいて、彼女の胸に手が触れていたのだ。
え、なんでいるの? というかなぜにメイド服?
日登美がメイド服を着てそこにいたことに更に混乱に拍車が掛る。
……と、そこでごそごそと動く気配を感じて、思い出す。そういえば……泉水がいたような……。
それは幻であってくれと願いながら、視線を前へと戻す。
「…………………」
いた。
慈愛の女神を思わせる笑顔で、泉水がこちらを見ていた。
その手に、破壊の象徴を表すような釘バットを持って。
「……………………メイドプレイか……」
泉水が低い声でそんなことを言う。
「…………………」
山羅存はなにも言わず、静かに目を閉じた。反論は無駄だと悟ったからだ。恐怖への震えはもはやない。ただ、閉じた瞳から一滴の涙が溢れ落ちた。
「…………そんなにメイドが好きなら……」
なにかが振り上げられる風切り音がする。
「冥土に送ってやるよこのバカ存ーッ!!」
ゴォッ! となにかが降り落とされる音を聞きながら、
(……サヨナラ)
山羅存はこの世に別れを告げた。
……………………………
聖帝第一学園運動場。
そこに、二十数名の男子生徒達が集まっていた。
皆直立不動。彼等は目の前の壇上に立つ人物の言葉を待っていた。
「各隊長諸君!」
その人物はよく通る声で同胞達に声を掛けた。
「諸君に集まってもらったのには理由がある! 今日! 山羅存がデートをするという情報があったのだ!」
すると、『なにぃ!?』『デートだとォ!?』『俺なんてしたことないのに!』とざわめきが起きる。
「しかもだッ!」
そんなざわめきを欠き消すように声を張り上げる。
「奴めは一人ではなく、三人とデートすることになっている!」
それを聞き、『三股だと!?』『なんて奴だ!』『憎い! 憎すぎる!』と皆いきり立った。中には『奴は……奴めは! 我々が辿り着くことのないユートピア(果てなき夢)へ行くというのかァ!』と血の涙を流す者もいた。
「山羅抹殺部隊隊長・井上!」
「ハッ!」
名前を呼ばれた井上が返事をする。最近少年院から出所したばかりの問題児である。
「貴様は山羅が憎いか!」
「憎いであります!」
「山羅暗殺部隊隊長・不知火!」
「ハッ!」
不知火と呼ばれた男はいかつい体をした巨漢だった。アマレスリングの全国大会を優勝するほどの実績をもつ。
「貴様は山羅をどう思う!」
「女たらしのゲス野郎だと思います!」
「皆も同じ意見か!」
「「「ハッ!」」」
皆が声を揃えてそう叫んだ。
だがそこで、一人の男が不思議そうに口を開いた。
「司令官殿!」
「なんだ山羅毒殺部隊隊長の鈴蘭よ!」
「泉水総隊長殿はなぜおられないのですか!」
そこで、司令官は苦々しい表情を浮かべると、うめくように答えた。
「……泉水総隊長殿は、山羅の毒牙に掛った」
悲鳴が上がる。『まさか泉水総隊長殿が!?』『そんな……そんなバカな!』『おのれ山羅ァァァ!!』と皆の怒号が響く。
「落ちつけぇっ!」
司令官が一喝すると、皆ハッとして直立不動の姿勢をとる。
「我々がするべきことは山羅の毒牙に掛った被害者達を守ることだ! 三股デートをするゲス野郎から被害者達を守るのだ! だから今日、そんな山羅を――」
ここに、宣言する。
「――邪魔するのだァ!!」
……ようするに。皆、妬ましいのである。
「が、しかぁし!」
と、そこで司令官は注意する。
「邪魔するのは昼からだ!」
「どうしてでありますか!」
その疑問に、司令官はさっきまでの威勢をなくし、ぽつりと呟いた。
「……泉水総隊長殿からの伝言だ。『邪魔をすれば殺す』……と」
…………………。
皆固まる。
彼等は泉水総隊長の恐ろしさを知っているのである。
「な、なぜなのですか!」
「わからん! だが、泉水総隊長には泉水総隊長のやり方があるのだろう!」
安堵した空気が流れた。『そ、そうか!』『毒牙に掛っても山羅を苦しめるのをやめない!』『そこにシビれるッ! 憧れるぅッ!』と喜んでいる。
……彼等はデートの邪魔をされないためだとは思わないのだろうか。
「……それではこれにて、散!」
司令官の合図でバッと皆散々となる。昼までそれぞれ準備をするのだろう。
そんな山羅部の皆を、遠くから見ていた人物がいた。
「なんか……面白そうだな……」
彼は斑鳩新明。
山羅存を聖帝第一学園へと招き入れた張本人である。
「今日は、希望とデートすることになってるし、誘ってみるかな……」
……彼は五時になにしにきてたのだろうか。
……………………………
商店街の入り口付近で、若干目付きが悪い少年が一人佇んでいた。
山羅存の親友、朱雀である。
昨日、山羅存が家に来たときにデートをすると聞き、こうして様子を見にきたわけだが……。
「……場所を聞くのを忘れていた」
迂濶だった。家を出たのはいいが、どこに行けばいいのかわからないのである。しかもいつからデートするのかも知らない。
「バカか俺は」
溜め息を吐く。しかし、五時からデートするのは早すぎると彼は気付かないのであろうか。
そのとき、一人佇んでいる自分に近付いてくる気配を感じた。
「ん?」
ちらりと横を見る。
「……は?」
彼は絶句した。
……………………………
こうして、役者は揃った。
ここに、喜劇の幕が上がる!
目指すは吉本新喜劇ならぬ、山羅新喜劇だ!
ちなみに、五時現在は、諏訪日登美と真中百合は眠っている。
ってか、みんな早すぎるんだよ……。
(おわり) |