外伝その3 朱雀家訪問・二
山羅存は銀行強盗の人質にされていた。
「なにこの展開!?」
思わず叫んだ彼の首筋に、鋭利な刃物が押し付けられる。
「黙れ!」
グラサンとマスクという怪しさ抜群の姿のこの男に人質にされたのは、ほんの数分前に遡る。
朱雀の家に赴こうと家を出た山羅存と諏訪日登美は、日登美の『お金を卸さないと存さんが殺される!』という訳の分からない言動で近くの銀行に寄ったわけなのだが……。
「おらぁァ! 金を出しやがれッ!」
ちょうど強盗をしようとしていたのか、中に入ると同時にナイフを振り回して怒鳴る男が視界に飛び込んできた。
「ふふ、短刀の扱い方がなってませんね」
「ええ!? なにその感想!?」
逃げ出す前に見当違いな感想を述べる日登美についいつものようにツッコミしてしまった山羅存に、強盗の注意が向けられた。
「おい、お前ッ!」
すぐ近くということもあり、襟首を掴まれるとグイと引き寄せられ、……今の状況になったわけである。
ちなみに、お金を卸しにに行ったから殺されかける状況になった元凶は取り乱すこともなく、それどころか、興味深そうに眺めている。しかもちゃっかり壁際まで逃げている。
「おい、この人質がどうなっても構わないのかッ!」
強盗が山羅存の首筋にナイフを押し付けたまま窓口にいる女性銀行員に詰め寄る。
「どうなっても構わないわ!」
女性銀行員はとんでもないことを口走りやがった。
「むしろ殺せ!」
「「おいコラッ!」」
山羅存と強盗の怒声が綺麗にハモった。
「お前それでも人間か!」
「そうだ! 人質を見捨てるなんて最低だよ!」
強盗と人質が女性銀行員に向かって叱咤する。……とても不思議な光景だった。
「フン! 人質にされるような奴が悪いのよ!」
「だ、だからって見捨てるわけにはいかないだろ普通!?」
「そ、そうだそうだ!」
「あーうるっさいっ! こちとら彼氏にフラレてヤケ酒して二日酔いして頭痛いんだから黙りやがれ!」
めちゃくちゃだこの人。
「くっ、この……!」
この女性銀行員ではラチが明かないと思ったのか、奥で震えている男性銀行員を睨みつける。
「そこのお前! このバッグの中に金を入れるだけ入れろッ!」
足元に置いてある黒いバッグを蹴ってそれに入れろと示す。
しかし、
「ひ、ひぃぃぃ!」
より一層ガクブルすると涙を浮かべて懇願してきた。
「ま、待ってください! まだ金は準備できてないんです! あと三日……いや! 明日までに百万円をお返ししますので、どうか妻と娘にだけは手を出さないでください……!」
……なにやら別件の恐怖を思い出しているようで、まったく要領を得ない。
「……あ、いや、俺は借金取りじゃないから、そう震えなくても……」
強盗はなにかと気まずくなったのか、さっきまでの威勢の良さがなくなり、どことなく労りのある口調に変わり……。
「……ハッ!?」
として本来の目的を思い出した。
「えぇい――!」
強盗が痺れを切らし、なにかを叫ぼうとして、
「やれやれだな、本当に」
この場にそぐわない、呆れたような口調に、遮られた。
「……え?」
山羅存は聞き覚えのあるその声に目を見開いた。そしてちらりと声がした方に視線を向け、思わず叫んだ。
「の、〈能無し〉!?」
「能無しじゃねぇ!!」
能無し……ではなく、戦神と呼ばれる青年が中に入ってきたところであった。
「な、なぜあなたがここに!?」
「……〈主君〉に呼び出されたんだよ」
能無しと呼ばれたことに根に持っているらしく、不機嫌そうに答える。
「え、日登美に…、」
「なんだなんだァ!?」
山羅存が日登美がいつのまに呼び出したのだろうと考えていると、強盗は新たな珍入者に激昂していた。
それも当然だろう。思うようにいかないときに厄介事が起きればイライラするの当然だ。しかも強盗に来て人質も取ったのに女性銀行員も男性銀行員もふざけた言動をするだけでまったく目的を果たせないときに何者かの登場だ。もう怒ることしかできない。
「お前ッ、そこから動くなッ、動くと人質を殺すぞッ!」
グッとナイフに力を込める。山羅存は悲鳴を上げそうになった。
戦神は目を細めると、ヘッと笑った。
「殺れよ」
「「んな……!?」」
そのはっきりした物言いに、強盗と人質は口をあんぐりと開けた。
「……な、なんなんだこの世の中は! こんなに腐れちまったのか!?」
「くそぅ……みんなが泉水にしか見えない……!」
強盗は腐れてしまったこの世の中を悲観し、人質は悪魔が蔓延るこの世の中に落胆した。……この二人、とても強盗と人質に見えない。
「ああ? なに言ってるんだ?」
戦神はつまらなさそうに、歩き始める。
「その“おもちゃ”で殺せるものなら殺してみろって意味だよ」
「……え?」
「グ……!」
山羅存は目をぱちくりとさせ、強盗は唇を噛み締めた。
「てめぇは人を殺す覚悟なんてねぇんだろ?」
戦神が一歩進むごとに、強盗は一歩下がっていく。山羅存は密着していたからよくわかる。強盗は震えていた。
「人を殺すってのはな、そいつの生きてきた過去、生きている現在、そして、生きていくはずの未来を奪うってことだ」
それはとても重みのある言葉だった。
「……でもまぁ、そんなもん、まだ“些細”なことにしか過ぎねぇ。俺は人の命なんて、そんな大した重さじゃねぇと思ってるからよ」
壁際に追い込まれ立ち止まった強盗と一緒に、一定の距離で戦神も立ち止まった。
「一番重いのは、そいつの残された家族、友達、恋人……それらの悲しみと、憎悪だ。なぜかわかるか?」
ぞくりとするような笑みを浮かべて、戦神は問い掛けた。
「てめぇは、一生それらに憎悪、もしくは殺意を向けられて生きていく覚悟はあるか?」
……そう。死人は所詮死人だ。なにも恐れることはない。だが、残された者達は生きている。一人を殺し、何十、何百人もの憎悪を向けられて生きていく覚悟があるのかと、戦神は聞いているのだ。
「……ぅっ……!」
戦神から放たれる重圧に、強盗はもちろん人質も完全に気圧されていた。
「……ぅぅ……!」
カランと、手元からナイフ……のおもちゃが落ちた。……戦神に貫禄負けした瞬間であった。
崩れ落ちる強盗。人質もなぜか崩れ落ちた。
「……俺、会社をリストラされたんだよ」
「うん、うん……」
「それでむしゃくしゃしてこんなバカなことを……」
「わかる……よくわかるよその気持ち…………あ、いや、わかっちゃいけないのかな?」
二時間ドラマの最後の白状シーンみたいだ。一時期は心が一つになった仲である。強盗と人質の間に奇妙な友情が芽生えていた。
それは偏に、人質も殺されることはないと本能で感じとっていたからであろう。
「……終わった終わった!」
重圧は消え、軽い口調で主君に向かい合う。
「これでいいんだろ?」
「上出来です」
「……でもなぁ、俺がやらなくても主君がすりゃよかったんじゃね?」
「私だと再起不能にしてしまいます」
「……なるほど」
どうやら日登美も強盗に殺意がないことも、ナイフがおもちゃであることもわかっていたようだ。だから慌てず静かにしていたのだ。
こうして、数分後に来た警察に強盗は連行されていった。
……それまで山羅存と世間話をして、メアドを交換するまでの仲になったのだから、世の中ほんと〜〜にわからない。
(つづく) |